軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第40話 片田舎のおっさん、取り逃す

「……うん、初日だしこれくらいにしておこうか」

「は、はいっすぅ……」

さてさて、基本的な構えの確認と素振りを繰り返していたら結構な時間が経過してしまった。

修練場に明かりはあるものの、外は既に真っ暗。完全に日の入りの時間を超えてしまっている。

うーん、ちょっと長居し過ぎた、もとい熱が入り過ぎた。体力に自信があるであろうクルニも流石にヘトヘトの様子である。

「しばらくは基本的な構えと扱い方を中心にやっていこう」

「はいっす!」

剣の道は一日にして成らず。

たった一日、それも数時間振るうだけで上達するのであれば誰も苦労しない。血の滲むような、そして気の遠くなるような反復練習の末にやっと幾ばくかばかり身に付くのが剣術というものだ。

まあ、何事もそうだとは思うけど。魔法だって一日二日で完璧に扱えるのなら、魔術師学院なんて存在意義がないわけだしね。

今日少し見ただけだが、それでもクルニの動きはまともな方ではある。

ただ、やはりと言うか何というか、剣を腕力で振ろうとする悪癖がある。本人は意識していないのかもしれないけどね。

矯正に時間はかかるだろうが、元々筋もよく、また逆に言えば腕力で剣を振れるくらいには力もある。気長にやっていくか。

しかしやっぱり個人個人としっかり向き合って、かつ『そういうもの』として前提を持っておかないと、このような癖の類を見抜くのは難しい。

本人だって間違っている認識が無いまま振っているのだ。傍から見るだけで気付くってのはかなり難易度が高い。だからこそ師範なんて役目があるわけだが。

これは改めて、クルニに餞別の剣を渡せるようになるまでしっかりと見届けたいところだ。得物がツヴァイヘンダーになっているので、剣を渡すかどうかにそもそも疑問符が付いて回るけれど。

「腕も痛いっすけど腰と太ももがぱんぱんっす……」

「いいことだよ。ちゃんとその部位を使えてるってことだから」

ショートソード以上にツヴァイヘンダーなどの大型は踏ん張りが大事だ。いつも以上に足腰に負担がかかっていることだろう。

無理をさせてもよくないので、身体が本格的に悲鳴をあげる前に切り上げておく。時間も遅いからね。

しかし、クルニのような小柄な騎士が大得物を振り回すってのは中々絵になっていいな。

これは俺の個人的な好みも多分に反映されているが、見ていて華がある。俺自身がロングソードという変哲のない武器の使い手だから、余計にそう映るのかもしれない。

「うーん、暗いねえ」

「流石に人通りも少ないっすねー」

修練場から庁舎前に辿り着けば、そこには最低限の守衛として立っている騎士以外はさっぱり人影が見当たらない。時間も時間だし当然か。

「クルニ、よかったら送ろうか?」

「あ、いやいや大丈夫っす! これでも騎士なんで!」

「そうかい? ならいいけど」

夜分に女性の一人歩きというのは、いくら首都とはいえ危ないだろうと提案してみたものの、何だか結構な勢いで断られてしまった。

こんなおっさんでも厄除けくらいにはなると思ったんだけどな。まあ騎士だというのも間違っちゃいないし、無理強いするものでもないか。

「それじゃあクルニ、気を付けてね」

「はいっす! 先生もお疲れ様っす!」

「うん、お疲れ様」

庁舎前でクルニと別れ、一人で暗闇を歩く。

無論、街灯や漏れ出る光の類がまったくないわけではないので、完全な暗闇ではないけれど、やはり視界は通らない。

騎士団庁舎から俺がとっている宿までは、少し歩く。その間に今日の出来事を簡単に思い返す。

俺はおじさんだからな。結構長いこと生きてきたから、こうやって記憶を掘り起こしておかないとすーぐ忘れちゃうのである。

クルニの両手剣への適性は、悪くないように思えた。

元々パワーがあるタイプなのだろう、単純に扱い慣れていないという点はあるが、それでも剣に振り回されるような事態には陥っていない。足腰も頑丈そうだし、グッと根を張って大剣を振り回すってスタイルは彼女に合っている風にも見える。

唯一懸念があるとすれば、騎士団に混じってひとりツヴァイヘンダーってのが目立つかな、ってくらいか。アリューシアが問題ないと言っていたから大丈夫だとは思うけど。

「……ん」

つらつらと訓練のことを思い返していると、対面から歩いてくる人影が一人。

騎士団庁舎前から離れて宿の方に向かっているから、ここは人通りはほとんどない通りだ。暗闇で視界は利かないものの、俺以外の人が居るのを見るとついつい視線がそっちに寄ってしまう。それに、日が沈んだ後に外出する人間はそう多くない。

月明かりが出ている分、まだ視野は利く。

前から歩いてくる者はどうやら暗闇に紛れるようなローブを着込んでいる様子だ。フードを深く被っているせいか顔までは分からない。

いやまあ、たかだか通行人の顔が分かったから何だって話ではあるんだが。

こんな時間にローブを着込んで独りで出歩くなど、あまり褒められたものじゃないなとは思うものの、俺だってその独りで出歩いている不審者には違いない。

傍から見ただけでそういう判断は付かんのだ。俺も守備隊に目を付けられる前にさっさと宿に向かった方がいいかもしれんな。

「おっと」

道幅はそう狭くないはずなんだが、このまま進むと前から来る人とぶつかってしまう。あまりじろじろと見続けるのもよくないだろう、ささっと道を譲って宿に帰って一杯やりたいところ――

「――そういうのは感心しないねえ」

「……ッ!?」

すれ違いざま、闇夜に紛れて伸ばされた腕を、掴む。

何となく怪しいかも程度には思っていたがこいつ、スリか。

しかも相当手馴れている。直前まで違和感なく歩いていたところから、一直線に俺の懐に腕を伸ばしてきやがった。

しかし残念。おじさん、目だけはそこそこ良い自信があるんですよね。

「……クソッ! 離せ!」

「離さないよ」

俺に腕を掴まれたスリは一瞬硬直したものの、直ぐに気を取り直して暴れ始める。

声から察するに女性か。それもあまり歳は食ってないように聞こえる声だ。

うーむ、こんな若い子が落ちぶれているってのはちょっと心が痛む。おじさん今から彼女を守備隊に突き出さなきゃいけないわけなんだけど。

「……チッ!」

「うおっ!?」

ゴウ、と。

掴んでいた彼女の腕から、突如爆炎が巻き上がる。

――魔法か!?

炎と熱に、反射的に防護動作を取る。当然だが、その過程で掴んでいた腕を離してしまった。

「……ッ!」

「あっ」

気付いた時には既に遅し。

俺の腕を炎をともにして振り解いた女性は、脇目も振らず中央区の路地に駆け込んで行った。

一瞬追いかけるか、とも思ったが、俺はこのバルトレーンに来てまだ日が浅い。土地もよく分かっていないし、大通りを外れた路地などほとんど知らない。

更にこの暗闇だ。追いかけたとて、追いつける保証がなかった。

何となく無念である。いや、実際にスられたわけじゃないから実害はないんだけどさ。

「……うん?」

スリの女性が走り去って行った方向を眺めていると、月明かりに照らされて地面の一部が光っていることに気付く。

ちょっとした興味本位で近付いてみれば、光の正体はどうやらペンダントのようであった。

「……落とし物、かな」

手に持って見てみると、随分と古ぼけている。ところどころ細かい傷も入っているが、よく手入れされていたのだろう、埃や汚れといったものは見当たらなかった。

騎士団がそういう仕事をしているかどうかは分からないが、とりあえず遺失物として明日届け出てみるか。アリューシアかヘンブリッツ君辺りなら、どこに届ければいいかくらい教えてくれるだろう。

「……どうにも、炎は苦手だねえ」

ルーシーといいゼノ・グレイブルといい。どうにも火ってやつには最近いい思い出がない。

しかし魔法の使い手がスリにまで落ちぶれるとは、何か特別な事情があるのだろうか。声色から察するに、クルニたちと同じか、あるいはそれ未満の歳に思えた。

まあ、仮に何か事情があったとして、俺にはどうしようもない。

少しばかり不運な出来事があった。そう片付けて気持ちの整理をつける以外の選択肢を、俺は持ち得ていない。俺は英雄ではないし、義賊でもなし。更には気高き正義漢というわけでもないのだ。悪人ではないつもりだが。

「帰るか」

こういう日はさっさと帰ってひとっ風呂浴びて寝るに限る。

当然ながら俺の呟きに返しの言葉はなく。誰も居なくなった首都バルトレーンの通りを歩く、俺の足音だけが小さく響いていた。