軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第67話 片田舎のおっさん、闇夜を切り裂く

「あっちに走って行った。多分この道」

「ああ、分かった」

レビオス司教とシュプールが去って行った先を睨みつけながら、フィッセルと走る。

とは言っても、俺に北区の土地勘はない。おおよその方向に目処はつくものの、具体的な足取りまでは掴むことが出来ず。結局走る先はフィッセルのナビゲート頼りになっていた。

「フィッセルはやっぱり、ルーシーに言われて?」

「……違う。たまたま」

「……そうか」

走りながらふとした疑問を漏らしてみるも、返ってくる答えはにべもないものであった。

うーん、あくまで偶然の線を崩さないつもりかな。まあ、そうじゃなければ万が一の時に色々とまずいことになる。いかに相手が俺とはいえ、情報規制をしっかり意識している、と見るべきなのだろう。

「……見つけた」

閑散とした夜の北区を走ることしばし。

闇夜ということもあって視界は悪い。しかし、逆に言えば人もろくに歩いていないようなところで、バタバタと走っていれば悪目立ちもする。走る先、恰幅の良い人影と、ガチャガチャとフルプレートの音を鳴らす人影が目に入った。

どうやらこの追いかけっこは想像よりも早く終焉を迎えそうだ。

レビオス司教とシュプールの足が単純に遅かった、というのもあるか。あの体型、そしてフルプレートを着込んだままでは速く走るのは無理だろうしな。

「ふぅ……ふぅ……ッ!」

「お止まりください、レビオス司教」

「……!」

レビオス司教の息遣いが聞こえるくらいの距離まで近付いて、制止の声をかける。

やはり俺は今、少し機嫌が悪いようである。そう自覚できるくらいには、無意識のうちに声に棘があった。

ダメだな、冷静にならないといけない。

最悪このまま戦闘に入る可能性もある。こんな心理状態では剣筋も鈍るというものだ。

心の中で一息を入れ、呼吸と精神を落ち着かせる。

逃亡を続けられる可能性もあったが、意外にもレビオス司教は俺の声を耳にしてからは素直に足を止めた。単純に疲れているのかもしれないが。

「……レベリオ騎士団です。先程の魔法の件も含め、然るべき場所で話を聞かせて頂きます」

「……」

イブロイ司祭の差し金ですよ、とは口が裂けても言えなかった。

参考人招致のために動いているレベリオ騎士団がなぜ今、と問われれば難しい部分もあるが、まあ中途半端な死者蘇生の奇跡という、動かぬ証拠を向こうから出してくれたんだ。このまま進めるのが吉だろう。

俺の言葉の後、フィッセルが無言で剣を構える。これ以上の逃亡は許さないぞと言わんばかりの様相である。

彼女の剣魔法はこういう時に便利だな。遠隔で攻撃を加えられるから、俺たちの隙を衝いて走り出したとしても、フィッセルならすぐに対応出来る。

「あの奇跡の研究価値を分からんとは……」

「それは私が聞く内容ではありません」

苛立ったようなレビオス司教の言葉を、切って捨てる。

言った通り、それは俺に主張されても知ったこっちゃない。むしろ個人的な感情だけで述べれば、俺は死者蘇生の奇跡には否定的ですらある。

生命の理を、人間の手で弄っていいはずがないのだ。無論、ミュイのようにそれを切望する者も中には居るだろうが。

「同行願います。レビオス司教」

「……」

レビオス司教はどう見たって戦闘が出来るタイプではない。

逃亡に際し残された切り札は傍らに控えるシュプールくらいだろう。この男がどれだけの手練れなのかは分からないが、単純に考えても二対一。勝算は十分にある。

そういえばあの場はついクルニに任せてしまったが、大丈夫かな。まあ彼女も騎士団の一員だ、今自分がやるべきことは分かっているか。

「……シュプール」

「はっ」

レビオス司教が最後に頼る先。それはやはりシュプールだった。

彼は静かに頷くと、腰に提げたエストックを抜剣する。

堂に入った構えだ。先程まで相手にしていた騎士たちとは空気が違う。

「……つぉッ!?」

次の瞬間。

俺の眼前にシュプールのエストックが迫っていた。

慌てて迫り来る剣を弾く。体勢が不十分だったからか、最初のように一発で剣をオシャカにするには至らなかった。

こいつ、速い!

フルプレートを着込んでるってのになんて踏み込みの速さだ。思わず冷や汗が背中を伝う。

「ぬぅん!」

「くぬ……ッ!」

エストックを払われたシュプールは、しかしその体勢を崩すことなく続けざまに切りかかってくる。

おいおいおい、エストックってのはもっとデリケートに扱うもんだろうが! とんでもないパワーとスピードで降りかかってくる剣先を二度、三度といなす時間が続く。

体勢を崩させようにも、こいつの剣筋はヘンブリッツやスレナとはまた違って切り返しが難しい。体重を完全には乗せず、腰から肩、腕の力を上手く使って、最低限の力で最大の速度を弾き出している。

突如として始まった戦闘に、しかしフィッセルは動けない。

シュプールと俺の距離が近すぎて、この状態で加勢に入られても俺が被弾する可能性がある。俺もいきなりここまで距離を詰められるとは思わなかったが!

このシュプールという騎士、明らかに他の連中とは二枚も三枚も違う。剣速と手数が桁違いだ。

それに、扱っているエストックも一般の騎士のものより上物に思える。何度も弾いているが、最初のように刃を潰すには至らなかった。

「――ッ!」

二合、三合と打ち合う中、無言の応酬が続く。

その中で、微かに動いた意識。

視線は兜のせいで分からない。しかし、確かにシュプールの意識の矛先が、動いた。

「ッ! フィッセル!」

俺との打ち合いは長引くと判断したのか、突如としてシュプールは剣戟の標的を俺からフィッセルへと切り替えた。

フィッセルとて、油断はしていないはず。

しかし彼女から見れば、シュプールの剣先はつい先ほどまで完全に俺に向いていたのだ。

奇襲。

これを完全に防ぐには、自分の身体を滑り込ませるしかなかった。

「ふんっ!」

「……このっ!」

ガギン、と。

シュプールのエストックと俺のロングソードが打ち合う音が、一層高く響く。

鍔迫り合いだ。くそ、久々に体験したな、この体勢は。

「フィッセル! 大丈夫かい!」

「だ、大丈夫……!」

――危なかった。

俺の判断があと一ミリでも遅ければ、シュプールのエストックは確実にフィッセルに届いていた。

確かにフィッセルは剣士であり魔術師であり、戦う術を持つ人間だ。狙うなとは言わない。これは試合などではなく、れっきとした戦闘行為だからだ。

だが、そう理屈では分かっていても、やはり元弟子に危険が及ぶのを冷静に眺めていられるほど、俺は人間出来ちゃいないんだ。

こいつ、ただで終わると思うなよ。

先程まで冷静さを取り戻そうとしていた俺の精神が、再び色濃く燃え上がるのを感じる。

「――強いな。なればこそ、惜しい」

「……!」

そんな俺の思惑を他所に、ぐぐぐ、と。シュプールが競り合っている腕に力を籠める。

ちくしょうめ、純粋な力比べだと俺がやや不利か。もともと俺は剛力で鳴らしていたタイプでもないからな、真正面からの力のやり取りはどうにも得手じゃない。

「――大いなる神のご加護よ、我に力を与え給う」

「ッ!?」

鬩ぎ合っているシュプールが、祝詞を発した。

まずい、この状況で身体強化魔法はまずいぞ!

腕に力と気合を入れるが、徐々に押し込まれてく俺の両腕。くそ、強化なしの状態でも既に筋力でやや劣っていたのに、そこに魔法の強化が入ると力勝負はかなり分が悪い。

これはヤバい、押し込まれる――!

「――させない」

「……っ!」

俺の腕が根負けしそうになっているところで、フィッセルの横槍が入った。シュプールの腕を下から切り上げるように、フィッセルのロングソードが昇り立つ。

手甲と剣がぶつかり合う音が響く。

流石に切断とまではいかなかったようだが、その衝撃でシュプールの腕が浮いた。その隙を衝いてロングソードを一気に押し付けて距離を離す。

「フィッセル……! すまない、助かった!」

後ろに跳び、一旦距離をとる。

助けに入った直後に助けられるとは、まったく立つ瀬がない。そういう点でも彼女はやはり、ただ守られる側の人間ではなく、立派な剣士であった。

「……あっ」

一息ついて視線を少しずらすと、再び逃走を始めたレビオス司教の後ろ姿。

い、いかん。このままだと彼を逃がしてしまう。

「フィッセル! レビオス司教を追うんだ!」

このまま逃がしたのでは、これまで動いてきた全てが無駄になる。かといって、シュプールを無視して追いかけるのは愚策が過ぎる。背中を斬られたらそれで終わりだ。

であれば、俺がシュプールを足止めしてフィッセルに追ってもらう他ない。

「……分かった。先生、気を付けて」

ほんの少しの逡巡がフィッセルの中で生まれたようだが、それでも俺の言葉に従って、彼女は足を動かし始めた。

「……ちっ」

「行かせないよ!」

僅かに意識が逸れたシュプールに、今度はこちらから仕掛ける。

腕を畳んでコンパクトな横薙ぎを払うが、それは素早く構えたエストックに弾かれてしまった。

「まだまだっ!」

続けざま、大きく踏み込んでロングソードを振るう。

しかし流石の反応というべきか、その一手は寸でのところで躱されてしまった。ちくしょう、そっちはフルプレートを着込んでるんだ、多少なり油断してくれてもいいじゃないか。

こいつは、手数とそれに見合わぬパワーで相手を圧倒するタイプ。主導権を握らせていたのではまずい。そして、魔法の力も相まって俺よりも明らかに膂力がある。近距離の鍔迫り合いに持ち込むのも危険だ。

「しっ!」

「ぬっ……!」

薙ぎ払いの後、小手を入れ替えて切り返し。上手く剣を合わされて防がれる。

くそ、あんまり得意じゃないんだよな先手を取り続けるってのは! しかし、相手の性質を考えれば後手に回るのはちょっと遠慮したい。

ここは攻め続けて、防御の隙を狙う。普通フルプレートを着込んでいたら、その鎧の防御力にかまけて多少なり受けが疎かになるはず。それを期待したいところだが。

「小癪な!」

俺の連撃に嫌気が差したのか、振り払うように薙がれたエストック。先ほどまでの緻密な連撃に比べれば、ほんの少しばかり雑な挙動。

普段の俺なら半歩退いて躱すところだが……ここはバルデルの力を、そして、このロングソードのポテンシャルを信じてみるか。

それに、今の俺は機嫌がすこぶる悪い。

一歩退いて仕切り直しを、なんて考えられるほど、冷静じゃなかった。

何より、先ほどまで騎士たちに囲まれていた時とは状況が違う。

今は、正真正銘の一対一だ。こいつ以外に敵はなし!

「ふんっ!!」

気合一閃。

ありったけの力と理合を込めて、エストックを迎え撃つ。

これは、いなしたり躱すための迎撃じゃない。完全に相手の得物を、武器を破壊するために行った行動だ。

普通そんなことをすれば、相手の武器は壊せるかもしれないが、こっちの武器も壊れる。それがメイスやハンマーといった殴打武器ならともかく、斬撃を主とする剣では斬ることは出来れど破壊するには向いていない。

斬撃力を上げるために極限まで細く長く鍛えられたのが剣だ。ガチンコの殴り合いに適した武器じゃあない。

しかし、このロングソードならそんな使い道にも耐えられるはず。

半ば賭けに近い動きだが、とりあえずこの均衡状態を何とかしないとシュプールを仕留めるのは難しい。そんな思いから決めた迎撃であった。

「な……ッ!」

結果。どうやら俺は賭けに勝ったらしい。

バギン、と、不吉な音を立てて半ばから折れるエストック。兜で表情は分からないものの、シュプールが驚愕したであろうことは容易に感じ取れた。

「もらった!」

振り抜いたロングソードをそのまま返し、動揺で一瞬固まったシュプールの胴に袈裟切りを一閃。

確かな手応えが剣を通して伝わってくる。

それと同時に、暗闇に迸る赤い血潮も。

「ぐっ……無念……!」

いくら魔法で身体能力を強化したといえども、物理的な防御力まで底上げされるわけじゃないらしい。フルプレートを切り裂いた斬撃はそれだけでは飽き足らず、確かにシュプールの肉体を削り取っていた。

くそ、苛立ちで力加減が上手く出来なかった。そもそも、加減して勝てるような温い相手でもなかった。

力なく前のめりに倒れたシュプールを見下げる。じわじわと、血潮が地面を覆い始めていた。

「……フィッセルを追わないと……」

シュプールの具合は気にはなる。

気にはなるがしかし、今は申し訳ないがフィッセルとレビオス司教を追う方が優先度が高い。

「……まだまだだな、俺も」

怒りや不機嫌で剣筋が鈍り、思わぬ苦戦を強いられた。

そして、あまつさえ元弟子に助けられる有様だ。まだまだ精進が足りていない証拠である。

だが、それを今悔やんでも仕方ない。次に活かせるよう、しっかりと今日の醜態を忘れないよう心に刻んでおかなければ。

「……よし」

一息入れて、視線を上げる。

教会からこの地点までは、そう離れているわけじゃない。

何とか後詰めのレベリオ騎士団が、シュプールを見つけてくれることを祈って、俺は地を蹴った。