作品タイトル不明
第275話 彼女は姉の登場に一息つく
第275話 彼女は姉の登場に一息つく
彼女は姉の登場に少々驚いていたが、医療品や生鮮野菜などを魔法袋で持ち込んだようだ。それと……ニース商会印のワインもである。
「こんな時こそ、ワインを売る!」
「いや、まあ、助かってるけどね……修道院でもワインは必須だしね」
いま彼女の姉は取引先の女将さんと商談中。ニース商会のミアン支店は未だ検討中なので、提携している地元の商会に卸す途中なのである。
「利益は普通に載せているだけだから、割高じゃないでしょ?」
「こっちは赤より白なんだよ」
「帝国カブレ?」
帝国では白ワインの需要が高い。王国では赤ワインで余り渋くないものが主流だ。
「樽の安いワインは赤しかないよ」
「そうかい。なら、その条件で卸しておくれ」
「毎度あり!!」
姉はどこに出せばいい? と聞いてきたので女将さんが「その辺で良いよ」というのを聞いて……
「倉庫にした方がいいですよ」
「は? なんで。どこにあるっていうんだい。魔法袋に……あー!!」
姉が女将さんの見ていぬまにドンドンとワイン樽を荷馬車数台ほども卸していく。
「な、な、な、なんだいその数は!!」
「え、さっき商談した数でしょう」
「それは、後で『持ってきているに決まってるでしょ?』……そ、そうだね。いいさ、直ぐに売れちまうだろうからね」
数十個の樽を魔法袋から取り出した姉は得意満面である。絶対ワザとなのだが、置き場所を指定したのは女将さんなので文句は言えない。
「いやー 人を驚かせるのは楽しいね。本人の許可取って目の前でさ」
姉は「これだけでわざわざ来たかいがあったよー」などと、相変わらず人騒がせである。
「男爵の姉君はそうとういたずら者なんだね」
「……本気で困っていますヴィー……」
姉の悪戯っ子は既婚者となった今でも、留まるところを知らない。むしろ、商会を巻込んで悪戯が派手になっている気がすると、彼女は思っている。
「嫌だなー 商売相手に『手強い』と思わせるのも必要な駆け引きだよ」
「……手強いというよりも、単なる嫌がらせに見えるけれど」
「それは、仕方ないんじゃない? 包囲の最中定価で卸してやって、感謝のかの字もないわけじゃない。あの店が利を載せるか載せないかはともかく、今までの価格で売れば店の株が上がり、高くして売れば利益が上がるわけでしょ?得しかないのに、何の見返りもよこさないなんて……」
姉は声を小さくして『ぶっ潰す』と口にした。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
姉と彼女そしてヴィーはミアンの街の中を散策していた。姉はガイドとして二人は潜入している魔物がいないかどうかをチェックしている。女三人揃えば姦しい等と言われるが……
「あ、あそこの鴨料理がおいしいんだよ。ニース商会のワインも卸してるし、料理にも合ってるんだ!」
「ここのパン屋さんのパンは、小麦を挽く時に粒を選んでるから、キメが揃ってて食感がすごくいいんだよ。古い小麦とか絶対使わないし、お奨め!」
どこのグルメガイドだよと言わんばかりに案内人に早変わり。どうやら、ニース商会がワインの流通に本格参入する時点で、時間をかけて王都から北の商圏に関して、特に商業の盛んな街を当たっていたのだという。
「昔ほどじゃないけど、ミアンは織物で商人の来訪も多いし、宿屋や料理屋も多いんだよね」
「それはそうでしょうね。聖都と比べてもなかなかではないかしら」
「王都はどうなの?」
「んー ニース商会の息の掛かっている店ってのはそれなりにあるんだよ。ブルグントやシャンパーは手の内だしね。それでも、ギュイエやロマンデは別系統だから、これから頑張っていく感じだね」
王都は王国の様々な場所から料理人も酒も人も集まるので、王国の様々な料理が楽しめるという点がある。裁判などで滞在する人も多く、桁違いに宿屋や料理屋は多いのだ。また、社交も盛んなため、バンケットの需要もある。
「確かに『伯爵』様もその辺りを気に入って滞在しているのですもの」
「……それは誰?」
ヴィーが関心をもつ『伯爵』。帝国の『伯爵』位を持つ元東の公国の大公の不死者。エルダー・リッチである。
「王国に滞在している私たちの協力者である帝国の爵位を持つ方です。少々、おかしな経歴の持ち主ですが……吸血鬼ではありません」
「なるほど。既に、王国にも潜入している者がいるというわけね。でも、あいつらの仲間じゃない」
「むしろ、うっとおしいから王国に逃げてきたっぽいよねあのおじさん」
姉が言うと、途端に『伯爵』の存在が安っぽくなる。
「会わせてもらえる?」
「ええ。帝国の高位冒険者なら喜んで会うと思います。その時に、ポーションを持っていくと喜びます」
「いいわ、私の先生直伝の良く効くポーションをお土産にしてあげる」
ヴィーはどうやら自作でポーションが作れるようである。なるほど、地の精霊と交流ができるのであれば、治癒効果の高いものも作れるのかも知れない。彼女とは異なるポーションを『伯爵』がどう味わうか少々興味が出て来る。
「私も……薬師として勉強してきたので、ヴィーの作るポーションに興味があります」
「そうか、あなたも薬師の勉強をしてきたのね。いいじゃない、王国の薬師と帝国の薬師で情報交換ってのもいいわね」
彼女の薬師・錬金術師の「先生」と呼ぶ方は、帝国では当時かなり有名な冒険者でもあったという。自生する植物も異なるであろうし、帝国で入手出来る素材を使ってポーションを現地で作成する際に、有用な情報となるかもしれない。
「ヴィーちゃんは王都の社交界とか出てみる? あの金髪のイケメンとさ」
姉が不意に社交の話をする。勿論、貴族同士の集まりという事ではなく、商会主催の交流目的のものになるだろう。
「美人とイケメンは場を賑やかにするからね! それに、帝国の人で王国語が話せるというのもいいよね。やっぱり、コミュニケーション取りにくいじゃない。全員が帝国語を話せたり、理解できるわけじゃないしね」
ヴィーは元々王国の農村育ち、言葉的には問題が全くない。それに、ビルは話さない方が多分魅力的だと思われる。
「社交界か……吸血鬼のいない社交の場も楽しめそうね」
「「……」」
どうやら、社交の場にはそれなりに吸血鬼の関係者が関わっているようで、帝国では楽しめないということらしい。裏返せば、社交の場に出ることで吸血鬼と接触することが出来るのかもしれない。
「でも、簡単には掴ませないよあいつらは。簡単じゃないし、いつでも切れるトカゲのしっぽばかりなんだよね。アリーも知ってるでしょ?」
隷属種や従属種の吸血鬼で実行部隊に配される程度の存在では、持っている情報がとても限られている。特に、相手の名前も偽名の可能性があるから、知ることが出来たとしても当てにならない。
「いや、偽名だからといって当てにならないわけじゃないわよ」
「そうなんだー」
姉はやる気のない相槌を打つが、これは関心のある反応だ。
「いくつか用意してあって、相手によって使い分ける事があるわね。身分に相応しい偽名と言うのはそうそう沢山用意ができないものよ。だから、複数の偽名を用いたとしても、数は限られるわけ」
「つまり、その偽名の人物を当たっていけば、本命に辿り着くというわけ
ですね」
「そうそう。私は冒険者としてはヴィーだけど、本名はオリビア、でも故郷の村では同名の女性が先にいたからオリヴィと呼ばれていたわ。それに、修道会などの社交の場ではオリヴィ・ラウスと名乗るし、場合によってはオリヴィ・ド・レミと名乗る事もある。でも、何らかの共通性はあって、立場や会う場所によって変えているわけ」
彼女自身も子爵令嬢としての本名、冒険者としてのアリー、リリアル男爵に王国副元帥と立場が違えば名乗りも変わる。吸血鬼に関しても同じことが言えると言いたいのだ。
「よっぽどの庶民でもない限り、名乗りは一つじゃないわよねシスター・アリー」
「その通りよシスター・アイネ」
ニヤニヤと笑う姉につき合い、軽口をたたく彼女。学院生の前では杓子定規な先生として振舞っていたものの、姉の前では年相応の姿を見せる。帝国の女魔術師も少し見方が変わったようだ。
「いいね、あなたたち姉妹。羨ましいわ」
「宜しければ、こんな姉でも妹代わりにどうぞお使いください」
「あ、それいいね! うちの親戚の従姉のオリヴィ・ラウス姉さんってことで紹介しちゃお!」
既に姉の頭の中では、王都の社交界で二人を引きずり回す予定が次々と立ち上がっているようだ。
「衣装はどうするつもり?」
「うーん、手持ちの物をアレンジするとか……どうかな」
ヴィーはしばらく考えて「良いわね」と答えた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
北門南門は王都からの増援到着までは小康状態を継続させるつもりだが、東門はこちらの管轄だ。
「その銃、欲しいな」
「……あげません……」
ジジマッチョが銃兵女子に話しかけ、けんもほろろにお断りされている。火薬を用いず、極少量の魔力保持者であれば使用できる魔導具をリリアル以外に供出する予定は今のところ皆無である。
「こちらにいらしたのですか」
「おお、アリー。あの銃が欲しいんじゃが」
「……無理です。院外秘扱いです……」
「むぅ。では……あの弾丸だけでも何とかならぬか」
魔装弾。正確には、聖女の魔力を込めた対アンデッド用の弾丸である。通常のマスケットでも発射は可能だ。
「それならば、ニース辺境伯家で入用な分はご用意できるかと思います」
「そうか。あの弾丸の秘密は……」
「私の魔力が込められているだけです」
『聖女』などと恥ずかしい呼称で呼ばれ、あちらこちらで拝まれ祈られる対象に不本意ながらなってしまった彼女にとって、その結果得られた『加護』に等しい『聖性』を帯びた魔力は、思う存分活用したいところなのだ。弾丸自体は消耗品であるし、アンデッド対策になるなら問題もない。
「普通の魔物や人間にはあまり効果がありませんので」
『いや、魔力を込めた分だけ破壊力は増している。その辺り、すっかり忘れてるんじゃねぇの』
魔力を持たない人間が魔物を討伐できるように工夫した武器であり、その効果は弾丸自体に『魔力纏い』相当の能力を最初から付与したものである。命中した対象に魔力纏いの効果を及ぼし、大きな貫通力を付与した物だと思えばいい。
「プレートも余裕で貫通する?」
「魔力を纏わずとも貫通できる場合もあるでしょう。口径が三倍くらいになったと思えば良いと思うわ」
「……三倍……」
口径が三倍ということは、体積は約三十倍である。おい!!
「明らかに、マスケットの威力ではないな……」
15㎜の弾丸で重さは25gほど。30倍で750gとなる。大砲でいえば隼鷹砲よりやや威力が低いが……ふつうのマスケット銃が小型の牽引砲並みの威力を発揮するというのは、攻城戦において革新的な効果を発する。特に、攻撃側からすれば。
「妹ちゃん、何だか不穏なお話が聞こえるのだけれど」
「……どういうことかしら姉さん」
姉が珍しく武具に興味を持ったようだ。ニース商会はニース辺境伯領の武器購入の代理店でもある。
「妹ちゃんたちってさ、気配察知と隠蔽も出来るよね」
「ええ。リリアルの魔術師はそれを最初に覚えるわ。命が大切ですもの」
「うん、それは良い事だね。命は一つしかないし、大事にすれば一生使える物だからね」
姉は何か迂遠なことを珍しく言い始めた。
「単刀直入に話してちょうだい」
「じゃさ、リリアルのメンバーで隠蔽できる子達十人位で、その魔装銃と魔装弾を持って城の近くまで隠蔽して近づくじゃない?」
「できれば、危険度の低い夜間が良いわね」
「そうだね。魔装銃って射撃間隔ってどのくらいなの」
彼女は「院外秘なのだけれど」と渋りながらも、数秒と答える。
「最初の一撃はゼロ秒、そして、暗いところだからちょっと時間がかかって十秒ごとに十発の大砲と同じ威力の弾丸が至近距離から十門同時に撃ちこまれる。最初の一分だけで七十発だよ。その場合、どうなると思う?」
彼女は自分たちが開発した魔装銃と魔装弾の組合せがとてつもなく強力な砲兵戦力になっていることに思い至る。
通常は、二頭の馬に大砲を曳かせ、弾丸と火薬の調合・管理にも細心の注意を払い、大砲を操作する技術者を雇い入れて運用する必要がある。大砲の製造価格も当然高価であり、職人や馬の維持コストも当然高い。
それが、一人の魔力量の少ない……リリアルの『銃兵』レベルで効果を発揮するとなれば……どうなるだろう。
「確かに、弾丸だけでも十分な脅威じゃが、魔装銃とリリアルが組み合わされば、余程の巨大な城でもない限り、恐らく、数時間で陥落するな。見えない敵から至近距離で一方的に大砲を撃ちこまれて破壊される。生きた心地もせんじゃろう。コストも低く、更に雨も関係ない。移動だって……魔装馬車であっという間に移動してしまう。こんな相手、どう手向かいすればいいのだ」
前伯の言葉に、ヴィーと姉も深く頷く。どうやら彼女たちは、知られれば危険な戦力を手にしてしまったようである。
『なんだ、心配するな。既にお前の存在自体がそれに近いもんなんだから、いまさらマスケットが大砲並みの威力ですってだけで大騒ぎにはならない。それに、ばれれば王国の周囲の国全てが同時に王国に戦争を吹っかけ始める。強すぎる相手には、周りの敵は団結するもんだ』
だから、王家と保守的な貴族くらいに知られるのはかえって安全であるし、急進的な貴族や軍人はリリアルと敵対する勢力だからそれも手を出してくる事はないと『魔剣』は告げるのである。