軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第277話 片田舎のおっさん、通し切る

イド・インヴィシウスの首の根元、胸元あたりに不自然な魔力の流れがある。まさかルーシーが魔術的所見において見誤ることはあるまい。その情報は魔術師としては無視していいものかもしれないが、剣士としては十分一考に値するものであった。

そこが魔法的な理屈でどうなっているのかは分からん。分からんが、違和感があるところをとりあえず突っついてみるのは攻略の基本だ。

今回で言えばそこに魔力を集中させられない何かがある可能性もある。なんならもっと単純に、そこが弱点である可能性も。

そんなものを気にせずとも張り倒せるルーシーからしたら些事にしても、俺たち剣士はそうじゃない。試す価値は十分あるように思えた。

「スレナ! 胸元を狙うんだ!」

「ッ! はい!」

声を張りながら俺も戦線に加わる。距離と出せる速度の違いから、俺は恐らくスレナに続いてとなるだろう。

これをアリューシアに任せていては検証の意味がない。彼女の武器は未だルーシーの強化が乗っている状態だからね。弱点なんぞ関係なく斬撃が通る状態では、俺とスレナの参考にはならないのだ。

都合がいいことに、やつの前脚には割とダメージが蓄積している。まず逃げられないようにと、機動力を削ぎにいったのが結果として正解だった。

とはいえ、四足歩行の生物の足でもなく顔面でもなく、胸元を狙うというのは結構難しい。普通に正対していてはまず剣が届かないし、わざわざ狙う必要が基本的にないからだ。

しかしまあ、これだけデカいなら潜り込める隙間もあるというもの。前脚の振り回しやストンプには気を付けたいところだが、まさかスレナがそんな初歩的なミスを犯すはずもない。

「ふっ!」

「ガアッ!?」

スレナが一直線に駆け、左右に身体を振るフェイントを交えながら、最終的に足元へと滑り込む。

いわゆるフェイントというやつは、人間以外の相手にも存外有効である。超常的な存在でない限り、基本は人間と同じく視覚で物事を判断しているからな。イド・インヴィシウスも魔力を扱えるといえど、どうやらその辺りの仕組みは人間と同じようで助かった。

イド・インヴィシウスの足元に潜り込んだスレナから放たれる、打ち上げるような斬り上げ。それは今までのように絶対的な防御の前で弾かれるようなことはなく。

「! 通った!!」

僅かではあるが、確かに刃が通った結果を、俺の視覚と聴覚に齎した。

「よし!」

ゼロと一とでは話がまるで変わる。少しでも通るならそれは無敵ではなく、打ち倒せる敵だ。ひたすらぶん殴れば勝てる。

一瞬で生死を別つ戦いの中で、一縷の望みが出た事実は見逃せない。そこに死に物狂いで食らい付いていくのが剣士という生き物だから。

「スレナ!」

「はい!」

上手く潜り込めたとはいえ、やつの足元に長く居続けるのは難しい。相手も動くし何より危険だ。更に俺が攻撃を加えようとしているから、単純なスペースの問題もある。

それらがただ一言、名を呼ぶだけで伝わる心地よさ。やっぱり俺も戦う側の人間なんだなあと、こんな時にですら呑気な感想がまろび出る。

でもそれでいい。俺がかつて望んだ原風景は、きっとこれなんだという確信があった。

「かああッ!」

叫び、走り、辿り着き、剣を振る。

ぞぶりと、今までとは明らかに違う感触が手に伝わる。硬い。硬いが、斬れる。一発で肉に達したかは分かりかねるが、間違いなく切り落とせる感覚。俺の剣が確かに通じるという僥倖。強大な相手に対する焦り、恐怖。それらを乗り越える意気。

様々な思いが一息に溢れ流れる。いわゆる無の境地というやつとは、恐らく正反対の事象。けれどそれらは決して邪魔でも不快でもなく、今この時の俺にはきっと必要な活力だ。

「グゥアウウッ!!」

無論、攻撃が通るようになったとて、一撃で倒せるようなぬるい相手でもない。刃は通りはしたものの、そもそもの体躯がデカいのですぐに仕留めるのは難しい。

一刀で両断出来れば話は変わってくるんだけどね。流石になんの強化も受けていない状態で、更にイド・インヴィシウスを相手にそれをやってのけるのは、人間の出力では不可能だろう。

「アリューシア、削ってくれ! ジョシュア! 胸元の一部だけは刃が通る!」

「はい!」

「分かりました!」

スレナに続いて、俺も前脚の射程から離脱する。いくら攻撃が通せるといっても、やつの反撃を食らう理由はない。サイズと力が違い過ぎるから、一発でも貰えば即退場である。

まあでも、そんなやり取りは今までもいくらかやってきたからな。ゼノ・グレイブルもそうだしロノ・アンブロシアもある意味ではそう。なんなら昨年対峙したサーベルボアのボスもそうだった。

致命傷を躱しながら、こちらは着実に一撃を入れていく。うちの道場でモットーとしている、負けない戦いがまさにそれ。

確かに俺個人のみならず、スレナと組んでいても、イド・インヴィシウスには普通は勝てない。姿と気配を消す術と絶対防御。この二つを俺とスレナだけでは切り崩せないし、胸元の一部が弱点であることなんて、気付くことすらかなり難しかっただろう。

その鉄壁の牙城をルーシーの助力で突破した。アリューシアとジョシュア、ミスティが居なければ手数が足りず、もっと苦戦していた。

……ちょっとおかしい話だが。彼らの手助けがあったことで、訳の分からない強化魔法を身に宿したまま因縁の相手に対し、腑に落ちない勝利を手にしていたかもしれない可能性を潰せた、ということになる。

「……ふっ、はは……!」

様々な偶然と運が重なって、今の状況が在る。勿論、最良の結果だけを持ち帰れるような甘い世界ではないけれど。

こんな運命の交錯は、いっそ笑えてくるほどだ。だがその方が俺らしいかな、なんて思いもあったりする。

一人で世界を切り拓く勇者って柄でもないしね、俺は。皆に後押ししてもらって、どうにかこうにか前を向ける。後ろや下ばかりじゃなく、前を向けるようになっただけでも随分と進歩したもんだ。

「ガアアアアッ!!」

「よく吠えるね。気持ちは分かるよ」

イド・インヴィシウスは明らかに焦っている。先ほどの雄叫びは苛立ちからか、それとも精いっぱいの虚勢か。

とはいえ言った通り、気持ちは分からないでもない。圧倒的な優勢を保持したまま悠々と人間を嬲り殺せるはずが、ルーシー個人の能力で盤面がひっくり返されている。イド・インヴィシウスからしたらたまったもんじゃないだろう。

ただまあ、こっちも当然負けるわけにはいかないのでね。逆に言えばこいつは、ルーシークラスの人間が居ないと基本的に対処が不可能な部類の化け物だ。今ここで息の根を断っておかないと、未来において小さくない被害をもたらすことは、想像に難くない。

「ミスティ!」

「はっ!」

戦況が目まぐるしく変わる中、ジョシュアの鋭い声が響く。それに間断なく呼応したミスティが、再度鞭を振るった。

あっちはあっちで戦闘時における高度なコミュニケーションが取れているようで何より。ジョシュアが相棒と呼ぶだけはある。彼の発した一言だけで、彼が何を欲しているかをミスティはほぼ正確に把握していた。

「――稼げても一瞬です。後はお願いします」

「ガウアッ!」

彼女は先ほどと同じように脚へ鞭の先端を絡めるが、今度は自身は飛び上がらず、地に踏ん張った。ミスティ対イド・インヴィシウスの綱引き対決という構図。

当然、そんな勝負は成立しない。ミスティの膂力では一瞬で力負けする。そんなことは誰の目から見ても明らか。

それでも彼女は出来得る限り踏ん張った。コンマの一秒を稼ぐために。そして彼女が踏ん張れば踏ん張った分、やつの前脚は動きを封じられることになる。

「つおおぁあっ!」

つまり、胸元への道筋が開けるのだ。その一瞬だけは。ジョシュアほどの剣士となれば、その一瞬があれば十分であった。

ここに俺やスレナが突入することは叶わなかった。理由は単純で、ミスティと息が合わないから。

一瞬の隙を突くということは、その一瞬で息を合わせないといけないということ。彼女の力量を下に見ているわけではないが、初見の相手と初見の武器では、咄嗟に合わせるのは流石に難しい。

「ガアアアアアアアアッ!?」

「――くッ! まだ浅いか……ッ!」

ミスティの作り出した瞬間に飛び込んだジョシュア。彼の選んだ一手は突き。インパクトの瞬間、僅かに手首を捻った様子が映る。

フランベルジュの特性を最大限活かそうとした故の手段だろう。めちゃくちゃ単純な話、出来る限りギザギザに斬り込んだ方がダメージがデカいよねという、まあなんともな理由である。ただし、生物を打倒するという意味ではとてつもなく合理的だ。

そんな得物を捻りを加えながら突っ込まれた日には、そりゃ叫びたくなるよなという感想しか出てこない。俺なら絶対に食らいたくない一撃だよ。

しかし、それだけの破壊力をもってしても、イド・インヴィシウスは倒れない。ジョシュアの言う通り浅かったのか、それともあともう一押しが別角度から必要なのか。それは分からないが。

「――ふむ。僅かずつではあるが、再生しておるの。倒し切れんのはそれか」

「なるほどね……!」

ここで戦況を見守っていたルーシーから、新たなる情報が齎される。

再生。すとんと合点がいった。ルーシーも回復魔法を扱えるのだから、魔力を扱えるイド・インヴィシウスが再生しない理由はない。魔法ってやつに多少なり触れておいてよかったよ。説明を受けて理解は及ばずとも、腹落ちはするんだからな。

それに言われてみれば、あれだけ強化した剣で痛めつけた両前脚も、まだ動いてはいる。普通ならとっくに倒れ伏していてもおかしくはないところ、そこのカラクリは再生能力にあった、というわけか。

再生する相手を倒し切る手段自体は単純だ。再生を上回る速度でしばきまくればいい。

ただし、言うは易く行うは難しを地で行っている問題でもある。一発一発に火力を乗せて、更に連撃を加えるとなると正直難易度はかなり高い。しかも今回は、攻撃が通る個所が限られている条件付き。

俺もアリューシアも、どちらかと言えば一撃離脱を主としているスタイルだ。というか、うちの道場での教えに則ると門下生は大体そうなる。力でのゴリ押しも出来なくはないが、得手不得手で問うと後者だろう。

「……師の因縁を弟子が超える。それもまた一興、かな」

この状況下であるなら、俺がやつを仕留めきることも恐らく不可能ではない。しかしそれは理屈で言うと出来るだけであり、確実性や安全性を考慮するとちょっと不安が残る。

ならば、この場の最適解はスレナだ。彼女の持つ膂力とスタミナで、一気に削り切る。

「アリューシア! 右の後ろ脚を頼む! ジョシュア、ミスティ! 合わせてくれ!」

「!」

さて、それじゃあスレナの本領を発揮出来るシチュエーションを作るのが、師の務めといったところか。

強化魔法の乗っていない攻撃では、直接的なダメージは与えられない。だが衝撃自体は通る。外殻が硬すぎるだけであって、何もかもを相殺しているわけじゃないということは、これまでの打ち合いで感覚的に理解出来ていた。

「はっ!」

俺の声を受けて、まず機動力に優れるアリューシアが動く。今までのような前方に陣取る形ではなく、大きく後ろに回る軌道。勿論距離のロスはあるけれど、彼女の俊敏さがあればこそ、戦線に遅延を生まずに移動出来る。

「おおおおっ!」

彼女の動きに合わせて、俺もイド・インヴィシウスの右前脚へ吶喊。徐々に再生しているといえども、多少なり傷を負っている右前脚。その状態で完全に受け切れるほど、やわな攻撃はしないつもりだ。

「いきます!」

そこにジョシュアが加わる。俺が伝えたのは合わせてくれの一言だけだが、それでも意を汲んで動いてくれるのはありがたい。やはり彼も一流の剣士には違いないのだ。

「ふんっ!!」

「はあっ!」

「だっ!!」

俺、アリューシア、ジョシュア。三人の気勢が完全に重なった。つまり攻撃も三つ、完全に重なった。

アリューシアは右後ろ脚の腿辺りを強烈に斬りつけ、俺とジョシュアは横殴りに近い形でめいっぱい剣を振る。

斬撃が通るかどうかは重要じゃない。どれだけの衝撃を生めるかが今回の肝だ。

俺とジョシュアの得物なら、そんな扱いでも耐えてくれるだろうという、希望的観測も大いに入り混じった一撃ではあるが。

「グゥアッ!?」

右の前脚と後ろ脚、まったく同時に衝撃を食らったイド・インヴィシウスの体躯が、傾く。

まあこれだけデカけりゃ傾いてくれないと困るんだけどね。大きければ大きいほど、体重の半分を支える足にダメージが入れば、動きの精彩は鈍る。

「――流石です。次の一手はお任せください」

そこに一拍遅れて、ミスティの鞭が三度伸びた。

彼女は彼女で流石だな。こちらの意図を数瞬で理解して、最適な行動を起こしている。ジョシュアのサポート役という一点において、彼女ほどの適任はそう居ないだろう。

よく考えなくてもジョシュアはブラックランクだしね。その相方が務まる時点で相当の強者である。

「ガアッ!」

バランスを崩したイド・インヴィシウスの右前脚に、ミスティの鞭が絡みつく。さっきみたいに力比べをするわけではないが、単純に重量が違い過ぎるので引っ張れはしない。

「しっ!」

ただし。やつの体躯が傾く勢いを利用して更に力を加えれば、ちょっと話は変わってくる。どんな生態をしていようと、四足だろうが二足だろうが。地に足を付けて移動している以上、咄嗟の時には本能でバランスを取りたがるものだ。

「ガォウッ!?」

つまり、案外簡単にコケるんだなこれが。理屈では分かっていても、自身より遥かに丈の大きい生物相手にそれを通せる技量は流石。こういう類の絡め手は、剣という武器ではそもそもがやりにくい。鞭だからこそ出来る一手ともいえよう。

別にこかさなくてもこの段階まできたら勝てるとは思うけれど、長期戦は誰も望んじゃいない。とっととケリを付けるに限る。

「うおおらあああああああああッ!!」

ずっこけて露わとなったイド・インヴィシウスの弱点。そこに突貫するのは、冒険者ギルドが誇る最高峰、"竜双剣"。

凄まじい剣幕と共に飛び込んだスレナが、二つ名の元となった双刃を我武者羅に振り回す。

斬る。薙ぐ。突く。飛び散る。斬る。薙ぐ。突く。飛び散る。

目にも止まらぬ早業、というものは正にこれを指し示す言葉であろうと、そんな感嘆すら胸中に抱かせる超連撃。

「――ッふうっ!」

時間にして数秒か、それとももう少し経過したか。めちゃくちゃに切り刻まれたイド・インヴィシウスの胸元と、無惨なほど飛び散ったやつの血肉。

はっきり言って、これでまだ息の根が止まっていなかったら生物の枠を超えている。それを確信出来る程度には、荒涼とした山肌は凄惨な事故現場に様変わりしていた。

「――死んだか。おうおう、魔力が溶け出ていっとるわ。……くっくく! ようやったの、お主ら」

見た限りでは確実に絶命している。それでも緊張を解き切れなかったのは、やつの非常識さ極まる能力によるもの。通常なら死に至るものであっても、相手が通常でなければそれは通じない理になる。

俺たち剣士だけでは測り切れない、もう一つの角度からイド・インヴィシウスの絶命を宣言された今になって、ようやく。

「――だっはあ! 疲れた……」

俺たちの戦いが勝利で終わったことに納得して、全身の力を抜くことが出来たのだ。