軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第156話 片田舎のおっさん、撤退する

「……ヤバいでかさっすね」

「だね……」

サーベルボアの群れを発見したクルニも口を揃えて驚愕していた。

あれ普通のやつの二倍くらいデカくないか。流石にあんなのが爆誕しているとは思わなかった。そりゃボスにもなるよなって感じである。通常サイズのサーベルボアでは、あのボスにとても勝てそうにない。

「危険ですね。仕留めますか」

「んん……」

ヘンブリッツ君もその危険性は十分に感じたらしい。底冷えした声で今やつを仕留めるかどうかを問うていた。

ボスの周囲にいるサーベルボアは十頭ほど。四人がかりで行けば、仕留められない数ではないと思う。ただ、あの頭数を同時に相手取るとなるとこっちの危険も結構高くなる。

基本的に人間は、一対二が出来るような作りをしていない。めちゃくちゃ単純な話、前と後ろから同時に攻撃されれば人は負けるのである。戦争などが結局数の暴力になるのはそういう理屈だ。

でも実際に、武術の達人などは一対多数をこなしているようにも見える。あれのカラクリも単純で、攻める側が完璧な連携を取れていないからである。

コンマ数秒の誤差があれば、受け手側としては一対一をコンマ数秒の間で二回繰り返すことになるわけで、そうなると勝機が見えるということだな。アデルとエデルが二対一でヘンブリッツ君に勝てなかったのも、まあそういうことである。

以前にヘンブリッツ君のことを凡夫百人に勝ると評したが、それはこと戦闘におけるすべての能力値の総合力の違いだ。物理的な可否はともかく、成人男性百人に同時に仕掛けられたらヘンブリッツ君どころか誰だって勝てないだろう。

だが一方でそれは理想論というか、互いにある程度以上の実力差があり、更に環境が整っていたらの話でもある。

こんな足元も視界も安定しない中で、複数の野生のモンスターと戦うというのは環境的に言えばかなり厳しい。無論、騎士団や冒険者ギルドが誇る精鋭がこんなところで負けるはずがないという思いはあるが、それはそれ。希望的観測を元にリスクを背負い込む必要性は低い。

「いや、今日はやめておこう。場所が分かっただけでも御の字だ」

「そうですか……」

戦力的には申し分ない。俺とヘンブリッツ君とランドリドとクルニが居る。全滅させられるかは微妙なところだが、まともに戦えばこちら側が壊走することは多分ないとは思う。

「あれ、やらないんすか?」

「全部仕留められる保証があるなら今やるよ。でも、そうじゃない。一頭でも逃げて村の方に向かったら危ないからね」

クルニの疑問に答える。

そう、ここで全て倒し切れる確証があるのなら今やる。それは間違いない。だが、俺たちの目的はサーベルボアを倒せるだけ倒すことではなく、究極的に言えば村に及ぶ危険を排除することにある。

第一あのサイズのサーベルボアなんて俺は戦ったことがない。それは他の皆も同様だろう。どれくらいの攻撃を浴びせれば止まるのかが分からない。万が一手負いのまま逃がしてしまい、それがビデン村の方へと突っ走って行ったら目も当てられない惨状になる。

そして今は、ビデン村の方で十分な迎撃態勢が敷けていない。

そりゃ平時から無防備なわけではないが、それでもいきなりサーベルボアが突っ込んできて冷静に対処出来る戦力は持ち合わせていないのだ。王国守備隊や騎士団がまとまった数居れば問題ないのだろうが、そうではないからな。

この中で一番足が速いのは多分クルニだろう。だがそれにしても、逃走に全力を注いだサーベルボアにこの足元で追いつけるかと問われると難しい。

ここで仕留めにかかる利点はある。あるが、それと天秤にかけられる危険ではない。俺たちの身がというよりは、村へ危害が波及する可能性を現状ではどうしても否定しきれなかった。

「んー、確かにそうっすね……」

「普通の依頼じゃないからね、討伐して終わりで済めば俺もやってるさ」

これが冒険者ギルドからの依頼などであれば、全力でぶっ倒して終わるだろう。けれど今回は状況が違う。

「そもそも、ここで仕掛けて他の群れが呼応した時が一番拙いしね」

「なるほど、その線もありますな」

それに、サーベルボアの群れがこの一つだけというのは考えづらい。あのバカでかいボスがこの群れを仕切っているのは事実だろうが、他にも群れがあるかもしれない。加えて、今ここに居る十頭ほどが群れのすべてである保証もない。

諸々を鑑みても、やっぱりここですぐに仕掛けるのはちょっと早計かなと思うのだ。

「警戒網に入らないよう、周囲の地形を確認しようか」

「分かりました」

とりあえずここが潰すべき拠点の一つだということは分かった。今後は一先ずこのエリアを優先的に探ることになる。いざ仕留めようと動いた時に物理的に躓きましたとか洒落にならんからな、現地の状況はしっかり把握しておくべきだ。

あのボスは見る限り相当ブイブイ言わせているはずである。数人の人間が周囲でちょこまか動いていたとしても、早急に根城を変えようという思考には中々至らない。ただ、サーベルボアに気付かれてどつかれても困るので、地理の把握は慎重に行う必要があった。

四人でやや散開しつつ、少しずつ近付いてみたり付近を探ってみたり。今回は相手方の居所が確定しているので、ここにどうやって突入するかとどうやって戦うかを主に考える。

群れがこの規模のままなら、という前提が必要だが、基本的には戦えるメンバーで包囲するように各方向から出ていく形になるかな。その体制を取るなら互いの援護が届きにくい距離になるが、こっちが固まるとサーベルボアに逃げられてしまう可能性がグッと上がる。

「あっちは……素早く動くのは無理か」

窪みとなっているエリアの一方は、その窪み分を帳消しにするかのようにやや切り立った地形をしていた。

登れなくはないし移動出来なくもないが、戦闘中にあそこを機敏に超えられるかと言われたら微妙だ。登っている間に背後からチャージされて背中に穴が空く、なんて可能性も考えられる。

逆に言えば、サーベルボアもすぐに飛び越えられるかは微妙なところだから、基本はあそこに追い詰める感じで布陣するのが良さそうに見えるね。

「む……?」

今後の攻略を頭の中で立てながら周囲を探索していると、途端に空が曇り始めた。先程まで蒸し暑いほどの熱線を放っていた灼熱の根源は、西から覆い来る分厚い雲にすっぽり閉ざされようとしている。

「今日一日くらいはぎりぎり持つと思ったんだけどなあ……」

まだ雨が降るまで猶予はあるだろうが、それでもこの曇り方はちょっと危険だ。一気にザっと降り始める可能性もある。

お袋の予報だと今日一日は何とか安定するとの見方だったからその危険は低いだろうが、まあ絶対に当たるわけでもないし、細やかな時間帯まで予見するのは流石に無理というものだろう。

「先生、空模様が俄かに怪しく」

「うん、俺も今気が付いた」

そしてこの空の変化にいち早く気付いたのは元冒険者のランドリド。サーベルボアに気取られないよう静かに、しかし素早くこちらへと近寄ってくる。

音や気配を消して間合いを詰める歩法というのはうちの道場でも教えているけれど、それでも剣術の土台は平らで整った板の上、あるいは土の上が基本だ。こんな不安定な足場で行うようなものではない。

その観点から言うと、ランドリドの歩き方というのはうちの剣術をベースに、冒険者として活動していく上でのアレンジを上手く加えたもの、というところかな。

こういう術に関してはアリューシアが抜群に上手いんだが、悪路での発揮はもしやすればランドリドに軍配が上がるかもしれん。それくらいには見事な移動だった。

「二人とも合流して、ここは退こうか。本格的に降り始めたら危ない」

「そうですね。雨風を凌げる道具もありませんし」

ランドリドは突然の悪天候に見舞われることの危険性をよく理解している。無論、ヘンブリッツ君やクルニがそれを軽視しているとまでは言わないが、やはりこういう経験値は実戦機会の多い冒険者の方がより多く積んでいるのかなとも思う。

欲を言えば雨が降れば野生の鼻も鈍るから、もう少し粘りたいところではある。しかし今は雨を想定した装備をしていない。続行するには少しばかり危険の方が大き過ぎる状況にある。

騎士団はモンスターを狩るのも仕事の一つだが、基本的にはお偉いさん方の護衛だったり治安維持を目的とした遠征行軍だったりの比率が高い。

良く言えば規律正しく権威があり、悪い言い方をすればお行儀の悪い戦いにあまり慣れていない。その辺りは冒険者や傭兵の領分だからな。適材適所と言えばそれまでだが、その意味でも今回の討伐にランドリドが参加してくれるのは僥倖だ。

「ベリル殿。どうにも天候が悪い方向へと動いているようです」

「先生! なんか暗くなってきたっすよ!」

残る二人と合流しようと動き始めたところ、あちらも空模様の変化には気付いたようでこちらへと向かってきている最中であった。

うーん、二人ともやっぱり優秀。状況の理解度に多少の差はあれど、二人ともこのまま周囲の探索を続行するより俺たちとの合流を選んだというのは正しい判断だと思うよ。

「丁度俺たちも今気付いたところだよ。降り始める可能性もある、早めに下山を目指そう」

「分かりました」

今後の動きを提案してみると、反対意見はないようなのでそのまま方針を決定する。

ここが平原なら突然の雨でも多少の無茶は利くだろうけど、生憎山中だからなあ。ただでさえ危険な道中が更に際立つのでここは早めの撤退が吉だ。雨でぬかるんだ斜面とか絶対に歩きたくない。

「よし、と」

「ランドリドさん、それ何してるんすか?」

帰路への道中、ランドリドが割と目立つ木々や岩に手持ちのナイフで傷を付けながら歩いていく。その行動にクルニが疑問の声を上げていた。

「目印のようなものです。あまり目立つとこの近辺を縄張りとしている生物に警戒されますので、我々だけが分かる程度に小さく、ですが」

「おー、なるほどっすね」

彼が取っている手法は鬱蒼とした森や入り組んだ洞窟などでも有効な手段だ。景色自体が変わり映えしないから、こうやって見る者が見れば分かる程度の傷を付け、道標とする。

今回はサーベルボアの拠点の一つが確定したため、迷わずにその周囲へ辿り着けるようにという目的がある。まあ有体に言うと遭難防止だな。山の中で現在地を見失うのは最悪である。

日が落ちてしまえばほとんど意味がなくなるけどね。なんにせよ日が沈んだ後にアフラタ山脈へ入ることはないから、その辺りはあまり気にしなくてもいい。

まあこの辺りも騎士と冒険者の違いというやつだろう。

純粋な戦闘能力で言えばヘンブリッツ君とランドリド、どちらが勝るかは難しいところだが、生存能力という意味では恐らくランドリドに軍配が上がる。

こういうのはそういう環境下に長く身を置いていないと中々身に付かない。そして身に付かなかった者から死んでいく世界でもある。ただ、そんな過酷な環境を制した者が一流の冒険者として富と名声を得るのだから、やはりそれなり以上の価値はあるものだ。俺にはあんまり関係ないけどね。

「おわ、どんどん暗くなっていくっすよ」

「ん、少し急ごうか」

西から進出し始めた雲は太陽を覆い、更に厚みを増しているように見える。

こりゃ急いだ方が良さそうだ。せめて雨が降り始める前に麓までは到着しておきたい。真っ暗ってわけじゃないから迷うことはないにしろ、雨に打たれながら下山なんて誰もやりたくないからな。

「急げ急げー」

「ひー!」

この中では一番行軍に慣れていないクルニを後ろからせっつかせる。

無論、周囲への警戒も大事だけど、今一番重要視するべきは時間だ。この面子なら最悪戦闘になっても大抵の相手なら倒せる。それよりも、慎重に動き過ぎて山を下る前に雨に降られる方がもっとヤバい。

「どぶぇえっ!?」

「クルニーッ!?」

前からランドリド、ヘンブリッツ、クルニ、俺という順番で下山を急いでいたのだが、俺の視界から突如としてクルニが消えた。より正確に言えば、不安定な地面に足を取られて思いっきりすっ転んだ。

うわあ、痛そう。顔面から思いっきり地面に向かって突っ込んでいる。しかも平らな地面じゃなくて下り坂だから、勢いもあってズザザザとクルニの身体が滑っていた。

「いぃったッ! めっちゃ痛いっす!」

「だ、大丈夫か!?」

クルニが涙目で立ち上がった。どうやら顔に目立った傷はない様子で安心した。咄嗟に腕で防いだのかな、いい反応である。

山はこういうことがあるから油断ならない。普通の平地を走ったところでこけるなんてことは早々ないが、これが山だと容易にそれが起こり得る。しかも今回はある程度道が分かっていた上でこけたからまだマシだ。ずっこけた先が崖でその瞬間真っ逆さま……なんてことも全然あるからな。

「クルニ、大丈夫か?」

「ちょっとヘマこいただけっす! こなくそっす!」

「ならば良し。気を付けるように」

「うっす!」

何事かと振り向いたヘンブリッツ君が手短に確認を取るが、問題ないと見るや否やすぐに前へと視線を戻した。

普通ならもっと心配する場面なんだろうけど、流石はレベリオの騎士といったところか。ちょっとした擦り傷切り傷なんてそれこそ日常茶飯事なのだろうな。たとえ骨折したとしても、動けるなら動けと言いそうで怖い。そして多分クルニなら根性で動く。そういうやつである。

しかしまだ雨が降り出す前で良かった。ぬかるんだ斜面だと一層滑りやすくなるし、弾みで大怪我も十分あり得る。どれだけ注意していても事故は起こるのだから、その可能性が少しでも低いうちに急ぎたいところだ。

「悪いけど速度は落とせないよ。山に残って雨に打たれる方が危ないから」

「分かってるっす! 問題ないっす!」

一応確認を取ってみるが、クルニの方は言葉通りまったく問題なさそうだった。

ヘンブリッツ君じゃないけど、ならば良しだ。このまま下山を急ぐことにしよう。どうか雨が降り始めませんように。

果たして、俺のささやかな願いを天は見届けてくれたのか。

ぽつぽつと疎らな雨音が土を蹴る音に混じって聞こえだしたのは、俺たちが丁度アフラタ山脈の麓に到着した直後であった。

ちなみにクルニは水浴びせずとも汚れが落とせると歓喜し、その直後に傷がしみると喚いていた。分かるよ。生傷に水は痛いもんな。でも汚れは落とさないといけないから我慢しような。