軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第225話 片田舎のおっさん、予感する

「ただいま」

「ん、おかえり」

ルーシーの家を出てしばらく。日中ただでさえ寒いのに、日が傾き始めるとその寒さは一層厳しくなっていく。外套を着ていても冷気は完全に遮断出来るものでもなく、ピークを過ぎた肉体には些か厳しい冬の風が、じくじくと身体を蝕む。

けれど家に帰れば暖かい部屋とミュイが待っている。そう思えばこの寒空の下でも、頑張っておうちに帰ろうと思えるものだ。

そう考えながら足早に帰宅すると、予想通りミュイは既に今日の授業を終えて家で寛いでいた。

「遅くなってごめんね、すぐご飯作るから」

「……もう作ってある」

「えっ」

いそいそと外套を脱ぎ、薪を燃やして温まった部屋の空気に身体を晒しながら、けれどのんびりするわけにもいかず。いつも通り飯を作ろうと思ったら、ミュイから予想外の言葉が出てきていた。

別に今日のご飯を俺が作るから、と言っていたわけではない。なんとなく暗黙の了解みたいな感じで、ミュイの学校がある日は俺が、ミュイが休みの時はミュイが、みたいな流れが出来上がっているだけだ。今日は彼女も普通に学院で授業があったので、自然と俺が作る流れだと思っていた。

「……なんだよ」

「いや、ごめんね。ありがとう」

「ふん」

しかし、俺の帰りが遅くなったのは事実だし彼女がご飯を作ってくれていたことは素直に嬉しい。驚いたとはいえ、あんな第一声を出すもんじゃなかった。そこは正直に謝ってお礼を言っておく。折角作ってくれたのにそれに文句を言う筋合いはどこにもないのだ。

「じゃあ早速頂こうか。……もしかして待っててくれた?」

「……別に」

「そっかそっか」

彼女の性格上、腹が減れば飯は作るし自分で勝手に食べていてもなんら不思議ではないところ。けれどミュイは一人で食べることを良しとせず、どうにも俺の帰りを待ってくれていたようにも思える。

それを突っついてみると相変わらずの返事だったのだが、こういうところでも嬉しくなっちゃうもんだな。彼女の精神性が着々と育まれているのが分かる。

俺はミュイの教育に成功した、なんて言葉は口が裂けても吐けないが、それでも初めて知り合って、それから後見人となってから今まで、少なくとも悪化はしていないだろうくらいは言えるはず。まあ元々の環境が劣悪過ぎたんだと言われればぐうの音も出ないけれど。

「よいしょ、っと」

飯が出来上がっているのなら食うのみである。配膳くらいは流石に俺がやろう。作ってもらった上に並べておけなんてなかなか言えることじゃない。

時々デカい態度をとってはお袋の機嫌を損ねてしおしおになったおやじ殿を見てきたから、この辺りはしっかりしたいところ。飯を作ったやつがその場では一番偉いのである。

「いただきます」

「ん、いただきます」

いつものように二人で食卓を囲う。今日のメニューはこれまたいつものように煮物系……ではあるのだが、なんだかちょっと風味が違う。なんというか、コクがあってまろやかだ。外が寒い分、こういうとろみのある汁物は身に染みる感じがしていいね。

「今日は何か違うもの入れたりした?」

「乳。……不味かった?」

「いや、美味しいよ。すごいね」

聞いてみると、返ってきたのは簡素な答え。なるほど乳ね。それならこのまろやかさも納得というものだ。

しかしこう言ってはなんだが、ミュイに料理のスキルはほぼなかった。自炊をし始めたのだって俺と一緒に暮らすようになってからのはず。料理のバリエーション自体はそこまで増えていないにしろ、味付けだったり素材の使い方だったりは随分と上手くなった気がする。

恐らく、俺がスフェンドヤードバニアへの遠征で家を空けた期間が上手く作用したのかな、なんて思う。今回は魔術師学院の寮に入らずこの家で一人で過ごしたはずだから、家事全般に更なる磨きがかかったのかもしれない。

「うん……美味い。いいね」

「……ふん」

改めて噛みしめても、しっかりと味の染みた具材にぴりっと効いた調味料、そこにミルクのコクが相まって普通に美味い。これはなんぼでもイケるな。暑い時期だと一考の余地があるものの、寒い季節には正にピッタリな料理であった。

その出来を褒めてみれば、返ってくるのは素っ気ない返事。けれど圧や棘はまったくない。この辺りも出会った当初に比べれば随分と可愛くなったなあと、おじさんほっこりするばかりです。

剣魔法科の講義にしても、こういった日常生活にしても、彼女は心身ともに着実に成長している。今までがお世辞にも伸びる環境ではなかった分、最近は頓に著しい。自然と俺の頬も緩んでしまうというものよ。

「……剣。苦戦してんの?」

「ん? まあそうだね……順調、とは言い難いかな。けど、ようやく目処は付いたよ」

「そう」

ぱくぱくと口に食事を運んでいると、ミュイが尋ねてきた。

一応彼女には、前回の遠征で起こったことのあらましは伝えている。無論言えないことも多い内容ではあるものの、それでも何も言わないのは流石に不義理が過ぎると感じたからだ。教皇の企み、ロゼやヴェルデアピス傭兵団のことは抜きにしても、起こった事件自体は別に秘匿されているわけでもないからな。

その流れでアリューシアの剣が使い物にならなくなってしまい、新しい剣を俺が拵える予定であることも伝えている。あわせて、その打ち合わせやらなんやらで帰りが不安定になるかも、という事情も。ミュイが俺の帰りが遅いとみて、こうして飯を作ってくれていることにはその背景もあるだろう。

まあそれも言った通り、難航はしていたが目処は付いたという感じである。ロノ・アンブロシアの核をバルデルが扱えない可能性もなくはないけれど、そうなったらそうなったでまた新たな手段を模索するだけだ。

ここに関してはルーシーから聞かされた、政治的な事情というやつも多少も勘案すべきなのではとも思ったりはする。他方、よほどのことがない限り俺はこの件から引かない気でもいる。

愛弟子と言っていいアリューシアの新たな得物。師としてここで気張らねばいったいどこで気張るんだという話だ。

彼女にはその腕に見合った業物を身に着けてほしい。これは混じりっけなしの純粋な気持ちであった。

「……オッサン、大変なんだな」

「はは、確かに楽じゃあないけどね。それでも遣り甲斐があることには違いないさ」

「ふぅん」

ミュイから労いの言葉を頂戴したものの、別にそこまで負担に感じていないというのは大きい。なんなら遠征中にずっと馬車で座っていたことの方がキツかったくらいである。

何より、あんな……と言うと悪い表現かもしれないが、数打ちの剣をいつまでも使っているアリューシアに対して、剣を変えろというのは幾度となく感じていたこと。運やタイミング、巡り合わせ等々、様々な要因はあるにしても、ようやくその願いが叶えられそうな今。俺のテンションは割と高いところを維持していた。

無論、師としての務めという面も大いにある。あるが、もうちょっと単純なところで俺自身がワクワクしているんだよな。やっぱり良い剣士には相応の良い剣が必要なのだ。

「……いいな、なんか」

「……羨ましい?」

「や、別に、そういうんじゃねえけど……」

そんなことを考えていたら、ミュイからはちょっと羨ましそうな声色が漏れていた。それを聞いてみると、彼女はどこかばつが悪そうに顔を背ける。

……ふむ。思えば俺は彼女と縁を持つようになってから今まで、何かを贈ったりあげたりしたことがないような気がするな。

一緒に暮らすようになった当初はそんなことを考える余裕がなかったし、なんだかんだで忙しない毎日を送るうち、ミュイと一緒に居ることが当たり前になってきていた。

勿論、何でもかんでも買い与えるような真似はしないし今後もするつもりはないが、とはいえ曲がりなりにも後見人である俺から彼女に贈った物が何一つない、という事態はちょっとどうなのか。

自問してみるも、答えとしては「多分あんまりよくない」みたいな感覚になる。俺自身、おやじ殿から何か貰った記憶も特にないもんで、その辺りの考え方はすっぽりと抜け落ちていたといってもいい。剣の技術と幾ばくかの心意気は先代から継承したつもりではいるけれどもね。

ミュイ自身があまり物欲を発揮しないから、今まで何かをせがまれるようなことも特になかったのも大きいだろう。言い方を変えれば、彼女の性格に無意識に甘えてしまっていたとも言える。

けれど、今この話題が出たからじゃあ何か買ってあげよう、というのも違う。それはあまりにも取って付けた感が酷いし、そんな与え方をしてもミュイは恐らく喜ばない。むしろ、そういう気を遣わせてしまったと気にするタイプだ。

「ミュイはさ、剣魔法の講義は今でも楽しいかい?」

「ん……まあ、楽しい。難しいけど」

「そうか」

彼女が今後魔術師の道を歩むのか、それは分からない。魔法の素養があるから学院に通ってはいるものの、彼女の将来を縛り付けるものではないからね。

フィッセルのような剣魔法の使い手になっているかもしれないし、全く別の魔法を使っているかもしれない。魔法とはまったく関係のない仕事に就く可能性だってある。

しかし。剣魔法の講義が楽しいということは、少なくとも今は剣と魔法、両方を嫌ってはいないということ。出来ればそのまま好きでいてほしいけれど、それは彼女の趣味嗜好の話だから俺から強制なんて出来ない。

それでも、彼女の今の意思を尊重し、そして信じて待つというのも年長者の役目だ。俺の場合はただの年長者じゃなくて彼女の親代わりなのだから、その役目は一層重く、大事なものになる。

「ミュイ」

「……ん」

「君が剣魔法科をしっかり修了して、無事に魔術師学院を卒業したら。その時は、俺が君に剣を贈るよ」

「!」

なので、その意思を大切に育んでいきたいが故の提案だったのだが。それを伝えた瞬間、彼女のただでさえ三白眼気味の目がクワッと開き。驚愕に塗れた顔で俺のことを見つめていた。

そ、そんなにびっくりされるようなことだっただろうか。俺としては剣術道場で学んだことを活かした内容のつもりだったんだけどな。道場を卒業した者には餞別の剣を渡していたし、その延長線上で考えていたのだが。

「……いいの?」

「勿論」

「…………――ありがと。頑張る」

「うん、頑張りなさい。今この時の頑張りは、きっと将来の財産になるから」

「……うん」

言いながら、ミュイの頭に手を伸ばす。ちょっと前ならすぐさまやめろと吠えていたところだが、彼女はどこか居心地の悪そうな表情をしながらも、俺のゴツゴツした手を受け入れてくれた。

その瞬間。ふと胸中に去来する想いがあった。

ミュイが学院を卒業するのは数年後だ。決して今すぐの話ではない。その数年の間に、彼女は様々な事柄を学び、糧とし、成長していく。

そうして心身ともに充実した時期を過ごし、学院と学生生活に別れを告げ、彼女へ剣を渡す時。

その時こそが、ミュイが独り立ちする時であり。同時に、きっとこの二人の生活がある種の終わりを迎える瞬間なのだろうと。

何故かこの瞬間、予感に近い確信を抱いたのだ。