軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

94・子爵領への帰還

翌朝、侯爵領の離宮から旅立つ我々を、ロレンス様やマリーシアさんがわざわざお見送りしてくれた。

なんとペズン伯爵まで一緒である。

ライゼー様への誤解は完全に解けたようで、がっちりと握手をかわし、「この命にかえても、ロレンス様をしかとお守りいたします」と、固い決意表明までされていた。

武力こそもちあわせていないが、彼の覚悟はホンモノである。一応の任期は数ヶ月のはずだが、それが終わっても本人の希望で居座りそうだな……?

そして領都から遠ざかり、人の気配がなくなった森の中で――

俺は、ライゼー様の袖口をくいくいと引っ張った。

「ライゼー様、このあたりでいかがでしょう?」

「……すまん。頼む」

高速移動の件である。

つい昨夜、「 僭越(せんえつ) ながら……」と、ご提案すると、ライゼー様は即座に頭を下げて「助かる!」と仰られた。

理由は三つ。

一つ。クラッツ侯爵領からリーデルハイン子爵領までのルートは、少々険しく、土地鑑もあまりないため、決して通りたい道ではない。

二つ。王都での環境が合わなかったのか、お馬さん達の中に、少し調子の悪い子達がいる……

三つ。当初の予定より帰邸が遅れてしまったため、たぶん仕事が溜まっている! 執事のノルドさんにも負担をかけているはず。

という流れで、楽に素早く帰れるならその方がありがたい! というのがライゼー様の本音であった。

お馬さん達の体調については、『獣の王』たる俺も少し気にしていたのだ。

ただ彼らも子爵家に仕えるプライド高めなお馬さん達であり、弱音を吐く気配もなく、また現時点でそこまで深刻に具合が悪いわけでもなく、ちょっと対応に迷う感じではあった。負担をかけず、安全に移動できるなら、そのほうが良い。

お馬さん達にも、『獣の王』の効果でこちらの意図を正確に伝えた上で従ってもらえるので、異空間へ連れ込むのも楽である。

「少々手狭ですが、しばらくこちらでお待ち下さい!」

クラリス様やリルフィ様達、VIPは猫カフェにて待機。

他、二十数名の騎士さん達とお馬さん達+馬車を、キャットシェルターに追加で製作した何もない大部屋へ放り込み、俺は身一つとなった。

傍目には森の中で一部隊が消失したように見えるだろうが、目撃者はいない。

そして俺はウィンドキャットさんを呼び出し、大空へフライハイ!

約十分後。

「着きましたー」

シェルターの扉を開け、内部に声をかけると、ライゼー様とヨルダ様が引きつった顔で出てきた。

「……馬車で一週間以上の道程が……たった十分か……」

「……いっそ毎年、世話になりたいな……」

懐かしのリーデルハイン邸を前に、お二人は唖然。

騎士さん達とお馬さん達も、別の大扉から順次、外へ出てくる。

「……マジか」

「……うそだろ」

「……猫すげぇ……」

どやー。(※ウィンドキャットさん)

猫魔法で出した猫さん達は、割と表情豊かである……やはり俺の分身だけあって、普通の猫には見えな……げふんげふん。

ぞろぞろとお屋敷に戻ると、執事のノルドさんが慌てて出てきた。

「ライゼー様、おかえりなさいませ。ついさっき、王都からの手紙が届きまして、こちらへの帰還は十日以上遅れると書かれていましたが……」

「あー……すまん。その予定だったんだが、馬が調子を崩していたから、ルークに送ってもらったんだ。領内で、何か問題は起きていないか?」

「ルーク様に……? あ、領内につきましては、陳情など細かなことはいろいろとありましたので、報告書にまとめてあります。しかし、喫緊の問題は起きておりませんので、ご安心ください」

俺もぽてぽてと、二足歩行で執事さんの足元に近寄る。

「ノルドさん、ただいまですー!」

「おお、ルーク様! おかえりなさいませ」

そのまま抱えあげていただき、にゃーんと媚びを売る。

そしてメイドさん達や料理人のご夫妻、庭師さん……続々と人が集まり、主のご帰還を出迎えた。

ライゼー様やヨルダ様、騎士の皆様も、久々の帰宅に安堵されていた。

やはり自宅は良い。「帰ってきた時の安堵感」もまた、旅の魅力の一つである。

そんな喧騒の中、俺に駆け寄ってきたのは――

「ルーク様! おかえりなさいませ!」

まだ新しめの野良着に身を包んだ、割とガタイの良い笑顔のお兄ちゃん。

………………あれ?

「えっ? シャムラーグさん? なんだか雰囲気、変わりました?」

リオレット陛下への暗殺未遂で捕まえた、有翼人のシャムラーグさん。

妹さんご夫婦ともども、リーデルハイン領で保護をお願いしていたのだが……先日、こちらへお送りした時に比べて、ずいぶん血色が良い。表情が明るい。やさぐれたところが消えている。まるで野良猫から家猫になったよーな目覚ましい変化……一瞬、「他人の空似かな?」と思ったくらいである。

シャムラーグさんは俺の前で片膝をつき、深々と頭を下げた。

「ルーク様、改めまして、先日はありがとうございました。妹夫婦ともども、こちらのリーデルハイン家の方々に助けていただき、こうして日々を過ごせております」

ルークさんは周囲を見回す。

庭師のダラッカ老人が、苦笑いで親指を立てていた。ダラッカさんには、シャムラーグさんを弟子にとっていただき、畑仕事全般のお手伝いを任せていた。

どうやら師弟関係は良好らしい。俺も嬉しくなって、シャムラーグさんのお膝に肉球をのせた。

「それはなによりです! 妹さん達もお元気ですか?」

「はい! キルシュは街のほうで、医者の真似事をはじめまして、のんびりやっています。妹のエルシウルも、おかげさまで順調でして、そのうち生まれそうです」

無実の罪で、人質として収容所送りになっていたお二人――リーデルハイン領での新生活には不安もあったであろうが、領内の皆様があたたかく迎えてくれたっぽい。

なんだかんだでしばらく立ち話をしてしまったが、ライゼー様達もお疲れであろうということでいったん解散し、旅装を解く流れになった。

クラリス様はサーシャさんに連れられて本邸へ。ピタちゃんもメイドさん達から「かわいー!」とちやほやされつつ運ばれていった。嫉妬なんかしてない。

一方、リルフィ様と俺は離れのほうへ。

「やっぱり自分の家がいちばん落ち着きますよね!」

「ふふ……はい、そうですね……」

リルフィ様、嬉しそう。

なんか一年くらい王都に行っていたような気もするが、実のところはせいぜい一ヶ月である。

缶詰の加工機械を作れる魔道具職人さんを捜しに行ったはずが、王位継承問題に巻き込まれ、リオレット様の暗殺を防ぎ、魔族のアーデリア様と一戦まじえ、ついでにシャムラーグさん達を助けてレッドワンド将国にまで行った。

そして缶詰製作はコスト面から断念したが、ペーパーパウチという新たな可能性に出会い、魔道具職人さんの代わりに優秀な紙職人さんと縁を得た。

王弟ロレンス様とも将来を見越して仲良くなれたし、これはもう「百二十点の旅だった!」と満足して良いのではなかろうか。

王都の観光も楽しかった。

士官学校のクロード様にいろいろ案内してもらい、王都グルメも堪能した。

特に香魚の塩焼きは絶品であり、コピーキャットで出して、こっそり何度か食べている。やはり猫さんはお魚さんから離れられぬ……いや、ホントの猫さんは普通に肉食で、魚が好きなのは港町とかに住んでてそーいうのを食べ慣れている猫さんだけ、なんて話も聞いたことはあるが、それはそれとしてお魚くわえたドラ猫はもはや日本の伝統芸能である。

本当に、良い旅であった……

食べたものを思い返しているうちにじゅるりと涎が出てきたため、慌てて理性を取り戻す。

……おや? リルフィ様のおうちのすぐ隣に……真新しい、見慣れぬ建物があるぞ?(いけしゃあしゃあと)

ククク……シャムラーグさん達をここへ連れてきた時はまだ工事中だったのだが、遂に完成したか。

クラリス様! 念願の! お風呂!

……ルークさんはサイズの都合上、「たらい」で充分なので、実はそんなに興奮していないのだが、クラリス様やリルフィ様達が入れる「お風呂」の施工は、王都へ旅立つ前から検討されていた一大プロジェクトであった。

おおまかな仕様はリルフィ様とクラリス様が相談して決め、これを俺がチェックして問題点を洗い出し調整、細かな部分は職人さんに丸投げ――という流れだったが、そもそも「コピーキャット」の使用が前提となるお風呂なので、湯沸かし器の類は必要ない。給排水の仕組みと湯船と脱衣所があればまぁいいや、くらいなものである。

本当は露天のほうが気持ちいいのだが、わざわざ小屋を作ったのは覗き対策。

水は邸内の小川から細い支流をつくって給水し、それを別ルートから排水するという、割と原始的な仕組みを採用した。

汚れたお湯もコピーキャットできれいにできてしまうため、給排水は省こうと思えば省けたのだが……しかし、浴槽の掃除をするためには排水設備がないと不便だし、排水するとまた給水が必要になる。

コピーキャットは無から有を作り出す能力ではなく、目の前にあるモノを別のモノに変換する能力だ。変換のレベルがチートすぎて単なる奇跡にしか見えないが、一応のルールはある。

浴槽の交換とか今後のことも考えつつ、さらに俺がいない状態でも沐浴場+防火水槽のような使い方はできるように、最終的な仕様を決めた。

完成した状態を見るのは今日が初めて。

さっそく今夜は、自宅のお風呂で旅の疲れを癒やしていただこう。

リルフィ様は俺を抱えたまま寝室に入り、そのままぼふんとベッドに倒れ込んだ。

「……ふう……はふぅ……」

脱力ぅー。

これはブラック企業から帰宅したOL並の解放感であろう。

「……旅なんて、初めてで……本当に疲れました……」

「ですよね。今後数日はゆっくりおやすみください!」

気を利かせてベッドから降りようとすると、ナチュラルに抱え込まれた。いえ、私は今のうちに畑とお風呂施工のチェックをしに行きたいのですが……

「……疲れましたけど……でも……ルークさんがいてくれたおかげで、楽しかったです……」

にゃーーーーーーん。

リルフィ様は意外に魔性かもしれぬ……こんなん耳元で囁かれたらどんな猫さんでも即ゴロゴロである。

そのままリルフィ様は、消え入りそうなお声で囁き続ける。

「……御存知の通り、私は……引っ込み思案で、口下手で、気が利かなくて、だめな子ですから……ルークさんがいなかったら、きっと……一生、ここから出る機会なんて、なかったと思います……」

「そんなことはありません! リルフィ様はすてきな方です!」

断固としてこれは主張しておく!

「猫的な好みで申し上げますと、声が大きくてはっちゃけた陽キャよりも、リルフィ様のように物静かでお淑やかで思慮深くて優しくてお美しくて温かくて素直で繊細で猫好きな方のほうが断然すばらしいです! リルフィ様はご自身の美点を欠点と勘違いしておられますが、世の誰がなんと言おうと、私は今のリルフィ様が大好きです! 魑魅魍魎(ちみもうりょう) の 跋扈(ばっこ) する世間の風潮など猫には関係ありません! リルフィ様は私にとって女神様にも等しき御方! もしリルフィ様に害なす者があらば、地の果てまでも追い詰めて、我が爪の 餌食(えじき) としてくれましょう!」

悠然と前足を振りかぶり、鋭い爪をにょっきりと生やすルークさん!

……あ。昨日爪切ったばっかだからあんま鋭くないわ。

ともあれ、わざわざポーズまでキメたのには理由がある。

ペットたる者、飼い主やご家族が弱気になったり落ち込んだりした時には、しっかりと寄り添い、場合によっては虚勢を張ってでも元気づけねばならぬのだ。

これはルークさんが自らに課したペット心得三箇条の一つである。

並べると「飼い主とご家族のメンタルケアに留意」「スイーツの提供は適量で」「トマト様の下僕として恥じぬ行動を」の三点となる。

リルフィ様は驚いて眼を見開いた後――穏やかに微笑み、俺を抱え込んでベッドに転がった。

あ、移動できない流れだ、これ。

「……ルークさんは、優しいですね……」

「それはリルフィ様がお優しいからです!」

ルークさんは受けた御恩に応じて態度を変える打算的な猫さんである。あと美人に弱い。

ちょっとマジメなお話をすると――

リルフィ様のこの性格には、その生い立ちが強く影響しているものと思われる。

幼少期に疫病の流行でご家族のほとんどを失い、貴重な魔導師として隔離・保護されて育ったリルフィ様は、社会性を学ぶべき時期に友人を作る機会を得られなかった。

たとえばクロード様とサーシャさんのような……あるいは今後の話だが、クラリス様とロレンス様のような……そういう「近い年齢の友人」に慣れる機会がないまま、思春期を過ぎてしまわれたのだろう。

無力感。孤独感。それに、「このままではいけない」「でもどうしたらいいのかわからない」という焦燥感までもが加わって、過ぎる日々に埋没していく――そんな日常だったと推測できる。

子爵家の親族とか、魔導師という立場とか、そういう要素も決して無視できない。

要するにリルフィ様は、引っ込み思案で人見知りではありつつ、他人への気遣いによって雁字搦めな状況だったのだ。

そこに自由気ままな猫さんが現れ、日常を引っ掻き回し、甘いものをバラまきながらトマト様への忠誠を尽くす姿を見て――リルフィ様は、こう感じたはずである。

「トマト様って、すごい」

俺はにっこりと微笑み、リルフィ様の眼前につやつやのトマト様を差し出した。

「召し上がりますか?」

「え? あ、はい……ありがとう、ございます……?」

若干、戸惑っておられたが、リルフィ様はもぐもぐと、小さなお口でトマト様にかじりついた。

話の流れがおかしい?

いや、おかしいことなど何もない。

もしも「なにか変だな?」とか感じたとしたら、それはトマト様への信仰心が足りないせいである。

信仰心。なんと便利な言葉であろうか。世界中で悪用されるのもむべなるかな。

そして俺もトマト様を食べながら、改めてその旨みに感動する。

熟したトマト様には GABA(ギャバ) というアミノ酸が豊富に含まれており、緊張やストレスを緩和し、安眠をもたらす効果があると言われている。

旨みをもたらすアミノ酸といえばその代表格はグルタミン酸であるが、トマト様は野菜界において、これのずば抜けた含有量を誇っておられる。

そしてGABAというのは、このグルタミン酸からの脱炭酸反応で合成されたγ- アミノ 酪酸(らくさん) の略称であり、近年、積極的に研究が進められている成分。

トマト様をこうして食べ続ければ、リルフィ様の精神もより安定し、安眠によってお肌の調子も更に整い、その美しさにより磨きがかかることであろう。でも現時点で限界突破しているのに、これ以上ってどうなるの? ちょっと想像つかない。

二人――否、一人と一匹でもぐもぐとトマト様を頬張っていると、リルフィ様がくすりと微笑まれた。

「ルークさんは……本当に、このトマト様が好きなのですね」

「はい! 前にいた世界ではそれほどでもなかったのですが、こちらに来てから目覚めた感じです」

クラリス様に拾われた前後。

うっかりトマト様に忠誠を誓ってしまい、「トマトの下僕」なる称号を得た。俺の信仰は、あるいはこの称号の影響で始まったのやもしれぬ……

称号は持っているだけでもそれぞれに応じた特殊な効果が生まれるらしい。俺の場合、トマト様を食すことで、健康面などに何らかのバフがかかっている可能性はありそう。こっちに来てから、「つかれた」「おなかすいた」「ねむい」以外の体調の悪化を感じたことが一度もない。

トマト様のステマ……ダイマが一段落したところで、俺はリルフィ様をお風呂に誘った。いや、入浴ではない。設備のチェックである。

今後はたぶん、ライゼー様や使用人の皆様にもお使いいただける設備であり、使い方をリルフィ様に把握していただいた上で、その説明役をお願いしたい。

外出予定はそこそこあるが、今日からしばらくは、リーデルハイン領での快適スローライフがはじまる予定である。

俺も畑を耕したりお風呂に入ったり新作スイーツの研究開発に没頭したりと、一介の猫さんらしい生活をしたい。

……しかし希望とは、えてして脆くも崩れ去るものである。

ルークさんはこの時、そんな人生の真理を、うっかり忘れていたのであった……