軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第284話 片田舎のおっさん、予想する

「おはようござ――おや、ベリル殿。その包帯は……?」

自宅でミュイにちょっぴり情けない姿を見せてしまった翌日。流石にこの程度の怪我で指南を休むわけにもいかないので、いつも通り騎士団庁舎へと足を運ぶ。

すると出くわしたヘンブリッツ君が挨拶もそこそこに、早速その点を突っ込んできた。本当によく見ているな。こういう目を俺にのみならず、団員すべてに対して配っているのだから大したものだ。

「おはよう。ちょっと昨日、包丁で切っちゃってね」

「そう、ですか。いやはや、油断大敵ですな」

「ははは、違いない」

まあ本当になんでもない日常の一幕なので、特に隠すこともなく話す。俺の温度感は正しく伝わったようで、ヘンブリッツ君と軽い冗談を交えながらのご挨拶となった。

とりあえず行った応急処置としては、水で洗い流して包帯を一巻きしたくらい。一晩明けても特に痛みや腫れ、化膿なども見られなかったので、明日には快復しているだろう。

念のため剣の柄に手を掛けてみたけれど、特に違和感は覚えなかった。つまり剣を振るうにはまったく不便のないかすり傷であり、指南役の仕事を休むほどでもない。となれば課せられたお役目を果たすのみである。

「かぁッ!!」

「ちぇええええいッ!!」

修練場は、基本的にいつ来ても喧しい。皆の気合と怒号が常に入り混じっている空間だ。

勿論、黙々と木人を叩いていたり筋力トレーニングに励んでいる者なども居るのだが、大体は木剣で打ち合っている。

基本的な動き方、あるいはその動きを支える筋力の向上。これらは当然大切な鍛錬となる。しかし、それらを実戦で活かすには、やはり実戦に近い形の訓練が一番効率がいい。

更にここは田舎の若者に剣の手ほどきをする場所ではなく、己の剣技に自信と誇りを持つ者が集う場所。なので大抵は皆が皆バチバチに打ち合う。

とても良い。表現の仕方が少しおかしいかもしれないが、良質な殺気に溢れている、とでも言おうか。彼らは技を競うのではなく生死を競っているのだから、この気迫は全員が持っていて然るべきものでもある。

この辺りは俺が教える教えないに関係なく、レベリオ騎士団内で連綿と紡がれてきた組織としての矜持だろう。それらがしっかり伝わっているのは、やっぱり良いことだと思うんだよな。

「……むんっ!!」

「おっ」

そうして訓練に励む皆を眺めていたところ、一組の様子に視線が引き寄せられる。

いくつか乱取りを行っている組の一つ、クルニとエヴァンス君が木剣に気迫を乗せて激しく打ち合っていた。今は丁度、クルニが通常より大きいサイズの木剣を豪快に振り回し終えたところである。

「ふぅー……ッ!」

エヴァンス君は鋭い反応でクルニの一撃を躱し、やや間合いを取った。クルニだって、彼相手に闇雲に突っ込んでも無駄なことくらいは分かっているはず。そしてエヴァンス君も、無闇に突っ込めばクルニに弾き返されることは百も承知。

つまるところ、少々の睨み合いが始まったという感じだね。ここからは身体能力の他、経験や読みが絡む展開なので、見ている側としても少々力が入る瞬間であった。

「……!」

クルニは木剣を下段気味に構え、じわじわとにじり寄っている。対するエヴァンス君の構えは中段。左右に細かく動きながら間合いを取るか、先を取るかどうかで悩んでいる、といった状況。

「ふむ、あの二人ですか。見たところ、膠着しておりますが……」

俺の視線の先に数瞬遅れて気付いたヘンブリッツ君が所見を述べる。

確かに二人は今、睨み合っている。ここから状況が動き出すのには恐らく数秒はかかる。どちらに勝敗の天秤が傾くかは、現時点では分からないだろう。

「――いや、今回はエヴァンス君の勝ちだね」

「はい?」

しかし。何故か俺には次の一手が見えた。クルニが逸って間合いを詰め、やや強引に剣を当てに行ったところでエヴァンス君の返しが入って一本。その未来がなんとなく分かったのである。

「――とぉりゃあっ!!」

「ふっ!」

そして数瞬後。

俺の予見通り、じりじりと間合いを詰めていたクルニが一足飛びに間を潰しにかかる。そしてその動きを読み切ったエヴァンス君が同じく前に詰め、クルニの勢いを逆利用する態勢で迎え撃った。

剣に限らず武器を振るう時、普通は手に持った武器の射程と相手との距離を計算して振る。これは当然で、空振りは基本的に意味がない。時には空振りをわざと狙うこともあるけれど、少なくとも今回、クルニは確実に当てに行った。

間合いというものは、常に変化するものだ。だからある程度は予想しながら動く。で、その予想を如何に外せるかが読み合いの肝だったりするんだが、今回はエヴァンス君がクルニに読み勝ったと言えるだろう。

「っしゃ! 一本!」

「ぬぉああ~~~~ッ! 負けたっす!!」

間合いを詰めたエヴァンス君はそのまま威力の乗り切らない剣をいなし、自身の木剣を滑り込ませる。

ゴツン、と。まあ割と痛そうな音は聞こえたけれど、クルニはおろかレベリオの騎士はそんなもん誰も気にしない。骨が折れなかっただけ儲けもんみたいな考え方を普通にしている。だって負けた方が悪い。

こういう戦闘に向けた精神の練り上げ方は、やはりレベリオの騎士がいっとう優れているように感じるよ。そこらの素人とは明確に違う。だからこそ、周辺国家含めて睨みを利かせられるほど精強で通っているのだろうな。

「……ベリル殿は、どこを見て?」

「ふむ……」

俺の予想通りに事が運んでしまったので、ヘンブリッツ君がちょっとした驚愕を浮かべながら問うてきた。

うーん。どこを見て、か。正直具体的な未来が見えたわけではないので、やや言葉に詰まる。別に俺は未来予知が出来るわけではないのだ。あくまでこれまで培ってきた経験で、たまたま確信に近い予想が得られた、という答え方になる。

「クルニが逸っていたのは見て分かったからね。エヴァンス君の目の良さなら、そこまで見抜くんじゃないかなと思っただけだよ」

「なるほど……」

クルニは確かに膂力に優れた良い剣士だ。勝負勘もあるし、甘えもない。だが技術的なところにはまだまだ伸びしろを残している。ショートソードからツヴァイヘンダーに切り替えて頓に成長著しいといえども、得物を変えた影響も少なからずあるだろう。

その隙を、エヴァンス君が目聡く拾ったという結末。彼と俺は何度も手合わせしているが、特に目と体幹がいい。クルニの微妙な精神のブレを、巧く察知して戦果に繋げた。

加えて、エヴァンス君には目と反応の良さだけに頼らず、もっと読みを鍛えていこうという話をした記憶がある。しっかりその言葉が活かされていると考えると、教え甲斐もひとしお増すというものだ。

「……いやはや、頂は遠いものですね」

「ははは、それは俺も常に感じるところさ。まだまだ遠いよ」

ヘンブリッツ君が漏らした呟きに同意を返す。

その通り、頂はまだまだ遠い。俺も随分と登ってきた感覚こそあれど、そろそろ頂上が近いなとか、そんな自覚はほとんどないままだ。

いやまあ、沢山の強敵と出会って、仕合って、勝ってきたという経験と自負はある。あるけれど、俺の相手が全員世界最強だったってわけでもない。そもそも最強なんて誰かが名乗っていたわけでもない。

勿論、剣の頂と世界最強は必ずしも一致しない。しないが、弱いまま頂に臨めるかと言われるとそれもまた違うだろうから、やっぱり一つの有力な指標にはなる。

そう考えると、おいそれと俺が頂上だぞなんて言葉は吐けないものだ。皮肉にも、強さを実感すればするほどその気持ちは強くなっていくもの。

アリューシアもスレナもヘンブリッツ君も皆強いが、誰も自分がこの世で一番強いだなんて思っちゃいない。技術を修め、経験を積むほどに上の景色は不鮮明になる。不思議なもんだね。

「ベリル殿にそう言われると、俄然果てしなさが増しますな……」

「そうかな?」

「ええ。なので頂を目指す前に、まずはベリル殿に土を付けませんと」

「おっと、怖い怖い。でも、それくらいの気勢はないとね」

現時点ではという注釈は付くが、俺はヘンブリッツ君よりも強い。しかし、時が経てば分からない。後ろが追い付いてやるぞと燃えている合間に、前が怠惰を貪っていればあっという間だ。だから俺も気合を入れて更なる先を目指さねばならぬ。

後進に抜かれるのは悔しい。悔しいが年齢を考えれば早晩必ず起こることだ。

きっとおやじ殿にも、そういった意地と葛藤があったのだろう。実の息子に対して早々に負けましたと白旗を振るのは、剣士としてかなりキツい覚悟が要る。

今なら分かるけれど、これは今にならないと分からなかったことでもある。そういう意味でも俺はまだ成長の余地を残しているとも捉えられるので、足元を掬われないよう頑張るしかない。

「くぁ~~っ……逸ったっすね……」

「もうちょい我慢されてたら分かんなかったけどな。ま、今回は俺の勝ちってことで?」

「……くぅ~~~~ッ!」

俺とヘンブリッツ君が剣の頂について話していると同時、クルニとエヴァンス君も模擬戦を終え、感想戦に入っていた。

やはり攻め気が先行し過ぎていたらしい。二人とも勝敗の要因には気付いているので、わざわざ俺から何か口を挟むこともないだろう。下手な助言は本人のやる気を削ぐからな。

特にあの二人は同期ということで、よく切磋琢磨している仲でもある。時折結構な煽りが入ったりもしているけれど、それが嫌悪でなく奮起に繋がっているのなら問題ない。まあその辺りの塩梅というか、加減も分かっているように思える。

俺もケーニヒスやジスガルトと言い合う時に遠慮なんかこれっぽっちもしない。同期や同年代ってのはそういうもんだ。

先達や後進は道を歩んでいれば常に居るものだが、横並びで歩ける人は存外多くない。それくらい、同期という縁は得難いものでもある。その幸運を噛みしめつつ、これからも歩んでほしいところだね。

「さて、それじゃあ俺も身体を――」

「おはようございます」

「ん?」

人の模擬戦を見ていると、こっちも気持ちが滾る。正しくいい影響を受けるというやつだな。その欲求に素直に従おうとしたところ、新たな人影が修練場の扉を開いた。

もともとこの場所は騎士に対して常に開かれている。だから人の出入りも比較的激しい。俺が午前中を中心に指南しているだけであって、別にいつ何時鍛えに来てもいい場所である。

なので、俺がその人物に気付けたのは本当にたまたまであった。丁度クルニ対エヴァンス君の観戦も終えて、これから動こうという手すきのタイミングだったから気付けた。

「ヴェスパー!」

「は、お久しぶりです」

ヴェスパー・オックス。

ヴェルデアピス傭兵団の襲撃で倒れ、長らく療養に努めていたレベリオの騎士。彼は幾分か痩せた顔を覗かせつつも、それでも影は感じさせない表情で修練場に現れた。