軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第126話 片田舎のおっさん、教えを説く

「どうして……楽しかったから……?」

「勿論それは前提としてあるだろうね」

剣を学び始めた理由。それは勿論人それぞれだ。親や近しい誰かに言われてなんとなく始めた人も居れば、強くなりたい一心で学び始めた人も居る。気を紛らわせるための手段の一つだったという者も居るだろう。

うちの道場出身者で言えば、最初はなんとなくのスタートだったのがアリューシアだった。逆に自分から率先して学んでいたのはクルニやフィッセルが当てはまる。

だが始まりの切っ掛けが何だったとしても、結局は学ぶ本人が楽しいと感じていなければ長くは続かない。

更に難しいことに、自分が楽しかったからと言って相手も楽しいとは限らないのである。

「じゃあ、どうして楽しいと感じたのかな」

「ん……」

その感じ方、感性は人それぞれだ。

性格も個性も千差万別な以上、画一的にこうだからこうです、なんて答えは導きにくい。

特にフィッセルやクルニは、ただ剣を振っていること自体を結構楽しいと感じてしまうタイプである。これを万人に求めるのはやや酷と言うものだろう。

何故楽しいと感じたかという問いかけに対し、フィッセルは少しの間黙り込んだ。自分が剣を好んでいるのは間違いないが、それを理屈として説明する方法にちょっと悩んでいる、といったところか。

「んん……褒めてもらえるから……?」

「うん、それも悪くないね」

結局出てきた答えは、人に認めてもらえるからというありきたりなものであった。けれど、俺はそれでも十分だと思う。裏を返せばそれは、剣を上手に振れば褒めてくれる人……つまり、自分を認めてくれる人が身近に居たということだから。

「こう言っちゃなんだけどよ、そういう理由でいいもんなのか?」

「全然構わないよ。行き過ぎはどうかと思うけど、それも立派な志の一つさ」

「そういうもんか……」

フィッセルの答えに肯定を返した俺を見て、ネイジアが意外そうに呟く。

正直、どんな理由であっても行き過ぎが良くないだけで、剣に限らず何かを学ぶ理由や姿勢って俗なもので全然いいと思う。

強くなりたいという理由が仮に立派なものだったとしても、それが行き過ぎてしまえばやっぱり心身ともによろしくないのだ。何事にも適切な量というものがある。それは練習の量も想いの量も同じだ。

「先生はよく褒めてくれたから」

「ははは、褒めて伸ばすが俺の信条だからね」

「褒められると嬉しいですからね! はっはっはっは!」

勿論よくないことをしでかしたら叱ったりするが、俺は基本的に褒めて伸ばす。

客観的に見ておやじ殿の教育は厳しいものではあったと思うが、それでも俺が今日まで剣を握り続けていられたのは、おやじ殿も適度に褒めてくれたからである。

やはり、認められるというのは嬉しいものだ。それは師であっても先輩であっても友人であってもそうである。

「……あ」

「……気付いたかな?」

褒められていた過去を思い出していたのか、頬が緩くなっていたフィッセルの顔が再度引き締まる。

これは、思い当たったかな。剣魔法科の受講者が少ない理由の一つに。

「……私、褒めてなかった」

そうなのだ。

言い方は悪いが、彼女は自分を認めてほしがる癖がある割に、他人を褒めることが少ない。しかしそれはフィッセルの性格が悪いというわけではなく、単純に彼女の力量が高いところに位置しているからだ。

フィッセルは、天才である。

剣術の才能も備えつつ、魔法への適性も高い。そしてそれを活かす思考力や判断力も十分に備わっている。ただ能力に溺れるような愚は犯さない。

だが逆に、彼女は自分が出来ることを他人にも求めがちだ。これは一面だけを見れば必要以上に鼻っ柱が高くない性格として利点にも映るが、こと教える側に立つとなれば弊害にもなり得る。

だから素振り千回とかをなんの躊躇いもなく指示出来てしまう。

自分が出来るから。自分がやってきたから。いや俺の道場ではやらせてなかったけどね。彼女なら自主練の一環でそれくらいやりそうなのである。

「褒められて嬉しいのは分かる。じゃあ同じ分、フィッセルも生徒たちを褒めてあげないとね」

「……うん」

今剣魔法科に残っている五人は、いわば物好きだ。フィッセルという教師に褒められなくとも、その指示が愚直と言えるものであっても、ただ好きだから剣を振る。剣を振れる。

だからこういうぶっちゃけ話もある程度出来ているわけだ。普通の生徒を巻き込んでこんな話は普通やりづらい。

勿論、全員が全員そうなれるわけじゃない。そんな苦行とも言える行為、途中で離脱する人の方が圧倒的に多いだろう。

俺は剣を教えている身だが、やっぱり新しいことを知ってもらうからには、それを楽しんでほしいのである。当然ながら俺も完璧に出来るわけじゃないから、それでもうちの道場を志半ばで去ってしまう者も一定数居たわけだが。

「よし。頑張って褒めることにする。シンディはえらい」

「これはまた雑にいったねぇ」

「それほどでも! はっはっは!」

「いいんだそれで……」

シンディはなんかある意味では別格な気がするな。朝起きたことを褒めても喜びそうな気がするわ。

「うぅん……じゃあ、褒めれば人気が出る……?」

「んー、どうだろう。それだけだと難しい気はするね」

フィッセルがまた頭を悩ませ始める。

こういうところを見るに、彼女はその真意がやや伝わりにくいだけで、ちゃんと剣魔法科のことを考えているんだなとは思う。

そこには俺の道場で習った剣を教えたいという気持ちもあるだろうし、ルーシーから習った剣魔法を広めたいという気持ちもあるだろう。

どちらを取っても、これからも大事にしてもらいたい気持ちだ。教える側の熱がなければ、その教えは絶対に伝播しない。

まあ実際、授業の合間合間に生徒を褒めるくらいはどの教師もやっていそうだしな。それだけで剣魔法科の受講人数を増やすのは少し難しい気はする。

「例えばだけどさ。皆はただ素振りしていてそれを褒めそやされるだけで、これからも続けようって思うかい?」

フィッセルがちょっと煮詰まっている様子なので、周囲の生徒たちに話を振ってみる。なんだか誕生日会って空気じゃなくなってしまったけれど、まあ話の流れでそうなったから仕方ない。

「私は嬉しいですね!」

うん、シンディはそうかもしれないね。でも今の話題に限って言えば、彼女の意見はちょっと当てにならない気がしてきた。

「最初は嬉しいと思います。けど……ずっと同じ内容だと、そのうち慣れて来るかも……」

「そうだな。俺たちは犬じゃねえし」

ここでルーマイトとネイジアが声を上げた。

そう。人はずっと同じことをしているといずれ慣れる。それは練習もそうだし、褒められるという行為そのものをとっても同様だ。

「でも、ベリルさんの教えを聞く限りですと、基礎も大変重要だと思いますわよ」

「そうだね、それは間違いない。きっと魔法もそうだと思うよ」

フレドーラの意見に同意する。

しかして、剣術も魔法もそうだが、基礎というのは大事だ。一朝一夕で身に付くような簡単なものではない。そこまで単純なものであれば、そもそも学術として体系化されていない。必然として、繰り返しの鍛錬というものが必要となる。

なので、教える側としてはその塩梅が非常に重要だと個人的には思っている。

目新しいことばっかりやってれば注目は浴びるだろうが、肝心の技術はなかなか向上しない。かと言って、ひたすらに基礎練習ばかりやっていても人間は必ず飽きが来る。それが素振りのような単純作業であればなおさらだ。

「……バランスが大事ってことじゃないの」

「その通り。ミュイはえらいな」

「……やめろ」

ミュイが結構答えに近付いていた。で、いつもの癖で褒めてみたらぶすっとされてしまった。

「……しっかり基礎を教えつつ、時々違うことをやって見せたりして興味を引いて、褒める……?」

「うん、考え方としてはよくなってきたんじゃないかな」

まだフィッセルの考え方もまとまり切ってはいないっぽいが、大体正解に近いように思う。まあこれも、俺なりに考えだした教え方の一つであって、絶対的にそれが正しいという保証もないんだけど。

「……そっか。先生に教えてもらった時も、色々教えてくれた。褒めてくれた。楽しかった」

「ありがとう。その気持ちを、今度はフィッセルが教えていく番だよ」

どうやらこの問答で、彼女は彼女なりの答えを導き出せたらしい。

ここら辺は、ただ教わるだけではなかなか身に付かない考え方だ。強者が必ずしもよき指導者にはならないのと同じで、技術を身に付ける才能と、技術を教え導く才能はまた別のものである。

俺は自分で剣を振るのも勿論好きだが、それ以上に誰かに剣を教えるのがやっぱり好きなのかもしれないなあ。

「うん。厳しく楽しく。頑張る」

「厳しくの方はほどほどにね……?」

フィッセルは結構やりだしたら歯止めが利かないことも多いからな。その辺りの力加減は今後慣れてもらうしかないだろう。

「もう素振り千回とかはやめてくれよ」

「必要と感じたらやる」

「うげ……」

「ははは」

いやまあ、素振りは素振りで大事だけどね。でもそれだけをいつまでも繰り返し続けられるほど、人間は強くないのである。

「ちょっとしんみりしちゃったかな。ごめんね折角の誕生日会に」

「いえいえ! よきお話を聞けましたので!」

フィッセルの成長のために必要な話だったとはいえ、こういうお祝いの席でやるにはちょっと場違いだったかもしれない。

謝罪をしてみれば、本日の主役は何も気にしていない様子であった。この性格は彼女の立派な利点だな。今後もこのまま健やかに成長してほしいものだ。そしてついでに、ミュイとも仲良くしてあげてほしい。

「さて、話は終わり。まだ料理もあるし、どんどん食べていこう」

「はい!」

折角の料理を冷えたまま放置するのも勿体ない。今ここに居るのは食べ盛り育ち盛りの学生たちだ。

生憎と酒は彼らにはまだ早いが、しっかり飲んで食べて己の糧にして頂きたいところである。

「――――――ッ!」

「……ん?」

なんとかいい感じに話も纏まって、取り留めのない雑談に花を咲かせ。

料理もほとんど食べ切り、そろそろお開きかなといった頃合い。

授業もなく、日も落ちた後で閑散としているはずの学舎の方から、あまりこの場に似つかわしくない叫び声が聞こえた。