軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

175・乙女の夢物語

「ハア……疲れた」

「ご苦労様。シン、今日はどうもありがとう。私も久しぶりで疲れたわ……」

「だろうな。あの場に居た奴らから出た黒い 塊(かたまり) を浄化するのに、結構力を使っただろ」

「そうね、誰一人気づかなかったみたいだけど……って、シン? あなた黒いモヤが見えるの?」

「……ん? 言ってなかったか?」

「聞いてない!」

帰りの馬車の中。

ずっと気を張っていたシンは、マリアの家を離れて橋を渡った所でぐったりと背もたれに体を預けた。

本人が疲れたという通り、シンはよくやってくれたと思う。

温室を出た私達三人は、パーティー会場となっている庭のあちらこちらで歓談していたグループから一斉に注目を浴びた。

恐らく、マリアの次に私と話す機会を窺っていたのだろう。彼らはニコニコ笑いながら私の方へと近寄ってきた。

そこでマリアは私が大勢に囲まれる前に先手を打ち、皆を集めて私から聞いた話を代わりに伝えてくれたのだ。

しかしその内容は私が言ったものとは随分違う。

確かにマリアはドラマティックに話を盛った方が拡散されやすいとは言っていたけれど、ほんの数分のうちに女性達から羨望の溜息が漏れるようなシナリオに変えられていた。

「皆さん、エレイン様は家を追い出されたのではなく、ご自分の意思で家を出られたそうですわ」

「まあ……! 真偽を確かめもせず修道院に送られ、その後行方不明になったとお聞きしていましたのに……本当ですか?」

先ほど私への無礼を婚約者に謝罪させたコーネリアが最前列を陣取り、マリアに問いかけた。

「それはエレイン様を家から解放する為の嘘だったようです。実際は、ご家族と連絡を取り合っていたのですよね、エレイン様?」

「ええ、皆さんにはご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。祖父や両親は私を不憫に思い、自由にしてくださったのです。私は今、とても幸せです」

私が本心から笑って見せると、話を聞いていた人達の視線が一斉にシンに注がれた。私には人の心を読む力はないけれど、「その方は誰? 二人の関係は?」とはっきり聞こえてくる。

シンもその圧を感じたのか、私にピッタリ寄り添ってきた。

「皆さん彼の事が気になるようですね。この方はエレイン様の母方のひいおばあ様と 縁(ゆかり) のある方のお孫さんで、ノリス公爵家とも家族ぐるみのお付き合いがあるそうです」

それを聞いて客達はどよめいた。

誰もが知るところだけれど、私の曾祖母はアルフォードの前王妃。なのに回りくどい説明をしたのは、シンがアルフォードの人ではないからだ。

賢い人ならすぐに曾祖母の祖国縁の人だと気づいてくれる。

かつて私の事を滅びた国の亡霊だと馬鹿にしていた人達は、高貴な空気を纏うシンを見て顔を引きつらせていた。王族とまでは気づかずとも、彼のオーラに気圧されたのだ。

アルテミを馬鹿にされ悔しい思いをしてきた私は、ほんの少しだけ胸のすく思いがした。

そしてシンの名を問われる前に、マリアは乙女の夢物語を口にした。

「この方はエレイン様が婚約者に蔑ろにされていると聞いて、ノリス公爵家に乗り込んだそうですわ」

「まあ! 何て勇気のある……」

「それが偶然にも、エレイン様が濡れ衣を着せられ婚約を破棄されたあのパーティーのあった日で、その翌朝二人で屋敷を出たそうよ」

「まあー! そうなのですか、エレイン様!?」

「え……ええ。まあ……」

本当は一人で意気揚々と家を出たのだけど。

そう思いながらシンに目をやると、シンも何かを訴えるように私を見ていた。

これはどういう流れだ? 多分シンはこう訴えている。

とにかくマリアの話に合わせましょう、仲の良さをアピールするのよ。とこちらも目で訴えてみた。

するとお互いの気持ちが通じ合ったか、シンは私を見つめて甘く優しい笑みを浮かべた。そして私の腰に手を回す。

きっと仲の良かったご両親がそうしているのを当たり前に見て育ったのだろう。私の両親もよくそうしている。

ただし、こういうのに慣れていない私の顔はものすごく赤くなっているけど。

「キャーー! 素敵! お二人は手に手を取って駆け落ちなさったのね。まるで物語のヒロインのようだわ!」

なんと今は「駆け落ち」や「憧れの男性によって強引に連れ出される」といった内容の物語が貴族令嬢の間で大流行しているらしく、マリアはそれに合わせてシナリオを考えたのだと帰り際に教えてくれた。

恐らく作戦は大成功だ。

事件の捜査の為にマリアの誕生パーティーに来られなかった人達の耳にもこの話はすぐに届くだろう。皆誰かに話したくてウズウズしている。

駆け落ちで盛り上がる令嬢達にはあえて否定も肯定もせず、私は彼のもとで満ち足りた生活を送らせていただいているとだけ付け加えた。

どうせもう貴族令嬢として公の場に出る事はない。皆にはどこかで幸せに暮らしていると伝わればそれでいいと思っていた。

マリアにプレゼントを渡し、改めてお祝いの言葉を伝えた私達は、会いたくない人が来る可能性を考え早めに帰った方がいいというマリアの言葉に甘えて現在帰路についている。

「貴族って大変だな。笑顔でパーティーの主役の陰口叩いてる奴らが居たけど、あれが普通か?」

「残念ながらね。私が貴族社会に戻りたくない気持ちがわかったでしょう?」

「よーくわかった。ところでオーナー」

「何?」

「町の中に花や植物が増えてないか? そのせいか妖精の数も増えてる。ほら、そこ。あっちにも居る」

シンは窓の外を指さし、妖精が居る所を教えてくれた。

私も家を出た時から町の変化に気づいていた。

石とレンガで味気なかった通り沿いの建物の窓には、今まで無かったプランターボックスが設置され、各家が競うように綺麗な花を植えている。

アーロンは私の頼みをきちんと実行してくれていたのだ。お陰でこの町に妖精が戻ってきている。

「あ……そうだわ。彼らに協力してもらえないかしら?」

「何をだ?」

「誘拐された女の子を捜してもらうのよ。ほら、私が西の町で攫われた時、妖精が見つけ出してくれたでしょ?」

「ああ、そういえばそうだったな。でもあいつらどうやってオーナーを見つけたんだろうな」

「帰ったらうちの庭に居る妖精に訊ねてみましょ。上手くいけば誘拐事件は早期解決出来るかもしれないわ」