軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第221話 片田舎のおっさん、救世主となる

「……そうか。皆ご苦労であった」

合成獣の討伐、モーリス教皇との戦い。それらを終えてからしばらく時計の針を進めた時分。

俺たちは負傷者と教皇の遺体を回収し、グレン王子とサラキア王女、そしてガトガたち教会騎士団が待つ宮殿へとその足を進めていた。

正門前で警邏に当たっていた教会騎士に事情を話し、グレン王子との謁見を賜り、ディルマハカで起きたことのあらましを伝えた後に聞かされた第一声が先ほどのものである。

万感の籠ったご苦労という言葉。

彼は戦える人間ではないが、そこを察せられないほどの暗愚ではない。きっと様々な感情が渦巻いているのだろうが、それらを俺たちに今ぶつけても意味がないことを彼はよく理解していた。

「しかしモーリス教皇も手強く……生きて捕らえることは叶いませんでした。その点は申し訳なく」

「いや、十分だろう。結果としてこの事態を収束させてくれたのだ、贅沢は言うまい」

ただ、ロゼが動けなくなった教皇をわざわざ仕留めたという話はこちらから振るべきか少し迷った。これはこれで、明言してしまうと様々な問題が付随してくることになる。

教皇を殺した汚名を誰が被るのか。不可抗力で殺めてしまったのとは明らかに事情が異なる、明確な殺意。

誰が殺したかまでは言わずとも、スフェン教の教皇というとびっきりの有名人がその命を散らせてしまった事実は、どうあがいても市井に公表せねばならない。その在り方をどうするかというのは、恐らくこの国のあらゆる政治家が頭を悩ませる問題のように思えた。

「事態を収めた功労者として、報奨の準備もしておこう。君たちは十分それに値する働きをしてくれた」

「過分なご評価、恐れ入ります」

一通り報告を終えた後、グレン王子からありがたいお言葉を賜る。

報奨、報奨ね。そりゃ貰えるものは基本的に貰っておく方がいいのだろうけれど、微妙な後味の悪さというものが尾を引いて、素直にありがたいとは思えなかった。

無論、だからと言って報奨を受け取らない選択肢はない。冒険者ギルドからの謝礼を渋った時とは状況が違う。国家ぐるみのお礼を受け取らないとなれば、色々なところに敵を作ってしまう。

「報奨ね。是非とも金で頼むぜ。名誉も肩書も俺たちには必要ねえ」

「無論だ。各々が望むものを用意しよう」

「くっく! いいね、王子サマは物事ってやつを良く分かってらっしゃる」

ハノイの失礼な物言いにも、グレン王子は揺るがない。最初にバルトレーンでお会いした時にはまだあどけなさも残る風貌だったと記憶しているが、この短い間に随分とご立派になられたように思う。

ただ、それは彼が立派にならざるを得なかった情勢というものも大いにあるだろう。第一王子の精神的成長は一般的に喜ばれるべきものだが、その起因となった出来事自体を喜べるかと問われれば、難しい。

ちなみにモーリス教皇との戦闘を終えた後、各々負傷者の対応も行ったのだが、ハノイはアリューシアと同じくいい打撃を何発か貰ったようでそのダメージが蓄積していたらしい。プリムは一発でダウンしてしまったとのこと。

アリューシアやプリムといった者たちが一撃で行動不能に陥ったことを考えると、やはりハノイのタフネスは驚異的だ。多分俺でも、教皇の打撃を一発でも貰えば動けなくなる自信がある。

剣の技術ではそうそう負けやしないという自負はあるものの、人間の耐久力ってのは慣れもあるがそれ以上に才能の域だからね。耐えられる衝撃の大きさは個人差が大きいし、どんな人間であっても耐えられんものは耐えられんのだ。

アリューシアが食らった一撃にしても、幸いなことに内臓や骨にまで達したものではなかった。

故に時間さえ経てば普段通りの彼女の姿を見られたのだが、やはり被弾した事実自体がアリューシアの自信を多少なりとも傷付けたのだろう。あの場から撤収して宮殿に向かうまで、彼女の表情はどこか晴れないものが続いていた。

あるいはやはり、長年愛用してきたロングソードが損傷してしまったことが、僅かにでも彼女の精彩を欠いたのかもしれない。俺にはその責任の一端どころか主翼があるので、その辺りの埋め合わせというか、そういうものはしっかりしていきたいなと思う次第である。

「重ねて言うが、ご苦労であった。今日明日は身体を休めてくれ。宿が必要であればこちらで手配する」

「お、そんじゃお願いしようかね。俺たち全員分とまでは言わねえが、俺とプリム、あとクリウの分は頼みてえ」

「分かった、その通りにしよう」

グレン王子の申し出にすかさず飛び付いたハノイ。ヴェルデアピス傭兵団の全員分を要求しないだけ弁えたとも言えるが、それでも王族の提案にノータイムで飛び付く度胸は流石である。

仮に俺が同じ立場であっても、ここまでの要求は恐らく出来ない。肝の太さという点では、ある意味で見習うところがあるのかもしれないね。

しかし、ハノイたち傭兵団の態度は最初から最後まで一貫しているな。遜ったり相手を立てたりという場面は本当に皆無だ。

いくら今回の事件の功労者とはいえ、こんな態度を続ければ褒章の取り消しどころか打ち首まで有り得そうなところだが、彼らにはそういった権力に対する怖れがまったく感じられなかった。きっと指名手配されても返り討ちにするくらいの自信があるのだろう。

あるいは、今回の雇い主がグレン王子ではないことも関係しているのかもしれない。

俺も傭兵という人種のすべてを知っているわけではないけれど、何にせよ彼らの生き様とでも言えばいいのか、そういうものが良くも悪くも発揮された一日だったように思う。

「では、我々は受けた報告から今後の方針を固めるとしよう。以上で解散とする」

「はっ」

報告自体は恙なく終え、グレン王子から解散を命じられる。護衛として立っていた教会騎士を先導として、宮殿の謁見の間から退場する運びとなった。

この場に同席した教会騎士たちにしても、ハノイの横暴な態度によく口を挟まなかったものだなと感心する。あるいは事前に王子側からそういう言い含めがあったのかもしれないが。

「ふう……皆、お疲れ様」

教会騎士たちにいっそ恭しく送られて、宮殿の正門前。一仕事終えたことに違いはないので、自然と労わるような言葉が口を突いて出てきた。

スフェンドヤードバニアが被った具体的な損害はまだ分からない。今は事態の収拾に皆が皆躍起になっている最中だから。

しかし聞ける話を聞いた限り、少なくとも俺の見知った顔に大きな被害は出ていない様子であった。

ヘンブリッツ君やレベリオの騎士たちもしっかり役目を果たしていたようだし、トラキアスやキフォー、アデラートといった道中ご一緒した外交官たちも無事だ。イブロイのおっちゃんもちゃっかり生還している。

俺個人というごく狭い範囲でのみ語るならば、今回の戦闘は実質的に大勝利と言っても過言ではなかった。

そんなわけで、とりあえずお疲れ様という言葉が出てしまったわけである。

「……事情はどうあれ、先生の隣に再び立つことが出来て光栄でした」

「いや、こちらこそ助かったよ。ありがとうスレナ」

その後は各々解散かなと思っていたところ、スレナが姿勢を正して改めて言葉を発していた。

事情はどうあれ、という部分はきっと突っ込まない方がいいのだろう。それぞれに思惑があるように、スレナにはスレナの、もっと言えば冒険者ギルドには冒険者ギルドの都合というものがある。

それに言った通り、彼女たち冒険者チームが来てくれなかったら、合成獣の残り一体がどうなっていたか分からない。掛け値なしに彼女たちの助力はありがたいものであった。なので今ここで俺がすべきことは、彼女たちがディルマハカにやってきた真意を問い質すことではなく、感謝の言葉を述べることだ。

「スレナはこの後は?」

「ひとまず一泊して、翌日にはディルマハカを発ちます。ですので先生、またバルトレーンで」

「そうか。帰りの道中も気を付けてね」

「はい。ありがとうございます」

予想はしていたけれど観光気分でのんびり、とはいかないらしい。最高位ランクの冒険者ともなれば、俺なんかよりよほど忙しい毎日を過ごしているのだろう。

「シトラス」

「……何ですか」

去り際、スレナはまだ表情の晴れないアリューシアに声を掛けた。普段から反りが合わない二人、アリューシアはややぶっきらぼうに返したものの、いつものような覇気はやはり感じられない。

「修練が足りんな。だがまあ、五体満足でよかったんじゃないか」

「……ええ、そうですね」

続くスレナの言葉に、アリューシアは一瞬目を瞬かせ、その後いつもの調子で返した。

彼女は彼女で、アリューシアのことを心配はしているのだろうな。仲が良いとは決して言えないにしても、そこには確かな気遣いが感じられた。

何より、モーリス教皇の一撃を食らって地に伏せた彼女に対し、真っ先に反応したのはスレナだ。気に食わないが、認めるところはしっかり認める。それが出来ているからこそ、彼女はブラックランクにまで上り詰められたのだろう。

「そんじゃ俺も一旦あいつらと合流すっかね。じゃあなオッサン、今度は敵同士であることを祈るぜ」

「……もし次の機会があれば、今度こそ叩きのめしてあげるよ」

「はっはっは! 楽しみにしとくぜ」

ハノイも一度傭兵たちのもとへ戻るようだ。クリウという男は見る限りでは無事だったが、魔術師のプリムにはダメージもあるだろう。それに、連れてきた黒衣の傭兵が全員無事である保証なんてどこにもない。それらの確認も、団長である彼の仕事か。

正直に言って、こいつらのことは好きにはなれない。次にまた戦場で相まみえることがあれば、今度こそ完膚なきまでに叩き潰してやろうという意気込みがあるのも事実。

だがアリューシアとはまた違った、人の上に立つ者としての立ち居振る舞いという点では、多少なり参考にするところはある。その意味では、彼との邂逅も僅かばかりの財産にはなりそうであった。

「……ふぅ」

スレナが去り、ハノイが去り。これで今ここに残っているのは俺とアリューシア、そしてロゼの三人となった。

本当はロゼにも色々と聞きたいことはあるんだけれど、アリューシアが残っている手前、下手な言葉は切り出しづらい。

「その……貴女は」

微妙に口を出しそびれていると、アリューシアが先に口端を開く。その矛先は、未だ仮面を被ったままであるロゼに向けられていた。

「……いえ。――マーブルハートという名の女性をご存じで?」

「……」

数瞬、次に紡ぐ言葉を迷ったように見えた彼女は一度かぶりを振って、声を重ね直す。

その問いは半ば確信を持ったような口振りであったがしかし。仮面の女性から返ってきたのは、沈黙とともに否定を示す動作。先ほどのアリューシアとはまた別の意味をもって、その首を横に振った。

「そうですか。いえ、突然変なことを伺って申し訳ありません」

その返答を受けた彼女は、それもまた予想の範疇とでも言うように、何でもないように続けた。

ほぼ間違いなく、アリューシアは純白の乙女がロゼであるかどうかを直接問いたかった。しかし、わざわざ傭兵という肩書を持ち、仮面を被ってまでこの事件にかかわった経緯を、彼女なりに咀嚼したのだろう。それ以上の追及がなされることはなく、再度この場を沈黙が支配した。

「では先生。私も騎士たちの下へ戻ります。また後日」

「あ、ああ。アリューシアもよく休むようにね」

「はい、心得ております」

完全にすっきりしたとは言えないだろうに、アリューシアはそれら諸々を飲み込んで、仕切り直すような口調で自身もこの場を離れることを告げる。

彼女は彼女でこの後も仕事が多い。騎士たちの取りまとめもしなければならないし、帰国の手続きなどもあるだろう。俺もそれに乗っかる形になるので大変恐縮ではあるんだが。

「先生。少し、歩きませんか」

「……ああ、そうしようか」

そうしてアリューシアが宮殿の前を去り、互いの会話も聞かれないくらいに距離が開いたところ。ロゼがおもむろに散策を切り出した。確かにここで立ち呆けるのもなんだかなという感じなので、素直に彼女の提案に頷いておく。

ディルマハカの街並みは、やはり綺麗と言えば綺麗だ。合成獣やモーリス教皇が暴れた傷痕も、この都市の中心部にまでは及んでいない。

しかしながら、普段の活気とは一味も二味も違う独特の慌ただしさというやつが、一つの戦後状態であることを如実に物語る。

それらの空気を感じながら、ロゼと二人。特に目的もないまま彼女の先導に任せ、この都市の象徴とも言える大通りを並んで歩く。

「……ふふ。なんだかバルトレーンの時とは逆になってしまいましたね~」

「……ああ、そうだね」

ロゼがまだ教会騎士団の副団長であった頃。グレン王子たちスフェンドヤードバニア使節団の来訪に合わせて、彼女はバルトレーンへと足を運んでいた。その際にもこうやって、二人で街を歩いたことを思い出す。

あの時も案内という建前はあったにしろ、具体的にどこがどうと説明をしながら歩いたわけではなかった。奇しくも今の状況も同じ。ロゼだって今更ディルマハカの街を案内しようとして提案したわけではないだろう。

「……後悔は、ないのかい」

互いに無言で歩くことしばし。沈黙の帳を掬い上げるように、俺は言葉を発していた。このことを聞いてどうしようという具体的な思考に及ぶこともなく。

「ありません。……と言い切ってしまえば、多少は嘘になるのでしょうね。けれど、これが私の進む道であったと納得はしています」

「……そうか」

教皇派の策謀に踊らされ、グレン王子を危険に晒し。その後は教会騎士団副団長の座を辞して、傭兵としての身分を選択。自身の正体を隠しながら活動し、最終的にはその手でモーリス教皇を殺めた。

この歩みに何一つ後悔がないとは、口が裂けても言えないだろう。我ながら無意味な質問をしてしまったなと、やや自己嫌悪にも陥る。

「君は、これから?」

一度過ぎ去った時間は止まりもしないし巻き戻りもしない。反省も大事だが、それよりも気にすべきことは未来について。即ち、ロゼがこれからどういう身の振り方をするのか、である。

「何も変わりません。この国の行く先を見届けます。ああでも、肩書は変わっちゃいましたけど」

「……そっか」

そう告げたロゼは、表情こそ仮面で隠されてはいたけれど。声色や身振りから察するに、そう悲観しているわけでもなさそうであった。

「……ですが」

「ん?」

一度言葉を切ったロゼは、はにかむように口元を緩ませて、続けた。

「以前にも増して、死ねなくなっちゃいました。今までは、大義が成されるのなら私の命なんて……と思っていたんですけれど」

「そうか。それはきっと、良い変化だよ」

確かに今の彼女からは、俺と対峙した時のような退廃っぷりは感じられない。己の命すら容易く天秤にかけ、一度傾けばその結果に何の不満も抱かないような、そんな様子がなくなっていた。

これは言った通り、良い変化なのだろう。人間、死ぬ気で頑張るというのも時には大事だが、ずっと自分の命をベットし続けて正常でいられるほど頑丈ではない。その意味で彼女の精神は、ようやく正常性を取り戻したとも言える。

「この国の先を見届ける。それもあります。けれど、先生から受けた恩をまだ、返せていないですから」

「……不要だ、と言っても、君は返しにくるんだろうねえ」

「はい、勿論」

俺は俺が学び、そして教えた剣の道に則ってロゼと対峙した。そのことを恩を着せたとは考えていない。だから恩返しというものは、本当に不要ではある。

けれど恩義や感情というものは、一方的に受け取り拒否をして丸く収まるものではないのだ。その意味では、俺にもまた死ねない理由が一つ増えたということになる。彼女から恩返しを頂戴するまで、俺は生きていなきゃならない。そうしないと恐らくは、ロゼの精神がまた底に沈んでしまうだろうから。

それは彼女の、一種の贖罪とも言える。結果として、ロゼがこうなるきっかけを作ったのは俺だ。ならば、その責任の一端くらいは担うのが筋というものだろうな。

彼女は事情はどうあれ、これから生きる上でとてつもない大きさの十字架を複数背負うことになった。その負荷は、俺なんかが到底肩代わり出来るものではない。

きっとこれからも、彼女が彼女自身を赦す日は未来永劫訪れないのだろう。それくらい能天気に生きていられるのなら、これからもこの国の先を見届けるなんて大層な言葉は、出てこないから。

「……ロゼ」

「はい」

立ち止まり、彼女の名を呼ぶ。

道行く人々は皆慌ただしく動いており、道端で歩みを止めた俺たち二人に視線が乗ることはない。

「君は、君の役目を果たした。……君の過去は変わらない。だけど君の決意が掴み取った 現在(いま) は、何物にも代えがたい君自身の持つべき勲章だ。それを俺は、絶対に忘れない」

ロゼが自分を赦せないなら、俺が彼女を赦そう。なんの実権もない、ただ剣を振るのが多少上手いだけのおじさんの赦しでしかないけれど。

それでも、彼女がどんな想いと決意を抱いて今まで動いてきたのかは、俺自身もよく分かっているつもりだ。それを喧伝出来ないことが悔しいとさえ思う。

だから、今この時だけでも。俺は彼女を赦し、称えたい。これは打算だとか気遣いだとか。そういう不純物が一切混じらない、今の俺の純粋な気持ちだった。

「――はい。ありがとうございます」

仮面を着けている彼女の表情は、分からない。けれどその言葉を発した彼女の口は、確かに微笑んでいた。

俺なんかの言葉でよければ、いつ何時でも彼女のために届けよう。それも一つの、師としての役目。少なくとも俺は、そう捉えていた。

「……ところで、先生」

「何かな?」

立ち止まっている俺のもとに、ススっとロゼが寄ってくる。彼女は問いかけの言葉を発しながら、大通りからは丁度影となる角度で、その仮面を手ずから外した。

「もし私が路頭に迷っちゃったら、その時は拾ってくれますか~?」

ああ、これだ。この顔だ。俺の知るロゼ・マーブルハートという女性の顔は。

この表情を再び目に出来ただけでも、いくらか頑張った甲斐は十分にある。そんな思いが一撫ぜ、俺の心中を駆け抜けていく。

「それとこれとは話が別じゃないかな?」

「ちぇ~」

快晴なれど、寒風やや強し。

そんな寒空の下、確かな温もりを感じる一陣の風が優しく頬を撫ぜる。この風はきっと、気のせいじゃない。

ロゼ・マーブルハートという女性が起こした、慈愛の風。俺にはそう感じられた。