軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第274話 片田舎のおっさん、三度相打つ

「……いや、私が先生と呼ぶには烏滸がましい、か。――お久しぶりです、ベリルさん」

「……ああ。呼び方は任せるよ。君に剣を教えていた時期があったのは事実だ」

ジョシュアは言い直して、改めて軽く頭を下げた。その様子は俺が知っているジョシュアとは随分と違った様子で、やや面喰う。

とはいえ、俺が知っている彼の最後の姿は随分と昔のもの。そこから心身ともに成長したと考えれば、そう意外なことでもないのかもしれない。俺だってこの年になってすら、曲がりなりにも成長していると思うしね。

「……ふん、エーベンラインですらも、か。世界は広いようで狭いな」

「ですら、も……? そうか、君もか……」

俺と彼とのやり取りを聞いたスレナが、鼻を鳴らす。ついでにジョシュアと妙なシンパシーを得ていた。

いやまあ、確率的にゼロではないことは分かるよ。俺はこれでも結構長いこと剣を教えていて、大成した弟子も少なからず居る。世界は広しと言えども、どんな職業や業界だって、基本的には上に行くほど絶対数は少なくなる。

だから武という世界において、上澄み同士が互いに知り合いだったり、同じ師に教わっているというのも、あり得る話ではあるんだ。その当事者に俺がなっていると考えることが今までなかっただけで。

「あー、お話し中に悪いんじゃがの。のんびり雑談に花を咲かせる時間でもなかろう。互いにな」

「……それもそうだね。ジョシュア。俺たちは今、特別討伐指定個体を追っている。そっちは?」

彼との再会は大変に意外なものではあったが、じゃあここで旧交を温めて……なんてことは出来ない。何故なら俺たちは今、イド・インヴィシウスという特別討伐指定個体を仕留めにやってきているからだ。

他方、ジョシュアたちの目的はスレナの救出。正確に言えば、イド・インヴィシウスの討伐を命じられているわけではない。間違っても俺たちの邪魔はしないだろうが、彼らがこれからどう動くのかは気になるところであった。

「……ご迷惑でなければ、同行を。レベリオ騎士団の団長に、魔法師団長までもがお出ましとあれば、私たちだけすごすごと帰るわけにもいかないでしょうから」

数瞬悩んだジョシュアは、こちらへの同行を申し出る。その視線は、後ろのアリューシアとルーシーに向けられた。

当然ながら有名人なんだよな、この二人は。そこにスレナも加えたメンバーと俺も肩を並べているというのは、気持ち的にしっくりくるかと言われたら、やっぱりちょっと微妙だ。

「そうか。戦力が増えるに越したことはない。当てにさせてもらうよ」

ただまあ、同行を拒否する理由はない。彼の答えに頷きを返す。

イド・インヴィシウスが相手では普通なら少数精鋭で当たりたいところ、彼の実力なら申し分ないだろう。

ジョシュアは確かに、うちの教えをすべて修めているわけではない。ただし剣の実力という面のみで述べれば、突出していたといっても過言ではなかった。

無論、一抹の不安はあるがね。とはいえあの時から互いに随分と年を取った。彼も成長しているだろうし、少なくとも背後から暗殺を企てるような人間ではないことは保証出来る。

「私のために足労をかけたな。改めて礼はさせてもらおう」

「いや、構わない。この面々と動けるだけでも得難い経験だ」

とりあえずジョシュアの同行が決まったところで、二人は改めて挨拶を交わしていた。

ジョシュアとスレナが普通に知り合いっぽいのは別にいいとして、彼がスレナの救出隊に選ばれたということは、やっぱりそれなりに腕が立つ人だと皆が認知していることになる。

あれからどういう道を彼が歩んだかは知らないけれど、悪いことをしていたらスレナもこうやって会話してはいないだろうしな。人の道を外れていないことに、内心胸を撫で下ろす。

「紹介が遅れたね。彼女はミスティ、私の相棒だ。少なくとも足手まといにならないことは保証するよ」

「――ミスティです。よろしくお願いします」

俺たちが出会ったのはジョシュアを含めた二人組。そのもう一人を、彼は簡潔に紹介する。名をミスティというらしい。

こちらも中々の美人さんだ。系統で言えばレベリオ騎士団のフラーウに近いかもしれん。まあそんな呑気な感想は置いておくとして、ジョシュアが足手まといにはならないと紹介した以上、それなり以上の実力は持っているのだろう。

「ふむ……面白い装備だね」

「恐縮です。ジョシュア様のサポートが私の主な役割ですので」

「そ、そうか」

彼女の興味深い装備に思わず声を漏らすと、極めて事務的な言葉が返ってきた。なんというか、意識的に感情を削ぎ落しているような喋り方だな。生きる世界によってはその方が正しいこともあるんだろう、多分。

俺が興味を持ったミスティの装備。それは背中に弓と矢筒を背負い、腰に短剣と鞭をぶら提げているという、まあなかなかお目にかかれないラインナップであった。

弓と短剣はまだ分かる。しかし鞭が分からない。武器と呼んでいいのかどうかも微妙な位置づけだと個人的には考えているくらいだ。

普通の武器と違ってダントツで扱いにくい上に、殺傷力がない。いや痛めつけることは出来るんだよ。こと痛みに作用する道具という意味で言えば、非常に優れていることには違いない。

ただ、それで相手を殺せるかと考えたら案外難しい。人間相手ならまだしも、強大な魔物などが相手では本当に役に立つかすら分からない、そんなチョイス。

ジョシュアのサポート役と自身が言っていた通り、相手を打倒する前提の装備ではないのだろうな。動きを封じたり、中遠距離からかく乱したり、そんな役目だろうか。フィニッシャーはあくまでジョシュア、というわけか。

個人的には面白い試みだとは思うけれど、相方の殲滅力に依存し切った構成というのは、一般的には肯定しづらい。独りになったらどうするんだという話になる。

まあそれを何とか出来るくらい本人の技量が図抜けているならいいんだが、それならそれで単身で戦い抜ける装備に最初からしておけよ、と言われて終わりだ。弟子でもない他人のやり方に口を挟むわけにはいかないので、思うだけに留めておくが。

「サポートに徹するだけの価値が、今のジョシュアにはあるんだね」

なので、ちょっと別方向から話題を振ってみる。

かなり偏った装備ではあるものの、逆に言えばそれだけ偏らせていても戦術として成立しているということになる。つまり、それだけジョシュアの実力が高いとも受け取れるわけだ。

「はい。ジョシュア様はサリューア・ザルク帝国の冒険者ギルドを拠点とする、ブラックランクの冒険者ですから」

「ブラックランク……!」

ミスティから告げられた情報に、思わず慄く。

ブラックランクと言えば冒険者ギルド最高峰の実力者。スレナを加えても世界に数えるほどしかいない、不世出とも言われるランクである。その頂に、同じくジョシュアも座しているというのは流石に驚きであった。

とはいえ、これで彼の実力は名実ともに保証されたといってもいいのだろう。少なくともスレナと同格と考えれば、その実力は破格の一言。

彼がそれほどまでの高みに至ったということは、素直に喜ばしい。彼はちょっと行き過ぎている部分があったからな。それが良い感じに加齢も加えてマイルドになっていった、ということに一旦はしておこう。

「ともに動いたのは数えるほどですが、実力のほどは私も保証しますよ」

「君にそう評されるのは悪い気はしないね。というわけで、よろしくお願いします」

「あ、ああ。ルーシー、動こう」

「……うむ。分かった」

さて、流石に挨拶その他の会話でこれ以上時間を引き延ばすわけにはいかない。イド・インヴィシウスがどこまで動いているかは今のところルーシーにしか分からないし、その上どこまで追跡出来るかが俺たち剣士には分からない。

たかが数分といえど、その時間があれば野生のモンスターであればとんでもない距離を移動する。あれだけ俊敏性に長けた大型なら尚更のこと。

「あっちの方角じゃな。恐らくそう遠くまでは行っておらんよ。やつの縄張りにも境界と限界はあるじゃろ」

「ふむ、まあそれもそうか」

しかしながらルーシーの反応を見る限り、まだ追える距離ではあるらしい。

まあどれだけ強大な存在であっても、縄張りの広さは限られる。ここは俺の陣地だぞ、と周囲に喧伝出来る範囲が即ちそれだ。群れとかならともかく、単騎で広げるには限界がある。

それにこの短期間で、縄張りをまるっと放棄するのも現時点では考えづらい。ただし、このままイド・インヴィシウスが警戒を強めればその限りではなくなる。

面子が面子だし、今回できっちり仕留めきりたいところだな。このメンバーで獲り逃すとなると相当だ。更に縄張りを変更される前提で考えれば、その調査も一からになってしまう。流石にそんな事態は勘弁願いたいところであった。

「じゃあ行こうか。……アリューシア、どうかしたかい?」

「――いえ、なんでもありません。急ぎましょう」

「……そうか、分かった」

ジョシュアとミスティの二人組に遭遇してから、妙に大人しかったアリューシア。弟子というには若干の語弊があれど、俺の下で剣を教わった人間が新たに増えたにしては、少々意外な反応でもある。

とはいえ、呑気に雑談していられないというのは先ほどルーシーが言った通り。彼女も同様に考えていたのなら、俺がそこまで気を回す必要はないのかもしれない。どちらかと言えば、ここで足を止めた俺に非があることだ。

「我々は同行させて頂く立場なので、危険な先頭か、後ろの警戒をしましょうか」

「それなら後ろを頼む。前は俺とスレナで見るよ」

「分かりました」

ジョシュアの提言も踏まえて、新たな陣形が決まる。俺とスレナが前、ルーシーとアリューシアが中央、ジョシュアとミスティが後ろだ。

同行を言い出した方から、危険な立ち位置を申し出るという意気込み自体は素晴らしい。ジョシュアはこと戦闘に関して手を抜いたり、味方を出し抜くような真似はしないだろう。その点に限って述べれば、俺は彼の性格を信用している。それ以外はまあ、改めて観察する外なさそうではあるけれど。

それに、いくら彼が傑出した剣の腕前を持っていたとしても。イド・インヴィシウスのあの硬さを抜けるとは考えにくい。ルーシーの強化だって、ろくに面識のない冒険者にタダで披露していいものかどうかは悩ましいところ。少なくとも俺から言い出すべき内容じゃない。

つまりは現状のままだと、ジョシュアの攻撃がイド・インヴィシウスに通用する見通しに乏しい。そうであれば、前衛より後ろの警戒をしてもらった方がいいだろうという判断であった。

「む……。近付いてきておるな。準備しておけ」

「ああ、分かった」

新たな陣容で道を進むこと数分。ルーシーからの警鐘が鳴る。

いやあ、姿が見えない相手を大まかであっても捕捉出来るってのは物凄く便利だな。ルーシーほどの精度と距離で行使出来る魔術師はまだ少ないとしても、今後魔法技術の発展が進めば、戦いの在り方というやつも随分と変わってくるかもしれない。

そうなった時に果たして、剣士の役割は残っているのか、そんなことすら考えてしまうね。それほど突飛なことを考えずにはいられないくらい、ルーシーの存在は傑出しているように感じるよ。

「――ほぉれ、来るぞ!」

「よしきた!」

相変わらず俺には分からない。けれどルーシーが来ると言ったなら、それは確実に来るのだ。

愛剣を構え、腰を落とす。移動の姿勢から、戦闘の姿勢へと瞬時に切り替える。視界には映っていないけれど、ルーシー以外の全員がそうしただろう。それを教えてきた人間と、そうしないと生きて残れない道に挑んだ者しか、この場には居ないから。

「ガアッ!!」

再び虚空から突如として浮かび上がる巨躯。

その体躯から繰り出される破滅的な鉤爪を、赫々の剣がしっかりと受け止め。

特別討伐指定個体、イド・インヴィシウスとの三度の邂逅は、こうして戦端を開いた。