作品タイトル不明
113・奇病を防ぐ方法
「代金はいりませんので、今話した事をすぐに実行してください」
「な……なぜそのような要求を?」
神父様の執務室をお借りして、神官長と、一緒に来ていた神官達を交えて話をさせてもらったけれど、その反応はあまり良いとは言えなかった。
神官達は困惑気味に表情を曇らせ、コソコソと小声で話し合っている。
未だサンドラを聖女だと信じている彼らには、私の要求は受け入れがたいといった様子だ。しかし、この要求は何としても通させてもらわなくてはならない。
「これ以上被害者を出さないためです。なんとなく気が付いているのではありませんか? イリナ様やヒューイ様が、あのような状態になった原因を……」
神官長は私の言葉に顔をこわばらせた。
私の要求は、それほど難しいものではないはずだ。
サンドラの身の回りの世話をする者を、魔力も霊力も持たない、ごく普通の平民女性に任せるという、ただそれだけの事。綺麗な容姿の者は避け、母親ほどの年齢の者が理想だと付け加えた。
サンドラの近くに居た者達ばかりが次々に倒れているのは言うまでもない事実なのだから、はっきりとした原因はわからなくとも、サンドラが関わっている事は薄々気付いているはずなのだ。
「あの方は……、国王陛下よりお預かりした大切なお方です。その際、丁重に扱うよう指示されております。世話係の人選はかなり慎重に行いましたが、巫女の中で最も優秀なイリナ様にすら不満をもらしたのですよ? それを平民になど……しかも、母親ほどの年齢の、ごく普通の女性をあてがえば、きっと聖女様は自分を軽んじていると不満を爆発させるに決まっています」
神官長は困った顔をして、それは難しいと反論した。しかし、その程度の理由で、この先も悪戯に被害者を増やすわけにはいかない。
丁重な扱いをする事と、神官見習いや巫女が重要人物の世話係をする事はイコールではないはずだ。そもそも誰かの世話をするために神殿に入った訳ではないのだから、彼らに押し付けるのは間違っているのではないだろうか。
私は厳しい視線を神官長に向け、説得を続けた。
「先ほどの言葉は嘘だったのですか?」
「いえ……決して嘘では……しかしそれは……」
渋る神官長に、私は畳み掛けるようにして言葉を続けた。サンドラの中に居る妖精の話など聞かせても、きっと信じてはくれないだろう。
イリナ様の話では、神殿に居る神官や巫女の中で、人のオーラがハッキリと見えているのはイリナ様だけだという。
だからこの方達が目に見えない妖精の存在をどこまで知っているのかもよく分からず、下手な事を口走って、自分の立場を危うくする訳にはいかない。今は多少強引だと思われても、私の要求を飲んでもらうしかない。
「自分に出来る事なら何でもすると仰ったではありませんか。決して難しい事ではありませんよ? 何を渋る事があるのです。たったそれだけの事で、あの奇病を防ぐ事が出来るのです。聖女様というのは、世話係の事くらいで不満を爆発させるほど、気性の荒いお方なのですか?」
神官長はしまったという顔をして、先ほど余計な情報を漏らしてしまった事を悔やんだ。そしてこれ以上聖女について追求させないように、妥協案を出してきた。
「……わかりました。平民からでなくても、貴族女性の中から、魔力も霊力も無い者を募るというのでも構いませんか?」
「いいえ。絶対に平民にして下さい」
頑なに平民を使うよう頼む私に、神官長は呆れたように言葉を返して来た。
「聖女の世話係を、平民から募集せよと? なぜそこに拘るのです」
「私の言った条件の者ならば、どんなに不満を持たれようとも平気だからです。逆にお聞きしますが、身分のある方に慣れない仕事をさせるメリットはなんですか? 聖女様に快適に過ごしてもらおうと思えば、その道のプロに任せるのが一番だと思いますが……それに、貴族から選べば、その貴族女性が次の被害者になってしまうかもしれませんよ。それでも良いのですか? また同じような被害者が出ても、その時に私がこの地に居るとは限らないのですよ」
「それは……困ります」
神官長は私の話を聞いて、渋々了承してくれた。要は、身近に置く者にはサンドラに妬まれる要素が無ければ良いのだ。彼女の自尊心を満たす為だけに、美しく優秀な人材を生贄のように世話係として差し出すなんて間違っている。
「わかりました。あなたの望み通りにいたします。しかし、これが報酬代わりで本当に良いのですか? 旅のヒーラーと言えば皆、法外な料金を請求するものだと思っておりましたが……あなたのように、善意で治療を施して回っている方もいらしたのですね」
「……さあ、それはどうでしょう……いつもそうだとは限りませんよ。では、聖女の世話係の件、お願いしますね」
私は神官長や神官達に会釈して、今度こそ教会を出ていった。
教会を出てすぐに小声でヴァイスを呼び、誰かが後をつけてきていないか確認をしてもらいながら、私は急いで宿に戻った。
そして裏口から宿に入ろうと裏に回ると、そこにあったはずのフレッド様の荷物はすでに無くなっていた。きっと私の居ない間に持っていったのだろうと思いながら中に入り、着替えて化粧を直した私は、シン達の待つ厨房へ急いだ。
「シン、タキ、どうもありがとう。まだやる事は残ってる?」
「お、おう、お疲れさん。もう大体済んだから、オーナーはそのまま休憩に入っていいぞ。疲れただろ?」
「そうだよ、ラナさん。お腹も空いたんじゃない? 今日は僕が賄いを作ったんだ。部屋に運んであげるから、そのまま回れ右して戻っていいよ」
私が食堂に顔を出し、厨房に入る手前で、タキが慌ててこちらにやってきた。そしてクルリと体を反転させられた私は、そのまま背中を押されて食堂から追い出されてしまった。
「え……ちょっと、何?」
「良いから、ラナさんは僕が良いって言うまで厨房には入らないでほしいんだ」
「どうしたの? まさかまた誰か面倒な人が来たの?」
「違うよ。ふふ」
タキは私を部屋に押し込むと、ニッコリ笑ってドアを閉めた。
一体何なの? シンは変に慌てた様子だったし、タキは何か隠しているみたいだったわ。私の居ない間に、厨房で何かあった?