作品タイトル不明
139・鏡よ鏡
「そなたこそ何をしていた。わたしの後を追っていたのではなかったのか?」
そこに居たのは人の姿をした妖精王レヴィエント。
彼は私をチラリと見て、またゴソゴソと何かを始めた。何をしているかは棚の上に置かれた本が邪魔でよく見えない。
歩きながら棚に置かれた物を見ていると、どう考えてもサンドラ一人で使いきれるとは思えない数の高級化粧品がズラリと並べられていた。まるで専門店の様な品揃えである。
「途中で置いて行ったでしょう? だから見失って……それより朝から居なかったようだけれど、レヴィはここで何をしているの?」
「……確かめに来た」
「確かめるって……何を?」
「この娘と我が兄弟に何があったのか」
「え……待って。サンドラがそこに?」
レヴィエントは不思議そうな顔をして下を指さした。
見間違いであって欲しいけれど、一瞬彼の手が赤く染まっている様に見え、私は最悪の事態を想像してサンドラの元へ急いで向かった。
まさか怪我をして倒れているの? だからレヴィは私を呼びに来た?
「サン……ドラ……?」
レヴィエントの足元には、虚ろな目をしたサンドラが鏡に向かってぺたりと座り込んでいた。私はすぐさま彼女の側に駆け寄り、肩を揺すって無事を確かめる。するとその時、キンと硬い何かが床に落ちた音がした。
音のした方を見ると、サンドラの手は何かを持っていたように握られていて、足元には銀製の小さな手鏡が落ちていた。
「サンドラ……サンドラ、大丈夫?」
見たところ怪我などは無さそうなのに、名前を呼んでも反応しない。まるで目を開けたまま眠っているみたいだ。
「……その娘がどうなろうと、そなたにはどうでも良い事だろう」
「どうでも良くなんかないわ。レヴィ、サンドラに何をしたの?」
「ああ……これを一滴飲ませただけだ」
レヴィエントは手に持っていた血の様に赤い花を私に見せた。どうやら先ほど見たのはこれのようだ。しかしそれが何なのか私にはわからない。
スズランに似た形をしているけれど、サイズはピンポン玉くらい大きいのだ。花が好きな私でも、これはさすがに見た事が無い。
「その花は何?」
「妖精界に咲く花だ。ほとんど使われる事も無く、わたしもこの存在を忘れていたのだが……この花に溜まった朝露には妖精を眠らせる効果がある。怪物と化した元妖精に効果が出るのか少々不安もあったが、この通り、効果はあった」
見えない相手なのにどのように効果を確かめたのか尋ねようとして、ふと気が付いた。いつの間にかサンドラを包み込んでいた黒い霧が消えている。
「それは人間に飲ませて大丈夫な物なのでしょうね?」
「人に害は無い」
「だったら何故サンドラはこんな状態なの?」
「この娘、聖女の資格を失ったはずなのにわたしの姿が見えていた。だから騒ぎ出す前に動きを止めたのだ。用が済めばすぐに術を解く。そなたが見つけた事にして部屋に戻すと良いだろう。だからそのような怖い顔でわたしを睨むな」
そう言ってレヴィエントはサンドラの頭に手をかざした。
「ちょっと待って、何をする気?」
「この娘の記憶を見る。この花にはもう一つ使い道があるのだ。特別にそなたにも見せよう。集中すれば時間は3分とかからぬ。娘を探す神官達が来る前に済ませてしまうぞ」
「え? それってプライバシーの侵害にあたるんじゃ……」
どういう事なのか理解が追い付かないまま、私はレヴィエントの指示に従って鏡の中に意識を集中させる。
レヴィエントは何か呪文のような言葉を暗唱し、先ほどの赤い花を鏡に放り投げた。花は鏡にスルっと吸収され、次の瞬間驚くほど鮮明にどこかの映像が映し出された。
そこに映し出されたのは白い部屋と、銀製の手鏡を持った華奢な手。手鏡の中には青い目の女性が映っている。
「あ……! 鏡の中に映像が見えるわ。これがサンドラの記憶? ああ……さっき落とした手鏡で自分の顔を見ているのね。……ん? 目が青い?」
「黙って集中せぬか。今から一気に遡って重要な部分を確認する。わたしに当時の事を報告してきた者が偽りを申した可能性があるのだ。そなたもこの娘にしてやられたのなら、この機会に自分が何をされていたのか見ておくと良い」
鏡に映る場面はパッパッパッと数年単位でどんどん時代を遡り、彼女が幼少期に出会った黒いモヤの塊が映し出された。不思議な事に、その黒いモヤの塊が私の目には妖精に見える。
妖精の羽の無い黒い豚。あれが怪物の正体なの? 怪物と言うからにはホラー映画に出て来るような恐ろしい姿を想像していたわ。あのどこが怪物なのよ。
そして次に映像が切り替わると、目の前で優しそうな女性が微笑んでいる場面だった。
「ふむ、この辺で良いか。今から一気に記憶を再生するが、気分が悪くなったら直ぐに鏡から目を逸らすのだぞ。良いな」
このレヴィエントの言葉の後、鏡には彼女がこれまでの人生で見てきたものが早送りで流れた。約十年分の出来事をたった数分で見終わろうというのだから、それはもちろん目で追えるものではなかったけれど、なぜか全てを理解した。
私は彼女を誤解していた。それはレヴィエントも同様だった。
サンドラの幼少期には、何度か妖精が現れていた。その中に、追放された妖精の事をレヴィエントに報告した例の妖精が居たらしい。
妖精は悪戯が好き。時に悪戯の範疇を超え、思いがけない悲劇を生む。
今回の件が悪戯なのか、良かれと思っての事なのかは本人に聞いてみなければわからないけれど、結果として多くの悲劇を生んでしまった事に変わりは無い。
「顔色が悪いな。最後まで見届けるとは思わなかった。途中見たくないものもあっただろうに」
「確かにショックを受ける事実も見てしまったわ。でも、見て良かったと思う。それにサンドラの記憶の中には子供の頃のシンとタキも居たわね」
「もっと早くこの方法を思い出していれば、ここまで迷惑をかける事も無かったのだ。消えた命はもう取り戻せないが、わたしは妖精界の王として出来る限りの償いをさせてもらう」