軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

図案描きと刺繍本番

「では図案を考えましょう。午前中に描ければ、お昼を挟んで午後から刺せるわ」

伯母のその言葉で午前中を図案描きに当てることになった。

机の上には参考になるような本も積まれている。

図案集だけではなく図鑑まである。

それらを捲ったりイメージを呼び起こしたりしながら図案を考えていく。

図案を考え始めれば皆黙り込んで、鉛筆が紙の上を走る音だけが部屋に響く。

せっかくだからと図案は見せ合わずに迷った時だけ伯母に助言をもらうことにした。

伯母は誰にも見られないようにして図案を描いている。

そうやって各々が描くことに集中した。

レオニーとサビーナがほぼ同時に描き終わった。

少ししてクラウディアも描き終えた。

さらには少しして伯母も描き終えたようだ。

あとはエリーズだけだ。

エリーズは意外と苦戦している。

「エリーズ、何がうまくいかないの?」

伯母が尋ねる。必要なら助言するつもりなのだろう。

エリーズは少し躊躇した後でおずおずと言う。

「先程のシルヴィアさんへの図案を見せてもらいましたでしょう? あれで理想的なプロポーズとはどういうものかと考えてしまって……」

「「まあ!」」

レオニーとサビーナが揃って声を上げた。

その反応でエリーズは気づいたようだ。

「二人は違うのね?」

「ええ」

「その発想はなかったですね」

二人に口々に言われ、エリーズが溜め息をつくように言う。

「わたくしは逆にそれしか頭になかったわ」

図案が思い浮かばないなら方向性を変えるのだろうか?

それもいいと思う。

無理矢理考え出したものでは後々本人に不満が残りかねない。

「では少し方向性を変えてみるのかしら?」

伯母が訊く。

「そうですね。もう少し広げて考えてみようと思います」

「もし助言が必要なら言ってちょうだい」

「ありがとうございます。今は、大丈夫です」

「そう。なら頑張りなさい」

「はい」

エリーズはまた真剣な顔でスケッチブックに向き合う。

少しして猛然と鉛筆を動かし始めたエリーズはあっという間に図案を完成させる。

集中してしまうと早いタイプなのだ。

全員の図案が完成したところで、昼食となった。

昼食を取っている間に必要なものを用意しておいてくれるとのことだ。

賑やかに昼食を取って元の部屋に戻る。

部屋には既に無地のハンカチや刺繍糸などが揃っていた。

各々離れた場所に陣取り、図案を描き写し、ハンカチを刺繍枠に嵌めて刺繍を始めた。

図案作成時とは違い、今度はお喋りしながらだ。

婚約者との 惚気(のろけ) 。

最近の社交界の噂話。

最近の流行。

美味しかったお菓子の話。

面白かった演劇の話。

素晴らしかった庭園の話。

お茶会でのちょっとした出来事。

等々。

お喋りしながらも皆手は正確に針を運んでいく。

そこは刺繍の名手である伯母とその弟子である婚約者たちやクラウディアだ。

それくらいはできて当然だ。

「そういえば、最近アーネスト様とお出掛けしているそうね?」

不意にエリーズが訊いてきた。

「あ、私も聞いたわ」

「実際のところはどうなのです?」

他の二人も口々に訊いてくる。

情報収集の一環でもあるのだろう。

ただそれだけではなく好奇心も隠せていない。

「ヴィヴィアンも一緒ですわ」

そこはしっかりと告げておく。

「まあ、それは当然のことよね」

「未婚の男女ですもの」

「何かと噂になっていたもの。二人きりだなんてなったらあっという間に醜聞にされていたわ」

そうなってしまったらさすがに申し訳なかったところだ。

アーネストには親切にしてもらっているのに。

一緒に出掛けてくれているのも善意だ。

それ以上の意味はないのだ。

それなのに醜聞になってしまったらよくしてもらっているのにモーガン家に顔向けできなくなる。

そもそもの話、アーネストとは二人で出掛ける仲ではないのだ。

クラウディアがヴィヴィアンと友人であることやアーネストが兄と仲良くしているからクラウディアのことも気にかけてくれているに過ぎない。

「それで?」

好奇心に輝く瞳が方々から向けられている。

期待されているようなことは何もない。

クラウディアは事実を端的に告げた。

「私が中傷されないようにといろいろと連れ出してくださっているだけですわ」

「中傷?」

「シルベスター侯爵令息とのことは御存知ですよね?」

キンバリー伯爵令嬢が方々で 囀(さえ) ずったとかで噂があっという間に広まったと聞いている。

耳の早い婚約者たちが知らないはずがない。

「ええ、もちろんよ」

三人とも不愉快そうな顔だ。

ここは身内しかいないからか、それとも意図的に出しているのか。

きちんとした淑女である三人がここまではっきりと出すのは珍しい。

「まったく何であんな勘違いをなさったのか」

「そもそも惚れた相手を間違えます?」

「どちらかというと周囲が間違えたのではありませんか?」

「情報の確認は当然よ」

そう言われてしまえば庇えるものでもない。

シルベスター侯爵は確認したようだったので、 逸(はや) ったシルベスター侯爵令息が足りなかったのだ。

父親も何度も息子に確認したようだが、そもそも本人が思い込んでいたためにどうにもならなかったようだ。

足りないとされても仕方ない。

そもそも庇うほど親しいわけでもない。

ほぼほぼ彼のことは忘れかけている。

「そうですね」

「今はシルベスター侯爵令息のことはいいのよ」

「そうよ。アーネスト様とのことよ」

「それでどうなのかしら?」

クラウディアは困惑する。

先程のでは足りなかったのだろうか?

あれで全てだ。

「もう少し具体的に言ってちょうだい」

具体的にと言われても。

理由のほうを具体的にすればいいのかしら?

一緒に出掛けていることは特に話すことはない。

「選ばれなかったから引き籠っているのだと、言われないように、と」

そもそも世間のクラウディアの評価など、まんま"引きこもり令嬢"なのでクラウディアはあまり気にはならないのだが、家族が見くびられるのは困る。

だからアーネストの話に有り難く乗ったのだ。

「それでヴィヴィアンと三人で出掛けているのです」

それだけだ。

三人は顔を見合わせて苦笑した。

「そうなの」

恐らくそれ以上は何もないとわかってくれたのだろう。

彼女たちのように 惚気(のろけ) るような話題提供はできない。

クラウディアには縁のないことなのだ。

興味のあることならいくらでも話せるが、それは彼女たちには興味のないことだろう。

「それなら、何か楽しいことがあったらその時は教えてちょうだい」

「はい、わかりました」

クラウディアが頷けば 各々(おのおの) 満足そうに 微笑(わら) う。

そして、また別の話題へと流れていく。