軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

91・さらば王都、また来る日まで(たぶん来週ぐらい)

春の祝祭と社交の季節を終え、各地の貴族は続々と、王都ネルティーグから自領へと帰り始めていた。

ライゼー様とリーデルハイン子爵家一行も、例年ならばとっくに帰途についているはずだったのだが、今年は「ロレンス様とラライナ様の護送」という役目を仰せつかっている。

この日程にあわせて出発が遅れたため、その間に俺も、知り合った皆様へ一時帰郷のご挨拶をしておいた。

具体的にはクロスローズ工房と陛下とルーシャン様達、オズワルド氏などであるが、「また来週くらいに(空飛んで)来ます!」という内容であったため、あんまり別離という感じでもなく、「……まぁ……道中、お気をつけて?」みたいな反応であった。

実際、ペーパーパウチの完成に向けてやることは多いし、今後も王都へ来る機会は多そうである。

あと、士官学校に在学中のクロード様とも、ここで一旦は別行動に。

社交の季節が終わったため、すでに授業も再開されている。メイドのサーシャさんとの仲の進展はあったんだかなかったんだかよくわからぬ。

また、王都での案内役を務めてくれたアイシャさんとも、ここで涙のお別れ――

「ルーク様! ぜったい、ぜったい、一週間に一度以上はこっちに来て、甘い物食べさせてくださいね!? 放置されたらすねちゃいますからね!?」

と、割とガチめの涙目であった。アイシャさん……すっかり甘味に魅入られて……(目逸らし)

ともあれ、アルドノール侯爵邸を目指して出立である!

出発直前、「正妃」から「 寡妃(かひ) 」へと立場を変えたラライナ様が、ライゼー様に向けて楚々と一礼した。

「ライゼー子爵。道中での警護、よろしくお願いいたします」

静かな声音は感情を読みにくい。が、力や緊張が抜けたような印象はあり、『じんぶつずかん』を覗いてみても、特におかしな企み事をしている様子はもうなかった。

反省した……というよりは、無力感に囚われているだけだろうが、侯爵領に着いて日々を過ごせば、いずれ心境にも変化が訪れるはずである。

ついでに馬車の人員配置には、各自の希望がそこそこ反映された。

先頭の馬車は、ライゼー様と『家庭教師』の王命を受けたペズン伯爵。これはライゼー様のご希望である。

意外? いや、ライゼー様はこの機会に「誤解」を解き、同時にペズン伯爵の人となりを見極めたいらしい。

ペズン伯爵は苦い顔をされていたが、ことここに至って、彼にできることは多くない。

彼が「ラライナ様達の亡命」を画策し、護衛のライゼー様を遠ざけようと暗殺未遂を仕掛けた件についても、「もうライゼー様にバレている」のか、「まだバレていない」のか、判断がつかず今も戸惑っている。

こちらのペズン伯爵。

外見はやや神経質そうな老紳士で、お年は六十一歳。長い白髪を無造作に後ろで束ねているが、これは学者や官僚に多い髪型であり、別に珍しくはない。

深緑色の長衣も伝統的な色合いであり、要するに悪目立ちしにくい格好である。「酒さえ入らなければ有能な官僚」というお話であったし、根は真面目な人なのであろう。

真ん中の馬車には、寡妃ラライナ様と侍女達。

前後に他の荷馬車もいるため、厳密には真ん中ではないが、細かいことはまぁ良い。

後方の馬車には、クラリス様、リルフィ様……と、ウサギと猫。

そしてロレンス様ももちろん、「リーデルハイン家の人々と 交誼(こうぎ) を深めたい」という理由で、同じ馬車に乗ってくださった。

武闘派メイドのサーシャさんと女騎士のマリーシアさんは、警護のため、騎馬で馬車と並走である。

キャットシェルターのほうが揺れなくて快適だし、本当はみんなであっちで過ごしたいのだが――出入り口の基準点が俺自身なので、俺が部屋でくつろいでいると馬車に置いていかれてしまうのだ……

後から飛んで追いかければ良いのだが、何か変事が起きた時に即応できぬし、今回はラライナ様とか同行者もいる。まぁ、ゆったりとした馬車旅もたまには良かろう。特にロレンス様は、王都から出て旅をするのはこれが初めてである。何気ない外の景色すら珍しい。

馬車の中では、雑談がてら、事業予定の説明をさせていただいた。

お昼ごはんの際、ミートソース・スパゲティとトマト様の実物を食べたところ、ロレンス様はびっくりした様子だったが、しかし「おいしい」と太鼓判をもらえた。

事業計画にも概ねご賛同いただき、極めて順調である!

「そのトマト様という実を原料としたソースを、袋詰めにして販売するのですね。そして袋の研究開発が終わるまでは、瓶詰めでの少量の試験販売も検討する、と――」

「はい。まずはトマト様の量産体制を構築します。私のいた世界では、基本的に春に植えて夏に収穫できるお野菜だったのですが……こちらの気候や土との相性も調べないといけません。肥料についても、私の世界にはなかった品々が見受けられますので、しばらくは実践と研究の日々です!」

意気揚々と肉球を掲げる俺を見て、ロレンス様が楽しげに微笑まれた。

「ルーク様は、自らの仕事を楽しんでおられるのですね。素晴らしいです」

「仕事というより、これは恩返しなのです。私は飢えていたところをトマト様に救われ、また孤独にさまよっていたところをクラリス様に救われ、そのままライゼー様に保護していただきました! リーデルハイン領の特産品戦略を成功に導き、トマト様による世界征……トマト様の普及を促進することで、その恩返しがしたいのです!」

いかんいかん。興が乗って、うっかり本音が漏れそうになってしまった。

ククク……トマト様の耕地侵略計画は、着々と進行中である……ミートソースの販売が成功すれば、トマト様の商品作物としての地位はあっという間に確立され、人々はこぞってその種子を求めるであろう。

その後に起こる爆発的な栽培風景を脳裏に思い描くだけで、ルークさんは悪魔的な高笑いが止まらぬ。

燦々(さんさん) たる太陽の下、視界のすべてが、豊かに実ったトマト様畑で埋め尽くされる――なんという至福の光景であろうか。

思わずトリップして 忘我(ぼうが) の境地に至ったルークさんを横目に、クラリス様が淡々と何かを話しておられた。

「ロレンス様。ルークはこのように、トマト様が絡むとたまに言動がおかしくなるのですが……かわいい以外の問題は特にないので、適当に流していただけましたら幸いです」

「は、はぁ……? わかりました――」

おっと。非合法のお薬的な勘違いをされたら困るので、俺は慌てて現実世界に帰還した。

「トマト様は手始めでして、他にもいろいろ、新たな作物の候補を検討中です。将来的にはロレンス様にもかなりお世話になるかと思いますが、なにとぞ、よろしくお願いいたします!」

「承りました。人々の生活を豊かにできる事業ならば、むしろぜひお手伝いをさせてください」

そんな感じで、こちらの馬車ではキャッキャウフフと実に有意義な時間が過ぎていったのだが……

その頃、隊列の先頭付近では、割とシリアスモードなことになっていた。

会話の主はライゼー様とペズン伯爵。

貴族同士の、少々厄介な男子会である……

§

ペズン・フレイマー伯爵は、馬車の中で戸惑い続けていた。

彼の目の前には、格下で年下の子爵、「ライゼー・リーデルハイン」が座っている。

このライゼーに関する噂はそれなりに聞いていた。

軍閥の武人であり、槍の名手。

トリウ伯爵の 懐刀(ふところがたな) で、小生意気な若造。

武勇に優れるが学はなく、考え足らずで 杓子定規(しゃくしじょうぎ) 。

上位貴族の命令には忠実で、 悪辣(あくらつ) な汚れ仕事も平然とこなす冷血漢――

そんな噂を流されている子爵は、窓の外に温和な微笑を向け、遠くの山を指さした。

「ペズン伯爵、あちらに見えてきたコーレル山が、あの有名な狂剣フランドの終焉の地ですな。最近ではギブルスネークの群生地になってしまい、魔獣の討伐依頼が常にギルドから出ているようですが……いずれ近いうちに、軍閥でも討伐部隊を組織することになりそうです」

「……それは、それは……民も喜ぶことでしょう」

……思っていたよりも、ずいぶんと愛想が良い。

弁舌はなめらかで、とても学がないようには思えない。その話術はむしろ、やり手の商人に近かった。

人の噂があてにならないことは百も承知だが、ペズンが聞いた「噂」は、ライゼーと同じ軍閥の若手貴族からのものである。

悪い印象を植え付けようと嘘を教えられたのか、本人達も誤解しているのか、あるいは今のライゼーの姿が演技なのか――

いずれにしても、「ただの体力馬鹿」という一部の噂は大きく間違っている。

話してみれば、地理にも歴史にもそこそこ明るく、また物腰も丁寧で、年長者への礼儀も 弁(わきま) えていた。

ペズンは「伯爵」の地位にあり、子爵よりも格上ではある。

しかしペズンの伯爵位は、上位の官僚に与えられる一代限りの爵位であり、「領地を持ち、世襲を許された貴族」のそれとは重みに違いがある。

たとえ一代限りの爵位であっても、王威によって認められたものには違いなく、制度上の差はないことになっているが――やはりそこには、明確な壁がある。

だから相手が格下の子爵であっても、領地持ちというだけで内心では 気後(きおく) れしてしまう。しかもライゼーの背後には、軍閥の有力者たるトリウ伯爵の影までちらついている。

――ペズンは、二種類の相反する疑念を持って、この護送に同行した。

ラライナ達を亡命させる彼の企みは、すでに露見していて。

ライゼー子爵による、彼らの暗殺を防ぐ手段はもはやなく。

粛清と口封じのために、自分もこの旅の途中で、共に殺される――

そうなる可能性をも覚悟していた。

そんな最悪の事態を覚悟する一方で、彼にはまた、「自分はとんでもない思い違いをしているのではないか」という疑念もあった。

そう考えるに至ったきっかけは、新国王リオレットにある。

ロレンスの教育係を要請してきた時の彼は、ペズンが戸惑うほどに真剣だったのだ。

「ペズン伯爵。貴方の知識と経験を、ぜひロレンスの成長に役立てて欲しい。彼はきっと、近い将来、この国になくてはならない人材になる。正直に言って、私は正妃ラライナ様のことは大嫌いなままだが……ロレンスという弟を守り育ててくれたことについては、感謝すらしているんだ。まぁ、実際はほとんど放任だったようだけど……そのおかげで、ロレンスは母親の悪い影響を受けず、貴方の親友でもあったカルディス男爵の 薫陶(くんとう) を受けて、真っ直ぐに育ってくれた。ロレンスにはまず、貴方から経済や税法について学んでもらい、その後は外交閥や交易閥、軍閥からもふさわしい教師を招き、存分に知識を 蓄(たくわ) えてもらう。遅くとも五年以内には国政に戻ってきてもらうつもりだから、貴方にもどうか、そのための手助けをしてもらいたい」

――ペズンが単なる粛清の対象ならば、わざわざこんな芝居をする必要はない。

リオレットとロレンスの信頼関係が本物だとすれば、軍閥がわざわざそこに波風を立てるとは考えにくく、「暗殺の噂」そのものが虚偽となり、もちろん亡命の必要もなくなる。

自分が教師役として選ばれた『意味』――

それを見極めなければ、次の行動にも移れない。

「……ペズン伯爵。ペズン伯爵? お顔の色が優れないようですが、もしや馬車に酔われたのではありませんか? 少し止めて休みましょうか」

ペズンの様子を勘違いしたライゼーが、心配そうに声を寄越した。

「いや、大丈夫。それより、ライゼー子爵。貴殿に一つ、聞きたいことがあるのですが……ロレンス様とは、親しいのですか? 今までにそんな噂を耳にした事はなかったもので、失礼ながら、今回の護送に貴殿が関わっているのも少々不思議でして……」

ライゼーは苦笑いと共に頷いた。

「正直に言って、私も驚いているのですが……まぁ、一つには、私とうちの騎士達が、皆様の護衛役としてちょうど良い規模だったのと……それから、アルドノール侯爵の領地にも何度か行っておりますので、土地鑑があるのも理由でしょう。ついでにもう一つ、先日の王位継承権を巡る議論の中で、軍閥はリオレット陛下を支持しましたが、その流れの中で、私はラライナ様とロレンス様の安全を確約するよう、しつこく申し入れをしておりました。その縁あって、私ならばこの警護に決して手を抜かないと信用していただけたのでしょう」

言葉のすべてを額面通りに受け取りはしない。

が……演技をしているようには見えないし、二人きりのこの状態で、演技をする必要も特にない。

ライゼーがその気になれば、ひ弱な老人のペズンなど、ただの一瞬で始末できるはずだった。

「そもそもの縁が薄いのに、なぜ……ライゼー子爵は、ラライナ様やロレンス様の安全を願われたのでしょうか?」

「腹を割って申し上げますと……まず、ラライナ様に何かあると、リオレット陛下の関与を諸侯に疑われます。陛下の治世がこれから始まるにあたって、この悪影響は避けねばなりません。下手をすればそれこそ、『ラライナ様の敵討ち』などという名分で、乱を起こす者が出かねない。レッドワンドの間者も情報操作に動いていましたし、パレードの折には暗殺未遂も起きました。ちょうど上空で精霊同士の喧嘩が始まってしまい、衆目がそちらに流れた感はありますが――」

間者の誤情報――それには気をつけていたつもりだったが、情報の真偽を判断する材料は乏しく、税務官僚というペズンの立場では限界がある。

「そして、ロレンス様に関しては、もっと積極的にお守りせねばならぬ理由があります。私はかつて、養子に出されていた折に、商人見習いをやっていた時期がありまして……その頃の 伝手(つて) で、今も商人仲間からいろいろな情報が流れてきます。ロレンス様に対する商人達の支持と期待は大きく、私もその認識を共有しております。そして諸侯はまだ半信半疑のようですが、リオレット陛下とロレンス様の間にある信頼関係は本物です。お二人はどちらも知性と理性を行動の基盤に置いており、洞察力に優れ、人物の 真贋(しんがん) を見極める眼も持っておいでです。ロレンス様の才覚は、必ずやこの国の将来に資するものとなる――陛下はそう考えておられますし、私やトリウ伯爵、アルドノール侯爵の意見も同様です。残念ながら、軍閥の隅々にこの意識が浸透しているとは言い難い状況ですが……数年後には、ロレンス様のご成長をもって、証明されることでしょう」

ライゼー子爵の、ただの武人とは思えぬ理路整然とした弁舌を受けて――ペズンは、この若き子爵に対する認識を改めた。

彼は青二才でも若造でもない。

トリウ伯爵からの重用も、「よく言うことを聞く犬」としての扱いではなく、「自身の才覚で動ける、頼りになる将」という 括(くく) りなのだろう。

おそらくは、子爵以下の他の武官から嫉妬を集めやすいはずで、社交の席ではそこそこ苦労しているのではないかとも推察できる。

リーデルハイン領など、どこにあるのかすらよくわからぬ 僻地(へきち) の小領であり、子爵家としての家格はかなり低い。

だが、そんなライゼーからの言葉を聞いてなお、どうしても解せぬ懸念がある。

「史書を紐解けば……王にとって、有能すぎる兄弟は、時に玉座を脅かす敵となります。これはたいへん恐れ多い懸念ではありますが、もしもロレンス様が、陛下以上の支持を集める存在に成長された場合には……また、そのリスクを考えれば、その芽を早くに摘み取るという判断に至ることも……」

決死の覚悟で言い放ったその疑念を――

ライゼー子爵は、少し呆けた顔で受け止めた後、あっさりと笑い飛ばした。

「なるほど、普通はそうなるかもしれません。ただしそれは、『玉座』というものをどう捉えるかによって、判断が大きく変わります。リオレット陛下とロレンス様は、王威の本質を『権利』ではなく『義務』とお考えです。その認識に乏しかった前の陛下を反面教師とした面もありましょうが、あのお二人は国が安定し民が 健(すこ) やかに過ごせるならば、『誰が王になっても別に構わない』と――特にロレンス様の側は、強くそう感じておられるようです。ロレンス様は自身の幼さを自覚し、『自分が今、王位についたとしたら、正妃の派閥の 傀儡(かいらい) にされてしまい、結果として国政をより混乱させる』ことを何より危惧されていました」

ペズンは絶句した。言い返す言葉を 咄嗟(とっさ) に思いつかない。

いかにもカルディス男爵が言いそうなことではあるが、十歳の王子が抱く見識とも思えなかった。

「リオレット陛下もその意を汲み、そしてロレンス様のご成長に並々ならぬ期待を寄せておいでです。これは勝手な私見ですが――リオレット陛下は、もしかするとロレンス様の健やかな成長を待って、いずれ 譲位(じょうい) を検討されるのではとも予想しています。あの方は魔道具の研究者としても優秀ですし、国王という地位を 足枷(あしかせ) 程度に思っておられますから」

ペズンは頬を引きつらせた。

もしも、水面下でそんな流れができていたとしたら――ロレンス達の命を救うためにと亡命案まで講じた自分は、とんだ道化者になってしまう。

「そんな、馬鹿な……そのような……」

「いや、今のはさすがに、臣下の分を忘れた出過ぎた推測でした。どうかこの場限りの 戯言(ざれごと) としてお忘れください。ただ……リオレット陛下が、政治よりも研究を好んでおられるのは間違いありません。それでもあえて王位につかれたのは、王族としての責任を果たし、国家の運営を阻害しないためでしょう。なにせ師匠が、我が国きっての賢人、ルーシャン・ワーズワース殿ですから……陛下もロレンス様も、良き師の元で育ったということでしょう。そしてペズン伯爵にも、ぜひロレンス様にとって良き師の一人になっていただきたい……というのが、陛下の思いでしょうな」

ペズン・フレイマーは――

羞恥(しゅうち) で、この場から逃げ出したい思いだった。

ライゼー子爵が嘘をついている可能性はまだある。あるにはあるが、それはもはや「ゼロではない」という程度の可能性で、十中八九、彼の言葉は真実だった。

「私は……私は、なんということを……」

この子爵に、自分は刺客を差し向けた。指示は殺害ではなく「脅し」だったし、騒動を起こして今回の護衛任務から外すことだけが目的だったが、罪を犯したことは否定できない。

「……ライゼー子爵。わ、私には、ロレンス様を教え導く資格など……」

「資格は充分でしょう。むしろ、貴方以上の適任者はそう多くない。今のロレンス様にとって大切なことは……その周囲に、真にロレンス様を守れる、『信頼できる家臣』を揃えることです」

真正面に座ったライゼー子爵の眼が、ふと底光りした。

その迫力に呑まれ、ペズンは息を詰まらせる。

「……今、貴方は何かを言おうとしたようですが、その件は自身への戒めとして、これからも隠し通すべきです。そして、ロレンス様には王侯貴族の陰謀の実例やその対策など、上に立つ者が知っておくべき事柄も伝えていただきたい。税務閥の前線を長く率いてきた貴方になら、それが可能なはずです」

ペズンは理解した。

……彼にはもう、『暗殺未遂』の首謀者が誰か、露見している。

どういう経緯かは見当もつかないが、ペズンが犯した罪を、ライゼーはもう把握しているのだと確信した。

それでいて「不問にする」とも言っている。わけがわからない。

「なぜ、そのような……罪には罰を与えるべきでしょう」

「今回に限って、その選択肢には利点が一つもないからです。もし貴方が、自らの権勢や私利私欲のために何かをしようとしたのなら、私も看過しなかったかもしれません。しかし……貴方は、ロレンス様の命を救うために動こうとされた。それならば、行動としては間違っていても、臣下としては同志です」

ライゼー子爵が、深々と頭を垂れた。

「――願わくばペズン伯爵には、これから先、ロレンス様を守っていただきたい。領地へ戻ってしまう我々には、以降の警護はできません。我々がロレンス様のお傍にいられるのは、あと数日なのです。その後は、どうか――」

「あ、頭をおあげください、ライゼー子爵! まさか……まさか貴殿は、すべて承知の上で……もしや、私をロレンス様の教師役に推挙したのも、ライゼー子爵だったのですか……?」

「あ、いえ、それは私ではありません。私が信頼する……家臣……ではないのですが……友人というか……家族……いえ……」

急に歯切れが悪くなった。

「ええと、まぁ……参謀、のようなものです。いずれそのうち、ご紹介できる機会があるかもしれません」

やや困ったように笑い、ライゼー子爵は曖昧にごまかすばかりだった。