軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第86話 片田舎のおっさん、散歩する

「先生、こんにちは~」

本日の指南も終わって、さて後は帰るだけ。今日も直帰するか、それともどこか飯屋にでも立ち寄るか悩みながら庁舎の正門を通ったところ、一人の女性に声を掛けられた。

「……ロゼ? どうしたんだい」

その正体は、先ほど挨拶を交わして帰ったはずのロゼであった。

最初に会った時のフルプレートと違って、今の格好は薄手のカーディガンにロングスカートという、いかにも私服です、といった出で立ちである。

「うふふ、先生に会いたくて来ちゃいました」

「ああ、うん……そっか」

聞けば目的は俺だという。うーん、まあ確かに予定は特にないし、そこまで遅くならなければミュイも文句は言わないだろう。

「それで、何か用事かい?」

「いいえ、特には~」

「あれ?」

何か話があるなら聞いてやるか、と気持ちを整えてみれば、特に用事はないとか言い出しやがった。

じゃあ何しに来たのよ。おじさん言うほど暇……いや、もう今日の鍛錬も終わったし割と暇だったわ。やることって後は帰って飯食って寝るくらいだったわ。

「久しぶりにお話しませんか? あとついでに、街の案内もしてくれると助かります~」

「分かった分かった。少しだけね」

前者は別に構わんが、後者は自信がない。バルトレーンを案内出来るほど、俺は地理に詳しくはないのである。

まあそれでも、他国の騎士であるロゼよりは詳しいのだろう。

とりあえずここで立ちっぱなしもあれなので、歩き始めることにする。特に何も言わずとも、ロゼは俺の横にぴったりとついて一緒に歩きだしていた。

「でも、久しぶりだね。元気にやっていたかい?」

「はい~。それなりにやらせてもらってます~」

無言のまま歩くのも気が引けたので、近況伺いついでに会話の種を撒いておく。

ロゼは確かに美人ではあるが、アリューシアやスレナと違い、レベリス王国内での知名度がほぼゼロだから人目を集めなくて済むのは良いな。まあどっちにしろ、冴えないおっさんが年下の美人を連れ歩くというシチュエーションは変わらんのだけど。

それでもルーシーのような、見た目が幼い少女を連れて歩くよりはよっぽどマシである。守備隊に怯えなくてもいいからね。

「私こそびっくりしましたよ~。ここに居るだなんて、思ってませんでした」

「ははは、まあ色々とあってね……」

本当に色々とあった。ここで一口で説明するには、些か経緯が複雑なのである。

いや、一言で済むと言えば済むんだけどさ。アリューシアに訳の分からんまま特別指南役なんぞに推薦されてやってきました、というただそれだけという見方もある。

でもなんか、なんとなくそれをそのまま伝えるのは憚られた。おじさんの小さい見栄が顔を覗かせたのかもしれん。

「そういうロゼは、いつから教会騎士団に?」

「丁度先生の下を発った後からですね~。お前もいい加減お国のために剣を振ったらどうだ、なんて言われまして」

「はは、それはもしかしてガトガさんかな?」

「そうなんですよ~。私はのんびり旅をしていたかったんですけど~」

少しばかりの困り笑いを浮かべながら、ロゼが続ける。

まあなんだろうな。彼女は確かにアリューシアやヘンブリッツと違って、いざ国のために成らざらん、みたいなタイプではなかった。

勿論、彼女の性格がいい加減だとかそういうつもりはない。少なくとも、剣とスフェン教に対しては真摯である。ここら辺は単純に俺から見た向き不向きだな。俺の中で、騎士の見本と言えばアリューシアになってるから、どうしてもその違いは感じてしまう。

「まあ、それも貴重な経験の一つだよ」

「もう、先生は他人事だと思って~」

「俺だってこんな役職に就いたんだ、他人事じゃないさ」

騎士としての叙任こそ受けていないものの、それでもレベリオ騎士団の特別指南役ってのは、一般人ではない。国王御璽付きの任命書もある以上、ただのおじさんです、では通らない場面だって出てくるだろう。

まさかこの歳で新たな世界に足を踏み入れるとは思っていなかったけどさ。ただ、時間は止められないし巻き戻せもしないから、なったらなったで前を向いて考えなきゃならんのである。

それに、言うほど不満はないしね。納得はまだしていないけれど。

「先生に剣を教えてもらいながら、スフェン神に祈りを捧げる……あの時が、一番楽しかったです~」

「そうか、それは何よりだ」

俺の道場で剣を学んだ弟子は数多い。片田舎という立地の割に、結構繁盛はしていた。

それでも、途中で剣を投げ出した人がまったくいなかったわけじゃない。いつの間にか来なくなった人もいれば、引っ越しや事情があって通えなくなった人もいる。全員が全員、うちの道場で過ごした日々に満足していたかと問われれば、どうしてもそこに疑問は残ってしまう。

その意味で言えば、はっきりとあの時は楽しかった、と言ってくれるのは師匠冥利に尽きるというものだ。

「でも副団長だなんて、出世したじゃないか」

「後釜についただけですけどね~」

なんだか俺の弟子にどんどん大物が増えている気がする。流石にレベリス王国の外にまで要人が出来ているとは思わなかったよ。

「……ほんと、びっくりですよ」

「……ロゼ?」

「いいえ、何でもありません~」

ふと、ロゼが儚げな笑顔とともに、言葉を零す。

うーん、まあ俺自身が今の境遇にびっくりしているしなあ。弟子の一人がしみじみと感じ入ってしまうのも無理はないか。

「そう言えば、モルデアさんは元気にしてますか~?」

「ああ、相変わらずだよ。最近は腰痛が酷いみたいだけど」

「あらあら~。流石にお年なんでしょうか?」

「みたいだね。あれでおやじ殿も結構な年だから」

目的地もないまま、ぶらぶらとバルトレーンの街を練り歩きながら、二言三言と何気ない会話を交わす。

アリューシアほどかっちりはしていないし、スレナほど大仰でもない。クルニのような爛漫さもなければ、フィッセルのような静けさというのも違う。

正しく彼女の天性の気質がもたらす、絶妙な居心地の良さ。うるさくはないが打てば響く会話は、やっぱり気持ちの良いものであった。

「……いい街ですね」

「うん? そうかな、俺も悪くはないと思うけど」

会話が一段落ついたところで、ロゼが景色に目を預けながら一言。

確かに、バルトレーンはいい街だと思う。活気付いているし、人が多い割に治安も良い。ここら辺はレベリオ騎士団の働きもあるかもしれないが、利便性と住みやすさを両立させたこの都市は、やっぱりいい街なんだろう。

「うふふっ、なんだか移住したくなっちゃいます」

「おいおい、君は君で役目があるだろう」

「えへへ~」

おどけて見せる彼女の姿は、見る人が見れば年不相応に感じるかもしれない。でも、短いながらうちの道場で慣れ親しんだロゼという人物の人柄は、こういう人懐っこさがあってこそなのだ。クルニとはまた違った距離感の近さがある。

「先生~」

「ん? どうした?」

ふらふらと当て所なく歩いていたら、騎士団庁舎からは随分と離れてしまった。

バルトレーン中央区の、やや閑散とした街通り。疎らとなった人通りと少し背の低くなった街並みを背景に、腰を少し屈めて、俺の前にぴょこんと顔を出すロゼ。

「もし私が引っ越したら、拾ってくださいね~」

「それはまた随分と大きい迷子だなあ」

もし仮にロゼと住むことになったら、ミュイも速攻で手懐けそうで怖い。

ロゼには対子供特効とでも言うべきか、恐るべき資質がある。どんなにひねくれた子でも、たちまち彼女の前に屈服してしまうのだ。道場で剣を学んでいる時も、彼女は門下生の子によく慕われていた。

「ふふっ、じゃあ、私はこの辺りで失礼しますね~」

「ああ。久しぶりに話せてよかったよ」

「はい~、私もです~」

結局バルトレーンの案内どころか、ただ適当に歩いて喋っていただけなんだが、ロゼは満足してくれたんだろうか。その表情を見る限り、そう悪い時間でもなかったようで何よりではあるのだが。

「では先生。今日はありがとうございました~」

「うん、こちらこそ」

次にロゼと会うのは、スフェンドヤードバニア第一王子の御遊覧の時だろう。互いに仕事で出てくるわけだから、こうやってプライベートで話す機会はきっとない。そういう意味でも、今日この場で彼女と話が出来たのはいいことだったのかもしれないな。

「さて……帰るか」

ロゼと別れた後、少し西に傾き始めた太陽を眺めつつ。

家に帰るには若干早いが、どこかに寄るには微妙に時間が無くなってしまった。ここは素直に帰って、ミュイと一緒に晩飯の準備でもするか。

今日の献立は何にするか、それこそ西区にでも寄って食材を買って帰るか、なんて考えつつ、俺はバルトレーンの街並みに歩を進めた。