軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第148話 片田舎のおっさん、道場に向かう

「ただいまー」

ビデン村のやや外れに位置する小川で、息抜きと休息を兼ねることたっぷり小一時間。

俺とヘンブリッツ君は足を休めたり、顔を洗ったり身体を清めたりと良い感じにリフレッシュ出来ていた。クルニは全身びっしゃびしゃになりました。

そのままだと腹が減るか眠くなるかするまではいつまでもクルニが水と戯れそうな勢いだったので、着替えさせて道場の方まで戻ってきたところである。

「おう、おかえりさん」

俺たちを出迎えたのはおやじ殿。相変わらずのっそりとした動きである。

おやじ殿は道場の看板を俺に譲って隠居し始めてから、随分と丸くなった。まあ今までが鋭すぎたんだという見方も出来るが、それでも現役を張っていた頃の彼を知っていると結構な変化だ。多分、昔を知っている人たちが今のおやじ殿を見たらびっくりするだろう。

それでも最低限の運動はしている様子だし、本当に時々だけど道場での練習を覗きにきたりもしていた。今では大体二言目には、腹が減ったか腰が痛いか孫はまだかと言っているぐうたら爺だけどな。

「いやー! さっぱりしたっす!」

道場に帰ってきたクルニは実に御機嫌だ。それほど水浴びが気持ちよかったと見える。

こっちは彼女がルンルンになっている間ずっと目のやり場に困っていたんだけども。

クルニも既に少女と呼ぶには難しい年齢になっている。既に騎士として身を立てているし、立派な大人の女性として扱うべきだろう。

しかしながらその割に彼女は何と言うか、嗜みというか、そういうものが些か足りていないようにも思える。可愛らしさを存分に残しながらも、彼女は一人の女性として見た時には十分に魅力的だ。それを本人がいまいち自覚していないので、男性としては非常に困る。

ヘンブリッツ君もそこら辺は苦慮しているようで、騎士団の中でもクルニの恥じらいの無さはちょっと問題視しているんだとか。何とか気付いてほしいとは思うものの、それを俺から言うのも何か違う気がしている。難しいね。

「ん……おかえ、り?」

「うん、ただいま」

そして朝食を食べていた時には居なかったもう一人。ミュイも俺たちが散歩している間に起きていた。

どうやら未だ自分の立ち位置を心の中で上手く定めることが出来ていない様子で、その声は戸惑いの色が強く出たものであった。多分、人の家で俺を出迎えることに混乱しているんだと思う。可愛いやつめ。

「ご飯は食べたかい?」

「……食べた」

朝食はちゃんと食べたらしい。しかしそれにしては彼女の反応がいまいち鈍く、まだ身体が起き切ってないように見える。恐らく旅の疲れが完全には抜けきっていないのだろう。

元々彼女は体力がある方ではない。それに身体も出来上がっていないから、慣れるにはもう少し時間がかかりそうだ。

「別にもうちょっと寝ててもいいんだよ」

「いや……だいじょぶ」

「そっか。無理はしないようにね」

この帰省にはミュイのリフレッシュも兼ねる狙いがあるから、彼女が疲弊してしまうのはあまりよろしくない。自堕落な生活を送られても困るが、学院は休みなんだししっかりと羽を伸ばしてほしいところである。

「おやじ、ランドリドは?」

「おう、今頃道場の方に居るんじゃねえか」

そう言えばそろそろ道場の方が開く時間か。そのための準備運動をしているといったところかな。

俺もおやじ殿もそうだったが、教える側というのはバチバチに打ち合いでもしない限り、門下生よりは遥かに運動量が少なくなる。

完全に隠居を決めたならそれでもいいんだけど、師範の仕事をこなしながら身体の出来を保つには、とてもじゃないが足りない。教えることだけを重視していると、身体は鈍っていくばかりだ。

ランドリドも冒険者を引退したとはいえ、このまま衰えていくには少しばかり年齢が若過ぎる。

それを本人も分かっているから、道場で剣を教える傍らに自分もしっかり動こうとしているのだろう。その志自体は非常に良いものだと思う。

騎士団での稽古は田舎の剣術道場なんかとは比べ物にならないくらい激しいから、その点では俺も助かっている。時々激しすぎて俺の体力が持たないこともあるんだけどさ。

レベリオの騎士は誰も彼も基本的にスタミナお化けだ。そんな彼らに交じって鍛錬するのは時に厳しく感じることもあるが、今回のようなケースでは一転して頼もしい味方になる。いくら剣技に優れているとしても、山を攻めるとなれば土台の体力がしっかりしていないと話にならない。

「それじゃあ、道場の方を見に行ってみようか」

「いいですね、気になっていたところでもありますので」

「懐かしいっすねー!」

大分日が高くなってきたので、ぼちぼち真面目な門下生辺りは道場にやってきている頃合いだろう。

後ろの二人に声を掛けてみれば、二人とも楽しみにしてくれていたようだ。それだけでもこっちとしてはかなり嬉しいことである。

正直片田舎の剣術道場ってこともあって、稽古の正確な時間を取り決めているわけでもない。やってくる弟子たちのタイミングは結構ばらばらだ。

まあそれでも、あまり遅い時間帯にはならない。おやじ殿の時も俺の時も、稽古の時間は概ね午前中と定めていたからな。ランドリドがその辺りを大きく弄ってない限りは変わっていないはずである。

ちなみにうちの道場は、住まいとはまた別の棟にある。果たして道場が先に出来たのか、それとも住む家が先に出来たのか、それは分からないままだ。それなりの歴史はあるんだろうけど、そんな細かい記録はいちいち残っちゃいない。

勝手な俺の予想だと、まず剣を志したうちの御先祖さんが練習場みたいなところを作り、そこに教えを乞う人間が勝手に集まってきて、じゃあ環境を整えようということで道場と家が出来たのかな、なんて思っている。

俺は勿論おやじ殿にもサッパリ分からんらしいから、考えても仕方がないことでもあるんだけどね。

「おっ」

家から道場へと移動していると、微かに音が聞こえてきた。声と、何かがぶつかる硬質な音だ。つまり、今日の稽古が開始されているということだな。

自分が看板を背負っている道場のはずなのに、その扉に手をかけた時は少し緊張した。それくらいには、俺はこの道場を離れていたことになる。

流石に門下生たちに忘れられているということはないと願いたいが、俺が離れている間に新しい子が沢山増えていたらどうしよう。ランドリドは優秀な冒険者だったから、その噂で入門する者が増えている可能性は大いにある。

「先生! 大丈夫っすよ、きっと」

「……うん、そうだね」

しばし道場の扉の前で逡巡していると、クルニが明るく声を掛けてくれる。

彼女はこういう風に、人を元気づけるのが実に上手い。本人が意識しているかは分からないが、彼女の底抜けの明るさに救われた場面も過去にはある。それは多分、レベリオ騎士団に入ってからもそうだろう。

何となく、剣の腕はまだまだ発展途上ながら彼女がレベリオ騎士団に入ることが出来たのは、そういう部分も見られていたのかなと感じる。もしそうであれば、クルニを見定めた騎士団上層部の目は本物だということだ。俺も鼻が高いね。

「よし、行こうか。皆、やってるね」

意を決して、というほど大仰なものじゃないが、それでも気持ちの落ち着きを待って道場の扉を開く。

ガラリと音を立てて開かれた向こう、騎士団庁舎の修練場に比べたらあまりにも狭い空間に、幾人かの門下生たちと彼らに手解きをしているランドリドの姿が目に入った。

「ベリル先生だー!」

「はは、皆久しぶり」

木剣を持っていた門下生たちがわっと集まってくる。嬉しいことではあるのだが、ランドリドの稽古を中断させてしまったようで少し申し訳ない。

見た感じ、門下生の数自体はそこまで変化しているわけではなさそうだった。というか、ほぼ全員が見覚えのある顔であった。

教え子はやっぱり、比較的若い子が多い。

理由は割と単純で、大人になってから改めて剣術を学ぼうと考える人が少ないからである。普通そんな年になればその人なりの生活手段が確立されているはずで、わざわざそれを崩してまで一から剣を学ぼうという物好きはかなり希少だ。例外はそれこそバルデルとかそこら辺になる。

「後ろの人は見学ー?」

「んー、まあそんなところだね」

気軽に投げられた質問に答える。

まあ当然と言えば当然だが、こんな田舎村でレベリオの騎士の顔と名前を知っている子なんて居ない。

クルニもこの道場を離れてそれなりの期間が経過しているから、門下生の顔見知りも居ないだろう。

「初めまして。レベリオ騎士団副団長、ヘンブリッツ・ドラウトです」

「レベリオ騎士、クルニ・クルーシエルっす! 先生の元弟子っす!」

「騎士団!? すっげー!」

二人の自己紹介に、場がざわつく。

一つは、たとえ顔と名前は知られずとも、その騎士団の名は王国全土に轟いているから。そしてもう一つは、クルニがうちの道場出身であることから。

やっぱりレベリオ騎士団のネームバリューって凄いな。肩書の持つ力というものを改めて感じるよ。

「指導はランドリドに任せるよ。俺は二人と見てるから」

「はい! しかし先生に見られているとなると、少々緊張しますね」

俺が一時的とは言え戻ってきたことで、門下生たちは喜んでくれてはいる。それはありがたいことだ。

だが、俺はサーベルボアの件が片付いたらまたバルトレーンに戻らなきゃいけない。あっちはあっちで特別指南役という立派なお務めがあるからだ。

なので今後しばらくは、ランドリドに指導の継続をお願いすることになる。ここで下手に首を突っ込むのはあまりよくないだろう。

「先生も騎士の人も見てくれているからね、皆頑張ろうか」

「はーい!」

ランドリドの声掛けで、門下生たちの意向がまとまる。どうやら俺たちに良い姿を見せようとしてくれているらしい。指導者の端くれとして、こんなに嬉しいことはないね。

「ふん! 先生はともかくとして、騎士団なんて大したことないでしょ!」

そんな良い感じの空気で稽古が進むかと思われた矢先、一人の声が道場を包んだ。