軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第246話 片田舎のおっさん、演習に出る

「おはようございます先生」

「ん、ああ……おはよう」

ケニーと大いに語り合った……いや一部は説教じみた話ではあったが、語らいには違いない。その翌日。

自身に割り当てられた部屋で目覚め、さっと身支度を整えた後。宿のロビーでアリューシアと出くわしたのが今このタイミングである。

今回の宿では俺とアリューシアが個室で、他は班ごとにまとまった中部屋を用意されているらしい。

一応騎士の中にはアデルをはじめ女性も居るんだが、その辺りは関係なく班で纏まっているんだってさ。まあレベリオの騎士として女性に手を出すような不届き者は流石に居ないだろう。

仮に居たとしても全員からボコボコにされるだけである。何よりアリューシアがそんなやつを許すはずがない。無論、俺としても許すつもりはないけどね。殺さずに痛めつける技なんていくらでもあるんだよ、剣術には。

「……どうかされましたか?」

「あ、いや……昨日はケニーとちょっと飲みすぎちゃってね……ははは……」

「ケーニヒス大隊長とですか。止めはしませんが、程々にお願いしますね」

「ああ、大丈夫。ごめんね心配かけて」

昨日あんな話をしたものだから、どうしてもアリューシアを見る目が普段のものではなくなってしまう。

今までは意識的に意識をしてこなかっただけに、ちょっとそういう目で見てしまいそうな自分が嫌になる。男性としてそれが普通だとは決して思いたくない。

改めて見るまでもないけれど、アリューシアは美人だ。可愛いというよりは綺麗の方に振れている美人である。

よく手入れされているのであろう長い銀髪も美しいし、肌が荒れているところなど見たことがない。それだけの手間暇をかけている証左だが、さてその手間暇が俺の方に向けられていると思うと、まあ心穏やかではいられない。

いや今までは穏やかだったはずなんだけどな。なんかあいつの言うことも一理あるとか思いながら、本当は余計なことを言ってくれたんじゃないかという疑念が払拭し切れないところもある。

彼女は魅力的な女性である前に、俺の弟子である。だがどうやらケニー曰く、彼女は俺の弟子である前に魅力的な女性であるらしい。なんだか頭がこんがらがってきたぞ。

「先生、やはり体調が……?」

「あ、ごめん。違う違う。ちょっと考え事」

「そう、ですか」

いかん、朝から不格好なところを見せてしまった。というか、間違っても起き抜けから悩む問題ではない。アリューシアもちょっと不審がるような雰囲気を見せている。こういうのは無事に遠征を終えて、バルトレーンに帰ってからゆっくりと考えればいいことだ。

「とりあえず屯所に行こうか」

「……ええ、分かりました」

彼女は俺がいまいち煮え切らない態度であることを気にしている様子だったが、ぶっちゃけ昨夜の出来事をまるっと伝えるのは絶対に無理である。精神の安寧を崩さないためにもしらばっくれるしかない。

ただまあ、時間というやつは誰が何をやっていようが平等に過ぎ去っていくもので、俺たちもそうのんびり過ごすわけにはいかん。今日からヒューゲンバイトでのスケジュールが進行するから、そこに遅れを出すわけにはいかないのである。

言った通り、とりあえず集合場所として定められている騎士駐屯所を目指す。

新米騎士たちの中には先に行っている者も居るだろうし、俺たちより後から出る者も居るだろう。この辺り班ごとに別れてはいるものの、厳密な集団行動を命じられているわけでもなさそうであった。最終的に集合時間までに集合場所へバシっと集まっていればそれでよしである。

バルトレーンでもそうなんだけど、明確な任務がない限り、騎士たちの過ごし方は結構自由だったりする。流石にサボるわけにはいかないが、割と各々の自主性に任せている部分が大きい。

鍛錬していたり、勉強していたりと過ごし方は様々だ。流石にアリューシアやヘンブリッツ君くらいの地位になると書類仕事が多くなっているらしいけれど。それでもヘンブリッツ君は僅かな時間でも極力修練場に顔を出すようにしている。彼の向上心は本当に目を見張るものがあるな。

そんな彼らの背中を見て騎士たちも育つわけだから、そりゃあ一本筋の通った組織になるよなという感じ。周辺国家最強騎士団の名は伊達ではないということだ。

「団長! 指南役殿! おはようございます!」

「ええ、おはよう」

アリューシアと並んで歩くことしばし。駐屯所から近い宿を取ってくれたこともあって、すぐに目的地へと辿り着く。先に到着していた騎士と朝の挨拶を交わし、そのまま中庭へと進む。

駐屯所まで歩いている間、特に会話はなかった。別に険悪な雰囲気ってわけじゃないにしろ、なんというか会話のきっかけが掴めずにそのまま歩いてきた感じである。

ケニーとあんな話をした翌日なものだから、どうにも腹の据わりが良くない。これやっぱり余計なこと言われたんじゃねえのという疑念が再度纏わりついてくる。

こんなモヤモヤを抱えたまま遠征のスケジュールをこなすのは良くない。それは分かってはいるものの、じゃあどう解消すればいいのかがいまいちピンと来ていない有様である。

剣を振れば多少は解消出来るだろうか。とはいえ今回の遠征の主役は新米騎士たちであり、俺たちじゃないからなあ。俺やアリューシアはいわば監督役みたいなもので、今回の遠征で一度も剣を抜かない可能性もある。

それはそれで新人たちの奮戦を見られる立場ということで悪くはないのだが、現状の心境から考えると一概に良いとも言い切りにくい。まったく困ったものだ。

「おう、皆揃ってるか? おはようさん」

「おはようございます!」

そんなことを考えていたら、ここの現場責任者であるケーニヒスが顔を出した。

昨夜俺はちょっと飲みすぎたかなという感覚なのだが、ケニーはどこからどう見てもケロっとしている様子である。やっぱり俺は酒は好きなれどあまり強くはないらしい。あいつの方が明らかにぱっかぱっか飲んでいたはずなのにね。

「おはようケーニヒス大隊長。……旧交を温めるのも結構だが、程々に自重して頂きたい」

「おっと! これは失礼。ついつい盛り上がってしまいまして」

ケニーが現れて挨拶を交わした直後。アリューシアが小声で文句を垂らしていた。どうやら俺の煮え切らない態度が酒を飲まされ過ぎて調子が悪いから、と認識したらしい。

いやそれもまったくの見当違いという程でもなく、確かに酒が少々足を引っ張っているのは事実だけれども。開口一番それを咎めるのはなんだか凄いな。

外面上は、少々羽目を外し過ぎた大隊長を騎士団長が咎めるという至極ありふれたシーンのはずなんだが。昨日の話を聞いてから、その限りでもないような考え方についつい及んでしまう。

いかんな、自意識過剰と取られてもまったく不思議ではない思考になっている。いい加減切り替えねばならない。

「昨日は失礼しましたベリル殿。ご体調は如何かな?」

「いえいえ、お気になさらず」

アリューシアの指摘を受けたケニーが、今度はこちらに話しかけてくる。少しニヤニヤした感じで。

この顔はまったくもって反省していない顔だな。本当に相変わらずいい性格してやがる。ただこれくらいの肝の強さがないと、組織の長としてはやっていけない部分というのもあるのだろう。

別にだれかれ構わず酒の場に誘って飲ませているわけでもなさそうなので、まあ俺としても怒るほどのことではない。実際に俺自身が情けないのは事実だし。

「――さて、では当初の予定通り始めるとしよう」

一通り挨拶を終え、姿勢と声を整えたケニーが告げる。

始めるというのは、つまりヒューゲンバイトでの演習が本格的に開始されるということだ。特段何もなければ俺やアリューシア、そしてケーニヒス大隊長殿の出番は特にないが、何かがあってからでは遅いからね。気ままに構えつつ、油断はしないようにしておこう。

「これより我々は、アフラタ山脈への行軍演習を行う。無論、深部まで行くものではない。そこまでの脅威は現状確認されていないが、中型の野生動物やモンスターは散見される状況である。各々気を引き締めてかかるように」

「はっ!」

野太く、芯の通っている声。ケニーの外行きの声というのは俺からすれば珍しい。当たり前ながら、あんなちゃらんぽらんなやつでも締めるところはしっかり締めるようで、ちゃんと北方大隊長をやっているんだなあと変な感想もまろび出る。

やることは事前に聞いていた通り。ヒューゲンバイトの南西に位置する、アフラタ山脈の北端の偵察兼行軍演習だ。

ビデン村周辺ではサーベルボアが麓付近で幅を利かせていたけれど、こっち側だとどうなるのかは分からない。そこまでヤバいやつは出てこないだろうにしても、情報がない相手と突然戦う可能性がある、というのは立派な脅威に相当する。

出発するのは俺たち遠征軍十八名とケニー。それとケニー麾下の小隊が二つ。一つはケニーが、もう一つは先日会ったジラという騎士が率いるようだ。あっちも人選は若手が中心らしく、やはり比較的安全が確保出来る状況で経験を積ませようという腹積もりらしい。

まあアリューシアと俺、ケニーにフラーウ。それに班を纏める騎士が四人居るのだから、余程の相手でなければ最低限安全な退却は可能だ。多少のモンスター程度ならば囲んでボコせるだけの戦力がある。

それを考えるとやはり、フルームヴェルク領で出会った黒衣の傭兵……ヴェルデアピス傭兵団の抱える戦力は異常だった。

あの規模の戦力が何処にも属さず、傭兵としてうろついているのは国家としてはたまったもんじゃないだろう。教都ディルマハカでそれらしき人間が居たらしいから、もしかしたらグレン王子やサラキア王女側が何かしら持ちかけたのかもしれない。

個人として強者と相対したい欲はあれど、国や民を守る側としてはそんなことを言ってられる状況じゃない。金で解決出来る問題は金で解決するに越したことはないのだ、多分。

「麓付近までは馬車を出す。道中で何かと遭遇する可能性は極めて低いが、警戒は怠るなよ」

「はい!」

道中で問題が出るということはつまり、ヒューゲンバイトの守りを担っている北方隊に不備があるということ。

そこにはレベリオ騎士団のプライドも懸かっているだろうから、言った通り警戒はするけれど、といった感じだろう。流石に騎士のみならず、住民や商隊が通る道でそんなことが起きたらちょっとどころでなくやばい。

「さて、楽しい遠足の始まりだ! 各位準備しろ!」

最後にケニーが彼らしい発破をかけ、アフラタ山脈に向けた行軍演習は開始となった。