軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

144・誰も来ない場所へ

「ライラ! こっちに来て。彼を紹介してあげるわ」

サンドラは何を思ったか、私にアーロンを紹介すると言い出した。

なぜか倉庫で再会したあの時から、私は明らかに彼女に気に入られている。

特徴の無いブラウンのウィッグに丸眼鏡をかけ、アイブロウとアイメイクだけの地味で真面目そうな姿に好感を持ったのか、それとも、鴨の雛が最初に見たものを親だと思うみたいに、不安定な精神状態にあった彼女が一番最初に目にした私の事を、何か特別な相手として認識してしまったか。

理由は色々考えてみたけれど、彼女の中の私の位置づけがよくわからなくて困惑する。

私は聖女の話し相手になりに来ているわけではないし、やたら距離を縮めてくるサンドラとは、変に馴れ合わないよう気を付けているつもりだ。

しかし、いつサンドラが一人きりになってくれるかわからない状況である。

私はここを離れる訳にもいかず、毎日暇を持て余して部屋の片隅で服のリメイクばかりしているのだ。

それを見に来るサンドラに色々と教えてあげているのが悪いのだろうか。

というか……どうしたらいいの、この状況? アーロン様が興味深そうに私を見ているじゃない。

「いえ……あの……」

もじもじと歯切れの悪い返事をしながら、どうにかこの事態を回避出来ないか考えを巡らせる。

今この部屋の中で、唯一アーロンの死角になりそうな衣装スペースに居る私は、しゃがんで靴を整理するふりをして、ハンガーにかけられたドレスの陰に隠れようとしていた。

なのにサンドラから声をかけられ、私は中腰のまま蛇に睨まれた蛙のように身動きがとれなくなっているのだ。

他の側仕え達は、次は自分にもアーロンを紹介してもらえるのではとソワソワしている。彼がこの国の宰相の息子であり、第二王子の側近である事を知っているのだろうか。

すぐ隣に居る側仕えが、羨ましそうに私を見ている。

出来るものなら、あなたが代わりに紹介してもらってと言いたい。悪いが私は今それどころではないのだ。そんな目で見られても困る。

「ライラ! 片付けはそこの側仕えに任せて、早くこっちに来なさいったら!」

今朝のサンドラはやけに機嫌が良い。

側仕え達は私が来てからサンドラが穏やかになったと言っているけど、側仕えを何度も口悪く罵る姿も見ているし、わがまま放題だ。これで穏やかというなら今まで一体どれだけ酷かったのだと聞きたくなる。

「ハア……どうしよう。知らんぷりして堂々と顔を見せる? でも気づかれた時の言い訳が思いつかないわ。そもそも、アーロン様はどこまで私の事情を知っているのかしら……」

ブツブツと独り言を呟き、どうするべきか悩んでいると、アーロンがスッと立ち上がった。

「……彼女はライラというのですか?」

「あら、アーロンもライラに興味を持ったの? 彼女地味だけどとても服のセンスが良いのよ。見てこのドレス。元々あったのをライラが直してくれたの。素敵でしょう?」

「ほお……ちょっと彼女と話がしたいのですが、よろしいですか?」

「いいわよ。ライラもアーロンの事を意識していたし。嫌とは言わないんじゃない?」

「ハハ……では少し彼女をお借りします」

サンドラとアーロンとの間で何やら話し合いが終わると、彼はスタスタと私に向かって歩いてきた。

万事休す。これはもう開き直るしかない。

「ライラ……様? と呼べばいいのかな? 聖女様の許しが出たので、少し外でお話しましょう」

「……はい。わかりました」

アーロンは私をジッと見つめ、とても穏やかな顔をして微笑んだ。

そして私はサッと差し出された彼の腕につかまり、優雅にエスコートされてこの部屋を出た。

アーロンはどこまで行くつもりなのか、聖女の住居を出て神殿施設へ繋がる扉の前に立ち、警護に当たっている女性兵士に扉を開けさせて更に廊下を進んだ。

二人の靴音が長い廊下に響く。

「どこまで行かれるつもりですか?」

「……誰も来ない場所へ」

「えっ?」

外と言われて、サンドラの住居を出てすぐの回廊で話をするのかと思っていた私は、笑顔の消えた彼の横顔を見て急に不安になる。

アーロンは神殿施設の古くて広い玄関ホールまで来ると、迷う事なく本当に外に出てしまった。それまで優雅にエスコートしていた彼は、今度はやや荒く私の手を握り、周りを確認しながら小走りで裏の通用門へ向かった。

私が来る時に通った大きな正門の他に、神殿施設側にもう一つ、食材や日用品を搬入したり、神殿施設に住む人達が出入りする為の普段使いの門があるのだ。

「待って、どこへ行くのですか? 私は神殿を出る訳にはいかないのです! アーロン様!」

「いいから来てください。私はあなたと話したい事が山ほどあるんです……! 人に聞かれても良いんですか? それで困るのはあなたでしょう」

「っ……!」

アーロンが向かっていたのは、神殿の敷地内に彼が乗り入れたグレイ家の立派な馬車だった。アーロンは待機していた御者と従者に見張りをさせ、私を馬車の奥の席に座らせると、自分はその向い側の席に座った。

そしてすぐにドアが閉められる。馬車の車内にアーロンと二人きりになるのは何ヶ月ぶりだろうか。何とも言えない懐かしさと同時に、当時の嫌な記憶もよみがえる。

どこか落ち着かない様子のアーロンは、一度座り直して足を組み、軽く咳ばらいをして話し始めた。

「早速ですが、ここで何をしているのですか? 上手く変装していますが、あなたはエレイン様ですよね?」

「……!」

いきなり正体を見破られ、私は動揺して何も言えずに目を泳がせた。

ダリアの身代わりでパーティに出席した時も、彼はすぐにエレインだと見抜いたけれど、あの時は耳の形が決め手になったと彼は冗談交じりに言っていた。

でも今は耳を隠しているのに、なぜわかったのだろうか。メイクが薄いから? タキはオーラを見て人を判断しているけど、まさか彼も何か特別な力を持っているの?

「……見逃してください。訳あってここの巫女様のお手伝いをしているのです。サンドラさんには正体がバレないよう細心の注意を払っていますから、ご心配なく」

私がそう説明すると、アーロンは納得していない様子で溜息を吐いた。

「ハア……もちろん何か事情があるからここに居るのでしょうが、私には話せないような事なんですね」

「そうです」

コクリと頷いてはっきり答える。

アーロンは組んでいた足をほどくと、今度は肩幅ほどに足を開き、うなだれるように頭を下げて足の上に肘を置いた。

私の返事にがっかりしたのだろうか。顔が下を向いてしまって何を考えているのかわからない。

ほんの少しの間をおいて顔を上げたアーロンは、物言いたげな視線を私に向ける。

彼は何か重大な話をしようとしている。私は思わず背筋がピンと伸びた。

「エレイン様、あなたに聞きたい事があります。どうか誤魔化さずに答えてください」

車内はとても静かで、アーロンの心臓の鼓動が微かに聞こえてくる。私に何を質問したいのか、彼が物凄く緊張しているのが伝わってきた。

「何でしょうか?」

「あなたは……」

一度ゴクリとつばを飲み込んだアーロンは、意を決したように口を開いた。

「あなたは一体何者なのですか?」