作品タイトル不明
156・閉店間際の食堂
「ありがとうございましたー! あ、フレッド様、いらっしゃいませ! すみません、皆さんのお会計が済むまで少し待ってください」
チヨが元気に接客する声が閉店間際の食堂内に響く。
厨房は既に後片付けをしていて、食事を終えたお客様達がチヨの居るフロントに並び、順番に会計を済ませて帰っていくところだ。
それと入れ替わるようにしてやってきたウィルは、チヨに待てと言われて素直に壁際に寄ると、黙って客が出ていく様子を眺めていた。
そして最後の客を見送ったチヨは急いで客室の鍵を棚から取り出し、そっとカウンターの上に置いた。
「お待たせしました。フレッド様が平日にお見えになるなんて珍しいですね。それに随分久しぶりじゃないですか? 前回いらっしゃってから一ヶ月以上経ってます」
「ああ、俺も忙しい身でな」
ウィルは苦笑いして鍵を受け取った。
「あのー、ところで食堂はもう閉めるんですけど……お食事はどうします?」
チヨが申し訳なさそうに尋ねる。
ウィルはここへ来ると必ず食事をするけれど、ちょっと来るのが遅かった。
ホールでは椅子をテーブルに上げて掃除を始めているし、厨房もかまどの火を落として後片付けの真っ最中だ。
どうする? という顔をしてシンとタキが私の方を見る。私もどうしようかと考えを巡らせ、自分達の夕食用に別に作っておいた料理に視線を向けた。
多めに作ったとはいえ、それで足りるかどうかは微妙なところだ。
「いや、今日は済ませてきたから食事は必要ない。ところでチヨ、女将が帰ってきているとリアムに聞いたのだが……」
「はい、ラナさんなら厨房に居ますよ。ラナさーん!」
ちょうどフロントからは見えない所に居た私は、いつもチヨにおにぎりを渡す時に使っている間仕切り棚の受け渡し口から、ひょっこり顔を出してみせた。
「チヨ、そんなに大きな声を出さなくても聞こえてるわよ。いらっしゃいませ、フレッド様。お久しぶりです」
ウィルと目が合うと、彼はなぜかホッとしたような表情を浮かべた。
「女将、久しぶりだな。しばらく里帰りをしていたとか」
「あ……ええ、そうなんです」
「急な出発だったが家族に何かあったのか?」
「いえ、そういう訳ではなかったのですけど……ちょっと用がありまして……」
王子に嘘をつくのは少し気が引ける。
私はスッと視線を外してチヨを見た。するとチヨも同じ気持ちなのか、なんとも言えない複雑な表情で私を見ていた。
ウィルは私達の様子がおかしい事に気づいたようだけど、それがなぜなのかは追及せずに、今日ここへ顔を出した理由を告げた。
「あー……それはそうと、今日は女将に話したい事があって来たのだ。出来ればシンとタキ、それにチヨにも聞いてもらいたい」
「え、私もですか? フレッド様、何があったんです?」
「……詳しい事は皆の仕事が終わってからゆっくり話す」
そこでチヨのお腹がぐぅっと鳴った。
ウィルはそれにどう反応していいか戸惑っていたけれど、照れ笑いしたチヨにつられて微笑んだ。
「お前達夕食がまだだったのか。じゃあ俺は部屋に居るから、食事が済み次第教えてくれ」
「はい! わかりました」
私達は慌ただしく夕食を済ませ、急いで厨房を片付けた。
そしてシンに魔法でお湯を沸かしてもらいお茶の用意を済ませると、チヨがウィルを呼ぶ為に勢いよく階段を駆け上がっていった。
「皆に聞いてほしいだなんて、一体何の話なのかしら?」
「さあ? だが平日のこんな時間にわざわざ来るくらいだ。何か重要な話なんだろうな」
「うーん……あんまり良い話じゃなさそうだったよね。僕らに何か依頼でもしにきたのかな」
そんな話をしながら待っていると、すぐにチヨとウィルが階段を下りてきた。
「フレッド様、こちらのテーブル席へどうぞ」
お茶の用意をしてあるテーブル席にウィルを案内し、私達はすぐ席に着いた。
「それで、私に話したい事とは何でしょうか?」