軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第190話 片田舎のおっさん、昂る

「いやすまんの。遅くなった」

「大丈夫ですよ、ルーシーさん」

あの事件からおおよそ三週間。急ぎバルトレーンに戻ったアリューシアはすぐさま王室、騎士団、魔法師団に情報を共有し、そこからの対処にあたっていた。

剣なら任せろと大口を叩いたものの、こういう調査や根回しの段で剣を振る機会なんてなかった俺は、まあ結局いつもとあまり変化が大きい日々を過ごしたとは言えず。普段通り騎士団庁舎で騎士たちの稽古を付けながら、時々魔術師学院に顔を出す。そんな毎日を過ごしていた。

で、今日も元気に騎士たちの稽古を付けようかと庁舎に向かったところ、アリューシア直々にお呼びがかかって、今は団長室にお邪魔しているという状態だ。

アリューシア、ヘンブリッツ君、俺の三人が揃ったところに、更なる参加者としてルーシーが現れた。そんなタイミングである。

「しっかし、大変じゃったのぅお主らも」

「まあね。無事に戻れてとりあえずは何よりだよ」

「違いない」

挨拶を交わしながら、ルーシーが空いた椅子へと腰掛けた。

こういう話し合いは通常なら応接室などを使って行われる。しかしながら今回の話はなかなか外部に漏らしにくいこともあり、念には念を入れて普段アリューシアが使っている団長室を使わせてもらうことになった。

今回の一件にルーシーを一枚噛ませたのは、俺とアリューシアの見解が一致したこともある。

というのも、俺たちを襲った黒コートの集団について俺や彼女、フラーウなどにも心当たりがなく。じゃあこういうのに一番詳しいやつは誰かと問われれば、やはりルーシーになるのだ。

いったい何年生きているのかは分からんが、俺よりも遥かに年上かつ、王国外の情報にも目端が利く。こいつ個人が抱えている情報だけで国一つは落とせるんじゃないかと思わせる博識ぶり。

何か困ったらとりあえずルーシーに聞いとけばなんとかなる、というのはあながち間違った判断ではないと思う。さらに今回は国が絡んだ事情故、俺たちがルーシーを頼っても見返りを求められない。であれば、存分に頼らせてもらうのが最善手だろう。

王国内外の事情に詳しいとなればあと一人、スレナも候補に挙がるが、残念ながら彼女は今別口の依頼を受けているようでバルトレーンに居ない。本当に忙しいねブラックランクの冒険者は。

「紅茶でよろしいですか?」

「うむ、頼む。さて、早速じゃがまずは分かったことから伝えておこうかの」

ルーシーの登場を受けてアリューシアが飲み物を用意している間に、彼女は報告の体勢を整えた。

「件の連中が着とったというあのコートじゃが、お主らの推測通り魔法的防護がかかっておった。比較実験はまだ十分に出来ておらんが……硬化処理した革鎧、ハードレザーなどよりは遥かに強固じゃろうな」

「そんなに堅かったんだね……」

まず飛び出してきたのは、連中が着ていたコートの性能について。

これは対峙した俺もアリューシアも感覚として理解していたのだが、明らかに堅かった。絶対にただの布ではないと感じてルーシーに解析を依頼していたのである。

結果としては予想通りといったところだが、ハードレザーより防御力があるのは相当だな。あれより強固な防具となるともう金属鎧を着込むくらいしかない。軽さと堅牢さを見事に両立したあの装備は、剣士としてはかなり羨ましい性能である。

「しかし、魔法的防護があるとなれば量産は難しいかと思いますが」

「その通り。必ず魔術師が必要になるのぅ。コートには魔鉱石が装飾として付いておったが、何にせよお抱えの魔術師、それもそこそこ以上の腕前のやつがおらんと話にならん」

ヘンブリッツ君が突っ込みを入れる。それに対してルーシーが答えた通り、あんな装備を全員に行き渡らせるのは、専属とも言える魔術師が居ないとかなり難しい。

ということは、あの時に顔を出した桃色髪の女性が装備の調整も担っていると見るべきか。いや、もしかしたら複数名の魔術師を抱えている可能性すらある。

それほどの戦闘力と組織力を持つ団体が、どこの国のどちら様か分からないというのはかなり異常だ。在野で密やかに集められるほど容易いものではないことは、世情に疎い俺だって理解出来る。

「お主らの予想通り、あれを着込んだ連中は少なくとも国軍ではないの。帝国でも見たことがない」

「となるとやっぱり……傭兵とか?」

「流石ベリル、いい線いっとるのー」

なんか雑に褒められた気もするけど、別にそんなに凄いことでもないんだよなこの予測は。

国家のもとにない戦力なんてその種類はたかが知れている。騎士団でも国軍でもないということは、残る可能性は傭兵団という線が一番高い。金次第でいくらでも雇える戦力だ。

無論、金で動く連中は何も傭兵だけじゃないが、レベリス王国の騎士を襲うなんて普通なら金を積まれたって断る。そんな危険な仕事に飛び付くのは、やはり傭兵であろう。

しかしながら傭兵というのはそれしか収入源がないわけで、雇おうと思えば自然と高くつく。しかも今回の場合は仕事の内容が内容だ。余程大金を積まれない限りは動かない。そう考えると、実行犯は傭兵でいいとしても、その依頼主も気になるところだな。

「わしもこの件に関して心当たりは一つしか思い浮かばん。まあヴェルデアピス傭兵団でほぼ決まりじゃろうな」

「ヴェルデアピス傭兵団……?」

「流石に知らんか。アリューシアらはどうかの」

「いえ。私も寡聞にして」

「私も聞いたことがないですな」

ルーシーの口から具体名が出てくるものの、俺は当然としてアリューシアやヘンブリッツ君もその名に聞き覚えはない様子。となると、知っているのは本当にルーシーだけになりそうだ。

「知らんのも無理はない。そやつらはエーデルディア王国の連中じゃからな。いや……今はサリューア・ザルク領エーデルディアと呼ぶべきか」

「……と言うと?」

「帝国との戦争に敗れて属国になったんじゃよ、エーデルディアは」

アリューシアの用意した紅茶で口を湿らせてから、ルーシーは続けた。

エーデルディア王国という国名は聞いたことがない。これは単純に俺の学がないからだと思うけど、それを抜きにしても他国の、しかもレベリス王国から離れている国の歴史も知っているルーシーは本当に凄いな。伊達に長生きはしていないということか。これ言うとメチャクチャ怒られそうだが。

「しかし、属国であればその戦力は全て宗主国に管理されるはずですが……」

「かの帝国との戦争で潰えず、更に尻尾を掴ませないまま逃げ切った戦闘集団。……そう言えば彼奴らの力が多少は伝わるかの?」

「それは確かに……凄まじいですね……」

サリューア・ザルク帝国はこのガレア大陸で一番大きい国だ。魔法技術でこそレベリス王国に一日の長があるらしいが、単純な戦闘力で言えば帝国の方が質も高く量も多い、というのが一般的な認識である。

その帝国の攻撃を耐え凌ぎ、更に逃げ遂せた。それだけでも十二分に凄まじい。それを前提とすると、あの集団の異様な強さにも納得がいくというもの。

「まあその当時の強さが今も引き継がれておるとは限らんがの。それでも、なかなかの強者揃いだという噂はわしの耳にも届いておる」

ルーシーほどの魔術師が「なかなかの強者」という評価を受け止め、それを正当なものとして捉えている。やっぱりあいつらめちゃくちゃ強かったんだなあ。それほどの連中に目を付けられたのなら、言い方は悪いが王国守備隊では手も足も出ないだろう。

「ルーシーさん。その傭兵団の幹部級の名前や特徴は分かりますか」

「全員は知らんぞ。わしが知っとるのは" 翠蜂(すいほう) "ハノイ・クレッサと、" 対針(ついしん) "クリウ・フルバークくらいじゃ」

「対針、クリウ……恐らく私が相手をした双剣使いが名前からしてそれかと」

「じゃあ俺が相手した方が翠蜂かな」

こちらも大方の予想通り、俺たちの相手取った二人が傭兵団の首級だったようだ。まああれより強いのがぽこじゃか出てきてもそれはそれで困るんだけどさ。

「しかし、よく知っているねルーシーは」

「まあのー。わしそれが仕事みたいなところもあるし」

「そうなの?」

「……わし一応、それなりに偉いんじゃが?」

「ははは、知ってるよ」

ちょっとした軽口のつもりだったんだけど、ルーシーからジト目で見られたので早めに降参しておく。魔法師団長に睨まれるとか絶対に嫌だからね。

ただ少し引っ掛かるのは、彼女がそういった情報収集みたいな領分にも手を出しているということ。俺の知る限りではあるけれど、ルーシーは魔術師ではあるものの、どちらかと言えば研究者寄りである。敵を撃滅することよりも、魔法の研鑽に時間を費やすことに悦びを感じるタイプだ。

無論、国家の要職に就いている以上はそういう仕事もあるだろうし、彼女が長く生きてきたのならその分の知識が蓄えられていることも分かる。ただ何と言うか、諜報めいた仕事にルーシーが従事している印象がないというか。

ルーシーははっきり超人と言っても過言ではない力を持っていると思うが、それでも彼女の身は一つしかない。流石に時間を操ったり瞬間移動したりは出来ないはずだから、王国外の情報を果たしてどうやって集めているのかは、少し疑問に感じるところであった。

とは言え、そんなことを今ここで突っ込んでも何の意味もないけれど。

「ま、襲われたのは災難じゃと思うが……死者は出ておらんのじゃろ? 上出来だと思うがの」

「そうだね。それははっきり幸運だったと思うよ」

「ええ。ヴェスパーも一命を取り留めましたし」

ルーシーがこちらの被害に言及したところで、アリューシアもヘンブリッツ君も改めて胸を撫で下ろす。

話題に上がったヴェスパーはあの後、次の街で待機していた魔術師と医者によって何とか一命を取り留めた。無論、全快には長い時間がかかるし、ゼドと同じく本来の職務に復帰出来るかどうか、先行きは変わらず不透明だ。

それでもやっぱり、どうにか命が繋がったことは素直に喜びたい。当たり前だが、人間死んでしまったらそれで終わりだからね。生きていれば何とかなるもんだ。

「あとは……その傭兵団の目的だね」

「狙いはアリューシアだったんじゃろ? なら凡その予測は付くがの」

ヴェルデアピス傭兵団の情報や、やつらが着ていたコートの性能などは言ってしまえばついで。話の本題は何故そんな連中にアリューシアが狙われたか、である。

これもなあ。ある程度事情を知っていればルーシーの言う通り、一本の推測は立つんだよな。

「やはり……スフェンドヤードバニアですか」

「じゃろうな。情報の裏が取れるまで明言は避けるべきだと思うが」

そう。俺が持っている情報だけで考えてみても、その線が一番しっくりくる。というか、それ以外だとわざわざ外部の戦力を雇ってアリューシアを討とうとする理由が逆に分からない。

一方で、これはあくまで現場から見た推測だ。確たる証拠は何もない。だから現時点での明言は避けねばならないし、その尻尾を掴ませないために外部の傭兵を雇ったとも言えるだろう。

「……慎重に調査を進める必要があります。スフェンドヤードバニアとの間に不要な火種を生み出しかねません」

「同感じゃな。わしの方でも調査はするが……とは言ってもあまり悠長にも構えられんか」

状況的に考えれば、スフェンドヤードバニアが怪しい。しかしただ怪しいからと言って公の場で非難してしまえば、両国の間に亀裂が走る。これから婚姻外交で友好を深めようとしているところに、そんな特大の火種を持ち込むのは出来れば避けたい。

他方、そのような疑いが解消されないまま、サラキア王女殿下を嫁がせるというのもこれもまたレベリス王国としては承服し難い。慎重かつ迅速な対応と真相の究明が待たれる。

アリューシアとルーシーの言葉からは、そのような懸念が滲み出ていた。

基本的に王族やらお偉いさんの婚姻というのは、事前段階からかなり入念な準備を経て行われるものだ。当然、ここまで話が進んでいるということはサラキア王女殿下がグレン王子殿下のもとに嫁ぐ日程もほぼ確定しているはず。この段になってその日程を大幅にずらすのは、簡単ではないだろう。

そして、相手側もそれが分かっているからこそこうやって仕掛けてきた。そう考えれば、一連の辻褄は合う。

「……なんだかとんでもない大事になっちゃいそうな予感がするよ」

「お主、分かっているとは思うが外野面は出来んぞ? 立派な当事者じゃからな」

「分かってるよ。俺の剣が必要な時が来たらいつでも振るう。……相手が誰であってもね」

「……ほう?」

事件後、アリューシアに告げた言葉とほぼ同じ内容を再び紡ぐ。

俺に国家間のしがらみや思惑なんて分からない。そのあたりの素養がないことくらいは分かっている。

そんなことを気にせずに俺はただ、気ままに剣を振るいたいだけなんだ。今までならそうやって逃げていたんだろう。

けれどルーシーの言葉通り、俺はもう今回の件にがっつりと食い込んでしまっている。無論、俺が好き好んで横槍を入れたわけではない。特別指南役という肩書が齎した、言ってしまえば二次災害みたいなものだ。

ただし。俺は今回の件を、ほんの少しだけ楽しみに感じている自分が居ることも同時に分かっていた。

ヴェルデアピス傭兵団のハノイ。あれは相当な手練れだった。対針のクリウも同じくかなりの練達であることは間違いない。スピードに優れた双剣使いを、俺ならどうやって攻略するか。

強者との立ち合いに仄かな、しかし確かな高揚感を覚えている。今この状況で抱くにはあまりに不謹慎な感情ゆえに、決して表には出さないが。

「くっ……くっくっく!」

「ル、ルーシー? どうかした?」

そんなことを考えていたら、ルーシーが突如として肩を揺らし始めた。なんだなんだ、何だか気味が悪いな。

「いやあ、お主変わったなと思ってのー。どうじゃ、わしと改めて手合わせしてみんか?」

「えぇ……? やだよ面倒くさい……」

「ちぇー。つれないやつじゃのう」

物凄く真剣な話し合いの場であるはずなのに、そんなこと知らんとばかりにいきなり手合わせを申し出る魔法師団長。空気は読めるはずなのに、時々あえてぶっ飛んだ発言をする。

こいつの性格はある意味羨ましいとは思うが、こうなりたいとまでは思わないね。俺が変わったのは部分的に見ればそうだろうけれど、別に劇的に性格が豹変したわけでもないと自分では考えている。

それでも、まあ。

小さいながらも確かな変化なのだろうな、これは。

一剣士として、剣の頂を本気で狙いに行くがための心意気。それは昔確かに持っていて。けれど剣術道場師範として、特別指南役として務めを果たそうとしている間に、いつしか心の奥底に仕舞い込んでいて。

再びその蕾が胸中で蠢き出したのは、吉兆かはたまた凶兆か。

その答えを導き出すには、もう少し時間がかかりそうだ。