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第242話 彼女はネデルとランドルについて講義を聞く

第242話 彼女はネデルとランドルについて講義を聞く

聖ドミニク修道騎士団……修道会が母体となって編成された宗教騎士団の一つである。

旧修道騎士団は神国に大きな領土を持っていた。神国において異端と為されなかった修道騎士団は、他国において聖人騎士団に資産が引き継がれることを神国国王は良しとしなかった。なぜなら、神国中央部はサラセンとの戦いに二つの宗教騎士団に協力してもらうため、寄進された土地ばかりとなっており統合されれば王をしのぐ大領主となるからであった。

騎士修道会と修道会が収斂し、神国内では俗世の封建騎士団を大きく超える戦闘団となり、神国の海外進出に協力していくことになる。御子神教を世界に宣教し、その上で異民族・異教徒を教化する使命に燃える脳筋集団が出来上がったのである。

聖チェスコ修道騎士団という存在もあるが、東方への宣教を現在は主眼としているため、王国周辺で活動をしているのは先の聖ドミニク修道騎士団となる。

さらに、過激な聖神子修道騎士団が極東で活動しているという。人呼んで『教皇猊下の精兵』と呼ばれる集団である。

さて、彼女が考えているのは、先ほどの聖ドミニク修道会の総長であった高位の聖騎士の問題である。

「亡くなってしばらくたつ方なのでしょうか?」

「五年ほどだと聞いている。亡くなった直後ではないな」

吸血鬼化したり、レヴナントとなったわけではないのだろう。ワイトにするには適しているようだが、それをもってなにをしようとしているのだろうか。

『因みにな、リッチにするにも、自分が死んでから直ぐ成れるわけじゃないんだぜ。魂を整えて安置された遺体に定着させるために時間がかかる。年単位でな』

「……え……」

『伯爵が詳しいだろうが、それで五年かかっているんだろうさ。伯爵は魔術師として大したことがないから時間がかからなかったんだろうが、そいつは、高位の聖職者と考えられる。大司教のリッチだって存在したからな。聖騎士で異教徒・異端狩りの指導をしていた存在が、不死者になって何をしたいかって考えると、ちょっかい出してこないとも限らないよな……』

彼女の中で、嫌な予感が益々増加してくる。何の訓練も受けていない元娼婦のエルダーリッチでさえ、並の騎士を凌駕する速度と力を有しているのだ。それが、修道騎士団を率いていた高位の聖騎士で、聖職者としての魔力の遣い方まで可能となると……どうなるのだろう。

「出ちゃったら、お願いすることになるかもねー」

「王国が神国にちょっかいを出さねば問題ないのではないでしょうか」

「ふふ、何もないという事はないのですわ。今のところ敵ではないというだけで、神国国王と帝国皇帝は甥と叔父の関係であり、父親は皇帝を兼務していたのですから、ネデル辺りに出て来るついでに、王国にもちょっかいを掛けてもおかしくありませんわ」

つまり、表立って戦争をしているネデルには正規兵が出ているので、その周辺の地域で干渉を避けたい王国にそのリッチかワイトかは不明だが、強力なアンデッドを送り込んでくることはおかしくない……と言いたいのだろう。

『エルダー・リッチのパラディンね……それはパラディンと言えるのか?』

どうでも良い疑問を聞き流し、一先ず王太子は彼女に仕事を押し付けたいのだという事を理解した。

「その際は、リリアルに指名依頼していただけますか?」

「いーや、普通に副元帥に出陣要請だね。実質出陣強制だけれど」

「……承知しました。年金の分はお仕事させていただきます」

副元帥の年金は兵を養うための費用でもある。将来的には冒険者的な活動も可能な専業の兵士を孤児から育ててみたいと考えているが、まだ先の話である。益々冒険者ギルドは衰退していくことになるだろうか。

「聖騎士って守りの魔術とか癒しの術が使えるのよね多分。アンデットの癒しって……なに?」

「……私も知りたいわ」

「ああ、残念ながら聖職者のアンデッドは基本的に探究目的で不死化している人が多いから難しいかもね。それに、聖騎士のアンデッドとか色々前提がおかしいから、前代未聞だと思うよ」

死んだ後も延々と異教徒狩りをしたかったのだろうか。自分が善、相手が悪と決めつけてしまうとそういう発想に至るのかもしれない。死んで終わらない人生というのも安息の無いものなのではないだろうかと彼女は思う。

『……耳がいてぇな……』

そういえば、我が家の永世ストーカーである『魔剣』の人生はどう終わるのか少々疑問でもある。剣自体が破壊されれば終わるとも思えない。そもそも、破壊できるのだろうかとも思う。

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翌日の講義は……『伯爵』の周辺地誌であった。内容はネデル・ランドルに関して……非常にタイムリー。

『ネデル』とは低地という程度の意味である。文字通り、メイン川の河口にある大山脈を氷河や川が削り流れた土砂が堆積した場所であり、本来なら、人が住める場所はほとんど無かった。

ネデルに住み着いた人々は恐らくは戦に弱い者たちであったのだろう。豊かな土地を得ることができるのは、戦に勝てばこそであるから。

堤防を築き、土地を乾かし農地を作り村を作り、街を作りやがては都市を作った。ネデルに住む人々は原神子教徒が多いのは理由がある。それは、彼ら自身が住むべき場所を作り出した自負にある。

『神は天地創造をしたが、我らの住む土地は我らが創造したものだ』

神には敬意を払うが、自ら手にしたものは自らの努力のたまものである……と彼らは考えている。故に、御神子の名前を騙る教皇や彼らの名代としてこの地の支配者面をする帝国皇帝兼神国国王である しゃくれ顎(・・・・・) に従うつもりなどさらさらないのである。

ネデル名物の風車は風の力で揚水し続けなければ、国土が海に沈むという彼らの存在を象徴するものであり、人間の努力が神の創造を越える事を意味する物でもある。つまり……

――― 神の名を騙り支配しようとするものに屈するくらいなら、風車止めてやる!!

くらいの心意気なのである。

原神子教徒に改宗した理由は、メイン川北岸の低地地域に住む人々が働くことを『原罪』と捉える御神子の解釈をそうではないと肯定してくれる存在が現れたからでもある。

一方、メイン川南岸のランドルは土地は豊かであり、『神の恩寵』を感じる事が出来た土地でもあるので、そこまで激しく抵抗する者は増えなかったというのが正直なところだろう。

原神子教徒の中でもさらに神の御心に沿う行いを追求するとした存在が『ケルヴィン派』と呼ばれる存在で、王国生まれの神学者が半世紀ほど前から唱えている考え方である。ネデルはケルヴィンの考え方を支持しているものが多く、原神子教徒の中でもさらに先鋭的と言われている。

その教えの胆は『それぞれが従事している職業は、神から必然的な業として与えられた天職である』とするもので、さらに、救われるか否かも神の意思であり、人間が介在する余地はないという……ある意味どうもならない話なのである。

だから、教会に寄付したり、有難いお札を買う意味はないとするわけなのだ。

ただし、神を信ずるなら真摯に与えられた仕事を行う事は、信仰心の現れであり、その行為は神の御心に適う行為であり……結果として財産が増えることは正しい行いの証明である……というお話になる。とても自己本位な発想で、愛の気配も感じられない。

「生まれつきコソ泥とかの場合どうなるのかしらね」

「職業王様って……何をどうすれば救済されるのか、決まっているなら、何もしなくてもいいんじゃない?」

商人や職人なら『金儲け』ということが神の御心に適う行為ということになるだろうが、では、傭兵や娼婦はどうなるのだろうか。苦しんでいる人に、何か救いになるような教えはあるのだろうか……と思わないでもない。

「お札を買えば幸せになれるかどうかは分からないけれど、少なくとも『あなたは許されましたよ』と思えるというのは大事なのではないかしら」

「都市に住んでいる小金持ちが喜びそうな教えであるという事は良く分かったわ」

因みに、ケルビン氏は王国北部聖都近くのに生まれた法律家の子供であり、王都やランドルの大学で学んだ……だけの……人間である。

「自己肯定する為にって事なんじゃない」

「スポンサーに都合の良い法的な解釈をするところが家庭の教育の賜物ね」

貧民や孤児に生まれた人間には『生まれつき神様が決めた職業だからしょうがないよね☆』と言える感覚が……上級市民である。

「まだ、筋肉育てて荒地を開墾している修道士の方が一万倍ましね」

「くだらない理屈をこねて、無駄飯食べて無駄なものを出すしか能がないのかしらね……腹が立つ」

ケルビン派の発想は……正しいかもしれないが、隣にいて欲しいとは思わない。例えば、日曜日に教会へ行かない……行けばいいじゃないかと思う。別に、表向き習慣に合わせればよい。寄付も、人並みにすればいい。確かに、全ての寄付が施しに回るわけではないが、寄付しなければ施しゼロである。

「ケチ臭いわよね」

「ええ、自分たちだけで生きているつもりなのでしょうね。まあ、教会に来ない時点で嫌われると思わないところが……気持ち悪いわ」

最初からそうなのではなく、ある日突然自分に都合がいい解釈を受け入れ、今までの行いを一切やめる。例えば、批判している『御札』だって、買わなければいい話ではないのか。まあ、強制されたら「いままで無くても問題ないのだから、うちは不要です」と言えば良い話だ。

言えないなら、「じゃ一番安いので」と言えば良い。

仲間内は商工人ばかりで、都市に住み余計な負担を拒否して仲間内で金を回して『神のみ心は仕事に専念して金を稼ぐことで適う!』と言っていれば……憎まれるのは当然だ。

ランドルは似た地勢ではあるが、古くからある都市も多く、王国・連合王国との結びつきもある。ネデルと比べるとやや穏やかな関係性ではあるが、歴史が古い分、諍いの歴史も多い。

ランドルは王国と関係が深く、元はランドル伯家が治めていた地方なのだが、現在ではランドル伯家の直系が断絶し、自由商業都市中心の地域となっており、連合王国と緩やかな同盟関係にある。その南東部がワルーンであり、ランドルとは言語や習慣もことなる地域なのだ。デンヌの森を抱える司教領と帝国領となっている地域と言えば良いだろうか。

ランドルよりネデル、とくに北部の都市は人工的に埋め立てられた場所に新たに築かれた都市が多く、その分、王国・帝国の影響を受けておらず、ランドル同様、海を跨いだ連合王国との関係を強めている。敵の敵は味方という考え方もあり、また、原神子教徒同士であること、商業を通じて関係を強めていることも利している。

ただし、中心的な都市であった『ルージュ』は運河が堆積により船の運行が困難となり、現在大いに衰退している。その昔、コルトの戦いでは市民軍の多くを送り出した頃の威勢は今や昔の事となりつつある。

今一つの中心都市『アンベルス』はネデルに隣接した地域であり、王国寄りの地域と比べ、ネデルに追従する傾向がさらに強い。連合王国や神国の商館も置かれ、帝国内の諸侯もこの地での商売を増やし、国際的な商業都市となっている。『ルージュ』を含め王国に近い都市は衰退し、ネデルに近い地域がランドルの中でも興隆しているのは、連合王国と競争せず、市場として帝国・法国をはじめ、原国や海国などにも市場を提供したことにあるだろう。

メイン側の河口に一つと接続する河川を持つ都市の優位性は計り知れない。

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王国の北側はズバッと商圏がネデルと商人同盟ギルドに抑えられており、王国の商圏をまとめる以上の手はないのかもしれない。それは、王家が考えている話であり、彼女たちには余計なことなのだが。とは言え、市場を求めて戦争をする……という可能性も無きにしも非ずであり、いま行われている様々な提案は、内政を固めた後に外征へつながるのかもしれない。

『でもよ、いまの神国の国王ってのは、何度も破産してるんだぜ』

「……何故? 大国の王が破産するのよ。戦争のやり過ぎかしらね」

『広げると際限なくなるからな。周りに人は集まってくるわ、誰かにだけいい顔も出来ないから、良さそうな提案は皆受けてしまう。まして、あの国は神権政治の国だ。財布の中身が厳しいからと、神様の為なら財布をひっくり返してでも金を出さなきゃならねぇ』

ネデル領が反乱を起こしているのも、過剰な神国国王の宗教政策の問題なのだから仕方がないだろう。経済より政治より宗教を優先させるということは、そう言う結論となる。

「王国内も、バランスをとって行かないといけないから、王家は大変なのよね」

と王太子にも多少の憐れみを感じるが、元気に調子に乗られるのも腹立たしいので、いまくらいで良いのではないかと思わないでもない。

つまり、『伯爵』の講義内容と、いま起きている事件、王太子殿下の話を総合すると、神国とネデル領の対立の結果、とばっちりでランドル周辺の王国領に何らかの事件が発生する……それもアンデッド絡みでという事が推測される。

そして、連合王国の港湾都市『カ・レ』から、ランドルに近いバロア地方の諸都市を巡る第二回の遠征も予定されている。

「王都圏は比較的安定したけれど、その外側はまだまだこれからって言いたいのでしょうね」

「何だか、行く先々で討伐に巻き込まれるのはワザとなのよね。次回は、近衛騎士達にも野営や討伐を経験させる方がいいんじゃないかしら」

「ふふ、従者を沢山引き連れて物見遊山の遠征になるのが嫌でなければ提案すると良いのでしょうね」

「あー 王立騎士団や王国の防衛の見直しを兼ねての遠征なんだろうけれど、騎士学校の生徒の演習の課題じゃないわよね!!」

ついでに色々巻き込まれたり、依頼されたりすることが目に浮かぶ故に、彼女は一つの提案を考えている。

「リリアルの魔術師も偶然……遠征しているとかあると良いわね」

「聖都の大聖堂か騎士団に警邏の依頼でも出してもらえるといいかもね」

伯姪の言う通り、早々都合の良い提案はないだろう。ならば……

「ニース商会の行商の練習をその時期に行うというのはどうかしらね」

「ああ、薬師の子も含めて、何組か兎馬車で編成してバロアの周辺を行商させるとかね……商圏的にはありじゃない?」

絶対何かあると感じつつ、今回は学院生も巻き込めば多少負担が減るだろう。それに、実際、聖騎士のエルダー・リッチが現れるとすれば、グール軍団のような存在も現れてもおかしくない。その場合、魔力持ちで魔銀の武器を持つ騎士がどれだけ同行しているかと言うと……彼女たちとカトリナ主従しかいない。巻き込まれるなら、準備しておくに越した事はないだろうと彼女は考えるのである。