軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第259話 片田舎のおっさん、報告を聞く

「よーし、今日も頑張っていこう!」

「はい!」

いつも通りの早朝、いつも通りの騎士団庁舎修練場。これまたいつも通りに声を掛け、今日も変わらず騎士たちと剣を交える日々が始まる。

別にこの日常を退屈だとは思っていない。そもそもこれが退屈だったら俺は、おやじ殿の道場を継いで剣術師範になんてなっていないからな。

そりゃあ同じことを繰り返すこともあるし、変化が見られない日々が続くことだってある。

けれど、同じことを繰り返す日は同じ日ではない。昨日であり今日であり明日だ。その日にはその日の違いがある。それを感じるのは必ずしも剣を握っている時とは限らないが、そういう小さな違いを見つけるのもまた楽しく、そしてそれこそが肝要だと俺は思っている。

漫然と日々を繰り返すだけでは成長しない。剣も魔術もなんでもそれは同様だろう。何も考えずにただ木剣を上から下に振り下ろしているだけでは、得るものがほとんど何もない。ゼロとまでは言わないが。

小さな小さな修練の積み重ね。結局これが遠回りなようで一番近く、堅実なのだ。少なくとも俺はその方法でここまで来られた。それは誇っても良いことだと思う。

「……まあ、今更という感じでもあるか」

「? 何か?」

「ああいや、何でもないよ」

思わず呟いた言葉を、騎士に拾われる。ここはあまり深く突っ込まれる前に素早く撤退だ。

というのも、俺はこのことをずっと考えていたわけではあるが、自戒の意味も込めて今改めて考えてみたというところもある。

剣術道場師範として、ビデン村で指導を行っていた数十年。その間に、この気持ちが微塵も途切れなかったかと言われれば、それは恐らく嘘になるからだ。

どこかで大成を諦めて、惰性で過ごしていたタイミングがなかったか。確信をもってないと言えるだろうか。

俺の心のことなんて俺にしか分からないから、他人に答えを求めることは出来ない。でもこの問いに対し、自信をもってそうだとは言い切れない部分はある。

日々の鍛錬は頑張る。勿論手は抜かない。だがそれはそれとして、どうせ俺にはこの辺りが限界だろうと、勝手に決め付けていた過去は確かに存在しているのだ。

アリューシアをはじめ、大変によく出来た元弟子たちの働きもあり、俺は再び気を切らすことなく剣の頂を目指せるようになった。

なればこそ、この気力はもう二度と俺自らが絶やしてはならないのである。

俺に残された時間はそう多くない。肉体的な限界は遠からずやってくる。その前に剣の果ての景色が見れるかどうかなんて保証はどこにもないが、それは頑張らなくていい理由にはならないからな。

「……よし! 気合入れていこう」

「は、はっ!」

雑念とも呼べるそれを脳内で一蹴し、目の前の事象に集中する。そのために頬をパンと叩いて気合を入れたわけだが、それがどうにも騎士たちには違う方向で伝わったらしい。

いやまあ、日々の鍛錬にも勿論気合は入れているけどね。今日は特に厳しく行こうだとか、そういう意図のある気合注入じゃないんだ。なんだかちょっと申し訳ない気持ちになってしまった。

「暑くなってきたからね、体調には気を付けてやろうか」

「はっ!」

本格的に動き始める前に注意喚起も合わせてしておく。

最近はじわじわと暑くなってきたからな。朝晩はまだマシだが、日中の快晴日となると軽装でもやや苦しい程度にまで気温は上がってきている。

今はまだ早朝と言って差し支えない時刻ではあるものの、このまま鍛錬を続けていけば修練場の温度は上がり続ける。成人した騎士たちが屋内で激しく動き回っていたらなおさらだ。

誰もが分かり切っていることでも、声に出して確認することは大事だ。「大丈夫だと思っていた」なんてマジでなんの歯止めにもならない。

発声して初めて気を付けることが出来る、というのはなかなかどうして人間の不思議な点でもある。考えているだけじゃ案外止まらないんだよな、人ってやつは。

「おはようございます」

「ん? アリューシア、おはよう」

さて、それじゃあ身体を温めた後は元気に鍛錬開始だ、と意気込んでいたところ。新たな人影が修練場の入口に立つ。

こうして早朝からやってくるということは、スフェンドヤードバニア使節団絡みの仕事が浮いてからは割と余裕のある日常を送れているのだろうか。イベントの中止自体は決して喜ぶものじゃないが、彼女の負荷が減っている結果だけを見れば、それはそれで良い部分もあったと個人的には思ってしまうね。

「先生、少しよろしいでしょうか」

「……ああ、大丈夫だよ」

しかし。どうやら今日は一緒に鍛錬しようか、なんて空気ではないらしい。仕事上ではあまり感情を表に出さない彼女にしては珍しく。俺でも一目見て分かる程度には、その瞳と声色は真剣さを帯びていた。

大体こういうパターンの時は厄介ごとが多い。これも数少ないバルトレーンでの経験から学んだことの一つだが、とはいえその厄介ごとを俺が回避出来るかどうかってのはまた別問題だ。

まあでも、俺の剣で解決出来る厄介ごとなら頑張るつもりだけどね。政治的なあれやそれやとは関係ない部分でなら、頼られることにそこまで遠慮や忌避感を抱くことはなくなった。これもまた成長というやつなのだろう。

「すみません、場所を移します」

「分かった」

わざわざ修練場に俺を呼びに来るくらいである。この場で行えるちょっとした連絡事項、というわけではあるまい。なので彼女が場所を変えようとしたのはごく自然と受け入れることが出来た。

多分だけど、これは緊急かつ本来予定していなかった類の報せだな。彼女の予定に俺への報告や相談が含まれているのなら、誰か使いの騎士を寄越しただろう。実際、過去にあった場面ではエヴァンス君がよく使われていた。

となると、まあ何かトラブルが発生したのかなあ、くらいは考える。本来この時期はスフェンドヤードバニアとのやり取りが多くなっているはずだから、その辺りで何か進展でもあったのだろうか。

「というわけで、申し訳ないけど少し席を外すよ」

「はっ。畏まりました」

どれほどの問題が起こったのかは分からないにせよ、本来の務めから外れてしまうことは事実。その点はしっかり謝罪を入れておこう。

別に誰が悪いって話でもないはずなんだけれど、こういうのはなるだけ早期に収めるところへ収めておかないとダメだからね。一言とともに頭を下げるだけで、そういう未来への不和が少しでも減るなら積極的に下げておくべきだ。無論、下げるべき時と相手は選ぶが。

「しかし、珍しいね」

「ええ。少々想定外の報告が上がりまして」

「……そうか」

修練場をアリューシアとともに後にし、庁舎内を歩く。その間ちょっとした雑談のつもりで声を掛けてみたけれど、彼女の声は硬いままだ。

想定外の報告。なんだろうな。仮に騎士団内でそのような報告が上がったとして、わざわざ俺に伝える理由まではちょっと見えてこない。彼女のことだから、俺の耳に入れるべき情報とそうでないものの取捨選択は正しく出来ているはず。

「どうぞ、お入りください」

「ああ、ありがとう」

色々と情報の内容について想像してみるものの、これといった答えが出ないまま。俺はアリューシアに案内されるがまま、彼女の執務室へと足を踏み入れる。

応接室じゃなくて執務室なんだね。いよいよ他所には聞かせられない内容ということだろう。しかして、じゃあその内容が何なのかと問われても分からんものは分からんままであった。

「すみません。茶の一つもご用意出来ず」

「気にしなくてもいいよ。それだけ突然だったということだろう?」

「ええ、まあ」

互いが席に着いた後。彼女はまず謝罪から入った。

レベリオ騎士団長の執務室には何度か足を運んだことがあるが、そういう時は大体飲み物がセットで出てきていた。それはつまり、誰かが執務室に来ることを想定しており、その準備をしていたということだ。

だが今回はそれがない。俺を今日このタイミングでこの場に呼ぶことは、完全に想定外であることが窺える。

うーん、本当に何事なんだろうか。まあそれはこれから聞けば分かることではあるんだろうが、今まで特別指南役として過ごしてきた中でも、結構特殊な状況である。

「これからお伝えすることは、ひとまずは他言無用にてお願いいたします」

「ああ、勿論」

ここまでお膳立てされて伝えられる情報を、俺から言いふらしたりはしない。

その辺りの信頼がまだないのかとも取れそうな言い方だが、これは念押しと改めての意味も強いのだろう。声に出して確認するのは何事であっても大事だからね。

「……先ほど、内密に、という形で情報が入りました」

互いの確認を終え、彼女が再度口を開く。

情報が入りました、ということは騎士団内のことではないのかな。内密にと言われている情報を早速俺に漏らしているわけではあるけれど、そこはまあ彼女の判断を信じよう。

「リサンデラが、ギルドへの帰投予定日になっても戻らず、連絡も取れない……とのことです」

「……なんだって?」

続く言葉に、俺は不覚にも一瞬、我を忘れた。

「先生!」

「……ッ!」

思わず腰が浮いたところを、アリューシアに咎められる。

ガタン、と。立ち上がる衝撃で揺れたテーブルの音はしかし、続く彼女の制止の声によってかき消された。