軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第281話 片田舎のおっさん、興味を持つ

「あ、スレナ……さん」

「おかえり。邪魔しているぞ」

「……うす」

二人の距離が多少縮まったとはいえ、やっぱりミュイの反応の仕方は未だにやや微妙。でも明らかにスレナの顔を見てほっとした表情を見せたのを、俺は見逃さなかった。

ミュイも心配していたもんな。元気な姿を見せられてよかったよかった、といったところだ。

「ミュイ、お茶飲む?」

「ん、飲む」

「分かった」

流石に一緒に暮らし始めてそこそこの時間が経過したからか、ミュイは良い意味で俺に対して遠慮しなくなった。最初に過ごし始めた頃は本当に距離感が遠かったからね。同じ屋根の下に住む他人であるからして、仕方のないことではあったんだが。

でも今では大分、ここが自分の家だという認識が出来ている。それは良きことだ。その分、衣服だったり荷物だったりを無造作に置きがちになったが、それはそれとしてね。

「はい、熱いから気を付けて」

「うん」

ちゃちゃっと茶葉を取り出して、ミュイの分を用意する。その流れで彼女もテーブルに着席することになり、自然と俺、ミュイ、スレナが席に座る形となった。

「んと……無事でよかった、す」

「ふっ、ありがとう。まあ正直、先生に助けられたがな」

一口含んで喉を潤すと、ミュイはまずスレナへの安堵を呟いた。

俺からすれば、心配していたことを素直に吐露するだけでも、かなり彼女の成長が見受けられる。根っこの部分にあった棘が大分抜けてきた証左だろう。大変に良いことなので、そのまま素直に育ってくれることを願っちゃうな。

「どうだ、目標に向けての鍛錬は順調か?」

「えっと……まあ、多分……?」

「はは。中々自身の目だけでは進捗は分からんものだからな」

ミュイの一言を皮切りに、女性二人の会話が進んでいく。なんだか口を挟む理由も切っ掛けもないので、おじさんは清聴の構え。

スレナはなんだろうな。アリューシアやルーシーに向けるものとはまた違った、普段ではそうそうお目にかかれない態度でミュイに接している気もする。

確かに出合い頭の印象は互いに良くなかった。ミュイはまだ他人を警戒していたし、スレナはスレナで意味の分からん圧をかけていた。まあそもそも圧をかけんなって話ではあるんだが。

しかし、それが解消されたからこうなる、と言われればそうなのかもしれないけれど、どうにもそれだけではないように思える。

「先生から見てどうですか、彼女の進捗は」

「うん? 悪くないと思うよ。魔法については分からないけどね。身体は少しずつ出来上がっているし、剣筋も鋭くなってきた」

「……だ、そうだぞ」

「……ふん」

と、考え事をしていたら話題を振られたので答えておいた。ミュイに関することのみならず、教え子についての感触は一通り即座に答えられる自信がある。それが出来ずになにが師匠だという話だ。

無論、内容の濃淡はあるがね。俺はミュイについてはかなり語れる自信があるけれども、今この場でそれは誰も求めてないからな。ざっくり輪郭のみの印象に留めておくのが良いだろう。嘘は吐いていないことだし。

「生憎、私にも魔法のことは分からんが……剣と、それに準ずる生き方になら覚えがある。何か困ったら相談には乗ってやろう。とはいっても、先生が居れば不要ではあるか」

「……うす。そんなことない……と、思いマス……」

二人のやり取りを聞いていて、ふと思い至るところがあった。

スレナはあれだ。ミュイを身内として見ているな。アリューシアやルーシーに対してははっきり他人として構えていたが、彼女に対してのスタンスが違う。どちらかと言えば、俺に向けるものに近い。勿論態度は違うが、感覚的にはそんな感じがした。

そうじゃなければ、相談に乗ってやろうなんて言葉は出てこない。仮にアリューシアに対してそんなことを言うスレナを想像出来るかと言えば、断じて否である。

で、そういう態度を取り始めたスレナに対し、ミュイの方が適切な距離感を掴めないでいる。意味の分からない圧の次は、意味の分からない距離の詰め方に困惑していることだろう。

しかしまあ、それを俺からわざわざ言うのもな、という感じ。ミュイがあまりにも進退窮まるようならそういう助言はアリかもしれないが、これも一つ、人間関係の構築の練習ということで彼女には頑張ってもらうとしよう。

「フィッセルもルーシーもスレナも、君にとって人生の師であることは違いない。何かあれば、遠慮なく頼りなさい。勿論、俺もね」

「……うん」

他人に頼るということを、ミュイは今まで碌にしてこなかった。独りでなんでも出来ると言えば聞こえはいいが、それはやっぱり少し寂しいことだ。

俺だって独力で今の実力と地位を得たわけじゃない。そこにはおやじ殿やお袋をはじめとして、様々な人の縁があってこうなった。それらがいつどのタイミングで花開くかなんて誰にも分からないが、繋がりはないよりはあった方がいい。そして大体の場合、少ないよりは多い方がいい。

「ふふっ。……先生のおかげで、私もようやく前を向ける。そして、自分以外の後ろを見ることも出来るようになった。……感謝しています」

「構わないよ……と言いたいところだけれど、受け取ろう」

「ええ、是非そうしてください」

やはり、イド・インヴィシウスを仕留めた事実は彼女にとって大きい出来事だった。俺にとっても因縁の相手であったことには違いないが、彼女の持つ感情とは大きさも種類もまったく違う。

改めて良かったと思うよ。それに、自分以外の後ろを見ることが出来るようになったという言葉。これもまた、彼女の更なる成長の証と捉えることが出来る。

「君は、これから?」

仇討ちは成した。そのために築き上げた実績と信頼。それを今後、どう活かしていくのか。その先に興味がないと言えば嘘になる。

他方、スレナが冒険者を引退してしまうのでは、という予感も微かに過った。

彼女が成し遂げたかったことは、冒険者として地位を高めることが一番の近道だったと思うが、それを達成した今、いい意味で冒険者に拘る必要はなくなっている。まあそれをギルドがあっさり呑むかどうかは置いておくとして、スレナの考え方の一つとしてね。

「スレナ、さんは」

「ん?」

「――冒険者、辞めるんすか」

スレナの返答を待つ前に、放たれたミュイの一言。その言葉に、俺は少々固まってしまった。

もとより、人の機微には聡い子だ。そうしなければ生きていけなかった事情があるとはいえ、この鋭さは生来のものとして捉えてもいい。

しかしまさか、ここまでとは。スレナの背景も事情もほとんど分かっていないであろうミュイが、その可能性を言い当てた。恐らくは、俺と同じ思考の推移を辿って。

現時点では、言ってしまえばただの勘だ。だがここに経験と知識が加われば、ミュイの洞察力はきっと、何倍にも膨れ上がる。剣や魔法のみならず、生きていく上で大変な武器になることに違いない。

彼女の将来には是非期待したいが、なんだか空恐ろしさすら感じるよ。魔法の素質を持っているだけでも凄いことだが、そこに生来の鋭さが加わるとなると、傑物に成長する可能性すらあり得る。

「……さあ、どうだろうな。辞める理由は別段ないからな」

そんなミュイの一言を受けて、スレナは微妙にはぐらかした。

さりとて、嘘を吐いたわけでもなさそうであった。本人にもはっきりと決まった未来が見えているわけではないのだろう。

今後の一生を左右する決断の話でもある。軽々に決められることでもない。まあ個人的な感情で言えば、今引退するのは勿体ないとも思うけれど、それはランドリドの話を聞いた時も思ったこと。

その人にはその人のための人生がある。それを外野があれやこれや口を出すのは、不作法というもの。スレナの場合、辞めることが決まっているわけではないが。

「しかし、そうだな……。人並みの幸せは、追ってみたいと思うようになったよ」

「……」

続く彼女の言葉に、ミュイは押し黙った。

幸せ、か。なんだかアリューシアと話した過去が思い出される。彼女も幸せについての論点を持っていた。

スレナもミュイも、不運ではあった。ともに肉親を喪った過去は消せやしない。

だが、不幸せではない。スレナは温かく迎えてくれた義理の両親とともに自身の未来を切り開き、ミュイの不幸せは俺の不手際になるから。断じてそれは許されぬ。

では、各々の望む幸せとは何か。ミュイはこれからそれを見つけていく年齢だ。協力してくれる先達たちもいる。他方、スレナはどうだろうか。こればっかりは本人の口から聞いてみないと分からないことだ。

「スレナ・リサンデラの幸せとは何か。興味深い話題だね」

「まあ、そうですね。ありていに言えば、家庭を持ってみたいな、なんてことは考えますよ」

「ほぉ」

驚く、と言ってしまうと失礼だが、それでもちょっとした驚きはあった。

しかしまあ、改めて考えてみれば何も不思議ではない。彼女は幼少期に両親を喪ったが、それまではしっかり愛されていたことだろう。うちで預かっていた間も、その辺りは気を配っていたつもりだ。

そして善良な義両親に愛されて、今までの人生を過ごしてきている。家族への愛情や憧憬という部分は、大いにあって然るべきだ。

ただ、持ってみたいなと言う通り、そこには憧れの感情が少なくない割合であるように見える。誰か意中の人でも居ればまた話は変わったかもしれないが、そういう感じでもなさそうだしな。

でもそれでいいと思う。家庭を持っていないおじさんが言っても何の説得力もありゃしないが。

「先生は、ありませんか?」

「ない、と言えば嘘になるが……今はミュイも居るしねえ」

「……ふん」

スレナからちょっと水を向けられたので、ミュイの頭を撫でながら答える。嘘は吐いてない。

ちなみにミュイは最近、俺の手を警戒したり払い除けたりしなくなった。これはこれで大変に喜ばしい事実である。撫で甲斐もあるというものだ。勿論俺も、撫でる場所とタイミングは選んでいるつもりだけどね。

「でも、そうだね……」

ミュイの頭から手を離し、壁に目を向ける。

芸術品の類は全くと言っていいほど存在しない我が家だが、それに準ずるものが一品だけ、うちのリビングには飾ってある。話題の影響もあって、自然とそちらに視線が向いた。

「もし君が愛する人と結ばれて、新たな生命を授かったなら……。それはきっと、庭先で花を愛でるのが好きな、素敵な子になると思うよ」

「――ふふっ。となると、お相手には相当、お優しい方を選ばねばなりませんね」

「そうかな? 君も優しいじゃないか」

「仮にそうだとしても、先生には負けます」

「うぅん……? まあ、そういうことにしておこうか」

人の優しさに勝ち負けなんて付けるものじゃないと思うけど、スレナがそういうならそういうことにしておこう。

でもやっぱり。過去の重圧から解放された彼女の笑顔は、根っからの優しさを持つ人こそが放てる輝きだと、俺はそう思うのだ。

その笑顔が二十年の時を経て、再び花開いたこと。今は何より、それを喜ぼう。