作品タイトル不明
第22話 彼女は前辺境伯からとある噂を聞く
第22話 彼女は前辺境伯からとある噂を聞く
さて、夕食を楽しんだ後、食後の団欒である。前伯夫人がクラヴサンの演奏をしてくれるのだ。
鍵盤を流れるように指が動き叩くと、柔らかな音色が部屋に鳴り響く。それは、彼女が得意とするハープの張りつめたような音とは趣を異にする。その音は、長い人生を送ってきた夫人の、時の流れにもまれた心と胸の柔らかさを示しているように思えるのだ。
もし仮に、夫人の妹も夫人と同じ体質で、その体質が孫娘に遺伝しているとすれば、伯姪は将来有望なのであろう。別に羨ましくなんてないやいと彼女は思うのであった。
「素敵な音色でした」
「素晴らしいですわ大ばあ様」
どうやら、彼女は自分の祖母の姉を大ばあ様と呼んでいるらしい。確かにどこかの部分が大きいので否定できない。非常に女性的である。
「どうでしょうか、御令嬢も奏でていただけませんでしょか」
「ふむ、是非お願いしたいですわ」
騎士団長と伯姪の声に、老夫婦も賛同する。故に、彼女は持参しているマイハープを手に取り、いつぞやの夜、あの村で皆の前で奏でた曲を演奏する。
その声は南の海に向かい広がっていき、あの夜には見えなかった月がその海の上に浮かんでいるのが見える。あの時はバラードを奏で、皆の士気を高めたものだが、今日の夜にふさわしいかどうか自信がなかったが、一番自分の好きな曲を演奏したかったのだ。
演奏が終わると、騎士団長はテンションが上がっていた……いや、もう立会しないからねと思いつつ、老夫妻も少し眼が赤くなっているようである。
「心が洗れるようだったな」
「ええ、素晴らしい夜になりましたわね」
演奏に関しては、満足していただけたようで彼女は安心した。その後、前伯はこう続けた。
「何故この曲を選んだのかな」
彼女は素直に、自分の一番好きな曲であり、この心根のように生きたいと感じているからだと話した。
「なるほどな。ご令嬢は、やはり、あの家の娘であるということだな」
「どういう意味ですの?」
と、彼女が聞き返すと、前伯はこう答えた。
「この曲は、子爵家の先祖である騎士とその妻の姿を謡ったものなのだよ。知らなかったのか」
「ええ、ちっとも知りませんでした。そうですか、騎士とその妻を……」
魔剣は多分知っていたのだろう。なぜ教えてくれなかったのか、あとでじっくりと話を聞くとしようかと思うのである。
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その後、伯姪と夫人が二人でクラヴサンを演奏したり、前伯と騎士団長がハープに合わせて騎士団の歌を歌ったり……ジジマッチョはハープも上手で歌声も渋かったのだが、騎士団長は音痴であった。顔は似ているのに残念だねと彼女は思ったが、口にはしなかった。
今夜は一泊し、明日の昼食後、城館に戻る予定となっている。昼寝をするおかげで、夜になってもなかなか眠くならず、彼女は前伯と話をしているのであるが、あまり愉快な話ではない。
「人型の魔狼ですか。初めて伺います」
彼女は想像する。恐らく、頭は魔狼のような形で、体はゴブリンチャンピオン程の体格、そして指には鍵爪のようなものがある。二足歩行で噛みつき、爪で切り裂く。そして、万が一捕まれば、手足を引きちぎるほどの力を持つ。
狼というよりは、頭が狼のオーガのようなものであろう。但し、武具は使えないのだ。
「法国の東には丘国・森国といった山野の多い国がある。その国にはヴォルコと呼ばれる狼鬼がいるそうだ」
オーガとは遭遇したことがある前伯は、その対策の際に狼鬼の対応に関しても検討したため知っているのだそうだ。
「森国から丘国と帝国の南、法国の北に広がる森林地帯はつながっているから、そういったものが入り込んだとしてもおかしくはないと、当時は考えたのだよ」
オーガは力は強いが、敏捷性は人間に近い。狼鬼は魔狼に近いのだという。
「魔狼をさらにウシほどの大きさにして、オーガのように立ちあがらせるというイメージだそうだ」
「洒落になりません御隠居様」
「妖精でも敵わないか」
彼女は狼の動きに人間並みの思考能力だと、罠に嵌めるのは難しいのではないかと思った。とは言え、王国内にも狼男とされる事件が発生することはあるのだが、調べてみると人間の仕業をそれっぽく偽装した殺人事件であることが多いのだ。
民の殺人事件に手間をかけたくない領主あたりが、それで犯人捜しをやめるための方便、もしくは、貴族の起こした事件を隠蔽するための言い訳であるかもしれない。
その昔、王国の高位貴族の中でも王族に近い公爵が、少年を攫って拷問死させる事件が発覚したこともある。なので、ルー・ガルーなどと称される化け物は、狼の頭の頭巾を被った犯罪者である可能性も否定できないのだ。
その時は、彼女は相棒たちと依頼を受けて調査するのも良いと考えているのである。隠蔽や猫の力を借りれば、犯行現場を押さえることも可能だと思うのだ。とは言え、冒険者ギルドに依頼がない限り、勝手に首を突っ込むわけにも行かないだろう。それに、依頼料だって安くはないのだ。
「辺境伯領ではそのような事件は今まであったのですか」
「いや、ないな。王都周辺だとどうだ」
「私が聞き及ぶ範囲では特にありません。父が小さい頃にはそのような話もあって、魔女が関わっていたとされていたのだと聞いています」
魔女とは、魔術師の「魔」とは関係のない、悪魔の「魔」である。つまり、簡単に言えば、悪魔の「女」・愛人というほどの意味である。貧しく孤独な女がそそのかされ、「悪魔」に利用され、事件に巻き込まれるのだが、実際は狼男同様、その手の被り物で変装した犯罪者、恐らくは山賊のようなものたちであろう。
特に、傭兵は衣装に拘る者であり、左右非対称な鎧や兜をかぶることもある。暗がりで見れば、悪魔にしか見えないであろう。そうして、孤独な女をだまして手先にするというわけである。
彼女も思わないわけではない。仮に、あの時家から逃げ出し、薬師として人里離れた森の中に住んだとしたらどのようになったかということを。魔剣と出会い、魔力を使えるようになり、冒険者ギルドで出会いがあった。屋敷の使用人とも、いい関係が築けていたが、屋敷を離れたら、恐らく今のようにはなれなかっただろう。
猫との出会いも、魔法が使えなければ成り立たなかった。ポーションなしでは、猫を助けられなかっただろうから。だから、少しのきっかけで世界が変わらなければ、彼女も魔女になっていたかもしれないのだということに、気が付いたのである。
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翌日は、午前中はゆっくり砦の中を散策した。古い時代の砦の素材を上手に工夫して、今の館の素材に利用しているのは感心するばかりである。
「この辺のものは、もう、数百年は経ったものだろうな」
「それほど昔から、ここに砦があったわけですね」
「ああ。先祖代々の土地だからな。それに、古の帝国の職人たちの手で組み上げられたものだ。孫や曾孫にも大事に引き継がないとな」
それは、彼女の家が代々担う、王都の都市計画も同様なのである。教会や大学、様々な施設を何世代にもわたり、少しずつ完成させていくために子爵家は代々仕事をしているのだ。それを考えると、かの令息には代々城塞都市とニース領を積み上げてきた領主としての血が流れているわけで、子爵家に入ったとしても、水が合うのではないかと思うのである。
「王都もそうですもの、きっと、子爵家と辺境伯家はとても反りが合うのではないかと思いますわ」
「ふむ、王都も数百年かけて未だ構築中だしな。そういう意味では、王国内の主だった都市は、古の帝国が開いた駐屯地が都市となったものだから、ルーツは共通なんじゃ」
確かに、南都も王都も大規模な都市はその通りである。古の帝国を築いた様々な指導者は、慧眼であったのだろうと彼女は思った。
「弟も、いい嫁が見つかってよかった」
「お兄様も見つけなければですわ」
「俺か……そのうちだな……」
伯姪は騎士団長にさりげなくアピールしているつもりなのだが、完全空振りである。かすりもしない。
「そういえば、あなたは婚約者はいないのですか?」
「事情が変わりましたので、恐らくデビュタントまでは何もないかと思います」
「王に拝謁して言葉を賜る栄誉を与えられた令嬢など、百年に一人もおらぬであろうからな。大変じゃろう」
「……百年に一人……」
実際、未成年の女性が英雄になるというのは、かの連合王国から王家を守り、再び王国を安定させる勝利をもたらした救国の乙女以来の快挙だと思われる。確かに、百年以上だろう。
伯姪は自分がライバル視していた彼女が、王国の歴史に残る快挙を成し遂げていたとは今の今まで気が付いていなかったのである。勿論、当の本人もである。
「そんな英雄と剣を交えることができたとは、敗れたと言えども名誉なことです」
「阿呆が! ニース騎士団の団長が負けて名誉とは口が裂けても言葉にするでない!」
ジジマッチョが孫を大いにしかりつけることになったのは当然であろう。因みに、先代騎士団長は先代当主が兼務していたのは言うまでもない。いや、当主交代後も、騎士団長は孫が継ぐつい最近まで勤めており、濃青等級の冒険者に匹敵する騎士団長であった。
さて、王都での結婚式での再会を約束し、先代辺境伯夫妻と別れ、三人と護衛の冒険者は城館に戻るのである。朝食後、前伯に三人を紹介し、何故か手合わせをすることになり、戦士と剣士は一方的に叩きのめされた。うん、濃青等級並は伊達ではないのである。
野伏は矢を剣で斬りおとす技を見せるために相手をし、自信を喪失しているらしい。もしかして、現役最高時は薄紫くらいの実力を持っていたのかもしれないと彼女は思った。
「すごい先代様でしたね」
「ああ、俺が子供の頃から、全然変わっていない。まだ、当分は追いつけそうもないな」
どこか誇らしげに祖父を評する騎士団長。とは言え、踏んでいる場数と斬っている人の数が桁違いだろう。彼女がゴブリン討伐で実力を高めたのと同様、若い頃から敵を斬ることを重ねてきた御老人は、経験値が相当なものなのだろう。
「民を守るために、鬼になられたのでしょう」
「まさしくその通りだ。おじい様は心優しい領主であり、敵には情け容赦のない騎士であったよ」
背後で、剣士の「うへぇ」という声が聞こえてくる。濃青等級の冒険者と手合わせする機会など、生涯に何度もあるものではない。そういう意味では、薄黄剣士は、この依頼に同行して幸運だったと言えるのではないか。たとえ、気絶して回復魔法の治療を受けるほどの痛い目に遭ったとしてもだ。
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城館に戻ると、既に夕食の時間であった。湯あみを済ませ、ニース風のドレスに着替える。馬に乗って風を受けてはいたものの、背中は汗だくであったので無理もないのである。
『馬子にも衣装だな』
「……そんなこと言うのは魔剣だけよ。これでも「白雪姫」とよばれることもあったのよ」
『これからは難しいかもな』
残念ながら、フェアリーとか妖精騎士と呼ばれるに違いないからではある。それが不満なのかというと、彼女の中ではそうでもないのだ。外見の黒目黒髪という特徴から名付けられた「白雪姫」よりも、多少、彼女自身の生き方や出来ることを表した「フェアリー」「妖精騎士」の方がマシだとは考えている。
食堂では既に騎士団長が着替えて話をしている。話題は当然、祖父である前伯との出来事が中心だ。
「前伯様に負けたんですって~?」
「いいえ、互角でしたよ。祖父は濃青等級の冒険者に匹敵しますので、俺より格段に強いです。実戦経験も豊富ですし、いまだ、この地の最強騎士は祖父なのです」
姉のからかいに、慌てて騎士団長が注釈を加える。何でもありなら、彼女の勝ち目もあっただろうが、剣だけでは正統派の騎士の頂点には遥かに及ばないのである。
「ええ、とても素晴らしい経験をさせていただきました。供のものにも今朝、稽古を付けていただきましたので、護衛を引き受けて良かったと、彼らも感じていることでしょう」
と、自分だけでなく、冒険者たちとも手合わせしたことを聞いて、辺境伯夫妻も、嫡子も苦笑いである。恐らく、嫡子夫人はさほど詳しくないから反応に困っているのは、彼女が嫁いで日が浅いことと、その時点で前伯は城館をでていて、接点が少なかったためであろう。
「とてもお強い方なのですね」
母がそう述べると、辺境伯一家は、これでもかと前辺境伯のエピソードを語りだした。それは、一箇の冒険譚であり、この地を守るために長い間力を尽くした英雄の物語であった。とはいえ、食事時にふさわしくないスプラッターな話題を出した騎士団長に、夫人が厳しい口調で叱責したことは言うまでもない。
「次の機会には、是非ご挨拶させていただきたいですわね」
姉はたぶん本心から伝えている。この辺境伯家で一番面白そうなのはそのジジマッチョであると気が付いたからだ。姉は、面白い人物が大好きであり、前伯はドストライクなのである。