作品タイトル不明
第871話 彼女は懐かしいものと再び戦う
第871話 彼女は懐かしいものと再び戦う
『さっさと逃げねぇのか』
「追いかけてもらわなければならないでしょう。少しずつ後ろを振り返りながら森の中に逃げ込むのよ」
逃げようと思えば容易に逃げきれてしまう彼女にとって、少々わざとらしくとも慌てふためくように振舞い、よたよたと森に逃げていく方が良いという判断だ。多少斬りつけ、興奮させて前後見境なくさせた方が良いとも思う。
一人の少女が森の中でゴブリンの集団に出会い、慌てて逃げ出した。そう思わせればよい。
もうすぐ十八歳であるというのに、彼女の見た目はかなり……年より幼く見える。二つ下の黒目黒髪と比べても、彼女の方がすっかり年下にみられるようになってしまった。魔力量の多寡が成長の速度を左右するという話も耳にする。実際、彼女の祖母は見た目は母と変わらない年代に見えるくらい、老人には見えない。が、姉は年相応に育ったので、その辺りどうなのかと不安に思わないでもない。
『ま、見た目なんて気にすんな』
「貴族は見た目が九割五分なのよ。中身は身分や仕える者たちでどうとでも誤魔化せるのだから」
『そりゃそうだな』
貴族の家系の持つ力は、長い年月をかけて積み上げられた地縁血縁を伴う使用人たちの存在に裏付けられたものでもある。一代で貴族となった者は勿論のこと、男爵・子爵のような下位の貴族と、伯爵・公爵といった上位の貴族では、その家の持つ地縁血縁に大きな差がある。
皇帝の騎士として仕え最後には男爵となった『盗賊騎士』のなんたらも、二代と爵位を継がせることが出来なかったのはそういうことなのだ。爵位に見合った家臣団を抱えることは、陞爵することより困難であるかもしれない。
公爵ともなれば、各国の王家や高位聖職者の家系とも婚姻関係があり、また、そうした家系のもつ家臣団の力を受け取ることもできる。自国の下位貴族より、他国の上位貴族・王家との姻戚関係が強いということもある。
リリアル副伯は彼女が初代であり、実家の子爵家も王家の覚え目出度い古い家系ではあるものの所詮は王都とその周辺の代官を務める下位貴族の家柄。王都の商人に顔は効いても、他領までの影響は無い。という意味では、ノーブル伯となる彼女の姉も苦労しそうなものだが、どっこい、近場にはニース辺境伯領が存在し、その地縁血縁を借りることができる。姉は、どこまでいっても他人を上手く使う人なのだと感じてしまう。
『まずは、目の前のことを片付けろよ』
「勿論、そのつもりよ」
彼女は気持ちを切り替え、ゴブリンの一団を仮駐屯地へと誘き寄せていく。
ゆるゆると後方を確認しつつ移動する彼女の姿を逃げまどっていると勘違いしたゴブリンたちは、投石や下卑た歓声を上げつつ甚振るようについてくる。
『あんま賢くないゴブリン・ファイターで良かったな』
集団のリーダー格はあまり良い武器を持っていない体格の良いゴブリン。ファイターなのだろうが、ホブと大差がないように見えることから、群れの中でも格下扱いの集団なのだと思われる。なので、弱い者いじめをしてストレス発散と言う楽しみに夢中になっている。
すると、そのゴブリンの群れの前に土の盛上っている場所が現れる。その上に向かって追いかけてきた少女があっという間に走り去っていく。
GAGA!!
『行け!!』とばかりに手にした錆びた剣を指揮棒のように降るファイター。その姿を見て、慌てて一斉に走り出すゴブリンは横一線に走り出した。
GYAAAAA!!!
足元を気にせず走っていたゴブリンが落とし穴を踏み抜き、中にあった木杭に足を貫かれ喚き散らす。
DOSU
GAUU……
空堀の中に落ちたゴブリンは、『土槍』を胸に受け、叫ぶ間もなく息絶える。
「舞台は整ったぁ!! 行くぞ!!」
「「「おう!!」」」
十に満たないゴブリンの集団。土壁を足場に外へと飛び出した隊員たちが我先にゴブリンへ斬りかかっていく。
「一番の大物はいただきます」
灰目藍髪が大外を疾走し、背後を遮る位置へと移動する。
急に現れた(ように見える)武装した人間の集団に、率いてきたゴブリンたちが次々と斬り倒される姿を見て硬直するゴブリン・ファイター。
「SHII!!」
剣の一閃、灰目藍髪は一瞬でその首を斬り落とした。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
彼女は魔法袋に死体を収容し、残された血痕以外の討伐痕跡を消す。
「これ、何回くらい通用するんだろうな」
「そうね。精々あとニ三度だと思うわ」
見張りをしているゴブリンが彼女の存在を発見し、仲間に知らせ、十匹前後の集団が追いかけてくる。それがなんども繰り返されるなら、間抜けなゴブリンといえども疑問に思う。
その疑問を群の上層部に伝えるくらいはするだろう。
「そのうち、ジェネラルがナイトを引き連れ群の半数位を動員して討伐に現れるでしょうね」
「ジェネラル指揮下のゴブリンが百以上。ちょっと厳しいな」
ヴォルトが彼女に言葉を返す。
冒険者であっても当然だが、近衛連隊の兵士である軽騎兵隊員からすれば十倍以上のゴブリンに立ち向かうのは無理があると考えてもおかしくはない。ニ三十のゴブリンを削っただけでも十分な戦果だ。リリアルが関わっていなければ。
「ジェネラルは私が倒すわ。それまで時間を稼いでもらえるかしら」
「……え……」
隊長以下、軽騎兵たちは驚いた顔をする。灰目藍髪と碧目金髪は「はいはい、いつものことですね」と表情一つ変えない。
「キング自ら群を率いてこちらにくることはないでしょう。ジェネラルを討伐した時点で、あの集団の戦力は半分以下になると思うの」
群の象徴であるキングと、群を戦闘部隊として指揮するジェネラルとその補佐役であり小集団の指揮官であるナイト。キングが残っても手足となるそれらがいなくなれば、脅威度は一気に低下する。その上で、あの場所を封鎖して、伯姪たちの到着を待って一気に討伐する。残してきた冒険者組のリリアル生を動員し、あるいは魔装銃兵で土壁上から『廃村』内のゴブリンを倒すことも考えられる。
前衛を取りまとめるジェネラルを分断して討伐数することで、討伐難易度は格段に下がると彼女は考えている。
「ジェネラルってどのくらい強いんでしょうか」
軽騎兵隊員の一人が彼女に質問する。
「そうね…… 人喰鬼(オーガ) と同じくらいでしょうね。再生能力の有無にもよるのだけれど」
「ちなみに、キングはどうなんだ」
彼女が対峙した過去の記憶では、単体の戦力はチャンピオン以下であると推測していたが、周囲のゴブリンを育て集団として戦わせることに関しては格段に難易度が上がると考えていた。故に、逃げられないようにして一方敵に削り倒したいのだ。
「多分、個体としてはジェネラル程度でしょうけれど、指揮能力と再生能力、群の個体を必死にさせる力があると推定しているわ」
「キングだしな」
「それと……」
取り逃がした場合、群を再び大きくするために人を襲い、騎士や魔術師を喰らわせゴブリンを上位種に育てていく可能性がある。騎士団の先行部隊が全滅したと思われる背景は、群を再興する為の餌として確保したと思われるからだ。
「負けたらあなた達も餌になるわよ。魔力持ちの戦闘職なら、ナイトを作る素材になるのよ……魔力持ちの戦士の持つその脳がね」
「うー 頭が痛いな」
死ぬほど痛いだろう。丸かじりされるのだから。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
三度同じことを繰り返すと、俄かに『廃村』内があわただしい雰囲気となる。その中心には2m近い身長と分厚い胸板を持つ豪華な胸当と兜を被ったジェネラルと思わしき個体が指示を出している。
彼女は、気配を消し内部がみられる近くの高い木の上から覗いている。
『あれを、あいつらにぶつけるのかよ』
「……少々心配ね」
『いや、ぜってぇやべぇだろ。死ぬぞ』
馬の無い騎兵は弓の無い弓兵並みに弱い。貸与しているとはいえ、魔装は魔力が無くなれば防御効果はほぼなくなる。日頃から魔装を使う鍛錬をい軽騎兵隊員たちが、戦闘中に魔力を切らす可能性は低くはない。
悩んでいるところに、『リリ』が現れる。
『アリー リリ帰ってきたぁ』
「お帰りなさい。どうだったかしら」
『リリ』曰く、太陽が中天に届くころには『廃村』に伯姪たち「疾風」小隊が到着できそうだというのだ。「疾風」が名前負けなのは、ゴブリンの群れの討伐に魔力を温存する事と、その中でも気配隠蔽に魔力を割くために移動速度が低下しているのだと……話があちこち飛びながらも彼女は聞き出す事ができた。
『ふぅ、つかれたー リリも寝ててもいい?』
「もう一度だけ手紙を渡してもらったらね」
『えー わかったー』
彼女は今の状況と『廃村』のゴブリンを釣り出し、開拓村側の森の中に『仮設駐屯地』という土の砦をつくり、迎え撃っていることを記す。そして、はるはやでその砦を攻めるゴブリンの背後を突いてもらいたいと。
ゴブリンの群れを分断し、その分断した側を挟撃することで、後方にいるであろう上位種をリリアルの三人が討伐してくれることを期待して。
軽騎兵隊員? 馬の無い軽騎は歩兵以下。できることをやってもらってください。魔装を貸与されていないのだから、駈出し冒険者みたいな装備で無茶はさせられない。
手紙を受け取ると『リリ』は梢から木々の上へと舞い上がり、やがて廃村の向こうへと消えていった。
「何とかなりそうね」
『命の削り合いがか』
『魔剣』の言い回しは正しい。ワスティンの森を自分たちの領地とする為にゴブリンの群れと彼女達は対峙している。軽騎兵隊員は巻き添えだが。副元帥閣下には敵わない。
「五年越しの因縁に決着を付けようと思うのよ」
『因縁な』
そもそも、あの日あの時あの場所にゴブリンの群れが現れなければ、騎士に叙勲されることもなく、王女殿下の侍女となりレンヌで海賊船から二人の殿下を救う事もなく男爵にならずに済んだ。
つまり―――
「行き遅れているのは、あいつのせいなのよね」
『完全逆恨みな。まあ、全部が全部を否定はしねぇけどよ』
おかしい。さっさと王都のちょっと名の知れた商会の跡継ぎと婚約し、今頃は結婚して子供の一人もいたのではないだろうか。本来なら。子供を生むには未だ少々色々発育が宜しくない気もするのだが。いや子供はともかく、結婚までは兎も角婚約者くらいは選べたはずだ。あと姉のせい。
姉が「一山当てたよ妹ちゃん!!」といいつつ、『妖精騎士』の舞台や物語を世に広めた結果、普通の商家や下級貴族の家からは「うちではもったいなさすぎます」とお断りされているらしい。母情報では。
上位の貴族や他国の名の知れた貴族なら幼少の頃から婚約者がいて当然であり、家と家の結びつきを考えれば彼女の血縁では少々弱い。彼女の家とニース家の血を引く姉の子であれば、王国と法国に伝手を求める王国北部やネデル・ランドルの高位貴族が求めそうだとは思う。
中々貰い手がないのは、そうしたハードルが上がっているからだ。東方では『帯に短し襷に長し』と表現するらしい。中途半端なのだ。最近は、王太子の公妾でもいいかと思わないでもない。ルネ妃との関係も悪くないし、子供の一人も生んで跡継ぎを作れば、この代で『リリアル公爵領』となり、庶子の家系として王国に重きを為せるだろう。
――― もうそれしかないのではないか
と最近思わないでもない。王太子の成婚後、最初の王子が生まれた後になるだろうから、まだまだ育ち盛りの彼女にとってそのくらい先の方が将来設計もしやすい。リリアル生も大人になり、若き騎士・官吏として領の統治の一翼も担えることだろう。
王家の血筋を入れることで、次代以降の軋轢も多少は軽減される。庶子ゆえに厄介者扱いされ消されるかもしれないが。
仮駐屯地兼砦・通称:怒涛砦(今命名)に戻った彼女は、剣と盾作戦を隊員たちに伝える。
「ニアス卿が駆け付けるまでの時間を稼ぎ、上位種はあっちに討伐を任せるってことだな」
「ええ。幸い、魔術系のゴブリンは少ないようなので……」
「あたしの魔装狙撃銃でパシッ!! と討伐しますよ!!」
碧目金髪は珍しく自ら名乗り出る。
「なのでー 狙撃終了後はみなさんのバックアップ? に専念しますぅ」
「前に出たくないだけなのでしょう」
「そうとも言うかも?」
などと騒いでいると、背後から「ゴブリンが来ました」との声が聞こえる。
「もう一工夫してくるわ」
彼女は砦の外へと飛び出すと、砦の堀のさらに外側に深い堀とその残土で作った緩やかな台地を形成していく。堀を降り登ったところを『狙撃』で狙う事と同時に、遠距離から魔術が飛んできたとしても、手前の台地がそれを防いで砦迄届かないという工夫でもあった。