軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

213・アントンの手紙

――私の名はアントン・レイガー。セルヴ村の領主だ。

いつか誰かがこれを見つける日が来たら、この箱を私の妻ライラに返してやってほしい。

彼女が奇跡的にこの場所を思い出してくれるといいのだが、きっとそれは難しいだろう。

だからこの手紙を読んだあなたに頼みたい。

袋の中の金貨は報酬だ。

少なくて申し訳ないが、これが今の私に用意できる精一杯。どうかこれで私の依頼を受けてほしい。

ライラはプラチナブロンドの髪に藍色の瞳で、姿は女神像によく似た美しい人だ。

見ればすぐに彼女だと分かるだろう。

ライラは何の前触れもなく突然消えた。

私が仕事で一週間ほど留守にしている間の事だった。

なぜ何も言わず居なくなってしまったのか、私には見当もつかない。

使用人に日記や置手紙がないか調べさせたが、メモの一枚も出てこなかった。

買い与えた沢山の宝石や高価な衣類はすべて衣装部屋に残され、好んで着ていた質素な普段着だけが無くなっていた。

彼女に渡していた小遣いはそれほど多くない。

手持ちの金が無くなればすぐに戻ってくると楽観視したのが間違いだった。

せいぜい一週間程度の冒険旅行なら、笑って許すつもりでいた。

しかしひと月が過ぎても彼女は戻らなかった。

不満はその都度解消してやっていた。

嫌と言うから社交は免除してやったし、屋敷を出たいと言えば敷地内に妻用の小さな家を建ててやった。

彼女はそこを気に入り、母屋に寄り付かなくなったが、それで精神が安定するなら問題なかった。

彼女の聖域で過ごす夫婦の時間はとても穏やかで、私達は上手くいっていると思っていた。

何かに巻き込まれた可能性を考えて事件、事故の記録を調べさせたが該当するものは無く、何の手掛かりも見つけられない状況に頭がおかしくなりそうだった。

すぐに人を雇って探すべきだったのに、周りの声に流されて判断を誤ったのが悔やまれる。

妻の失踪から始まり、レイガー家は不運続きだ。

病気ひとつした事のない末の子が風邪を拗らせて亡くなり、翌年には村の主な収入源であるワインの品質が低下した。

十年以上続いた王城との取引が白紙になり村は大打撃を受けた。

何より私の気持ちが沈んで何もする気が起きない。

大金をかけて彼女を探したのに、なぜか手がかりすら見つからなかった。

私にはもう打つ手がない。

私の美しい妻ライラ。

私は君に告白しなければならない事がある。

君の主張は正しく、君には心の大部分を占めていた大切な人がいた。

ある日、邪魔なあの男がいなくなった。

私の願いが叶ったのだと歓喜した。

ライラは絶望して生きる気力を失っていたが、私には好都合だった。

見舞いに行くとライラは危険なほどやせ細り、うつろな目で私を見た。

抱擁を拒まれなかったのはその時が初めてだった。私に身を預けてくれるのが嬉しくて、思わず強く抱きしめた。

この弱った彼女をドロドロに甘やして私の愛で満たしたいという強い欲望に駆られた。

私はその帰りに婚約間近だった恋人と別れた。

そして大急ぎで養子の受け入れ先となる外国の貴族を確保し、ライラの父親を説得して貴族との養子縁組に合意させ、攫うように彼女を屋敷に連れ帰った。

必要な物は全て用意してあるから何も持ってくるなと伝えたのに、彼女はこの箱だけは手放さなかった。

何が入っているのか尋ねても、「宝物」としか答えてくれず、私は好奇心から彼女が寝ている間にこっそり中を確認した。

愕然とした。

宝物だとしても、嫁ぎ先に持ってきていい物ではなかった。

私は憤り、彼女が寝てる隙に箱を持ち出した。

それをどう処分するか考えている時、ある禁術の存在を思い出した。

こうしている間もライラはあの男を思って悲しみ、悪夢にうなされている。

あいつは彼女の幸せな時間を奪う悪人だ。

邪魔で邪魔で、この世から消えて無くなれと何度も願った相手。

良くない事だとわかっていたが、私には禁術を使わないという選択肢は無かった。

過去を忘れてしまえば彼女も私を愛するようになるだろう。禁を冒す不安よりも、そちらの期待の方がはるかに勝った。

効果はすぐに表れ、うなされていた彼女は静かに寝息を立て始めた。

禁術の副作用で彼女は記憶障害を引き起こしてしまったが、思い出を上書きして私が婚約者だと信じ込ませる事に成功した。

そして結婚式。彼女はようやく身も心も私のものとなった。

しかし、術は成功したのに彼女の中から「彼」が消える事はなかった。

暫くして彼女は、強い喪失感を感じると訴え始めた。

大切な誰かを忘れているみたいだと、ボーっとする時間が増えた。

彼がどこの誰かも思い出せないくせに、君が言っているのは私の事だと言い聞かせても「違う」と否定した。

ずっとぼんやり過ごしていたライラはある日正気を取り戻し、つわりを理由に私と寝室を分けた。

腹が立った。私の子を腹に宿しながらいつまでも他の男に執着する君に。

だから私に依存するようわざと孤独に堕とし、精神的に追い詰めたりもした。

傷つけるつもりはなく、ただ私と向き合ってほしかった。

幸せにする自信があった。

私は騎士団に所属し、母譲りの美しい容姿と父譲りのスタイルの良さで数多の令嬢達を虜にしてきた。

将来は父の後を継いで領主となる身だ。

そんな私が、ただ長く彼女と過ごしただけの見習い大工に負ける訳がない。

あの男より地位も金もある。労働など必要のない贅沢な暮らしを与えてやった。

ライラには母が忌み嫌っていた子育てをさせず、育児はすべて私を育てた乳母に任せた。

ただ美しく着飾り私を笑顔で受け入れるだけ。彼女に求めたのはそれだけだ。

誰もがうらやむ夫と贅沢な暮らしを手にして一体何が不満だった?

娘が生まれた後、後継ぎの件を母に急かされ彼女の部屋へ向かったが、拒むライラと口論になった。

母は無理強いしてでも次の子を作れとうるさく、二人目を望んでいた私はライラに嫉妬させるつもりで元恋人だった令嬢を第二夫人として屋敷に迎えた。

しかし腹の立つことに、ライラはまったく動じなかった。

翌年、第二夫人に後継ぎとなる男児を産ませた。

その後も次々に男児が三人生まれ、もう後継ぎの心配はなくなった。

ライラは私が他の女に子を産ませても文句を言わず、むしろホッとしているように見えた。

ならば何が不満だった?

ライラの娘を十五の若さで嫁がせたのが悪かったのか。

相手は私の騎士時代の部下で、家柄も人柄も良く、娘は彼に夢中だった。

娘は幸せな結婚をした。問題はなかったはずだ。

しかしライラが消えたのは娘の結婚式から数日後の事だった。

私はどこで間違えたのだろう?

安易に記憶操作などせず君に寄り添い、心が癒えるのを待てばよかったのか。

しかし人生は短い。

嫌な事など忘れて残りの人生を楽しく生きる方が何倍も良いはずだ。

愛するライラ。

今となっては君がどう感じていたか知る由もないが、すべて君を愛するが故にした事だ。

あのまま放っておけば、君は衰弱して死んでいただろう。

そうなればきっとあの男も悲しむ。

この箱は私にとって悪夢の種でしかないが、君にとっては宝物だ。

何度も燃やしてしまおうと思ったが、嫌われるのが怖くてできなかった。

だから、君の思いが強く残るこの場所に埋める事にした。

あの男に君を返すようで気に入らないと思う反面、これを手放せる事に安堵している。

生まれ変わったら、あの男より早く君と出会い、私が先にプロポーズする。どんな姿に生まれ変わっていても、きっと君を見分けられるだろう。

来世は今より高い身分と能力を持って生まれて、必ず君を私のものに――

私は手紙の途中で気分が悪くなり、最後の数行を残して読むのをやめた。