作品タイトル不明
第311話 彼女は灰色乙女と帝国に向かう
第311話 彼女は灰色乙女と帝国に向かう
彼女が精霊魔術を身に付ける事で、変化する者がいる。伯姪は、彼女の不在の間、リリアルを預かる事になる事を考えると、今の自分にはない切り札を持ちたいと考えていた。それは勿論、精霊魔術ではない。
「飛燕……私にも使えないかしら」
彼女の見せた『飛燕』に関心を強く持っていた伯姪が尋ねる。
「魔力量の消費が大きい技なのだけれど……大丈夫かしら?」
『魔剣』の話は正しかった。身体強化や隠蔽を無制限に継続できる彼女においても、連続して数十発撃つのが限界であったのだ。伯姪であれば、二発か三発だろう。これは、他のリリアル生でも同様だと考えられる。
「それほど沢山使うつもりは無いわよ。結界だって一つが限界なんだから」
伯姪曰く、不意打ちされた味方を護ったり、決め手に欠くときの切り札として持っておきたいのだという。
「それに、魔力量が少ない私からすれば、何日かかるか分からないじゃない? 今なら学校に通っている最中だから、それほど負担にならないと思うの。チャンスなのよ!!」
伯姪は接近しての戦い方に特化している分、間合いを取る相手とは相性が悪いことはわかっているのだ。必要だと思う気持ちはその通りであると考えた彼女は、伯姪に『飛燕』を教える事にした。
結局、それなりの期間が習得には必要であり、騎士学校卒業までには身に着けることができたのだが、伯姪が学院生に教えることができるようになったことは、この後有効であったことが分かるのである。
伯姪の『飛燕』の実演。騎士の叙勲を受けた者たちは、特に注目している。茶目栗毛は魔力量が微妙だが、他のメンバーは問題なくニ三度は使用できるだけの魔力を有している。剣が飛び道具となる技、盗まないわけがない。
「お手柔らかに」
「帝国の高位冒険者にお相手頂けるなんて、とても光栄だわ!!」
試演の相手はビルが務める。吸血鬼……吸血達磨……は、試し撃ちの相手を散々に務めているので、今回出番はない。
剣を構え、魔力を高めていく。一瞬で飛ばせないところが魔力量・練度の差でもある。
剣を斜めに振り下ろすと、空中を輝く魔力の塊がビルに向かい飛んでいく。技の発動は成功。但し……
Baciii!!
魔銀のロングソードでその飛ぶ燕をビルが斬り飛ばす。
「うそでしょ?」
「はは、魔銀の剣でなければ切断されていましたよ。これなら、十分に実戦で使えるでしょう」
伯姪は「もう一度いい?」とビルに問いかけ、魔力を練り始める。ビルは笑顔で「何度でもどうぞ」と答える。
『オリヴィの相棒だけあって強ぇな……』
『魔剣』の呟きに彼女も頷く。
そして、伯姪が魔力の斬撃を発する。しかし、今回の燕は二羽だ。
斬撃が弧を描き、左右から僅かな時間差でビルを襲う。
「をおぉぉ!!」
歓声が上がり、そして……片手剣で一羽目を斬り飛ばし、二羽目は……
「……ホントうそ……」
Baciii!!
Baciii!!
小手で殴り飛ばしたのである。
「魔銀の小手でなければ、危うかったですね。でも、今の技は有効だと思います。一度目の技を出した後、「斬撃は一つ」と錯覚していた可能性もありますから。出来れば、同じ技を二度出した後、今の連撃を出せば、更に有効でしょう」
「……魔力がギリギリなの。……で、も、そうできるようにするわ……」
魔力切れで倒れ込む伯姪は、力強い目でそう答えた。
ここで終わりかと思っていたリリアルメンバーであるが、意外な人物から声がかかる。どうやら赤目銀髪が、新しい魔術を考え付いたのだという。というよりは……
「思い出した。お父さんの『魔術』……『舞雀』」
赤目銀髪の父親は優秀な狩人であったという。魔物に襲われる村を守り、孤軍奮闘し帰らぬ人となった。その技を間近で見て目に焼き付けていたのだが、ようやく、その一つを再現できるようになったのだという。
試射場でお披露目をしたいという事で場所を移る事にする。
今日は非番であったはずの吸血鬼たちが、思わぬ来客に嬉しい悲鳴を上げている。
『イタイノハイヤダアァァァァ!!』
『魔力ノ刃ガトンデクルゥゥ!!!』
伯姪も相当練習したようである。
吸血達磨の的に向け、魔銀鍍金の鏃をつがえる。ヒョウと放たれた矢は、明後日の方向に向かって飛んでいく。曲射というレベルではない見当はずれの方向。それが……
「えっ、なんでそんな風に曲がるの」
薄い胸を張り「これが『舞雀』」と赤目銀髪が告げる。大きな弧を描き、不自然な角度で突き刺さる鏃。周りから大きなどよめきが聞こえる。
「それって、何なの?」
赤毛娘の質問に、更に得意げに答える赤目銀髪。だが無表情。
「魔力走査の応用。矢と自分の魔力を繋げたまま飛ばす事で、ある程度矢の方向を事後に動かすことができる」
「魔力の紐付き矢を飛ばすのね」
赤目銀髪が頷く。弾丸では難しいが、矢羽根のある矢であれば操作することも干渉することも可能かもしれない。
「なら、その羽の部分を魔装布で加工すれば、もっと操作は容易になるのではないかしら?」
「……流石先生。慧眼」
こうして、父の技を再現し、さらに一段上回る工夫を行う事で、赤目銀髪は父の背中にまた一歩近づけたのではないだろうかと彼女は思う。
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そして、ようやく行商の荷駄が揃う事になる。馬車にもこの期間に一工夫行う事にした。幌や車体を魔装布や魔装鍍金で加工するのは当然だが、床下に秘密の出口を設けたのである。
「これいいなー」
「ふふ、姉さんも床下に降りて這いつくばってみたいのかしら?」
「え、だって、ザ・冒険って感じでカッコいいじゃない? いいなー お姉ちゃんの魔装馬車も付けて貰おうかなー」
兎馬車では小さすぎて無理なので、箱馬車になるだろうか。箱馬車の床から脱出するというのは要人警護的に悪い工夫ではないかもしれない。
「姉さんが加工して、その上で効果があれば王室にも提案すればよいのではないかしら」
「絶対王妃様喰いつくわよね」
「ええ、王女殿下もね」
魔装二輪馬車を母娘で乗り回したことは記憶に新しい。意味もなく、床下から出入りしたがりそうである。王妃がそれで良いかどうかは知らない。
いくつかを木箱にダミーとして収め、主な荷物は彼女の魔法袋に収納する。瓶も割れず重さも関係なくなるのでとても便利ではある。
前庭で出発の準備を進めていると、正門の当たりが騒がしくなる。どうやら、不意の来客のようである。
「アリー、水臭いではないか!!」
魔装二輪馬車で乗り付けたのはカトリナ主従であった。どうやら、帝国に旅立つ話をどこからか聞きつけ……多分王妃様がわざと耳に届くようにしたのであろうか。
「どうしたのかしら。少しの間、旅に出るだけなのだけれど」
「そうなのか? 暫く王都を離れると聞いてな。友として、別れの挨拶を
しに来たのだ」
カトリナと彼女はいつの間にか友人になっていたらしい。確かに、共にした時間の濃密さは「友人」と言われてもおかしくないだろうか。
カトリナが渡したいものがあるという。
「これを持って行ってくれないか」
カトリナが差し出したそれは、自身が駆け出し冒険者として活動する際、彼女に見立ててもらった片刃の片手剣『ワルーン・ソード』。南ネデルで市民の帯剣として普及している者である。
「確かに、これを身につけることは行商人にとって不自然ではないのだけれど、あなたの思い出の品でしょう?」
「なに、お前なら無事に戻って来るに決まっている。貸すだけだ。無事に戻ることが出来た時に帰しに来て欲しい。その時には……」
「ええ、沢山の土産話を聞かせてあげるわ」
カトリナは呵々と豪快に笑う。そして、これは『ルーンソード』でもあるという。
「父の古い友人にルーンの遣い手がいてな。私の為ではあるが、精霊の加護を得やすくなる文言を彫り込んでもらったそうだ。私にはそれほど効果が無いのだが……」
「いい仕事をしているわ。この剣を帯びて術を行使すると、ハッキリ・大きな声で妖精に話しかけるような効果が付与されるわ。有難く拝借すればいいわ」
オリヴィからのお墨付き。彼女はこれからの旅を思い、カトリナに深く感謝する。
『魔銀の剣は仕舞っておくか』
腰の揃いの魔銀の剣を外し、彼女はカトリナに渡す。
「あなたのルーン・ソードお借りするわ。帝国から戻るまで、私の剣を預けてもいいかしら?」
剣を渡す意味を理解し、カトリナもその剣を受け取る。
「傷一つ付けてくれるな」
「ふふ、私の剣は別に構わないわよ」
握手を交わし、そのままなぜか……ハグへと移行する。
「手紙を書けよ」
「……情報漏洩するかもしれないからそれは無理ね。でも、商会には連絡を入れるから、母から王妃様には安否の報告があると思うの。便りのないのは無事な証拠と思ってちょうだい」
カトリナは相変わらずのカトリナであり、少々暑苦しく感じる面もあるが、絆を感じる存在になっていた。
「ではな。私は私で、王国の為にできる事に務めるつもりだ」
「ええ。良い結果を伝えられるように心がけるわ」
「無事に帰れよ!!」
彼女はカトリナをはじめ、リリアルのメンバーと握手を交わし、やがて馬車に乗り込む事になる。
馬車の中は荷物が少ないので、さほど窮屈ではない。本来は数百キロの資材を詰めるだけの容積があるのだが、いくつか棚が設けられ、寝台代わりに使用できるようになっている位である。
「随分と、別れの挨拶が長いのね」
「遠征は何度もあるのだけれど、私が単独か、全員を引き連れて行くかの二択であったから、メンバーを二分することは余りなかったのよね」
彼女と伯姪が騎士学校に出ている時も、学院とは頻繁にやり取りをしていた。長くとも精々、一週間程度。南都を訪問した時は一月ほどは学院を開けたが、ほぼメンバーを全員連れて行ったのでそれとも異なる。
「組織が大きくなると、自分の手に余る事も増えるのでしょうね。私には経験のない事……でもないか」
オリヴィはビルと二人で冒険者を長く続けているはずだが、それ以外の組織的なメンバーを持ったことがあるのだろうかと彼女は疑問に思う。
「あのね、私、『灰色乙女団』って団体を持っているの。でね、メンバーはコボルドなのよ」
コボルドとは妖精の一種であり、ゴブリンやオークのように人間に対し強い悪意を持つ存在ではない。しかしながら、犬頭鬼と呼ばれる外見、そして、土精霊ノームと狼の死霊から生まれるとされる性格から、群れを作りまた縄張りを主張する。故に、縄張りに入る存在を外敵と認識し攻撃する習性を持つ反面、群れの主と認められることで従順な使役を受ける存在とすることができる。
リリアルには狼人を『主』とする群れが水晶の村傍の廃修道院を占拠していた際に討伐し、今では水晶の村の鉱山の運営を彼らに委ねている。村人の代表が割符を持って、コボルド・リーダーと照合し採掘した水晶や魔銀の粗材を受け取り、対価として食材などを提供している。
とは言え、元が妖精なので、食事というよりは感謝を伝える『お供え』に近いものである。妖精としての性格ゆえ、礼を持って接すれば幸運や手伝いをしてくれるのである。
「リリアルにもコボルドに管理を任せている鉱山があります」
「そう。それなの。昔、色々あって『主』にされちゃってさ。たまに、塩漬けの魚とか持って会いに行く事がある」
コボルドの『主』であるという意外な共通点が見つかり、二人は少し肩の力が抜けたような気がする。
「それで、帝国でどこをどう探ろうと考えているのか、今の時点での腹案を教えてもらえる?」
オリヴィの問いに彼女は答える事にする。馬車の前の方にリリアルの四人、後方の見張は歩人が熟している。中央に座る彼女とオリヴィとビルの間で話が始まる。
「先ずは、オリヴィの友達の所に挨拶に行って、戦争に関わっていそうな商人や貴族と顔を合わせるところからでしょうか」
「随分と他力本願だとは思うけれど、手助けになる事は出来るだけするわ。それに、冒険者では入り込めない場所でも、商人なら入り込めるかもしれない。例えば……戦争の資金を集めるパーティーとかね?」
戦費を調達するための夜会の存在があれば、そこに顔を出す軍の関係者の中に、吸血鬼に関わる者がいる可能性は高い。蒸留酒にトワレを売り込む事ができれば、関係が強まると彼女は考えていた。