軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第292話 片田舎のおっさん、息を切らせる

「おや、リサンデラ。少々遅かったですね。寝坊ですか?」

「ぬかせ! お前、守衛に話くらいは通しておけよ……! 余計な手間をかけさせやがって……!」

「あら、これは失礼」

騎士団庁舎の修練場に現れたのは、冒険者ギルドのブラックランク、スレナ・リサンデラ。

しかし彼女は登場してすぐさま、アリューシアとの舌戦を繰り広げていた。そりゃあ如何にブラックランクの冒険者といえど、朝一番にやってきて騎士団庁舎に入れろは、情報の根回しがないと多分難しいんだろう。

これはどちらかと言えばアリューシアが悪い気がしないでもないが、それをわざわざ突っつくのもあまりよくない気がしてきたぞ。スレナが気の毒なのはその通りなんだけどさ。

「スレナ。悪いね、わざわざ来てもらって」

「いえ! 先生の頼みとあらばいつでも!」

「そ、そうか。ありがとう」

ただこのまま言い合いが続いても困るので、こちらからも声を掛けておく。彼女をこの場に呼んだのは間違いないからね。

俺の言葉を受けたスレナは一瞬で姿勢を正し、はきはきと応答する。あまりにも早い変わり身に少し引いてしまった。この二人は互いに実力を認め合ってはいるものの、やっぱり仲が悪いというか反りが合わないというか。俺としてはもう少し穏やかに対応してもらいたいものだけれど、まあそれを強要するのも違うしなあ。難しい。

武者修行の申し入れ。それは何も、アリューシアに相手を限ったことではない。

俺の知る限り、剣士としてのトップはこの二人だ。更に俺の頼みを聞いてくれそう、という条件が加わると、本当にこの二人以外に思い浮かばない。フィッセルも候補には挙がるが、剣魔法相手ではまた立ち回りが変わる。剣と剣の戦いにおいての感触を得るには、やはりこの二人が最適かつ最強に近いだろう。

「あまり人の目があるところでやりたくなかったんだ。すまないね、無理を言って」

「いえ、問題ありません。無論、思うところがないわけでもないですが……十分に呑み込める範囲です」

「そう言ってくれると助かるよ」

しかしながら、冒険者ギルドに所属する冒険者を騎士団庁舎の修練場に呼ぶ、というのは普通ではなかなかあり得ないことだな。

それを通したアリューシアも凄い。結果として通させたのは俺になるんだけどさ。

というのも、ギルドの訓練場は屋外にある上に、どうしても人の目がある。バルトレーンに来た直後にスレナと一戦交えたが、あの時も観衆というか見学者は沢山居た。

今回はちょっとそれは避けたかったというのがまずあった。理由は単純で、無様を晒す可能性が高いからだ。これは以前のような謙遜とは違い、ヴェスパーに不覚を取った以上、スレナ相手に不覚を取らない保証がどこにもなかったから。

だから出来れば、誰にも見られないところでひっそりと調整したい。その思いをそれとなくアリューシアに伝えたら、なんとスレナをこっちに呼んだのだ。

レベリオ騎士団の団長という肩書はやっぱり、そこそこ以上の影響力がある。それを行使させた自分に酔わないようにしないといけない。そんなつもりはないにしてもね。

「シトラスとは……既に剣を交わした後ですか」

「ああ、だから準備運動は要らないよ」

「分かりました。それでは」

アリューシアとの決着は付いている。その確認を取ったスレナだが、どっちが勝ったかは問わなかった。

勝敗を聞いてもスレナの行動は変わらないし、俺の行動も勿論変わらない。そのことを分かっている以上に、余計な感情を巻き起こしたくなかったと見える。

たとえ相手が俺であったとしても。アリューシアが一本取られたことを、スレナ相手に素直に認めるかどうかは未知数。自分の立場に置き換えてみても恐らく微妙。そう判断してのことなのだろう。

やっぱり二人は、実力自体は互いに認め合っているんだよな。仲が良かろうと悪かろうと、剣の腕は認めている。騎士団長と冒険者、剣を交える機会はそう多くないだろうが、これからも切磋琢磨してもらいたいものだ。

「リサンデラ、貴方には二本必要でしょう」

「ああ、悪いな」

準備のため、アリューシアが二本の木剣を手渡す。当然だ、彼女は双剣使いなんだから。そしてこの場でスレナが勝手に木剣を持ち出すのはあまり良い対応とは言えない。だからこそアリューシアが持ってきた。

俺も最近、ちょっとだけ分かるようになったんですよ。異なる組織に属する者同士の機微というやつが。勿論、胸を張って言えるようなことじゃないけどさ。こういうところから、俺も少しずつ学びを得ていかないとね。

「ベリル先生が、わざわざ腕試しを申し出る……。何もないわけがない。楽しみです」

「はは、ご期待に添えるといいんだけどね」

二振りの木剣を受け取ったスレナが構えながら発する。あまり期待はしないでくれよ、みたいな言葉は吐かない。俺から呼びつけた以上、その類の期待を持たれるのはある意味で当然だ。以前、ルーシーやニダスたちに押し切られて立ち合った時とはわけが違う。

さて、俺は俺でこの目についてまだ試したいことがあるからな。スレナに勝てるかどうか確信を持ててはいないが、一応負ける気はしない。大した進歩だよ、本当に。

「では、開始の合図は私が告げましょう」

「ああ、頼む」

先ほどまではアリューシアと二人きりだった。今は三人。既に立ち合いを終えたアリューシアが審判を申し出る。その言葉に合わせて俺とスレナ、二人が構えを取った。

ギャラリーは居ない方がありがたいが、アリューシアなら問題ない。むしろ恰好悪いところを見せたくない相手の筆頭でもある。俺も程よく気合が乗るというものだ。

「――はじめっ!」

しんと静まり返った修練場内。アリューシアの凛とした声が響く。

その合図が、戦端を切った。

「はっ!!」

声と同時、凄まじい脚力で一気に間合いを詰めるスレナ。相変わらずとんでもないトップスピードだ。アリューシアと比べると起こりはまだ分かりやすい方だが、単純にバカ速い。仮に駆けっこをしたとしても、追いつける気は全くしないね。

スレナが初手に選択したのは、突進からの両手薙ぎ。双剣の強みを存分に押し付ける一手である。単純に二本の刃に迫られているわけだから、一本では物理的に対応出来ない。

とはいえ、ここで退けば序盤の流れが持っていかれる。一本で二本を同時に捌くのは土台不可能にせよ、こちらも迎え撃たないとなんとなく負けた気がしてしまう。ならば、俺なりの手法でこいつを捌くべきだ。

「ふんっ!」

見る。見て、機を狙う。今までずっとやってきた。今、出来ない理屈はない。

スレナの両刃が重なる一瞬。そこを狙い撃って木剣を下から上にカチ上げる。一本で二本の相手が無理なら、相手の二本が一本になるタイミングで捌けばよいのだ。

めちゃくちゃな理屈だけど、今の俺なら出来る。そして実際に出来た。ならばそれでいい。

「ッ!」

木剣を弾かれたスレナは身体を急停止させ、素早く距離を取る。出来れば追撃と行きたかったけれど、やはり俊敏性と身体の強靭度はとてつもない。アリューシアとはまた別の意味で、まともに打ち合ったらダメな剣士だ。

まあ、流れを五分に出来ただけマシとしておこう。スレナのような連撃を主としたタイプは勢いに乗らせると大変よくない。

「……はあああっ!」

「――!」

距離を取ったその直後。一息整える間もなく、再度スレナが襲い掛かる。

同時に、また見えた。ただの予測ではなく、確実に訪れるであろう一歩先の未来が。

左突き、右の切り下ろし、踏み込んで切り上げ、また左突き、回って薙ぎ。その軌跡が朧気ながらはっきりと映し出される。

「……くぅっ!」

見えた景色通りに、順番に捌く。スレナの邪魔をしないように、無理やり止めるのではなく逸らす形で。

試したかったのはこれだ。アリューシアやヘンブリッツ君は、どちらかと言えば圧倒的な瞬発力やパワーで一撃を決めるスタイル。対してスレナは、力が十分に乗った連続攻撃が真骨頂。

これが見れるかどうかを知りたかったんだ、俺は。要はこの目の効果時間というのかな。どこまで見れて、どこまで続くのか。その境目を体感として覚えておきたかった。

「……」

猛烈な勢いで繰り出される二刀二刃は止まらない。一般人は勿論、並大抵の剣豪であろうとも容易には捌けない密度と速度。ただただ作業のように、目に見えた未来を丁寧に叩き潰していく。

一つひとつに対応しようと考えていては遅れる。多少は慣れたからヴェスパーと対峙した時のような不覚まではいかないにしても、流れは確実に持っていかれることとなる。

だから、見えた先をどうするかの大枠だけ決めておく。対アリューシアの時は先の先を取って封じること。対スレナでは、とにかく五分以上の大勢が残るように捌くこと。これを方針としていた。

まあ勿論、スレナの連撃を見極められる前提があったらの話だけどね。そしてそれは今、夢想ではなく現実となった。

「……ッつああああっ!!」

更なる気勢を吐くスレナ。しかし顔色には余裕がない。

そりゃそうだ。恐らく全力で振るっている猛撃が悉く躱されているんだから、気持ちとしては尋常ではなかろう。

「――っぷはあ!?」

「!」

なんて。

どこか悠長に構えていたら、今度は突然俺の息が切れた。それと同時、先程まで確実に見えていたスレナの剣先が消える。

「ふんっ!」

勿論、そんな特大の隙を見逃してくれる相手ではない。好機と見たスレナが更に踏み込んできての上段二連。その軌跡を、僅かに捉えた。

「っとぉ!」

今まで通り、というとなんだかちょっとおかしいが、今まで通りとしか言いようがない。振りかざされた木剣を思考の果てに横へ逸らし、一歩下がる。どちらかと言えば間合いを嫌った下がり方になってしまったな。明確に流れが変わった。

体力的には流石にまだ持つはずだが、一気に息苦しくなる。やはりアレは相応の負担が身体に掛かっていると見るべきか。今考えることではないけどさ!

「はあああっ!!」

逸らされた木剣の勢いそのまま、スレナは弾かれた力に前進力を加えて襲い掛かる。斜め軌道の回転斬り。それも二本。

「――ふっ!」

息が切れたのは完全な想定外。しかし負けられん。アリューシアも見ている。もう未来が見えるとか見えないとか関係なく、負けられないという気持ちだけで、心の器はすべて満たされていた。

「っだ!?」

結果。先ほどとは少々趣の違う無意識で突き出した木剣が、真っ直ぐにスレナの顎を捉えた。スコン、と綺麗な音が響き、スレナの顎が浮く。そして彼女が涙目でたたらを踏む羽目となった。

「アッ!? うわあ! ごめん!!」

うおおおおダサい! ダサすぎる! 必死になって元弟子相手に寸止め出来なかったのは曲がりなりにも師範としてあまりにもダサくてかつダメすぎる!

頭の中に咄嗟に言い訳の数々が浮かんでくるが、何を言ったところで無駄である。とにかく割と強めに当ててしまったことを平謝りするしかなかった。

「っづぅ……! いえ、お構いなく……!」

「ご、ごめんよ……!」

スレナは涙を目にためながらもこちらを気遣ってくれているが、結構いい感じに木剣の先が当たってしまった感触がある。歯が折れていないといいんだが。美人の顔を傷物にしたとあれば個人的に大問題だ。

これは剣士だからとか戦う人だからとか、そういう括りの外の話である。

「勝負あり、ですね。……リサンデラ、ポーションは入用ですか?」

「要らん! この程度、慣れている……!」

「だ、大丈夫……?」

顛末を見届けたアリューシアが勝負ありを告げる。その後のやり取りには少しばかりの情が含まれているようにも見えたが、スレナはスレナで、騎士団の備品を借り受けるなどしたくないのだろう。気持ちはまあ、分からんでもないが。

「先生。リサンデラも言う通り、この程度であれば心配は無用です」

「いや、でも……」

「木剣が多少当たった程度、先生も数えきれないほどには経験があるのでは?」

「いや、まあ、それはそうなんだけどさ……」

思わぬ結果に狼狽えていたところで、アリューシアが至極真っ当な正論を飛ばしてきた。

いやそれは仰る通りではあるんだけれども。曲がりなりにも剣士として長年過ごしてきたから、木剣を当てることも当てられることも星の数ほど経験している。きっとスレナもアリューシアも同様だろう。

理屈では分かっているつもりだけどね。それが相手によって全然感情が異なるんだから、人間ってのは面白くて同時に面倒くさい生き物だなって思うよ。

「……先生が、なりふり構わず木剣を当てるくらいには、必死だった。その結果を勲章とします」

「お、大げさだなあ……」

スレナはスレナでダメージから素早く立ち直り、なんだか大仰な方向に思想を飛ばしていた。

でも大仰ではあるけれど、俺の感覚としては正しい。負けられないと必死になって、咄嗟に木剣を伸ばした結果だからね。

「しかし……最後以外はまったく剣が当たる気がしませんでした。あれが試したかったこと、でしょうか」

「まあ、ね。最後は集中し過ぎて息切れしちゃったけど……」

とはいえ、実験自体は概ね成功と言っていい。あまり長時間扱える切り札ではないにせよ、スレナの連撃を完璧に予見出来たのはかなり大きい収穫だ。彼女以上に手数の多い剣士はそうそう居ないからな。

後はこの感覚に入る、入らないを俺の意識で切り替えることが出来れば理想なんだが、流石にそれは高望みが過ぎるというものだろう。訓練を重ねて慣らしていくしかなさそうだ。

「ふふ……。先生が、更なる高みへと昇った。これほど嬉しいことはありません」

「まったくその通りだ。悔しくない、といえば嘘になるが……先生にはまだまだ、前に居て頂かなくては」

「ははは……ありがとう。頑張るよ、俺なりにね」

二人との模擬戦を終え、アリューシアが総括し、スレナが呼応する。

相変わらずちょっと重たいなあとは感じるよ。その心持ちは変わらない。だけど、こういう風に望まれているなら、俺ももうちょっと頑張ろうと思える。やっぱり俺は、いい弟子たちを持った。

「――おっと」

早朝の騎士団庁舎の空気を味わっているところで。

ぐぅ、と。誰かの腹の音が鳴った。多分、というか絶対俺なんだけどさ。

「はは、朝っぱらから動くとお腹が減っちゃうね」

「タイミングも悪くないことですし、朝食といきましょうか」

「お、いいね。スレナも一緒に食べるかい?」

「ええ、ご迷惑でなければ是非」

あれやこれやで、これから三人で朝食を摂りに行くこととなった。アリューシアと、あるいはスレナと二人で飯を食うことは今までにもあったが、この三人で、というのはちょっと珍しい。そもそもこの二人が行動を共にすること自体が珍しいからな。

「英気を養い、鍛錬に励まねば。今日の打ち合いを経て、一層そのように感じました」

「うん、その意気だ。でも無理はしないようにね。……って、俺が今更言うことじゃないかもしれないが」

「存じております、と言いたいところですが……。気を付けますよ」

今更過ぎる忠言ではあるものの、こういうことを定期的に声に出して確認するのは大事だ。知らぬ間に無理がたたる、というのは誰にでも起き得ることだからな。

無論、それを言った俺自身も気を付けなければならない。俺一人がぶっ倒れるだけなら最悪まだいいが、ミュイのこともあるし余計な心配をかけたくはない。

「では食事の際に、是非とも先程のカラクリを教えていただきましょうか」

「いやまあ、カラクリっていう程立派なものじゃないけれど……」

勿論スレナには伝えるつもりだったんだが、先回りされてしまった。

何か種や仕掛けがあるような立派なものではないが、俺にとっては立派な武器だ。アリューシアとスレナなら、共有してもいいと思っているしね。

「でも、そうだね。俺の新たな武器には違いない。これからも研いでいかないとね」

「ええ、お願いします。私たちもすぐに追いつく所存です」

まったく、すぐ後ろに猛者が複数控えているもので、背中がじりじりと焼けていくような気分だ。でも悪い気分じゃない。焦らされるのではなく、良い圧力と感じている。

いつの間にやら視野も視座も、随分と広く高くなってしまったものだと思う。どうかこれが、一時の気の迷いでないことを祈るばかり。

「おお、今日もいい天気だ」

修練場の扉を開けると、庁舎の中庭に降り注ぐ朝陽がちょうど目に入る。

これからの剣の道も、今日の天気くらい快晴であってほしいものだ。切にそう願うよ。