軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第62話 片田舎のおっさん、幼子を諭す

「……ん」

「あ」

慌ててルーシーの家に舞い戻り、最寄りの馬車停留所までの道を聞いて、さて改めて出発しようか、と再度家の扉を開いた先で。

ばったりと、この家の客人であるミュイと出くわした。ミュイの隣には付き添いの侍女だろうか、ハルウィさんと同じような服を着た、若さの残る女性が傍に立っている。

「ミュイ。居ないと思ったら外に出ていたんだね」

「……ん」

返答は、そっけない。

ただやはり棘は大分取れたようで、そっけない返答の中にも嫌悪感や不安感といったものは感じられなかった。よきかなよきかな。

「お、ミュイ、おかえり。ちゃんと買えたかの?」

「……ん」

扉からこっちを見ていたルーシーが続けて声をかける。

彼女は短い返事と同時、左手に提げた買い物袋をずずいと俺の前に差し出す。どうやら買い物に出かけていた様子。

なんだかこのシーンだけを見ていると、本当に子供が出来たみたいな感じになるな。ルーシーに母親が務まるとはちょっと思えないけれど。

ここでミュイの付き添いをしていた女性が会釈とともに、玄関の先へと消えていく。しかしハルウィさん以外にも使用人が居たんだね。まったくいい生活をしてやがるなルーシーさんは。

辺りはもう暗くなろうかという時分だ。ミュイの表情は、あまりよく読み取れない。言葉少なに返事を紡ぐ彼女が、今どういう心持でここに立っているのかまでは、今の俺には読み切れなかった。

「買い物かい。よく出来たね」

「……うるせえ。これくらい誰だって出来る」

なので、とりあえず彼女の行為を褒めておくことにした。が、どうにも反応は芳しくない。

うーん、ミスったかな。でもまあ、子供が頑張って家事をこなしているってのは褒めて然るべきだと思うんだけど。

「オッサンはなんでここに居んだよ」

「ああ、えーっと……ちょっとしたお話だね」

ルーシーもミュイには何も伝えていないという。ならば俺も、ここで全てを伝えることは避けるべきだろう。しらを切るとも言う。

「そっか」

俺の返答を受け取ったミュイは、それ以上の言及をすることはなく。

齎された返答を最後に、幾ばくかの沈黙の帳が玄関先に降りる。

「……でも、よい生活を送れているようで何よりだ。ルーシーのことだから、使いっぱしりにでもしているかと思った」

「おいおい、おぬしの中でわしの評価はいったいどうなっとるんじゃ」

「ははは」

沈黙を破る軽口に、後ろのルーシーが不満げに答える。ただ、そこにネガティブな響きはなかった。言葉遊びだと、彼女も分かっているのだろう。

ミュイの見た目は、はっきりいって大分マシになっていた。服だって以前まで来ていた襤褸じゃないし、派手さはないが清潔感のある服装に身を包んでいる。

暗くて分かりづらいが、肌や髪の艶だって大分よくなっている。ちゃんと栄養を取れて、ちゃんと睡眠を取れている証拠だ。

それらの事実が、ルーシーが彼女を無下に扱っているわけではない証左に思えて、親でもないのにほっとした気持ちになる。軽口はその気持ちからついつい漏れ出たものだとして、なんとか勘弁して頂きたいところであった。

「……なんでだよ」

「ん?」

そんな俺たちのやり取りを見て、ミュイが静かに口を開く。

「なんであんたら、アタシにこんな……親切にするんだ」

ばつが悪そうに呟かれた言葉。

そこから見える感情は不満ではなく、戸惑いだった。

「うーん……」

なんで、と問われてもなあ。頭を掻きながら、ついつい視線が後ろのルーシーの方へと向く。ルーシーはルーシーで、どう答えたらいいものか少し逡巡しているようにも見えた。

「大人が子供の面倒を見るのは当然じゃろ」

「同感だね。手が届く範囲は限られるけど、届く範囲なら手を伸ばすのが普通の大人だよ」

行きついた答えは、俺とルーシーで同じようなもの。

まあ、これが正直なところである。

確かに、ミュイが今までよくないことに手を染めていた事実はあるだろう。生きるために仕方がなかったとはいえ、だからと言ってその行為は正当化されない。そんなことをしてしまうと、世の犯罪のほとんどが情状酌量で無罪になるからだ。

ただ、幸か不幸かミュイはその世界から脱出し、そして犯していた罪もそう重たいものでもなかった。本人に反省の意が見えれば、年齢も鑑みて注意で済ませるのが妥当だろうね。

「……アタシの周りに、そんな大人は居なかった!」

絞り出すように、ミュイが紡ぐ。

「アタシは! アタシは……人から物を盗んで、その日を生きることしか考えてなかった! オッサンのことだって、カモに会ったくらいしか考えてなかった! そんなアタシに金を渡して! 好きにさせて! ……なんで……なんでだよ……」

彼女の戸惑いは、叫びとなって木霊する。

きっと彼女は、学がないなりに、聡い。自分がやってきた罪についてよく考えている。

そして、今までそんな世界でしか生きてこなかったんだ、碌でもない大人に囲まれていたことは想像に難くない。事実、根城に踏み込んだ時に居た盗賊どもは、碌な大人じゃあなかった。

彼女は今恐らく、混乱している。

具体的な待遇までは分からないものの、今のミュイを見る限り、そう邪険には扱われていないはず。それ自体は喜ばしいことだが、肝心のミュイがその扱いに納得出来ていない、といったところか。

まずは、彼女の心の問題としっかりと向き合うことが必要かもしれない。

しかし、その役目は俺というより今現時点で関りを持っているルーシーが負うべきじゃないかとも思うが、ちらりと視線を泳がせてみれば、彼女はなんと静観の構えであった。

えぇー、ここにきてそれはずるくない? なんか俺を都合よく使っているような気がせんでもない。確かに宵闇とレビオス司教の疑惑など、ミュイに聞かせられない事情があるのは分かるけれども。

「ミュイ」

まあ仕方ないか。彼女を泥沼の世界から引き上げる切っ掛けを作ってしまったのは、間違いなく俺なわけだし。

「君は、子供だ」

「……」

なるべく刺激しないように、優しい声色を意識する。

なんだかきかん坊な門下生を諭していた過去を思い出すな。道場は剣を学ぶ場である以上、やんちゃな跳ねっかえりは一定数居たからね。

ミュイをただの跳ねっかえりと評すには、またちょっと事情が違うんだけど。

「子供は、難しいことを考えるもんじゃない。考えを止めない姿勢は大事だが……与えられた環境で、まずはのびのびと過ごせばいい」

「そんな……子供だましみたいな……!」

「事実だよ」

彼女の反論を、ぴしゃりと止める。

子供は、大人が守るべき財産のうちの一つだ。そこに貴賤はない。

「ここには、君を騙す大人も居なければ、君を利用しようとする大人も居ない。前も言っただろう? なんとかするのが大人の責任だし、それが正しい大人の姿だ」

「……ただ、甘えろって言うのかよ……」

「ん? そうだよ?」

ミュイはこの年齢の割には随分と達観しているというか、諦観しているというか。そんな印象を受ける。

今まで置かれていた環境を考えれば無理はないのだが、だからこそこれからその部分を出来る限り矯正しなければならない。

子供は大人に甘えるもんである。というか、それが仕事である。

そのうち心身ともに成長して、分別も覚えて、社会の仕組みを少しずつ肌で覚えていく。その役割は親だったり先生だったり先輩だったりするわけだが、ミュイはこれまでそういった環境に身を置くことがなかった。

強いて言えば、彼女のお姉さんがその役目に該当するのだろう。

そう考えればこの年齢で、しかも盗賊に身を窶していてもなおこういった考え方、そして自己評価を持てるというのは、お姉さんの教育の成果にも思えた。

きっと、素敵なお姉さんだったのだろう。吹き溜まりには似つかわしくないほどに。

だからこそ、彼女を守り切れず、世界の膿に呑まれた。

「……いいのかよ……そんな……そんなんでよ……」

「いいんだよミュイ。君には、未来がある。これから先の人生は俺なんかより全然明るくて、長いんだ」

こんな枯れたおっさんに比べれば、ミュイの人生はまだどうにでもなる。軌道修正はまだ全然利く範囲だ。だからこそ、拾い上げた責任は取らねばならない。

「まあ、そうだね。どうしても納得いかないっていうなら」

とは言え、今この場のこの一言だけで彼女の疑念を全部晴らすってのは難しい問題だ。それこそ、時間をかけて今の環境に慣れてもらわないとね。

「ミュイが立派な大人になったら、おじさんに美味しいご飯でも奢ってほしい。それで貸し借りはなしってことにしよう」

彼女の頭を撫でながら話す。

ついつい手が伸びてしまったが、振り払われていないところを見るに、なんとか受け入れてくれそうで助かった。

「……ばかにしやがって」

「してないよ。心外だなあ」

「おーい。その時はわしにも奢ってくれよ。わしだって頑張ったんじゃからな!」

「君は暴れただけじゃないか」

「なにをぅ!?」

ここでルーシーが割り込んでくるが、君盗賊相手に全ツッパしただけだからね。いや、その後のミュイを一時的に引き取る流れまではよくやってくれたというべきだけれど。

「……ふん」

そんな俺たちのやり取りを見て、ミュイは鼻を鳴らす。

どうやら、これ以上言い合っても無意味だと思ったらしい。まあ、ルーシーだって俺の主張に口を挟んでこなかった以上、思っていることは概ね同じだろう。ここは大人のエゴを通させてもらうとしようか。

「ほら、家に入りな」

「……分かったよ」

そう言って頭から手を離せば、むすっとしたような声と表情とともに、ミュイがその歩を進めた。

「それじゃベリル、頼んだぞ」

「ああ、まあ出来る限りはね」

そしてルーシーからの激励を頂戴し、この場に来た目的を思い出す。

まだ、ミュイが真の意味で立ち直るには時間が足りない。彼女にとっては何もかもが急転直下の出来事だろう。

願わくば、このまま平穏に第二の人生を歩んでもらいたいものだ。そのためにも、後顧の憂いは断っておかねばならない。

振り返ってみれば、玄関の前でルーシーがミュイの後ろから手を回して抱き着いていた。

うーん、これがもしハルウィさんだったら絵になっていたかもしれない。ルーシーがやると子供同士の戯れにしか見えないね。というかルーシーの方が年下にすら見える。

「……まるで子供に出勤を見送られる父親みたいだね、こりゃ」

まったく、似非家族にもほどがある。

しかしまあ、依頼をこなす前にこうやって御見送りを受けるってのは、悪い気分じゃない。

それじゃ、一仕事やりに行くとしますか。何も起きず空振りならそれが最善なんだけどね。