軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

83・奇跡の導き手

猫仕草(ねこしぐさ) むり。

むずかしい。

ルークさんあきらめた。

三行で絶望に至ったが、事の流れはこうである。

クロスローズ工房に戻ったルークさん、モーラーさんに教えを乞う→「よくわからん」「どーでもいい」と突き放される→とりあえずモーラーさんの真似をする許可を貰う→移動→丸くなる→移動→水を飲む→移動→寝る→移動→寝る→移動→寝る………………

罪悪感ッ! 罪悪感すごいのこれっ! 鋼メンタルでないとこんな生き方できないッ……!

……昼寝や惰眠とは、労働の喜びがあってこそ、より輝く概念なのだとしみじみ悟った。ここにはトマト様のお姿もないため、寝ながらの畑の番すらできぬ。

特訓の間、放置気味になってしまったリルフィ様もだんだん表情がなくなってきてしまったし、これは良くない流れであると早々に察し、俺はリルフィ様のお膝に戻った。

リルフィ様は俺をぎゅっと抱きしめて一言。

「……ルークさんは……ルークさんのままで、いいと思うんです……」

……たいへんありがたいお言葉ではあるのだが、これはこれでダメ男にハマる全肯定系女子感あるな……?

俺はペットとして皆様を甘やかすのがお仕事であるが、リルフィ様はもうちょっとルークさんをケダモノとして疑うべきだと思うのです。なんかもう警戒心がなさすぎて逆に不安……

さて、徹夜明けの状態からダウンしていたクイナさんのお目覚めを待って、少し遅めの晩ご飯をご用意。

今宵は寝起きのクイナさんのためにちょっと軽めにして、野菜たっぷりポトフと山菜の炊き込みご飯、焼き鳥各種にふわふわのスフレオムレツという和洋折衷なメニューにしてみた。

一応、アスリートであるユナさんにも配慮したつもりであるが、こちらの世界の日常食を見る限り、あまり気を使う必要はないかもしれぬ。

焼き鳥はこちらの世界にもある食べ慣れた味だ。塩が主流で、タレは唐辛子を使った辛めのものもある。胡椒がないため一味足りぬが、じゅうぶん美味しい。鶏肉は偉大である。

前世にもあったタイプの甘い「タレ」は、砂糖の代わりに水飴で甘くしており、ちょっと高級品なのでレストランなどに行かないと出てこない。こちらはもう「焼き鳥」というより、「チキンステーキ」に近い扱いか?

お出しした焼き鳥は、コピーキャットの仕様上、串には刺さっていないものの前世由来の品であり、たいへん喜んでいただけた。

そして山菜の炊き込みご飯は、単純にルークさんの好物である。

友人の山でもらってきたゼンマイ、ワラビに加えて、市販の芋づるやきくらげ、親戚に送ってもらった姫竹などをいー感じに混ぜ合わせ、水と白出汁、醤油、みりんで炊き込む――素朴ながらも実に優しい味わいで、心が落ち着く。

山菜の醍醐味は歯応えにある、と、ルークさんは思う。

コリッとした、あるいはシャキっとした植物の繊維質がもたらす歯応え――これに山菜が内包するほのかな旨味と繊細な風味が加わると、畑のお野菜とはまた違った感動が訪れる。

ポトフとスフレオムレツ以外はガチ和食であったが、ネルク王国の方々は醤油の味付けに慣れている。ただ、米と山菜はけっこう珍しがられた。

そしてデザートにご用意したのは、メロンとスイカのフルーツポンチ。イチゴやキウイの細切れも入っているが、メインはあくまでメロンとスイカ。甘みと香りの強いフルーツである。

スイカやイチゴはこちらの世界にも存在するのだが、みずみずしさは同じでも、「甘さ」や「香り」「舌触り」が全然違う。

品種改良とは人類の偉業である。前世のフルーツの多くは、こちらの世界ではケーキに匹敵するオーパーツになり得るのだ。

そんな晩ご飯はクロスローズ工房の姉妹やアイシャさんにも大好評であったが、クラリス様からは「トマト様の布教はしなくていいの?」と、少し不思議がられてしまった。

でも、お昼にミートソースと一口オムライスを食べましたし……あまりトマト様にばかり頼りすぎると、レパートリーがそれしかないと思われてしまいそうだし、味覚の市場調査のためには、いろいろなモノを皆様に召し上がっていただき感想を聞く必要がある。痛し痒しである。

晩ご飯が終わると、アイシャさんが妙なことを聞いてきた。

「ところでルーク様、今日会ったノエル先輩の称号って、見ました? 『白銀の拳聖』ってヤツなんですけど」

「はい、確認しました。それが何か?」

「あの称号、何年か前に、先輩が王国拳闘杯で勝って、王者になったのをきっかけに付与されたみたいなんですが……ぶっちゃけ、歴代王者でも『称号持ち』ってそんなに多くないんですよ。称号がつく人とつかない人の違いってなんなのかなー、って、ちょっと気になってまして」

そんなん俺に聞かれても……むしろ俺も戸惑っている側である。

「そういうのはよくわかんないですねぇ。アイシャさんも『水精霊の祝福』って称号を持ってますよね?」

「各種精霊からの祝福は、ある意味、一番わかりやすくてよくある称号なんです。精霊と会話して、気に入ってもらえたら付与される、っていう流れなんで……でも、『リングの精霊』とか『ボクシングの精霊』とかがいるわけじゃないですし、ノエル先輩の称号って誰から貰ったもので、どういう効果があるのか、さっぱりなんですよね。なんかそういうのって気になるじゃないですか」

……ふむ。称号については、俺も割と気にしている。

特に今、悩ましいのはクロード様について。

リーデルハイン家の皆様には、クラリス様の『亜神の飼い主』を筆頭に、『信頼』や『加護』といったルークさん由来の称号が既についている。

王都で合流したばかりのクロード様にはまだなのだが……もしもクロード様にも『亜神の◯◯』という称号がついた場合、ちょっと困ったことになるのだ。

というのも、士官学校の学生は入学時と卒業時に『魔力鑑定』を受ける。

通常の魔力鑑定で把握できるのは、「属性魔法に関する適性の有無」と「特殊能力」「称号」だけであり、他のステータスや弓の腕前などは表示されないのだが――その時に『亜神の◯◯』みたいな称号をクロード様が獲得していた場合、おそらくちょっとした騒ぎになるだろう。

場合によっては卒業のタイミングで何か理由を作り、鑑定者にルーシャン様やアイシャさんをねじ込んでいただき、クロード様の鑑定結果を捏造する必要があるかもしれない。

リーデルハイン家の事例から察するに、おそらく俺のような亜神には、『人に称号を付与する能力』があるのは間違いない。地水火風の上位精霊の皆様も同様である。

一方でヨルダ様が持つ『隊商の守護騎士』や、ルーシャン様の『魔剣の鍛冶師』『猫の守護者』などは、「きっかけ」は予想できるものの、一体誰から与えられたものなのか、どうも判然としない。

俺自身が持っている称号もそこそこ怪しい。

現在、『どうぶつずかん』に記載されているルークさんの称号は、えーと……以下の六つである。

奇跡の導き手。猫を救いし英雄。風精霊の祝福。トマトの下僕。英検二級。うどん打ち名人。

祝福と下僕はこちらの世界で獲得したものだが、他の四つは超越猫さんからのオマケと前世由来であろう。英検なんてまさに……

……ん? ん? 『二級』?

俺は慌てて『どうぶつずかん』を二度見、三度見した。

……おい待て。いつの間に昇級試験受けた!?

ルークさんが所持しているのは、「日本英語検定協会」からいただいた「実用英語技能検定・三級」のはずである。

異世界に来てから、語学系の検定試験などもちろん受けていないし、日本英語検定協会様が異世界に進出しているとも考えにくい。また、勝手にレベルアップする類のものでもない。

しかし何度見返しても、やはり称号欄に 燦然(さんぜん) と輝く『英検二級』表記……

――近況欄を確認すると、理由はすぐに判明した。

『純血の魔族アーデリア・ラ・コルトーナの狂乱から、ネルク王国の王都ネルティーグを守りきった功績により、「英雄検定二級」を獲得。』

英雄検定。

……そっか。

ふーん。

そっかぁ……

「英語技能」検定じゃなかったかー……

……略称がッッッ!! 紛らわしいッッッ!!

ガチギレして思わず枕に猫パンチをお見舞いしてしまったが、よくよく考えてみればそもそも最初から妙な話ではあった。

転生で「英語技能検定」が称号化されるワケがない。あんなもん前世のしがらみそのものである。

……あ、大丈夫ですリルフィ様。なんでもないです。

この分だと「うどん打ち名人」も疑ってかかる必要がありそうだが……

この衝撃の事実を前に、ルークさんは改めて、他の称号にも目を向けた。

俺が持つ6つの称号の中で、一番わけのわからんモノ……

奇跡の導き手。

リーデルハイン領で拾われた当初は謎だらけだったが、この王都に来て日々を過ごすうちに、「なにかがおかしい」と、さすがのルークさんも気づき始めた。

運が良すぎる……? いや、ちょっと違う。拳闘場での試合予想なんて全敗した。

なんというか、俺個人の運がどうこうでなく、「他人の運命が変化する瞬間」に立ち会う確率が、妙に高い気がするのだ。むしろ、俺の存在がそのトリガーになっているよーな感覚さえある。

――運命というものは時に、「たった一つの行動」で大きく変転する。

たとえばもし俺が、「缶詰製造」を志すことなく、王都にも来ていなかったとしたら……?

おそらくリオレット陛下は、オズワルド氏かシャムラーグさんのどちらかに殺されていただろう。

狂乱したアーデリア様は王都を滅ぼしていた。

ライゼー様やヨルダ様、クロード様もそのタイミングで亡くなっていたはずである。

ユナさんやクイナさんも同様で、水を弾く紙や接着剤など、ペーパーパウチにつながる研究成果も失われていた。

王都の唐突な壊滅によって、王家と有力な諸侯を失ったネルク王国は乱れ、国境ではレッドワンドの侵攻が始まり、そして……

そんな状況、考えただけで全身の毛が逆立つ。

これはちょっと極端な例であったが、前世でも「あの日、あの時、あの場所にいなければ、事故に遭わなかったのに」といったような悲劇は、それこそ世界中で毎日繰り返されていた。俺自身、そんな感じの突発的な事故のせいでこちらへ転生してしまった身である。

……『称号』には、所持しているだけで何らかの特殊な効果が――いわゆる「バフ」や「デバフ」があるらしい。

ゲーム的に言うと、特殊能力がアクティブスキル、称号はパッシブスキルみたいな感覚か。

アーデリア様の狂乱を止めたあたりまでは、自分から首を突っ込んでいた事態でもあるし、流れに沿った行動としか思っていなかったが……

この広い王都で、ペーパーパウチという革新技術の芽にピンポイントで巡り会えたことは、単なる偶然とは片付けにくい。なんというか、こう……ちょっと「運命」さんが仕事しすぎな気がする。

推論として。

この称号『奇跡の導き手』とは……もしや、「俺の周囲にいる人達の運命」を、俺との出会いによっていい感じに導いてしまう、一線級の超絶チートスキルなのでは……?

この世界で、俺の関与によって運命を大きく変えられてしまった人は、たぶんそこそこ多い。

まずはクラリス様のお母上、ウェルテル様。結核で亡くなる運命だったが、投薬によって快癒しつつある。

ウィル君の妹、山で迷子になっていたフレデリカちゃん。サーチキャットを使わなければ、捜索が手遅れになっていたかもしれない。

リオレット陛下やアーデリア様についても、 僭越(せんえつ) ながら俺がキューピッド役を果たしたといえよう。結果、王都の全住民も死なずに済んだ。

密偵から足を洗ったシャムラーグさん。人質として捕まっていた、その妹のエルシウルさんと旦那のキルシュさん。彼らにはリーデルハイン領という新天地もご用意している。

こうして実例を並べてみると……ルークさん、実は意外に、そこそこ神様っぽいお仕事をしている可能性が微レ存……?

俺としては、ただひたすらにトマト様の覇道に 邁進(まいしん) しているつもりだったのだが、その過程で運命を捻じ曲げて死亡フラグをへし折る系統の人助けをいくつかやらかしている感がある。

そして今回、せっかくの大発明を成し遂げつつも、自分ではそれに気づかず埋もれそうになっていた紙職人、クイナさんと出会った。

ユナさんが持ってきてくれた接着剤の職人さんとはまだ顔をあわせていないが、会えばなんらかのお礼をせねばならぬであろう。

おそらく彼女達の運命も、俺との出会いによって、これから大きく変転するはずだ。もちろんお互いにとって良い方向へ進んでいきたいものだが、それはさておき……

(……『亜神』の役割って、もしかして……こういうことだったりする……?)

落星熊(メテオベアー) さんと一緒に人類討伐! というルートも一応はあったようだが、小心者のルークさんにそんなサイコな野心はなく、結果、心正しき人々へのちょっとした助力、という雰囲気で日々が過ぎている。

亜神としての自覚、などという大仰なものを背負う気は毛頭ないのだが、亜神である俺はもう少し、積極的にこの世界と関わり、人助けを頑張るべきなのかもしれない――つまり『奇跡の導き手』とは、俺をそういう状況へ強制的に直面させるための、パッシブ運命操作スキルなのではないだろうか……?

周囲の人々に『奇跡』を導く存在。

――人、それを『招き猫』と呼ぶ。一気にファンシー感増したな?

「……ルークさん……? 難しい顔をして、考え事ですか……?」

いつの間にか始まっていたブラッシングを終え、リルフィ様が俺を抱きかかえた。うにゃーん。

……あたたかい、やーらかい、いいにおい……ここまでの思案がすべて無に帰す勢いで、全身が 弛緩(しかん) してしまう……やはり猫としての本能には抗えぬ――

「あれ? アイシャさんやユナさん達はどちらへ?」

「お二人は、奥でシャワーを浴びています……クイナさんは工房に戻られて……クラリス様は、ピタゴラス様と眠ってしまいました……」

白い毛玉状態のピタちゃんから、クラリス様のおみ足がちょっぴり生えている……埋もれたか。

ちょーどいいので、俺は一連の気づきについて、リルフィ様にご相談してみた。魔導師的な偏差値が高い方の見解が気になったのである。

リルフィ様は何度も頷きながら、丁寧に俺の話を聞き――

「……『奇跡の導き手』という称号が、周囲にいる人々の運命を正しく導くためのものという解釈は、理にかなっているかと思います……ルークさんが私の傍にいてくださること自体が……私にとっては、『奇跡』みたいなものですから……」

そう仰って、俺を強めに抱き締めた。にゃーーーーーーーーん。

……いかん。リルフィ様の破壊力は心臓に悪い……!

「そ、そう言っていただけるのは光栄ですが、真面目な話、そんな効果のある称号って有り得るんでしょうか?」

「……以前にもお話ししたかもしれませんが、それが『 神来(しんらい) の称号』ならば、充分に有り得るかと思います。神専用の称号は、人が持つ称号とは格が違うものとされていますから……神話に出てくる神々の称号には、たとえば『創世の使者』、『空舞う風神』、『青き大海』などがあり……」

リルフィ様いわく。

創世の使者は、天地の創造を成し遂げ、人々をこの世界に導いた流浪の雲の神・ハタニアスの称号。

空舞う風神は、この世界に『気候』をもたらした風神・クラッカライカの称号。

青き大海は、水をもたらし海を形成した海神・リュティエの称号。

……ということらしいが、天地創造神話レベルの神様達と比較されましても、その……ルークさん、さすがにそういうのではない……

ていうか、この場合の「称号」って絶対、神話を 編纂(へんさん) した人が作った後付け設定だよね……? さもなくば神様ご本人がわざわざ名乗ってた感じ?

もし歴史的事実であるならば、上には上がいるという話であろうが、ここはさすがに話半分に聞いておきたい。

……その後、シャワーから戻ってきたアイシャさんとユナさんを交え、明日の夜会に備えた講習会が行われた。

これは夜会初体験のユナさんとリルフィ様のためである。

講師は「そーいう場に慣れている」と自称するアイシャさん。

……大丈夫? 嘘ついたりしない?

ちなみにクラリス様は、ライゼー様に連れられて、領地近隣貴族の小規模な夜会などには既に出られたことがあるらしい。

とはいえお子様なので、ぺこりと頭を下げて、後はおとなしくしている程度。今回も基本的にはそれで充分なため、特に危機感はない。

それでも講義内容に興味はあったようで、一応、ピタちゃんの中から起きてきて俺をモフっておられる。

挨拶とか会話術が必要になるのは、主にユナさん。彼女は貴族ではないため、そもそもマナーに 疎(うと) い……

練習生時代に一通りの一般常識を学ぶ講義はあったようだが、「練習で疲れていたので、だいたいうとうとしてました……」とのことで、まぁそんなもんである。

アイシャさんは普段かけないメガネをかけて、俺が用意したホワイトボードの前に立ち、俺が貸した『祓いの肉球』を指示棒のように使って、ピシリと講師っぽい立ち方をした。遊んでやがる。

「さて、貴族の夜会において、一番大切なこと。それはなんだと思いますか? ユナさん、答えてください」

ユナさんは思案顔。

「えっ。ええと……失礼がないように……?」

「三十点。リルフィ様、どうですか?」

「えっ。ええと……愛想よく対応する……?」

「二十点。それはむしろ危険です」

……体育会系と文化系で、生き方は真反対なはずなのだが、このお二人は根っこの人間性に似通った部分がありそう。他人の顔色をうかがいがちとゆーか、基本姿勢がマジメとゆーか……

そしてアイシャさんは、真顔で 厳(おごそ) かに答えを告げた。

「貴族の夜会で一番大切なこと。それは『 言質(げんち) をとられないこと』です。はい、復唱!」

『げんちをとられない……?』

……ユナさんとリルフィ様は戸惑い気味だが、ルークさんは確信した。

この講師ッ……! ガチだ! 頼れるぞ!

「はっきりとした返事は避ける! のらりくらりとかわす! 社交辞令で安請け合いをしない! その上で拒否すべきことはしっかり拒否! 時間が惜しいので、即座に実践に入ります。私が見知らぬ貴族役をして話しかけるので、二人はそれに対応してください。ルーク様は言いたいことが山程出てくるかと思いますが、しばらく見守っていてくださいね?」

「承りました!」

この有能講師に任せておけば安心であろう。

クラリス様も俺をモフりながら聞き耳を立てておられる。この講義は聞いておいて損はあるまい。

そして明日の夜会に備えたアイシャさんの臨時講習は、その後、深夜にまで及び――

翌日、我々は仲良くみんなで朝寝坊をしたのであった。