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作品タイトル不明

第535話 彼女は祖母から『聖遺物塔』の由縁を聞く

第535話 彼女は祖母から『聖遺物塔』の由縁を聞く

彼女は、陛下と近衛から受けた『王太子宮』である元修道騎士団王都管区本部の城塞『寺院』の調査について進めていることを説明した。

「厄介な仕事を押付けられたねぇ」

祖母の第一声は予想していたが、最もうれしくない結論であった。

「厄介というと、どのような事でしょうか」

「ああ、わかっちゃいるだろうが、あそこは王都にとって面倒なことが沢山つまっている。王太子宮とはいいながら、その実、王太子があの場所で過ごす事はほぼない。いうなれば、そういう名目でそれなりの兵士や騎士を配置して監視体制を継続しているというところだね」

王太子の護衛という名目で、不要不急の戦力を王太子宮に残してあるということだ。そして、何を監視しているのかという疑問にいたる。

「何を監視しているのでしょうか?」

「そうさね……正直、私にもわからないし、これまで明確な何かと示されたことは記憶にないね」

祖母の説明は次の通りだ。

何か良くないものがあの場所の『大塔』『納骨堂』『古い礼拝堂』などに存在する気配がある。しかしながら、過去、調査に向かった者の中で、高位の聖職者や魔力持ちに関しては異常を感じて中に入ることができず、また、そうした抵抗感の無いものが調査に入った場合、戻らないか正気を失い内部の調査に関してみるべき報告を上げることができなかったという報告の記録が複数

残っているのだという。

「それはどこに」

「王家の禁書・厳重秘匿書類の書庫だね」

祖母は、先の王太后から聞いた話として進めた。

「私が王宮に出仕した時点で、先王が建てた『聖ヤコブ教会』の『聖遺物塔』は既に着工されて半ば完成していたんだよ。だから、あのような高い建物をあまり良くない地盤の場所になぜ巨費を投じて建設したのかと疑問に思って聞いたのさ」

先王は建築道楽・戦道楽の気が強く、美丈夫かつ偉丈夫であったことから、多くの城塞を今風に改修させたり、軍の様相も統一させ大国の軍隊として見栄えのする部隊を育成していた。練度も高く、その分巨大な金食い虫でもあった。城塞も軍も維持するだけでも金食い虫なのだ。

「それで、どのようなお話で」

「曰く、監視塔として設けたそうよ」

その昔、『寺院』の『大塔』が王都で最も巨大な建造物であった時代が続いた。王宮よりも巨大で堅牢。王家と王国に力を誇示する存在として『修道騎士団』が敢えて建設した城塞。そこには、王国を支配下に収めようとする教皇や教皇庁の聖職者の意思が反映しているのかもしれない。

百年戦争の時代、王国の三分の一強が連合王国の領土となったことがあった。同じことを、その数十年前に時間をかけて『修道騎士団』は寄進により成立させていた。王国南部の地域は、『聖征王』の時代、これは『尊厳王』の孫にあたるのだが、異端とされた「タカリ派」のいる諸都市を討伐し、少なからぬ領土を『修道騎士団』は手に入れた。

外海から王国を縦断し内海へと至る複数の交易路を『修道騎士団』は掌握することに成功する。既に聖征が失敗に終わりつつあり、サラセンとの対決に終止符が打たれつつあった時代、かの聖騎士団は王国に入り込み内部から侵食しようとしていたと考えることもできる。

しかしながら、『聖征王』の孫王の時代、その『修道騎士団』自体が異端とされ処分される事になる。王家と修道騎士団の主導権争いは首の皮一枚で王家が勝利したというところだろう。

結果として、修道騎士団の掌握していた地域はそのまま王家の直轄領として多くが配されるようになり、王都周辺にだけ所領を持つ小さな王家は王国各地に領地を持つようになったと言えるだろう。

また、修道騎士団の集めた財貨も王家が没収、その資産を活用し、さらに多くの主のいない領地を接収することで王家はさらに力を得ることになる。

「監視とは何をでしょうか」

「さあね、恐らく良からぬものさね。聖職者が立ち入れないほど、それなりの能力の冒険者が正気を失い、また帰還できないほどの何かがそこには存在すると言えるだろうね」

そして、何を監視しているかという事に対する一つの噂を祖母は提示した。

「あの、ガーゴイルが人を攫うという話は聞いているかい?」

「はい。魔法生物なのかゴーレムなのかはわかりませんが、王都の住人を攫っていると」

「あの塔が建ってから、ここ最近までその噂が途絶えていたんだよ。それが偶然なのかそれとも……」

監視されている事に気が付いた『悪しき存在』がそれに気が付いて活動を休止していたのではないか。推測ばかりだが、王太子宮に入り調査する者がそうそういるわけではない。過去、幾度か失敗し、その結果、監視塔建設という方向に王家は対応を変えたのだろう。

「それを陛下はご存知ないのでしょうか」

「そうだろうね。あの方がお生まれになったころには既に噂としても風化していたし、監視塔のお陰で何事も起こらないと思われていたからね」

何から何まで次代に伝える事は出来ない。記録は禁書庫に収容され一般的にその存在は忘れ去られている。

「禁書庫を調べた方がよいのでしょうか」

「いや、そんな事より聖ヤコブ教会の塔の監視状況を確認した方がいいね」

「監視している者に話を聞くという事でしょうか」

祖母は首を横に振る。

「あそこには、聖堂騎士団本部を監視する巨大な魔導具の目玉が置かれているんだよ」

あまりの話に、彼女だけでなく伯姪や赤目茶毛も大きく目を見開き驚いた空気が室内に満ちる。

「四六時中、人間が見ていても見逃す可能性があるじゃないか? だから、魔力を持った存在が動いた場合、自動的にその魔力を記録する『魔導眼』が配置されているのだと聞いているね」

「なるほど。それで監視しているのですね」

王宮も近衛ももしかするとその状況を把握していないのではないか。知っていれば、その話も判断材料として彼女に提示されていておかしくはない。

「管轄はどこになるのでしょうか」

「王都の治安に関わる事だから、騎士団本部だね。騎士団長の承諾を得ていれば、聖ヤコブ教会も協力するのに吝かではなくなるだろうね」

「わかりました。お話ありがとうございます」

祖母は「何でもないよ」とほほ笑むと、表情を作り直し彼女と伯姪に言葉を伝える。

「当代の精鋭が先送りにした災禍だよ。くれぐれも自分たちだけでなんとかしようなんて思っちゃいけないよ」

彼女の性格からして、即断即実行し兼ねないと考えた祖母は改めて釘をさすのである。

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翌日、彼女は歩人を供に二輪魔装馬車で再び騎士団本部を訪れていた。

「ワスティンの森で何か起こったのか?」

「いえ、陛下からの依頼で王太子宮の問題について調査をしています」

「……ああ……あれなぁ。いや、噂の段階でどうかと思うのだが」

「実際事件は発生していないということでしょうか」

騎士団長は『騎士団として把握していない』と断りながらも、不審な人物の失踪などは起こっていないというのである。

「ガーゴイルが動くと言った話は?」

「稀覯本の類か? 芝居にするには少々物語性が足らないだろうな」

騎士団としてはその手の『魔物』による被害を把握していないという事なのだろう。リリアルが設立され、孤児や貧しい寡婦などが困窮する度合いが減り、それまで無関心であった王都の住民もその存在を気に掛けるように変わってきている。

故に、無関心から来る失踪の把握不足という事は考え難い。

「今日の訪問の目的は、聖ヤコブ教会の監視塔にある魔導具の確認を許可していただきたく伺いました」

「……何だそれは」

どうやら、当代の騎士団長には『魔導眼』の存在が引き継がれていないか、書面で伝えたのみで確認されていないということなのだろう。彼女は、祖母から伝え聞いた話として、『聖ヤコブ教会』の『聖遺物塔』が、旧聖堂騎士団王都管区本部の周辺で発生する怪異を監視するために建てられたと

いう話を伝える。

「ご存じありませんでしたか?」

「正直初耳だ。その間に、何人も騎士団長が替わっているから……その間に優先順位が低下して、正確に伝わっていないのだろうな」

経験と実績のある騎士が騎士団長を務めたとしても、全盛期の力を維持できる年数はそう長くはない。先代ニース辺境伯? 人間と魔物を同一に考えてはいけません。

騎士団長の任期は五年から十年。自身が騎士団長になって最初の仕事は、次の騎士団長候補を選抜し、育成することにあるというくらいだから、一朝一夕にその仕事が身につくわけではない。

大隊長や中隊長の中から副団長や幕僚を選抜し、教育する必要がある。実戦経験だけでなく、対人能力や高位貴族や王都の有力者との関係も育てて行かねばならない。冒険者のような騎士には向いていない仕事であり、強く強かな騎士でなければ次代の団長とする事は出来ない。

要は、団長の仕事が大変だから不要不急の伝達は忘れちゃった!

ということだろ。

「『魔導眼』には、魔力を持つ者の動きを捉え記録する効用がある魔導具だと聞いています。恐らく、皇太子宮とした際に問題が起こらぬよう先王陛下が配されたものだと言われています」

「……なるほど……不味いな……非常に不味い」

王宮内と王家の守護に関しては『近衛』が、王都全体の治安維持・安全確保に関しては『騎士団』の責務となっている。つまり、監視して異常がないかどうか確認する義務が騎士団にはあったと推察される。

「まあ、引継ぎ漏らした馬鹿は想像つくんだが。今さらだな」

数代前、丁度先代王の末期に有力候補が軒並み戦傷死してしまった結果、適性の低い騎士隊長が騎士団長になったことがあるのだという。当然、混乱が発生し、余りの無能ぶりに先王が激怒。二年と持たずに更迭されたらしい。連合王国の干渉が王国北部、ミアン周辺に見られた時期でもあり、八つ当たりの可能性もあるらしいのだが。

その場で騎士団長から許可証を得ようと考えていた彼女であったのだが、騎士団長自らその場に同道したいと言い出した。騎士団本部から見える場所にある『聖遺物塔』である。彼女が許可証を持っていくよりも、顔の知られた騎士団長が足を運ぶ方が問題が少ないと判断したようだ。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

聖ヤコブ教会、聖征の際に得た聖ヤコブにまつわる『聖遺物』を収めた教会が設立されたのは今から四百年ほど前に遡る。とはいえ、最初から今ある教会堂が建てられていたわけではなく、最初にあったのは聖母の母である『聖アンヌ』を祀る礼拝堂であったとされている。

聖ヤコブの聖遺物を聖地から持ち帰った聖征軍は、聖ヤコブが肉屋であったことから、精肉ギルドが音頭をとりこの地にギルドを主体とする教会を建てる事になったのだという。

故に、この教会に埋葬される者は、ギルドに所属する者たちが主となる。とはいえ、既に地下墳墓は満員状態であり、これ以上の拡張は難しくむしろ、この地域の衛生状態を悪化させているとされ、王都の再開発の際、墓地は撤去される事になっている。

「マジで臭いんですがお嬢様」

「気持ちの問題ではないかしら。魔力を纏えば問題ないわよ」

「……ですよねー」

歩人の愚痴を一蹴、この教会周辺は異臭がするというのは騎士団でも知られており、騎士団長も当然魔力纏いによる異臭対策をしているので文句を言うのは歩人だけであった。

「肉屋の聖人を祀る教会が死臭まみれって、どんな冗談だよ」

この辺り、信仰と現実の境目があいまいな存在が多いという事だろう。原神子信徒が、教会とその信仰をよりどころとする御神子教徒たちに対し、敵意を向ける要因にはこういう頑迷さがあるからだろうと彼女は推測する。確かに、ここに住めるのは信仰のなせる業だろう。

「けど、この聖遺物塔は、王宮や大聖堂と並んで、王国と王都と王家の威光を示す建物ではあるな」

四角く複雑な柱で四隅を装飾された白亜の塔。一方、王太子宮にある『大塔』は黒ずんでおり、また、城塞としての機能を備えている事もあり威圧感のある塊に見て取れる。

片や聖なる場所、片やその聖なる場所に対抗する城塞とみてとれなくもない。その辺り意識してこの塔を建築させたのだとするのであれば、先王は中々センスがよろしいと思わざるを得ない。金を出したのは肉屋ギルドだが。

「一応鐘楼なのだな」

「階段を上って上に出れば、鐘楼があると聞いています」

「なら、司祭に挨拶をして用件を伝え、案内してもらおうか」

ここは臭くてかなわんと言葉を添え、騎士団長は先に立って教会に入って行った。

突然の騎士団長の訪問、そして、彼女が『リリアル副伯』であると告げると、教会内はざわついた。

『聖女様扱い、変わってねぇのかよ』

ミアンでのアンデッド討伐や、ラ・マンの悪竜退治の影響もあり、『聖女』扱いが教会内で大いに高まっているとは聞いていた。とはいえ、彼女が日頃顔を出す大聖堂や、孤児院のある小区教会ではさほど扱いが変わらず、昔ながらの関係が続いていた。大司教猊下は少々暑苦しいのだが。

「実は、王宮からの依頼で、王太子宮の怪異の調査をしておりまして。その件でこちらに伺いました」

「……王太子宮の怪異……でございますか?」

相対した司祭が意味が分からないようで、周囲に視線を向けるが、一様に解らないと素振りで返している。

「聖遺物塔には周囲の魔力を監視する『魔導眼』と称される魔導具が配置され、王太子宮の方向に向けられているはずなのです」

「……申し訳ございません。存じませぬ」

魔導具について知っている者がいないかと、教会は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなっている。騎士団長と彼女が揃って現れ、尚且つ王家に関わる依頼での訪問。知らぬ、存ぜぬでは通らないと理解したのであろうが、しかし、どうすればよいのか分からないようだ。

しばらくして、下働きと思われる矮躯の老人が司祭に連れられ二人の前に現れた。どうやら、魔導具の存在について知りえる者は、この場には目の前の老人しかいないようなのである。