軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第159話 片田舎のおっさん、吼える

「しぇえあアッ!!」

「フゴッ!?」

サーベルボアの群れに突撃した俺たち四人の中で、結果として一番槍の役目を担ったのはヘンブリッツ君であった。

飛び出した先にたまたま居たうちの一頭。突っ込んだ際の物音でこちらを認識してはいたものの、彼の鋭い剣先に反応することは出来ず。見事な横薙ぎが入り、サーベルボアの両前脚を一太刀で落とし切っていた。

良い判断だと思う。なにも絶対に絶命させなきゃいけないわけではなく、要は行動不能に陥らせればいいわけだからな。あの状況で一番狙いやすいのが前脚だったということだろう。

ちなみに頭蓋骨に比べればというだけで、獰猛なモンスターの骨や筋肉は決して柔らかいわけじゃない。

それを一発で両方持って行くんだから、彼のパワーも物凄いものがある。そしてそんな用途に耐え得るロングソードもまた、素晴らしい業物であることは間違いない。

「おうりゃあッ!」

「どりゃーっす!!」

ランドリドとクルニの二人も、駆け出した先のサーベルボアに斬りかかる。前者は突きからの切り上げで相手の鼻と戦意を削ぎ落し、返す刀で首筋を狙って一本。後者は上段からの振り下ろしでまたもや一撃で仕留めていた。

……確かに凄まじいパワーだが、この経験が変な癖になってしまったらちょっと困るな。

大上段の振り下ろしを初手でかますのは、せいぜい奇襲が成功した時と相手が最初から態勢を崩していた時くらい。

これはあくまで知性と技術の無いモンスター相手だから成功しているだけであって、技術を持っている者同士の対人戦ではこう上手くはいかない。後でそこら辺はそれとなく忠告しておこう。

「よいしょっと」

「ブモッ……」

さて、俺も彼らの戦いをずっと眺めているわけにはいかないから、しっかり働かないと。

こちらはこちらで突っ込んできたサーベルボアの突進を躱し、すれ違いざま腹部に一撃。さしたる抵抗もなく、俺の剣は胴体の半分ほどを切り裂いて血飛沫をあげた。

何回斬っても洒落になってない切れ味である。このロングソードはバルデル入魂の一振りなだけあって、その性能は恐ろしく高い。この剣に見合う剣士にならなければと手に入れた瞬間から思っているが、その実感が果たしていつ手中に収まるのかは分からないままだ。

「ブォア! ブゥルアアッ!!」

それぞれの初動を成功させた直後、ボスと見られるクソデカサーベルボアがいきり立つように吼えた。

まあ自分が支配者として君臨している中に突然の無礼な闖入者である。怒るのも無理はない。見逃すつもりはないけどな。

「プゴゴッ!」

どうやらボスの命令は逃走ではなく迎撃だった様子。初撃が上手く入ったとはいえ、向こうはまだ十数頭が健在である。これで尻尾巻いて逃げていては、ボスとしての沽券にも関わるだろう。

つまり、今のところ相手の逃走は考えなくていいということだ。いいね、村への被害も現状ではあまり考えずに済む。

「来るぞ! 挟撃だけは気を付けるんだ!」

「はい!」

奇襲は功を奏したが、これで戦場は一旦仕切り直しとなった。

やることは変わらないが、やることの難易度は上がる。相手がこちらを完全に敵と認識し、あの数が一気に襲い掛かってくるからだ。ただ攻めるだけではなく、複数から襲い掛かる攻撃を上手く凌ぐ必要がある。正しく剣士の腕の見せ所というわけだな。

「プギーッ!」

ボスの咆哮を受けて、手下と思われるサーベルボアが一斉に突撃を開始する。

こいつらの攻撃は基本的に一直線である。なので単発の攻撃を躱すこと自体は、理屈の上ではそこまで難しくない。しかし実戦の場だと恐れだとか怯えだとか、そういうマイナスの感情も出てきてしまう。

実際に人間より遥かに重たい重量物が凄いスピードで突っ込んでくるのだから、いくら剣技に優れていようと足が竦んでしまうことは大いにあり得る話。これに限って言えば、技術や知識よりも経験があってこそ。

「せいっ!」

「うおりゃーっ!」

まあ、今ここに居るのはそんな経験を山ほど積んだ精鋭だけどね。たかだかサーベルボアの突撃程度に怯むようなルーキーはここに居ない。

相手にはスピードもある。パワーも恐ろしい。だがそこに、戦略と知性はない。

場の見極めさえ出来ていればこの程度の手合いに負けるほど柔ではないし、そんな半端な鍛え方もしていないからな。きっちりと仕留めさせてもらおう。

「ブゴゴォオオッ!!」

「おっと、どうやらボス自らのお出ましだね」

大体それぞれが二、三頭ずつ仕留めたくらいだろうか。群れの数を凡そ半減させられたサーベルボアのボスは、もう辛抱ならんといった様相で一層の咆哮を上げながらこちらに突っ込んできた。

「ブゴッ!」

「おっとぉ!」

四人の中で俺が一番貧弱そうに映ったのか、クソデカボスは俺の方へと一目散に駆け抜けてくる。

あっぶね、デカい割には結構機敏じゃないか。それに必殺の武器となる牙もめちゃくちゃデカいし鋭そうだ。これは一発でも貰えば即死もあり得る。更に言えば重量が違い過ぎるから、牙が当たらなくても衝突するだけでヤバそうな気配をひしひしと感じるね。

流石に群れを率いているだけはある。どうやら見掛け倒しの雑魚ではなさそうだった。

「ブモッ! プゴアッ!」

「流石に大人しくはしてくれない、よね!」

サーベルボアのボスは突進と同時に、頭を左右に振りまくっている。それだけでも厄介なのに、更には急制動も出来るらしく、突っ込んでくるかと思いきやいきなり止まって方向転換とかしやがる。モンスターのくせに中々知恵の回るやつだな。

急停止と頭の振り回しのせいで、上手く有効打を打てないというのはちょっと面倒臭い。

普通の相手なら側面に回り込んで斬りつければいいんだけど、こいつの場合頭と牙がデカすぎて躱すためにはどうしても大回りをする必要がある。で、そうすると当たり前だけど俺の剣が届かない。

流石に投擲は現状では採用したくない手段だ。当たらなくはないだろうけど、一撃で仕留められる自信がない。今この場で丸腰になるのはちょっとご遠慮願いたいね。

「ベリル殿! 助力は!」

「大丈夫! この間に他を削ってほしい!」

ヘンブリッツ君が戦闘の合間を縫って声を掛けてくれるが、今ここでこいつに二人がかりになる必要性は薄い。なのでお断りしておく。

逆に言えばこのボスを俺一人に釘付けに出来ているということだから、その分周りの手下どもを三人に削ってもらう方針でいこう。

さて、とは言え現状を打破するにはどうすればいいかな。

サーベルボアのボスが如何にデカくて素早いと言えど、その力も速さも鋭さも、今まで相手にしてきた特別討伐指定個体には劣る。

ゼノ・グレイブルはもっと速かったしもっと鋭かった。ロノ・アンブロシアはもっと面倒臭くて勝利条件が厳しかった。

それらと比すれば幾ばくかの余裕はあるものの、体力勝負を仕掛けたらまず間違いなく俺が負けるだろうし。あまり悠長に構えてはいられない。

多分一番安全で確実なやり方は俺がこのままボスを相手に時間を稼ぎ、その間に他のサーベルボアを駆逐してもらって、最後に四人でこいつをタコ殴りにする方法だ。

余計な危険を背負う必要はない。頭では分かっている。そしてその択が採れる程度には、俺はこいつ単体の攻撃であれば躱し切る自信がある。体力にはちょっと不安が残るけど、ここまではあまり消耗していないし多分大丈夫だろうと思う。

「……はあ、やっぱり俺も根っこは剣士だな」

「ブゴーッ!!」

しかし、それでは面白くない。

そう、面白くないのだ。

こんな緊迫した場面で何を考えているんだと言われたらちょっと反論が難しいくらいに、俺の思考は本来考えるべきところから離れかけていた。

俺はそんなにスリルを楽しむ性格だっただろうか。どちらかと言えば安全性を重視して、確実にことを運びたいタイプではなかったか。

こんな様では、最初にサーベルボアとの真っ向勝負を挑んだクルニを叱るなんて出来やしない。どの口が言うんだという話である。

恐らく、今までのようにビデン村で剣術師範を務めていただけであったなら、こんな思考には至らなかったように思う。アリューシアに突如として突きつけられた、レベリオ騎士団の特別指南役。そこから俺の人生設計は大きく変わってしまった。

いや、今までまともな人生設計をしていたかと問われれば難しいかもしれないが。それでも、バルトレーンでの生活は波乱と魅力に満ちていたし、片田舎ではとても経験出来ないような出来事にも多数遭遇した。それは良い面でも悪い面でもだ。

もしかしたら。そのような彩りに満ちた生活が、幼少の頃に抱いていた俺の夢を僅かばかり思い出させてくれたのかもしれない。

即ち、剣士としての高みにどれだけ近付くことが出来るのか。

単純明快な強さへの欲求。武への好奇心。技術への探求心。

そして、俺なら出来るという、根拠のない自信。

それらが沸々と湧き上がってくるのを感じる。この程度の相手に何を後手に回っているんだという心の叱責が飛ぶ。

そうだ。剣士という生き物は元来我が儘な人種なのだ。我こそが一番だと誰もが自負し、命と誇りを懸けて鎬を削り合う。終わりなき闘いの螺旋に、喜び勇んで自ら飛び込んでいく。

俺が幼少の頃から絶えず望んでいた景色は、それではなかったのか。

「……ふぅーっ」

「ブモアアアッ!!」

燻る気持ちに抗うことなく、俺は自然と腰を据えていた。今までのような、サーベルボアの突撃を飛んで躱すような態勢ではない。

多分、これでしくじれば俺は大怪我を負う。下手をすれば死ぬだろう。

けれど、不思議と死への恐怖は感じなかったし、失敗するかもしれないという不安も感じなかった。

「……ッ」

肺に残った空気を吐き切り、代わりに目いっぱい吸い込む。勢いに押されて、グッと鼻腔が開くのが感覚で分かった。

「きぃぃえああああアアアアアアアッ!!!」

「!?」

不退転の覚悟を気合いに乗せて、叫ぶ。

いやあ、立ち合いの際に力の限り発声するというのは存外気持ちのいいものだな。理屈では分かっていたし昔はやっていたはずだが、一体いつからこれをやらなくなったのか。最後に叫んだ記憶は、随分と遠い。

それくらいには、俺はなんだかんだと言い訳を重ねながら、目指すべき武の境地から離れていたことになる。

「プゴオオオッ!!」

「――!」

俺の気勢に呼応するかのように、サーベルボアのボスの突進が迫り来る。眼前には俺の腕以上の太さを誇る壮大な一対の牙。

躱しはしない。既にその行動を取るには手遅れが過ぎる。この体勢を取った時点で、迎え撃つ以外の選択肢は存在しない。

「――しゅっ!」

中段の構えから、片足を一歩後ろへと伸ばす。前に出る力ではなく腰から下、下半身全体を後ろへしなわせることで相手の踏み込みを利用し、間合いを殺しながら十分な威力の乗った攻撃を繰り出す、返し技。

「プギョッ!?」

蛇打(へみう) ち。

相手の突撃を絡めとるように封じ、同時に反撃を加える様から名付けられたという技の一つ。

俺とサーベルボアが、ほぼ零距離で交錯した瞬間を経て。

サーベルボアの突進は俺の服の端を掠め。

俺の剣撃は、自慢の牙を根元から綺麗に切断していた。