軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第138話 片田舎のおっさん、頭を下げられる

「おはよう、皆」

「おはようございます!」

ミュイと話をして、実家に戻ることに了承を得られた翌日。

結局のところ、俺がやることは普段とそう変わりないわけで、いつも通り騎士団の修練場の方へと足を運んでいた。

朝日が地平線から顔を覗かせてしばらくの時間帯。この修練場、どんな時間に行こうとも全く人が居ない、ということはほとんどない。つまりはいつ何時お邪魔しても、大抵誰かしらは居るということになる。

それほどに彼らの武に対する心掛けというか、意識が高いということだ。それ自体は非常に喜ばしいことではあるものの、この気温が続くと切り上げ時をミスると大変なことになるので、指南役としても気が抜けないところである。

とは言っても俺が四六時中居るわけでもないし、俺が居ない時もこの修練場は開いているわけだから、冷静に考えると一日の中で俺が居ない時間の方が遥かに多い。

それでもやはり、自分が見ているからにはそういう人を出したくないという、指導者としての意地というか願いみたいなものはある。まあ、ここに居るのは全員が心身ともに優れた騎士なので、そんなやらかしはそうそうないだろうという前提もあるが。

「ベリルさん! 一手よろしいでしょうか!」

「よし、やろうか」

で、大体こんな朝から修練場に居る騎士は殊更、意識の高い者が多い。武に対する意識が強いどころか、武に飢えている。

声を掛けてきた騎士、エヴァンス君もそういううちの一人だ。彼はクルニと大体同年代くらいの若い騎士だが、活気に溢れている良い人物である。あくまで俺視点での評価だから、騎士としてどうかは正直知らんけども。

「いきます!」

互いに距離を取って一礼。その後間髪入れず、エヴァンスが突っ込んでくる。

うん、良いスピードだ。アリューシアやスレナと比べるには流石に比較対象が悪いが、それでも俺の知る一般的な剣士と比べたら十二分に速い。

「ほっ」

「……ぬんっ!」

打ち出された木剣を、剣先を使って絡めとる。

俺は目だけは結構いいからね。並のスピードなら対応出来る自信がある。そして態勢を崩したかに見えたエヴァンスだが、なんと筋力だけで持ちこたえていた。

単純な筋力だけで言えばヘンブリッツ君などの方が遥かに上だが、流石はレベリオの騎士といったところか。素晴らしきは彼の身体の柔軟性。

こういう感じにそれぞれの技量に多少差があれど、レベリオの騎士は誰も彼もが素晴らしい素質を持っている。クルニのパワーもその一つだ。アリューシアは二つ三つ四つくらい才能がありそうだけどさ。

「せいやっ!」

「っとぉ」

身体の捻りをもとに戻す反動でそのまま斬りつけてくるエヴァンス。

だが、そういう無茶をした動きというのは見ている分には分かりやすい。不意を突くにはいいかもしれないが、稽古とは言えこれはれっきとした手合わせ。相手が誰であろうと、立ち合いで油断出来るほど俺は己惚れてはいないのだ。

「ふっ!」

「うわ……っとっとっとぉぃ!」

エヴァンスの隙の多い攻撃をいなしたことで、攻守が入れ替わる。

俺が攻める手番になったわけだが、さっきも言ったようにこれは稽古。全力で相手を叩き斬ることが目的ではないので、そこそこの力を入れつつ手数を重視して攻め立てていく。

驚くことにこのエヴァンス君。俺の攻撃に対して反射神経だけで無理やり凌いでいる。

恐るべき目と反応の良さだ。そして身体の筋力も十分。これはこのまま鍛え上げれば中々の豪傑に仕上がるのではないかという、確かな予感が脳裏を過る。

「ほい、一本」

「っだぁー! やられました!」

最後、彼の右腕が浮いた瞬間に死角となる左側から切り上げを入れて一本。相手の目が良いのなら、見えてないところから攻めればいいのである。言うのは簡単だが、俺だってこの技術を手に入れるまで努力はしてきたんだ、ここは負けていられない。

「エヴァンス君、やっぱり目と反応はかなりいいね」

「ありがとうございます! それでもベリルさんやアリューシア騎士団長には遠いと思いますけど……」

「俺はともかくアリューシアはね……頑張ろうか」

「はい!」

彼はかなり素材が良い。

俺も自分の目は良い方だと思っているけど、ここって技術というより生まれた時に持ち得た能力という方が近いんだよな。才能と言い換えてもいい。

そして、目の良さを鍛えるのは正直かなり難しい。そもそも俺も、これはどうやって鍛えたらいいのかイマイチよく分かっていない。

単純な視力ではなく、物を捉える意味での目が良いと気付いたのは剣を学び始めてからだが、それでも目が良いだけで勝てるほど世界は甘くない。事実俺は、俺より目が良くないはずであろうおやじ殿にボコボコにされ続けてきた。

「ただ、ちょっと目に頼り過ぎだね。相手の剣や重心の動きから予測を立てていくともっと楽になるよ。そこはじっくり覚えていこう」

「分かりました!」

そして、生まれ持った能力が如何に優れていたとしても、その能力を活かすための技術を培っていかないと意味がない。そういう意味ではエヴァンスはまだ発展途上とも言えるし、輝く原石とも言える。

道場で剣を教えていた時から稀にではあるが、飛び抜けた才覚を持ついわゆる天才、あるいはそれに近い教え子というのは何人か居た。例で言うとアリューシアとかフィッセルとか。

その意味ではスレナも天才だったのだろうが、彼女は俺が本格的に剣を教える前に養子としてビデン村を後にしている。つまりその後は独学か、別の師の下で成長したということ。それはそれで凄まじい。

レベリオ騎士団は、言ってしまえば天才かそれに近い人材の集団だ。田舎村の剣術道場と国一番の騎士団を比べる方がおかしいのだが、教える側にとっても非常に学びの多い場所である。

才能を見逃さずに見極め、更に成長を促していくのが特別指南役たる俺の役目になるわけだ。ぶっちゃけ重圧が半端ないことになっているが、その分やりがいも大きい。全員打てば何かしら響く才能の持ち主なわけだから、教える側としても実に楽しませてもらっている。

ただ、俺は彼らと違ってもう若くない。全力で剣を振れる期限は刻々と迫ってきている。あのおやじ殿ですら、寄る年波に勝てず剣を置いた。

一体いつまで、こうして若く逞しい彼らと剣を交えることが出来るのか。六十歳くらいまでは振り続けたいなあ、なんてなんとなく思っているけれども、それが叶うかはまだ分からない。

「……ベリルさん?」

「……ああ、ごめんごめん。ちょっと考え事をしていた」

エヴァンスからの声を受けて意識を戻す。

いかんな、少なくとも今考えることではない。結局のところ、なるようにしかならんのだ。

であれば、その時を迎えられるように今出来ることをやっていくだけである。健康に気を付けて、大きな怪我や病気をしないように。つまりは、いつも通りだな。

「そう言えば、体幹の訓練は続けているみたいだね。いいことだ」

「はい。ベリルさんに言われてから改めて意識しています。最初は全身余すことなく痛かったですけど……」

「ははは」

あまり引きずる話題でもないので、やや意識的に話題を逸らす。

体幹というものは剣に限らず、身体を動かすこと全般において非常に大切である。しかしながら、常日頃から意識をしていないと案外鍛えづらい。

「ベリルさんのあの、剣先をくるって巻き込むやつ。あれで倒されにくくなったので、鍛えた甲斐はあるんだなと」

「ああ、木葉崩しね。……多分、エヴァンス君の目の良さなら出来ると思うよ」

「本当ですか!」

「まあ、それなりには難しいけど」

「ですよね……」

木葉崩し。

うちの道場で教えている剣技の一つで、一言で言えば相手の剣を巻き込んで重心を崩す技だ。俺も結構好んで使っている。相手を打倒せずに有利を取れるのがめちゃくちゃ便利なのである。

言っていることは簡単だが、その実結構難しい。相手の剣筋を見極める技術が前提にあり、加えて相手の姿勢や重心の移動を見定める力も必要だ。

ちなみに発揮される力に程度の差はあれど、うちの剣術を全て修めた弟子……つまり、アリューシアやフィッセルは俺と同じくこれが出来る。

逆に、スレナやクルニには教えられていない。スレナはもしかしたらやろうと思えば出来るかもしれないが、彼女の戦い方とはあまり合わないだろう。彼女に関して言えば、結果としてうちの剣術に染まらなくてよかったんじゃないかとも思っている。

スレナの剣技は唯一無二のものだし、うちの道場でずっと学んでいたらどう間違ってもああはならない。事実、アリューシアとスレナで言えば二人とも最上位の剣士だが、その剣筋はまるで異なる。

「どちらにせよ、君の目と反応の良さは立派な武器だ。体幹は鍛えながら、もっと乱取りを増やしてもいいかな。反射だけで動くんじゃなくて、そこに予測も交ぜていこう。いずれ精度は上がってくると思うよ」

「なるほど……分かりました!」

木葉崩しを教えるかどうかは一旦置いておくとして、彼らはレベリオの騎士になれるくらいだから、単純に剣を振る技術はある。

そこに各々が積み重ねてきた教えだったり流派だったり癖だったりが交わって、彼らの剣は結構個性的だ。別の言い方をすれば、統一性というものがあまりない。

俺も極力、騎士たちの個性を消してしまわないような指導を心掛けてはいるが、やっぱり多少なりとも俺の好みのようなものが入ってしまうので、完全に消すのは難しい。

そう考えると、果たして俺の道場でやっていた技術をまるっと持ってくるのは果たして正解なのか、という別の問題も見えてくる。

道場の頃はそれでよかった。うちの剣術を学びたくて門戸を叩く人ばかりだから。

しかしここは違う。それぞれの剣に見合った技術と練習法があるはず。なので、一律的にこっちの技術を押し付けるというのもなんだか違うなあという気がしているのである。

以前そのことはアリューシアにも相談したが、好きにして頂いて大丈夫です、みたいな答えしか返ってこなかった。そりゃ彼女はうちの門下生だったわけだから、俺の教える技術が合っているのが前提である。

そこら辺、俺なりに考えながらやっているつもりだけど、まあ中々難しい。俺の技術がスタイルに合わないって人は絶対に居るからね。

「おはようございます」

「おはようございまーっす!」

エヴァンスとの手合わせを終えて感想戦も一区切りついたところ。

ちらほらと騎士たちが増えていく中で、副団長であるヘンブリッツ君とクルニが新たに顔を覗かせていた。

「やあ、おはよう二人とも」

この二人も例に漏れず武に対して熱い志を持っているが、二人がセットで現れるというのは少し珍しい気がするな。多分、たまたま正門前で出会わせたとかそんな感じだろうけど。

「クルニ、後で模擬戦やろうぜ。三本先取で」

「お、いいっすよー! もう負けてやらないっすからね!」

俺との手合わせで心身ともに温まったのか、エヴァンスがクルニに模擬戦を申し出ていた。

彼はクルニと大体同年代で、レベリオの騎士となった時期も同じらしい。つまり同期ということで、結構仲が良いのである。

模擬戦の成績としては、最初期にクルニが勝ち星を伸ばし、そこからエヴァンスが盛り返して勝敗がひっくり返り、クルニが得物をツヴァイヘンダーに変えてからは彼女が再び追いついているといった感じらしい。

正しく切磋琢磨しているという言葉がしっくりくる関係だ。やはり力の近しい者同士の鬩ぎ合いは、その実力を大きく昇華させる。

「ベリル殿、少しお時間よろしいでしょうか」

「ん、いいよ。何かあった?」

若手二人を見ながらそんなことを考えていたら、ヘンブリッツ君から改まって声をかけられた。

なんだろう。騎士団の運営だとかそういう問題なら俺に声はかからないだろうし。指導に関する注文とか、そういう感じのあれだろうか。

「こちらで少し」

「ああ、分かった」

どうやら皆が居る前では少し話しづらいようで、修練場の外へと二人で移動する。

うーん。少し考えてみるけれど、何の用件かは全く見当が付かない。

まだ早朝に近い時間帯ということで、修練場の外はそこまで蒸し暑いというわけでもない。夏の朝に相応しい爽やかな風が、優しく頬を撫ぜる。

さてさて、ヘンブリッツ君の用件は如何に。何らかの相談かな、とは思うけど、それが果たして俺の手に負えるものなのかどうか。

「単刀直入に申し上げます。ビデン村への帰省。私も共に向かわせてください」

「えっ」

なんで?