軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第184話 片田舎のおっさん、羽を伸ばす

「では、これにて本日の鍛錬を終了します」

「ありがとうございました!」

私兵軍の皆様たちとただ只管に打ち合う時間が忙しなく過ぎ去って行き。日も高く昇り、もう間もなく西側に傾こうかと言う頃合いで一旦お開きとなった。

別に日暮れまでぶっ通しで出来なくはないんだけど、今回に限って言えば、鍛錬でしごき倒してもあまり大きな意味がない。今回はスパルタで貫き通すというより、ウォーレンの頼み方からして実力差を分からせるというところに重点を置かれている気がしていたのもある。

なので適度な疲労感を与えつつ、復習と反省が出来る程度には余力を残して終わる。一期一会の訓練であれば、これがまずまずベストな選択だろう。

結局トータルでの打ち合いの数はアリューシアがダントツで多かったんだが、打ち合いの回転が最も速かったのもダントツで彼女であった。この子容赦なく後の先を取って瞬殺するから、相手の回転速度が尋常じゃない。十合どころか、ほとんど二合も打ち合ってないんじゃないかな。

俺も何人かはそうやって相手したけれども、今後の成長が見込めそうな者には三、四手付き合ったりもした。その中には当然、兵士長であるサハトも含まれる。

彼は良い剣士だ。齢もまだ三十前後と言うことで、これから伸びる余地も十分に残している。

その意味で言えば、彼の出鼻を良い感じに挫くことが出来たのは結果として良かったのかもしれない。自信をつけることは何も悪いことではないが、それで驕ってしまえば途端に悪い方向に進んじゃうからね。

まあ最終的にサハトは八回くらい俺に転がされたんだけど。

どうにも彼は俺に照準を定めてしまったらしく、しつこいくらい俺の前に並んでいた。こちらとしても骨のある相手は歓迎だったので全部応戦したんだが、最後はヘトヘトになりながらも気力までは終ぞ途切れなかった。その執念とも呼ぶべき気迫は凄まじいものがある。

今回の経験を糧に、彼には是非今後とも私兵軍を束ねる兵士長として活躍、そして成長してほしいものだ。

「皆さん、お疲れ様でした。今回の経験を好機と捉え、一層の向上を目指すことを期待しています」

「はっ!」

最後に、ウォーレンの名代としてこの訓練を見学していたシュステから一言を頂いた。

シュステもずっと眺めるだけだと退屈しそうなところ、しっかりと辛抱強く皆の訓練風景を眺めていたのは印象深い。

ウォーレンやジスガルトと違って彼女は戦う術を持たないから、打ち合いを見ても正直良く分からないことの方が多かったと思う。

それでも退屈そうな表情一つ見せず、じっと真剣に見つめていたのは凄いことだ。ウォーレンとは趣が多少違えど、彼女も立派に人の上に立つ者の素質を備えていると感じるね。

「本日はご指導ご鞭撻のほど、誠にありがとうございました。今回の経験をもとに、一層の鍛錬に臨む所存です。それでは、失礼致します」

私兵軍を代表してサハトが今日の総括をしたところで、彼らはぞろぞろと去って行った。

パッと見た感じではあるが、彼らの中で諦観を抱えてしまった者は少なく、むしろやる気に満ち溢れている者の方がほとんどであるように思える。

レベリオの騎士という上に目を向けられたことで、彼らのプライドが刺激されたようで何よりだ。ここで折れるようであれば、残念ながら戦う者としては不適格だと言わざるを得ない。きっと兵士をやるよりも適切な職業があるだろう。

「さて、と。これで依頼は終わりかな?」

「そうなりますね。後は帰還の手筈を整えるのみとなります」

確認を取ってみると、これでいよいよフルームヴェルク領でやるべきことは全部終わったらしい。

まあ私兵軍に稽古を付けてくれっていうのも、言ってしまえばウォーレンの個人的な頼みだ。公務としての遠征は二日前に既に終わっている状態にある。

正しく後は帰るだけ、なんだが、折角遠方に来たのだからやっぱりご当地の食事も楽しみたいな、という気持ちは残る。とは言え、俺の顔と名前がここら一帯では知れ渡っているだろうから、安易な外出も出来れば控えたい。ううむ、これは悩みどころだぞ。あまり悩む時間も残されていないことも悩みに拍車をかけている。

アリューシアやウォーレン、シュステを連れて行くのは多分もっと拙い。俺以上の知名度を誇る者を連れ歩くと、どんな人たちに囲まれるか分かったもんじゃない。

それに彼らを連れ歩くのならば、自然と俺がエスコートする側となる。特にアリューシアとシュステは女性だからな。

だがそうなると今度は別の問題が持ち上がる。俺はこの地方をまったくもって知らないもんで、美味い店どころかどこに食事処があるのかすら知らない有様なのだ。それではエスコートもくそもあったもんじゃない。

何より、俺がそういう空間で食事をするのにあまり前向きじゃないんだよな。大衆向けの安酒場でのんびりとご当地エールを楽しみたいだけなんだ俺は。明らかに上位者を連れて行く場所のチョイスじゃない。

別館で出される料理も美味しいしお酒も美味しいんだけど、出てくるのはお上品な料理とお上品なワインである。俺はやっすい肉に齧りついてちびちびと安いエールを喉に流し込みたいのだ。

「ふぅ……とりあえず、さっぱりしてから考えるかな……」

「はい、それがよろしいかと思います。風呂の準備をさせておきましょう」

「うん、ありがとうシュステ」

とりあえず今の思考を一旦保留にして呟いたところ、シュステがお風呂を準備してくれるらしい。実にありがたい。

風呂はいい。マジでいい。個人の家で作るには費用その他諸々がかかってとても無理なんだけど、王宮とか貴族の屋敷とかには結構あるらしく。今回の滞在先は辺境伯家の屋敷なので、当然のように施設として備わっていた。

これがまた抜群に効くのである。蒸し風呂や濡れタオルで身体を拭きとるのとは一線を画す気持ちよさだ。身体中の疲労が湯船に広がって抜けていく感覚すら覚えるね。

ただまあ、ここの生活に慣れ過ぎるとバルトレーンに帰った時が本当にヤバそうなので、色々と程ほどに自重しておかねばならないのが結構悩ましい問題でもある。

出来ることなら毎日風呂に浸かりたい気持ちになっちゃってるけど、バルトレーンでそれをやろうと思ったら途轍もない金がかかってしまう。騎士団庁舎にも風呂はないしなあ。

ルーシーの家とかに行けばもしかしたらあるのかもしれないが。それでも、仮にも女性の家へ風呂に入らせてくれと訪ねるのはマジでヤバい。

「何か考え事ですか?」

「ん? いやあ、ちょっとね……」

アリューシアが優しく問いかけてくれるが、これは彼女に伝えても仕方がない問題でもあるから難しいところだ。

彼女は俺のささやかな願いに対して全力で突っ走る癖があるからな。ここで余計なことを口走ってしまうと、超速度で準備を整えてしまいそうでちょっと怖い。

加えて、俺はあまり積極的に顔を売りたくはないんだけれど、彼女はその真逆の考え方をしているのも困りものである。

「たまにはエールも飲みたいなあ、なんて考えちゃってね」

「なるほど」

ただそれでもやっぱり、多少の我が儘と言うか、それくらいは口に出してしまうんだよな。流石にこの一言だけでアリューシアが暴走することもないだろうし。

「でしたら、辺境伯かシュステ様に取り寄せでもお願いしてみては?」

「えっ、出来るの」

なんて思っていたら、思いのほか現実的な案がアリューシアから飛び出してくる。取り寄せかあ。なまじっか思考が小市民なもんだから、手配するという方向に考えが及んでいなかった。

いやしかし、それはそれでどうなんだろう。ここで数日過ごして分かったけど、お抱えの料理人たちがちゃんと考えて美味しいものを作ってくれているところに、やっぱり酒場のエールと肉が恋しいです、というのはちょっと失礼な気もしてしまう。

「出来ると思いますよ。迎賓の際に出された料理がお口に合わない方も居ますでしょうし」

「なるほどね……」

言われてみれば確かに。迎えられたお偉いさまが、どうしてもそこの料理が口に合わないという事態は考えてみればあり得る。相手が偉い立場だと余計に、食事で印象を下げたくもないはず。

となれば、もしかしたらいけるかもしれん。そんな注文がまかり通るほどお前はお偉いさまなのかと問われれば、申し訳ないと頭を下げる他ないけれど。

「ベリル様、アリューシア様。風呂の方は三十分ほどで用意出来ると」

「ありがとう。……あとごめん、もう一つだけ我が儘があるんだけど……」

「はい、何なりと」

使用人に風呂の準備を命じたシュステが戻ってきたところ、早速お願いしてみる。これで難しいと言われたら素直に引き下がろう。そこで駄々をこねるほど俺も子供ではないつもりだ。

「今日はフルームヴェルク領のエールが飲んでみたいなあ、なんて……ダメかな……?」

「まあ、承知致しました。すぐに用意させますね」

「あ、ありがとう……」

「では少々お待ちください」

遠慮がちに聞いてみたら速攻で通ったわ。ありがとうシュステ。今夜は気分よく眠れそうです。

俺の要望を受け取った彼女は、先ほど風呂の用意を命じたようにすたすたと館の方へと歩を進める。少し遠くで見守っていた使用人を捕まえ、矢継ぎ早に命令を告げた。

「貴方、今日のディナーにはエールを。合わせて料理もエールに合うもので構成するように。ええ、いくつか取り揃えて。急ぎなさい」

「はっ、畏まりました」

新たな命令を受けた使用人は、早速きびきびと動き出す。

いくつか取り揃えておくようにって、もしかしてご当地エールの飲み比べとか出来たりしちゃうんだろうか。おじさん柄にもなくテンション上がっちゃうよ、そんなこと聞いたら。更にエールに合うように料理も変更してくれるというのだから、尚更楽しみである。

「本当にありがとう。……あと申し訳ない、変な我が儘を言ってしまって……」

「とんでもないことです。あなた方をおもてなしするのが私の責務ですから、どうかお気になさらず」

いや本当に至れり尽くせりだよ。いくら頭を下げても下げ足りないくらいだ。

今回の遠征で、個人的に一番お世話になったのは間違いなくシュステである。ウォーレンもジスガルトも勿論頑張って色々と手配をしてくれているのだろうけれど、それはもうちょっと大局的な面での話。俺個人まで話の規模を落とすと、やっぱり一番ありがたいのはシュステの存在だった。

「いやあ、今晩が俄然楽しみになってきたよ」

「ふふ、それは何よりです」

風呂に入って全身さっぱりした後に、ご当地のエールとそれに合う美味い料理を食らう。しかも俺の財布は痛まない。めちゃくちゃな贅沢だ。これまでの人生の中でもトップクラスに入る贅沢だと思う。

こんな贅沢を経験出来る身になってしまったことに思うところがないではないが、それよりもこの贅沢に見合う働きはしなきゃいけないな、という意識の方が今は強い。これも一つの考え方の変化、と捉えてもいいのだろうか。個人的にはいい変化だと思いたいところだ。

「アリューシアもありがとうね。こんなおじさんの我が儘に提言してくれて」

「いえ、先生にご満足頂けたのなら何よりです」

アドバイスを頂いたアリューシアにもお礼を告げると、返ってきたのは柔らかい微笑み。

彼女は普段からそうだが、今回の遠征でも嫌な顔一つせず、すべての職務を淡々とこなしていた。目に見えない負担たるや、恐らく俺の想像も及ばないほどになっていることだろう。

「……そうだ、シュステ。エールは結構な量が来るのかな?」

「ええ。十分な量は仕入れると思いますが……」

となれば、ここまで働き詰めだった彼女にも、少しくらいは良い思いをしてもらわなければいけないというもの。

「アリューシア。もし良ければ今日は付き合ってくれるかな。久々にまた君と飲みたい気分だ」

「! はい、はい。喜んでお供いたします」

「そうか。ありがとう」

まだ任務の成功を祝うには早いけれど、ちょっとした打ち上げ気分になるくらいはどうか許してほしい。

さて、そうと決まれば今日はアリューシアと飲み明かすとするか。二日酔いにだけは気を付けて、存分に羽を伸ばすとしよう。