軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

199・ジンの最後

その年の冬が来る前に、俺とライラは結婚するはずだった――

神殿のドアを修理しに行ったのは夏の暑さが収まりかけた頃。

そして秋になって事件は起きた。

ある晴れた日の朝、俺とタキスとライラの三人は、子どもの頃から毎年恒例となっていた木の実拾いに出掛けた。

年中実る果樹園とは異なり、人里離れた山奥に自生する栗やクルミなどのナッツ類は、秋にしか収穫出来ない貴重な食材だ。

だからライラは、貴重な栗を結婚祝いの宴の料理に使い、自分達を祝福しに集まってくれた人々をもてなすつもりでいた。

しかし張り切って山を登ったというのに、この日はいつも大量に落ちている場所にはほとんど栗が落ちておらず、まだ熟さず木になっている状態だった。

「あらら……残念、まだ栗拾いには早いみたい」

「ま、こういう時もあるさ。あるだけ拾って次の場所に行こう」

「そうだね。ところでライラはどのくらい栗が必要なの?」

タキスにそう聞かれると、ライラはよくぞ聞いてくれました! とばかりに目を輝かせた。

「あのね、栗のケーキと村の皆が大好きな焼き栗を作って配ろうと思ってるの! だからこの袋いっぱいに集めるつもり!」

ライラの腰には栗が一キロは入りそうな巾着袋が二枚ぶら下がっている。いつもならすぐいっぱいになる量だ。

たったそれだけで良いのか? と思っていたら、その巾着の中から更に三枚ずつ、計六枚の袋が出てきた。しかも腰から下げているのよりちょっと大きい。

宣言通り八枚すべてに栗を詰めたら、合計で十キロにはなるだろう。

「フフッ……ライラ、そんなにたくさん袋を持って来たりして、今日は自分で持って帰るつもりだったのかい?」

タキスがライラを揶揄う。

初めてライラを木の実拾いに連れて来た日、欲張らずに持って帰れるだけにしろという父親の助言を無視して、彼女は持参した袋いっぱいに栗を集めた。重さにして約ニキロ。

女の子の小さな体で二キロの荷物を背負っての山歩きは相当厳しい。

となれば当然、村に帰る途中で「重くてもう歩けない」と俺に泣きつく羽目になる。

それ以来、俺達の背負い袋にライラが拾い集めた栗を一緒に入れて持ち帰るのが当たり前になってしまった。

でも、俺もタキスも全然嫌ではなかった。

ライラは幼少期に友達から言われた一言が影響して、父親にすら滅多に甘えない子になってしまったから、時々俺達を頼って甘えてくれるのがものすごく嬉しかったのだ。

「いつも拾うだけ拾って全部俺達に運ばせるくせに、珍しいな」

「何よジンまで。これくらいなら私でも村まで運べるわよ」

「うん。頑張れば大丈夫かな。でもさ、袋を小分けにするのは疲れたら僕らに持たせるつもりだからだよね?」

「あ! 何だ、そうなのか?」

「……さ! 早く拾って次の場所に移動! 栗の後はクルミも拾いに行くんだから。ほら二人とも急いで急いで!」

図星を突かれたライラはニコッと笑って誤魔化し、さっさと栗拾いを始めた。

熟して開いたイガを両足で踏み広げて、持って来たトングで中の栗の実だけを取り、腰の巾着袋にどんどん入れていく。

俺とタキスは顔を見合わせ、笑い合った。

日常の中でふと感じる、ほっこりとした幸せなひと時である。

それから黙々と作業をして、辺り一帯の栗はあっという間に拾い終えてしまった。

そして次の場所への移動中、俺達は二十人ほどの武装した男達を見つけた。

女神の悪戯が無くなった事で天候が安定したせいか、険しい山の中にあるアルテミによそ者が迷い込む事が以前よりも増えていた。

そのほとんどは道に迷ったただの遭難者だが、中には欲深く危険な者もいる。その為、俺達は武装した男達を警戒して近くの藪に隠れた。

「見た事の無い奴らだな……何者だろう?」

「旅人……って感じではないね。狩りをしにこの山に入ったとか……?」

「あっ……!」

何かに気づいたライラが俺の袖を引っ張り、一人の男を指さす。

「ねえ、ジン。あの真ん中の男の人、身なりは違うけど先月山で行き倒れていた人に似ていない?」

「ん? そう言われると……でも、あの時のお礼をしに来たって雰囲気じゃないな……。タキス、ライラを連れて急いで村に戻れ。そして皆にこの事を知らせてくれ」

「わかった。ジンはどうするんだ?」

「俺はあいつらを見張る。ライラ、荷物は全部ここに置いて行け。身軽な方が良い」

「う、うん……。ジン、すぐに人を呼んでくるから、絶対に無茶はしないでね」

不安そうに俺を見つめるライラに、心配するなと微笑んで頷き、静かに走り去る二人を見送った。

そして武装した男達の目的を探る為に、俺は藪に隠れて少しずつ距離を詰める。

近づいて見ると、男達の中の一人は以前山中で行き倒れていたところを村の狩人が見つけ、教会で介抱してやった者だった。

確か薬草を摘みに山に入って、獣に襲われて逃げているうちに迷ったとか言ってたな……。

実際怪我を負っていたし、その時は疑いもしなかった。だが、仲間と一緒のところを見ると盗賊の下っ端という感じだ。

男の腰には大剣、他に大弓を背負った者まで居る。

「おい、もう丸三日歩き通しだぞ。本当にこんな山奥に夢みたいに豊かな国があるのかよ」

「本当だって! 俺も麓の町で噂を聞いた時は半信半疑だったが、行ってみたら楽園よ! しかもスゲー良い女がいたんだ! 俺はあの女を連れて帰る。絶対だ!」

「はっはっは! お前なんかフラれるに決まってんだろ!」

「うるせえ! 毎日笑顔で俺の世話をしてくれたんだ。あの女も俺の事が気に入ったに違いねえさ!」

男の世話をしたのは主にライラだった。

と言っても、怪我の手当てと食事の世話をしただけだ。勘違いも甚だしい。

「バッカだなぁ、オメーの事なんざとっくに忘れてるよ! それより財宝だ。城に忍び込もうとして、スゲー所見つけたんだろ? いい加減どんな所だったのか教えろよ」

「おう! 滝の裏側の洞窟の奥に、立派な建物があったんだ。ドアを壊してる間に誰か来たもんだから、俺は慌てて逃げてきちまったが、絶対財宝が隠されてる!」

神殿のドアを壊したのはあの男だったのか? もしかして俺達の村で元気になった後、盗みを働く為に城へ……? 何て奴だ。恩を仇で返すなんて。

しかしまずいな……。応援部隊は馬で駆けつけてくれるだろうが、あの二人が村に到着するのに十五分はかかるし、村から早馬を飛ばして王城へ伝令が届くまでにニ十分は見た方が良いだろう。

奴らがいつ動き出すかはわからないが、出来れば村に被害が及ばないように、ここで食い止めたい。

万が一の時、どうしたら一人で二十人を足止めできるか、真剣に考える。

相手は二十人、こんな時に武器になる物が小型ナイフと木の実拾い用のトングしかない。クソ、最悪だ。

アルテミ人のほとんどは火や水などの初級攻撃魔法が使えるのに、自分が使えるのは土属性の非攻撃魔法のみ。

家を建てる時には重宝するが、攻撃には向かない力だ。ついでに俺には魔力が少ないという欠点もある。

だからいつも思う。自分にもっと力があれば、大事な人を護れるのにと。

魔力不足を補う為に剣術を習い、騎士とも互角に戦えるだけ強くなったというのに、騎士でも兵士でもない一般人の俺には有事の際以外は帯剣する資格がない。

せめて今ここに剣があれば……。

幸いな事に、何人かが食料を探しにここを離れて行ったが、男達が動く気配はまだ無かった。

黙って様子を窺い続けて三十分ほど経過した頃、遠くから女の悲鳴らしき声が聞こえた気がした。

男達は声のした方へ一斉に視線を向け、ギラギラした目で辺りの様子を窺う。

俺も気になって周りを見回した。

さっきの悲鳴……まさかライラのヤツ、村で応援を呼んだ後、ここへ戻ってきたんじゃないだろうな?

タキスが一緒ならそんな馬鹿な事はしないと思うが……どうか気のせいであってくれ。

すると少しして、食料を探しに行っていた男二人が若い男女を抱えて戻って来た。

髪の色や服装だけで誰なのかすぐにわかる。

ライラ! それにタキスも! 何やってんだあいつら!? 応援を呼ぶだけで良いのに、何で戻って来たんだ!

ドッドッドッドッと耳の奥で心臓の音がうるさく鳴り響き、額から冷や汗が流れる。

今すぐ飛び出してあの二人を救出したいが、勢いでどうにかなる問題じゃない。

二人は小脇に抱えられ、屈強な男達の腕から逃れられずに足をバタつかせて抵抗している。

あの二人を助けられるのは俺だけだ。ここは冷静に対処しなければ。

「おーい、食い物探しに行ったら、こんなの見つけたぞ!」

「放して! 放してったら! タキス! 大丈夫!?」

ライラは声を上げて抵抗しているが、タキスの声が聞こえてこない。心なしかぐったりしているようにも見える。

「女か! しかも上玉じゃねーか!」

「あ! その子! アルテミのライラちゃんだ! おい、汚い手を放せ。その子は俺のだぞ」

「何言ってる! 見つけたのは俺だ!」

「うるせー! 俺が先に目を付けていたんだ!」

男達がライラを挟んで小競り合いを始めた。

すると、リーダーらしき男が二人をギロリと睨みつけ、呆れまじりに命令を下す。

「女は放してやれ。俺達は嫁を探しに来たわけじゃない。その代わり逃げないようしっかり見張っておけ」

「チッ……」

ライラは男の手を離れて自由になったが、タキスが捕まったままの為その場から動けずにいる。捕まる時に殴られたのか、タキスの口元からは血が出ていた。

「おい、こいつは魔法が使えるみたいだから気を付けろよ。俺は危なく服を燃やされるとこだった。クッソ、お坊ちゃんかと思えば意外にやりやがる」

「いきなり殴りかかって来たからでしょ! タキスを放して!」

「魔法が使えるのは厄介だ。その兄ちゃんはその辺の木に縛っておけ」

リーダーらしき男の命令でタキスは木に縛り付けられた。

ライラは泣きながらタキスに寄り添い、キッと男達を睨みつける。するとそこへ、ライラを狙う男が近づいて行った。

「ライラちゃん、俺がその男を助けてやろうか」

「あなたあの時の……!」

「へへ……覚えててくれたんだな」

「本当に助けてくれるのね?」

「その代わり、今から俺達を人目に触れないルートで城の裏側まで案内するんだ。この条件を呑むなら、あっちで親方達との打ち合わせに参加してもらう」

ライラは悔しそうに唇を噛みしめ、何かを探すように周囲を見回しながら男について行った。

ライラは俺を探してる。

助けに行きたいが、俺一人でどうにかなる数じゃないのはわかりきっている。それにあいつらも今すぐ二人をどうこうするつもりは無さそうだ。

俺は逸る気持ちを抑え、冷静に行動しようと考えを巡らせていた。

するとチャンスが訪れる。

ライラが大人しく従ってリーダー格の男の所へ行った事で、タキスから注意が逸れたのだ。

そこで俺は忍び足でタキスが縛られている木の後ろに回り込み、縄を解いた。

「ジン……? 良かった、無事だったんだね……」

「なぜライラを連れて戻って来たりしたんだ……?」

「村長に不審者の事を伝えた後、ライラが居なくなってて……止められなくてごめん」

ライラが暴走したのか。心配してくれたのはありがたいと思ってる……。だけど人に無茶をするなと言っておいてこれは無いだろう。

この件が解決して家に帰れたら、ライラにはお説教が必要だな。

「タキス、あいつらは盗賊だ。神殿を宝物庫と勘違いして狙ってる」

「……! どうする? もう少し待てば騎士団が来てくれるよ。たまたま隣村に来てるんだって」

「そうか……! 応援が来る前にライラを助けたい。俺があいつらを引き付けるから、タキスはライラを連れて村に走れ。いいな?」

「うん、わかった。でも、ジンもすぐに逃げるんだよ。後の事は騎士団に任せよう」

「……行くぞ」

俺達は二手に分かれ、小さなナイフとトングを構えてライラを奪還すべく走った。俺は正面から雄叫びをあげて注意を引きつけ、タキスは背後に回ってライラに近づく。

ライラはいきなり現れた俺に驚き、目を丸くしていた。この辺りから、俺の中ですべてがスローモーションのように感じた。

「ジン!?」

ライラは反射的に俺の方へ駆け出そうとしたが、当然すぐ男に捕まる。

他の男達は大剣や大弓をかまえ、数名で俺に攻撃を仕掛けてきた。

それでもどうにかトングとナイフで攻撃をかわしていたが、見るからに怪力そうな男にトングが跳ね飛ばされ、腕や足、脇腹に相手の攻撃がヒットし、どんどん俺の戦闘力が削がれていった。

それでも小さなナイフで応戦しつつ相手の大剣を奪い取った俺は、そこから反撃に転じた。

しかし多勢に無勢。あちこち切り付けられ、出血が酷くて意識が朦朧とする。

視界の端に魔法で援護しようと構えているタキスの姿が見えた。

「俺の援護はいいから、ライラを捕まえてる奴を狙え!」

俺が叫ぶと、タキスは男の背後から火魔法で攻撃し、相手が怯んだ隙にライラの手を掴んでその場を離れる事に成功した。

良かった。俺の方は依然として不利な状況だが、とりあえずライラの身の安全が確保された事に安堵した。

「ジンが……! タキス、ダメよ。ジンを置いてなんて行けない!」

「ダメだ! ジンと約束したんだ。ジンが気を引いてるうちにライラを連れて村に走るって!」

「イヤ! お願いだからジンを助けて……! すごく嫌な予感がするの!」

「君がこの場を離れなきゃ、ジンも逃げられないだろ!」

「……!!」

ポロポロと大粒の涙を流してタキスに懇願しているが、タキスは俺との約束を守って無理矢理ライラを連れて逃げようとする。

しかしライラはそれに抵抗してこの場を離れようとしなかった。

体感ではかなり時間が経ったように感じるのに応援はまだ来ない。自分ではかなり時間稼ぎが出来ているつもりでいるが、そうでもなかったのか。

出血しながらの大立ち回りで、体力は限界に近づいている。

このまま戦い続けても負けは見えていた。

俺の魔法じゃ攻撃は出来ないが、防御なら可能かもしれない。何としてもライラを守るんだ。

「クソ! 女が逃げた! 追え! ここまで来て応援を呼ばれちゃ困る!」

剣を交えていた男達の視線がライラ達の方へ向いた。

俺は持っていた大剣を手放し、限界近くまで魔力を放出して自分の背丈の倍ほどの土の壁を生み出した。普段の仕事を応用したのである。

男達はゴゴゴゴゴという地響きに驚き、その場に立ちすくむ。

突如地面から生えてきた土壁は男達を取り囲み、徐々に範囲を狭めて最終的にほとんど身動きできなくさせた。

咄嗟の思い付きだったが、六枚の土壁でぐるりと敵を囲い込む事に成功した。

「な、なんだこれ! こいつも魔法が使えたのか!?」

土壁の中で慌てふためく声が聞こえてくる。こういった魔法を見るのは初めてだったらしい。

応援部隊はもうすぐ到着するだろう。あと少し、この状態で男達を拘束しておけば何とかなる。

「タキス……ライラを頼む! 今のうちに早く逃げろ!」

「でも……」

「いいから行け! 俺なら大丈夫だ」

俺は気力だけでどうにか立っていたが、ライラを安心させる為に無理矢理笑って見せた。

「ジン!! 逃げて!!」

まるで悲鳴のようなライラの叫び声が山に響く。

その後タキスは嫌がるライラを抱えてその場を離れてくれた。

しかしどういう訳か、いつもならレンガのように固められるはずの土壁がうまく固まらない。

怪我で血が流れすぎてしまったせいなのか? このままじゃ簡単に突破されてしまう。

中の奴らに気づかれたら終わりだと思ったその時、力ずくで壁を壊そうとした男の大剣が土壁を貫通し、俺の体を勢いよく貫いた。

「っぐ……」

「ああ!! そんな……!」

遠くからからタキスの声が聞こえた。逃げながら何度も振り返ってこっちを見ていたのだろう。

頼むからこんな姿、ライラには見せないでくれ。

「行け……早……く」

目の前が暗くなり、意識が遠のいていく。

ごめんライラ。

必ず来世でお前を見つけるから、結婚の約束はその時まで延期にしよう。

誰よりも愛してるよ。どうか幸せに……。

婚礼衣装に身を包むライラの姿を思い浮かべて、俺は二十歳の若さで短い生涯を閉じた。

♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢

タキの話では、その後すぐに武器を持った村人達と騎士団が到着し、俺が作った土壁の中の盗賊達は一人残らず捕縛され、村も神殿も被害に遭わずに済んだらしい。

そしてタキが見ていた悪夢とは、ジンが大剣で貫かれてしまう場面の事だった。

一緒にいたライラに見せてはいけないと、即座に彼女の顔を覆ってくれたというのが救いである。

夢とはいえ、五年間ほぼ毎日のように親友が死ぬ場面を繰り返し見ていたのかと思うと、いたたまれない気持ちになった。

ジンの死に妖精が関わっていたというのならば、上手く魔法が使えなかったあの時しか考えられない。

前世の記憶が戻ってからというもの、俺がもっと強ければライラもタキスも、両親や他の皆も悲しませずにすんだのにと自分を責めていた。

正直言って、前世の自分の死因がわかったところで過去は変わらないし、微妙な気分だ。

結局昨日はレヴィから詳しい話を聞く前にラナが倒れてしまい、何も聞けずに宿に帰って来てしまった。

女神が怒るほどの何かが俺の死後にあったのなら、ジンの死とライラの宝物の関係性について、レヴィに尋ねなければならない。