作品タイトル不明
第296話 彼女は『王太子妃』について考える。
第296話 彼女は『王太子妃』について考える。
「玉の輿じゃない!!」
「なら、あなた替わる?」
「謹んでご遠慮申し上げますわ」
「それは私も同じよ」
私室に下がり伯姪の部屋を訪れると、彼女は祖母からの話をしてみたのである。
「私もこれ以上の爵位は貰えないわね」
「何故かしら。あなたなら子爵位は最終的に頂きそうじゃない」
「それじゃあ、お兄様の嫁になれないでしょう!!」
伯姪はニース辺境伯家の次男である騎士団長様の嫁の座をまだ諦めてはいないのである。年齢的には少し離れているが、騎士の婚姻が遅いのは珍しいことではない。軍務優先であるからだ。
「あなたの爵位は高い方がいいでしょう?」
「嫌よ、男爵の騎士団長に男爵が嫁ぐとか、カッコ悪いじゃない」
そう考えるのは早計だと彼女は指摘する。今のままでは、騎士団長の兄である辺境伯嫡子が後を継いだ場合、その子弟が騎士団を継ぐこともあり得る。その場合、現在の騎士団長である彼は元騎士団長となり継がせる家名もないため、幾ばくかの年金を得て田舎に引っ込むことになるかもしれない。
「あの方がどなたとも婚姻をされないのは、その妻となる人と生まれてくる子供に継がせる家名がない事を気にされているのだと思うのだけれど。どう思う?」
騎士団長は気の優しいところが欠点であるくらい、優しい男なのである。そこが、お転婆伯姪の子供の頃から敬してやまないところでもある。彼女の自己肯定感は、彼の騎士団長であるお兄様に基づいているからである。彼がいなければ、男爵の娘という微妙な身分は、彼女の心を傷つけたかもしれない。
「どういう意味かしら」
「あなたが王家の男爵となるとしましょう。そして、領地は恐らく王太子領の南都の南、ニースや我がノーブル領そして、サボア領に近い場所に小さくとも独立した所領を頂くのよ」
「……それで?」
男爵とは本来「戦士長」の身分である。そして、今では金銭で納める事になっているが、一定の『軍役』を果たすことで庇護下に置かれる存在である。その庇護する君主が国王か公爵か伯爵かの違いに過ぎない。
「王家の臣下として臣従するとともに、サボア・ノーブル・ニースとも契約をして援助してもらうの。何かあった時に戦力を供出するという事でね」
「それじゃあ、サボアとニースや王国が揉めた時はどうするのよ」
「ふふ、それがそうはならないのよ」
つまり、彼らの仲立ちとなりキャスティングボートを握る立場に立つことを目指すというものだ。
「こういう契約の場合、別の家とも契約しているから敵対した場合、応援を出さないという付帯が付くのが普通なの。そして、戦争を仕掛けられた側は契約に基づき応援を頼める……とする契約を予めすべての臣従する家と結ぶ」
「なるほど、うちが必ず戦争を仕掛けられた方に味方するとなれば、仕掛ける方は余程の戦力差が無ければ戦争を仕掛けない……というわけね」
「そして、そのことはあの地域の安全保障を強化することに繋がるのではないかしら。あなたの家も守られるというわけね」
「……問題解決じゃない?」
楽したがりの王太子は、この安全保障構想に肯定的な意見を出すだろう。ならば、報奨を与えないわけがない。今回の竜殺しで恐らく伯姪の男爵家設立は確定路線となるだろう。
「これでプロポーズできるじゃない?」
「微妙ね。でも、躊躇していると嫁き遅れになるから仕方ないか」
渋い表情を作りたがりながらも、なんとなく顔がにやけてしまう伯姪であった。
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伯姪との話を終え、彼女は自室で考え込んでいた。彼女は少々頑張りすぎたのだ。
『なに落ち込んでるんだ。らしくねぇぞ』
「……なによ、あの王太子の正妃になるかもしれないなんて……考えただけで気が重くなるでしょう」
『まあな。お前が出来るか否かであれば出来るだが、なるべきか否かで考えれば……否だな』
リリアル学院だって手が回らなくなるに違いない。あと十年もすれば、今の子達が幹部となり、ニース商会と連携し王国内にネットワークを築くことで、国内の安全を確保する事もできるだろう。
だが、帝国・連合王国と水面下での工作が連続する中、彼女が一線から外れれば、予想も出来ない損害を被るかも知れない。今の段階では、彼女ありきの学院の運営であり、騎士団の構想なのだ。
「はっきりとお断りするのは……難しいわよね」
『公爵と王家からの打診を男爵風情が断るのはな。公爵とは主従ではないからまだしも、王家は歴代の主君だろ』
王家の藩屏として生きてきた彼女の実家からすれば、断るのは難しい。
伯姪のように、好いている男性がいてその男と一緒になる為に男爵になりたいというのなら苦労もするが、できれば相手も身分も避けたい存在だ。
「こんな血まみれの王太子妃・王妃がいるものですか」
戦場に立った王妃はいただろうが、あくまでも王の名代。自ら剣や槍で敵を殺して回った者などいると聞いた事はない。蛮族ならともかく、文明国ではありえないことだ。
「カトリナの方が向いているわよ」
『政治的なバランスだろうな。だからブルグント公が声を上げたんだろうよ』
元々西部に半独立の勢力として存在したギュイエ公爵家は王家から当主を迎えたとはいえ、代を重ねるごとにその土地の支配階級の代弁者となる。そして、王太子妃・王妃を出し次代の王子・王太子を生めばさらに発言力は強化される。それを東部・南部の領主は望んでいないのだろう。
「西部と東南部の勢力争いの駒にされているというわけね。
不本意ながら」
『繋がりが出来ちまってるからな。ニースとブルグントは盟友。
そこの息子を婿にもらっちまったから仕方ねぇ』
「つまり、これも姉さんのとばっちりというわけね。腹立たしいわね」
高位貴族の子弟で子爵家に婿入りしてくれるものは限られている。まして、初婚で年齢の近いもので実家が実質「公爵」クラスのニース辺境伯三男は、子爵家にとって掘り出し物であったはずだ。そこまで言うのはかわいそうな気もする。
『回避する手はある。それに、お前が望む事でもある』
「……聞かせてもらえるかしら」
『魔剣』は、明日、滞在中の人物に話をするように彼女に提案するのであった。
翌日、溜まりに溜まった仕事を伯姪と片付け、昼食の後、彼女はヴィーと話す時間を持つことにした。
最初に、王都で過ごしていることで問題は無いかどうかという点について聞いたが「快適。空気が明るくて気にいった」という答えが返ってきて一安心である。
「リリアルでセバス以外に見て欲しい人っている?」
「精霊と縁がある生徒がいれば、ヴィーの得意な『土』か『風』の精霊魔術を教えてもらえると嬉しいわ」
「……なら、あなたよ」
「……え、私に素養がある。本当に?」
帝国の女魔術師曰く、『猫』の影響で『風』の精霊の適性が育っているのだという。
「例えばどんな魔術が使えるのかしら?」
「風を用いた移動補助、飛行、それから諜報系のものね。遠くの音を拾ったり、気配や熱を遮断したり……投擲系もあるわ」
「……便利ね。私も魔力を沢山消費すれば空中に足場を魔力で作る事は出来るのだけれど」
ヴィーはミアンで見たよと答えると、あなたも見たでしょうと切り返す。ヴィーの見せたような術を使えるという事なのだ。
「あと、あの半土夫の癖毛の子も土系の魔術適性があるわ。まあ、生まれの問題だけれどね」
「……なるほど。それで、魔猪が懐いている可能性もあるのね」
「正解!! あいつの影響で才能が伸びているから、歩人より強力な術者となる可能性が高いわ」
土木工事適正発現であろうか。
『あいつ、畑仕事とか土いじりもしっかりするし、山師としての適正も恐らくあるぞ』
『魔剣』も癖毛の可能性について言及する。将来的には、水晶の村の周辺の鉱山を再開発することも可能かもしれない。
「暫くここに滞在して、王国の空気を楽しませてもらおうと思うの。あなたのお姉さんもそれがいいんじゃないかって言うしね」
「王都の中は生活しにくい面もありますから。ここなら、薬師として活動するのも気にならないでしょうから、こちらは特に問題ありません。ですが……」
彼女は昨夜『魔剣』と話したことをヴィーに提案することにした。彼女たちを冒険者として帝国に連れて行って欲しい……という事についてだ。
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『魔剣』が提案した王太子妃回避計画の基本は、彼女が王国を合理的に離れる提案を行う事にあった。
『まあ、つまり、一年位帝国で冒険者をやって、王国から離れればつまらないしがらみが切れるだろ。それに、帝国に潜入し吸血鬼の親玉を討伐するのは王国の安全保障上急務だし、リリアル以外対応できねぇ』
結婚適齢期の王太子が王太子妃を定めず、婚姻もしないとなれば王女殿下の婚姻時期にも差しさわりが出る。王太子に子が生まれなければ、王女殿下の子供が王家を継ぐことになり、それはレンヌ大公家の影響力を高める事になるからだ。
王太子が子をなさねば、レンヌ公太子妃として嫁ぐこと自体が見合わせになる。
『幸い、あの姉ちゃんが近衛騎士として王宮にいる事になるわけだろ? 安全保障の面はリリアルの方でバランスとるってことで、ギュイエ公家との婚姻でまとめるのが無難となるだろうな。一年、お前が王国を離れるのは相当デカいぞ』
その間は、伯姪に臨時学院長として彼女の肩代わりを頼むことになるだろう。平常業務は祖母の代理でも可能だが、討伐などの冒険者としての依頼は、彼女がいないなら伯姪が担当することになるだろう。魔力大組を伯姪に付け、茶目栗毛辺りの実務組も残さねばならない。
「これからの学院を考えるなら、分担してある程度私抜きでも運営できる体制が必要よね」
『ババアもいつまで健康か分からねぇだろ? 甘えるなら今のうちだ』
祖母は壮健であるとはいえ、何年も今の状況が望めるわけではない。それに、祖母にはノーブル領で生活するという選択肢も持って欲しい。王都の冬は寒いのだから、長生きして欲しいのから気候のよい内海に住んでもらいたい。
彼女からの提案にヴィーは「面白そうね、了解したわ」と告げる。
「あなたと、あの歩人は確実に同行してもらおうかしら。癖毛の少年はそこまで時間を掛けなくても、切っ掛けさえつかめばそれほど苦労しないで才能が芽吹くと思うの。彼、すっごくストイックだものね」
変われば変わるものである。捻くれ者の味噌っかすが今では薬師娘たちからも信頼される男になっているのだから。それは、自分自身に甘えていた過去に対する反省から生まれる姿勢なのかもしれない。だから、どこかで息抜きを必要とする時期が来るだろう。
「精霊って真面目で勤勉なだけでは難しいのよ。人もそうだけれど、遊びとか余裕が無いと臍曲げられるからね。そこは、癖毛少年には足りていない。セバスはその正反対だから、時間がかかるわね」
ヴィーの説明に激しく同意する彼女である。どうしてここまで差がついたのか。同じくらい捻くれ者の嫌われキャラであったはずなのだが。
『まあ、甘やかされ慣れてる奴は気が付いても修正が効かねぇんだよ。サボアの公爵とかその口だな』
素性が良かったとしても、頑張るきっかけを得ても踏みとどまれない性格というものがある。甘やかされ過ぎた男は、どこか踏ん張りが効かない性格になるのだろうかと彼女は理解する。
そういう意味では、孤児は甘やかされる経験が不足しているから、どこかで自分を甘やかせることを学ばねば自分自身を追い詰めすぎる可能性もあるのだろう。
「あーこれで、この先の冒険のめども立ったし、王国での過ごし方も予定が建てられそう」
ヴィーも少し先の事が気になっていたと告げ、この提案に大いに乗り気であるという。
「どこに行って何をやるから考えないとね」
「……その為には、事前に情報を集めて考えなければならないわよね。その、帝国の事はよく知らないので、出来るだけ教えて頂けるかしら」
「まあ、基本的な地誌のような事は自分で学んでもらうとして、帝国と王国の流儀の違いなんかで身バレしないようにすることから教えていくわね」
「よろしくお願いしますヴィー先生」
「ふふ、私も先生と呼ばれる身分になったわけだね。感慨深いよ!!」
彼女は久しぶりに師事する事になるようである。帝国に向かうまでに騎士学校を卒業し、二期生の見極めをし、彼女が不在の期間のリリアルの体制を考え、更には王妃様をはじめ彼女の帝国行に反対しそうな人たちを説得する必要もある。
騎士学校を卒業しても、さらに一段と忙しい日々か待っているのだと想像すると、彼女はげんなりとするのである。