軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

274・東奔西走、ネコ奮迅

山奥の因習村での奇祭⋯⋯もとい猫のお誕生日会が終わった数日後。

トマティ商会の王都本店は、遂に新規開店の日を迎えた。

といっても猫はプレオープンの時点でだいぶ感動してしまったので、「いよいよかぁ⋯⋯」という感慨はあれど、思ったほどの大興奮はしていない。店頭で思わずブレイクダンスをしたり、やってくる客みんなに『亜神の加護』を与えたりとか、そういう暴走をしなかったという意味である。俺も大人になった⋯⋯(生後一年)

実際のところ、開店当日は朝から十人程度の列ができてしまい、その後も客足が途絶えず、ヘルプに入ったナナセさん、ブラジオスさんも大車輪の活躍であった。

バロメソースの販売はお一人様三個までとしたのだが、夕方には本日分が売り切れで閉店。

有翼人さん達の特産品である木彫りの猫、木彫りの落星熊も、庶民にとってはそんなに安い値段ではないはずなのだが、富裕層っぽい人達を中心にぽんぽん売れた。「考える猫」とか「優雅なアフタヌーンティーを楽しむ落星熊」とか、ちょっとおもしろいポーズのものが人気だった。「誰かに見せたくなるおもしろさ」に商機がありそう。

ともあれ、初日はもう少し様子見感覚になるかと思っていたのだが⋯⋯これは嬉しい誤算であった。

思えば昨秋、ライゼー様やルーシャン様、アイシャさん達には、バロメソースの試供品(瓶詰め)を知り合いにばら撒いてもらった。アレはかなり効果的だったようで、今日のオープンをわざわざ心待ちにしていた人が多かったようだ。口コミ効果もあったものと思われる。

併設したカフェのほうもほぼずっと満席で、いくつかの生鮮系メニューは閉店時間を待たずに品切れとなってしまった。かなり多めに用意していたはずなのだが⋯⋯これは猫の失態である。

その上で「明日以降は落ち着くかな⋯⋯?」などとこっそり油断していたら、二日目は朝から初日以上の行列!

「ついに開店したの!? 知らんかった!」という層が押しかけたのと、初日にバロメソースを食べてみて「これやべぇ!」と思い知ったリピーターが追加買いに走ったようである。

これには亜神もホクホク顔だったが、ナナセさんから「⋯⋯商品の増産を急いだほうが良さそうです⋯⋯!」と耳打ちされ、午前中から慌てて本社へ急行。

出迎えてくれたジャルガさん(褐色美女)、アンナさん(人妻)にモフられる間もなく、「王都本店でバロメソースがバカ売れしてます!」と改めて報告し、ハイタッチで喜びながら増産計画を一任した。なお猫にとってはハイタッチだが、人側は猫をあやしているようにしか見えぬ。

あとアンナさんの旦那、カイロウ君や、コワモテのグレゴールさんは、工場作業の監督指導をやってくれていた。有翼人さん達と一緒に働きつつ、作業の効率化や負担を減らす改善案について手探り中だったのだが、そんなところに猫が「さらなる増産を!」と飛び込んだわけで⋯⋯

「あっ。む、無理なら大丈夫ですよ? 残業とかはなしで⋯⋯」

「なに言ってるんですか、社長! ここはガンガン行くべきです!」

「商品のヒットは商人冥利に尽きるってもんです。自分もカイロウと同意見ですよ」

カイロウくん⋯⋯グレゴールさん⋯⋯!

「というかですね⋯⋯そもそも社長は社員に楽をさせすぎです。こういう時くらい頼ってください」

「我々も、せめて給料分は働かないと安心できないので⋯⋯」

グレゴールさんも俺の懸念する社畜精神が身についてきたな⋯⋯? もっと甘やかさねば⋯⋯(使命感)

まぁ、普段から「絶対に無理はしないように!」という方針で業務調整をしていたので、多少の余裕はある。「たまにならええよ」という意味だと受け取って、ここは甘えさせてもらおう。

有翼人の皆様も衣食住足りているので気力は旺盛、「売上絶好調!」と伝えると大きな歓声があがった。

やっぱり、こう⋯⋯自分の関わった商品がちゃんと売れると嬉しいよね⋯⋯それがトマト様ならばなおのこと。社長も嬉しくて、つい陣中見舞に大量のスイーツを錬成してしまった。みんなでおやつに食べてください。

その次はメテオラへ!

いつもならここでソレッタちゃんが出迎えてくれるのだが、今、彼女は両親とともにトマティ商会の本社側へ移住している。

対策として、先に社宅でソレッタちゃん(&ぬいぐるみのテオ君)と合流し、一緒にメテオラへ移動した。

⋯⋯なにかおかしいな? いや、ソレッタちゃんが俺を抱えているのはいつものことなので、別に何もおかしくないのだが⋯⋯(おめめぐるぐる)

同行する必然性はともかくとして、ソレッタちゃんもたまにはメテオラへ帰りたいだろうという猫の心遣いである。嘘である。暇そうだったのでお声がけした。そもそも先日の猫祭で帰ったばかりですし⋯⋯

「ソレッタちゃんの猫神楽は本当に素晴らしかったねぇ。特にあのトマト様が登場した後の、落星熊さんとの和解シーン⋯⋯もはや涙無しには見られなかったよ⋯⋯」

泣いてたのは俺だけだった気もするが、ソレッタちゃんは嬉しそうに「えへへー」とはにかんだ。かわいい。でも猫力はもう少し下げとこ? ね? それ以上はほんとにあぶないから⋯⋯あと神楽で猫巫女とかやったせいか、微妙に神聖感まで上がっちゃってるから⋯⋯

⋯⋯このままだと、いずれ彼女に「猫の守護者」ならぬ「猫の司祭」とか「猫の伝道師」みたいなヤバい称号がつきそうなリスクがある。

さて、メテオラに来たのは村長のワイスさんと会うため。

「熊と猫の木彫り製品も順調に売れています! あくまで農作業を優先しつつ、引き続き追加の生産をお願いできればと!」

「おお、それはなによりです。工房の者達も喜びます」

木彫りの像はメテオラの貴重な現金収入でもある。基本的には「冬場の農閑期の内職」という位置づけだが、ちょっとした空き時間にも作業できるという強みがある。それぞれのペースでゆっくり進めてほしい。人気のあったポーズの情報も共有しておく。

さて、ぬいぐるみのテオ君が、完成見本の木彫り落星熊に前足を掲げて威嚇する中、俺は村長のワイスさんとちょっと真面目なお話もする。ソレッタちゃんが俺を抱えているので、傍目には威厳もへったくれもない。

「えー、話は変わるのですが⋯⋯トマティ商会の王都本店が稼働しはじめたタイミングで、冒険者ギルドのほうから連絡がありまして⋯⋯うちの荷を運ぶ隊商に、ギルドの職員を同乗させて欲しい、という依頼でした。つまり、いよいよ⋯⋯」

ワイスさんが鷹揚に頷く。ソレッタちゃんも頷き、そのまま俺の後頭部にモフッと顔を押し付けた。⋯⋯吸われている⋯⋯?

「いよいよ、冒険者ギルドの職員がこのメテオラに来る、と⋯⋯まずは調査員でしょうか? それとも第一陣から、迷宮対応用の支部設立を目的に?」

「調査はケーナインズ、ブルトさん達の報告で終わっているので、おそらく支部設立要員でしょう。そのままメテオラやリーデルハイン領にしばらく定住すると思います。おそらく十日前後でリーデルハイン領に着き、それから数日以内にこちらへ着くはずなので⋯⋯私も事前に往復して知らせますが、住民の皆様にも周知し、心構えをしておいてください」

ワイスさんが少し残念そうな顔をした。

「承りました。しかし、その方達が来ると⋯⋯もう今までのように、ルーク様が気軽に集落を散歩することもできなくなりますかな⋯⋯」

うむ⋯⋯常駐するギルドの職員達は、俺の存在を知らぬ。これは仕方ない。人目を気にせず二足歩行できるメテオラは、俺のおさんぽコースとして理想的だったが、そろそろ潮時である。

「はい。自己紹介して味方に引き込む、という案もあるのですが、どんな人達が来るかわかりませんし、人員の交代もあるでしょうし⋯⋯それでなくても、どうせ近いうちに冒険者達が来るようになりますから、もう私のような獣がうろつくわけにはいかぬでしょう」

このメテオラは元々、冒険者達による「禁樹の迷宮」攻略をサポートする、そのための拠点として整備した捏造遺跡集落である。有翼人の方々に移住してもらえたことで、想定以上に素早く拠点としての機能を確保できた。

一応、猫の縄張りでもあるが⋯⋯決して俺が好き勝手にすごして良い場所ではない。

前提条件としてはわかりきっていたことながら、ややしんみりとする俺とワイスさんを交互に見て――ソレッタちゃんが、不思議そうなお顔に転じた。

「ルークさまは、いままでどおりでいいとおもいます」

俺は苦笑でソレッタちゃんを見上げる。

「そうしたいのは山々だけど、人の噂になっちゃうと困るし⋯⋯」

ソレッタちゃんはまだ不思議そう。ん? 割と賢い彼女が、この程度の理屈がわからぬはずはないのだが⋯⋯?

「ほんもののルークさまとして、じゃなくて⋯⋯ピタゴラスさまみたいなかんじで⋯⋯だめですか?」

首をかしげるソレッタちゃんにあわせて、俺も首をかしげる。するとワイスさんが「あ」と膝を打った。

「つまり、あれか。『亜神』のルーク様ではなく、『神獣』としてなら、ギルド職員や冒険者からたまに目撃されても、さほど不自然ではないと⋯⋯ソレッタ、そういうことか?」

ソレッタちゃんがこくんと頷いた。

猫はしばらく宇宙を見つめるように固まった後、結局、よくわかんなかったので「⋯⋯つまり⋯⋯?」とワイスさんに説明を求める。

⋯⋯い、いや! 確認のためである! なんとなく! なんとなく「こーいうことかな?」という推論はあるが! 念のため!

「ルーク様。こちらのネルク王国において、ピタゴラス様は『トラムケルナ大森林を守護する聖獣』として、よく知られた存在だそうですな? 絵本などにも出てくるとか⋯⋯」

そっすね⋯⋯ちなみに絵本の中のピタちゃんは、だいぶ荘厳だったり上位存在的言動だったりで、本獣とは方向性の違うキャラ立ちとなっている。所詮はフィクションなのでしゃーない。ピタちゃんいわく「しらないうさぎさんですね⋯⋯」とのことである。

「はい。そうみたいです。ピタちゃんが人前に出ることはほとんどなかったようですが、現地のエルフさん達とは仲良しだったと⋯⋯あ!」

ソレッタちゃんの言いたいことを、俺もようやく察した!

「つまり⋯⋯『メテオラで信仰される猫の神獣』という文脈であれば、私が集落をうろついたとしても、『この山にたまに現れる、ただの怪しい 不審獣(ケモノ) 』としてスルーしてもらえる可能性が高い、と⋯⋯そういう話ですか!?」

「ええ。ある程度の口止めはしたほうが良いですが⋯⋯里で信仰されている聖獣・神獣としてなら、たまに人前に現れたとしても納得できます。我々と交流するお姿を見れば、『そういうもの』と理解できるでしょうし⋯⋯変に隠さず堂々としていれば、案外、いけるかもしれませんな?」

前世と違い、この世界には神獣、聖獣が実在しており、人類側もその事実を把握している。珍しいもの、恐れ多いものという認識はあるが、「世紀の大発見!」とかではない。猫地蔵・熊地蔵を信仰するメテオラに俺がいる分には、説得力もある⋯⋯かもしれぬ。

そもそもこのメテオラでは有翼人さん達が多数派であり、滞在するギルド職員、冒険者のほうが少数派となる。

村長たるワイスさんの言う通り、有翼人さん達が平気な顔して俺をモフっていれば、冒険者達も「あ、そういう感じ⋯⋯?」と理解してくれそう。

「ふむ。いけるかもしれませんね⋯⋯?」

一年前ならいざ知らず、今の俺にはリオレット陛下やルーシャン様、魔族の面々といった強い後ろ盾もあるし⋯⋯メテオラの独立性、特殊性を考慮すると、いっそトラムケルナ大森林みたいに「神獣の縄張り」と公に主張してしまうのもアリか。

「では、とりあえず⋯⋯こちらに派遣されるギルド職員に対しては、『メテオラでは本物の神獣を信仰している』という方向性での情報操作を検討します。必要そうなら私からの自己紹介も視野に入れますが⋯⋯そのあたりは相手次第、状況次第ですねぇ」

たとえば「一年ぐらいで交代する予定」なら、こちらからの干渉はしないほうがいい。逆に「家族でやってきて、骨を埋める覚悟!」などであれば、こちらも相応に配慮したい。今の時点では何人来るのかすらよくわからぬ。

今後しばらくは密に連絡をとることにして、俺はワイスさんとバイバイし、王都ネルティーグへと戻った。

なお、ソレッタちゃんとテオ君にはキャットシェルターでくつろいでもらう。

「今日はひまです」とのことだったので、お昼ご飯もこっちで⋯⋯お母様にはメッセンジャーキャットで連絡しておいた。たまにあることなので、たぶん有翼人の皆様は俺のことを「子守が得意な猫さん」だと思っている。

王都に戻った俺は、諸々の相談をするため、まずはルーシャン様とアイシャさんのいる王立魔導研究所へ。

ちょうどお昼の時間なので、お二人にもキャットシェルターへ入ってもらい、ランチタイムとなった。

「おや、ソレッタ嬢もご一緒でしたか。先日は素晴らしい舞いを奉納されましたな。私も年甲斐もなく、感涙にむせびまして⋯⋯」

⋯⋯猫力トップのお爺ちゃんが、孫を見るような顔で第三位をねぎらっている⋯⋯いったいなにがはじまるんです?

というか、あの場面で泣いていたのは俺一匹だけだったと思うのだが、実はルーシャン様も感動していた⋯⋯? あれ? もしかして俺の感性(※狂気)ってルーシャン様とそこそこ近い感じ⋯⋯?

ソレッタちゃんは「きょうしゅくです!」と舌っ足らずな口調で応じたが、この言葉遣いは俺の真似と思われる。この年頃の子は大人の⋯⋯もとい、猫の真似をしたがるものなのだ。

みんなで天丼を食べながら、「冒険者ギルドからの職員派遣」の件について、ルーシャン様とも情報共有をする。

「又聞きの噂ですが、メテオラに派遣される職員についてはギルドで希望者を募ったようです。遠方で、しかも支部の立ち上げからとなると、なかなかの激務が予想されますが⋯⋯それでも幾人かは立候補したようですな」

ルーシャン様の言葉を受けて、アイシャさんも頷く。

「私も冒険者ギルドにいる知り合いから聞いたんですが、結局、選ばれたのは元冒険者のベテランらしいです。支部長としての赴任になりますし、新規発見のダンジョンですから、少しでも経験豊富な人を置きたかったみたいですね」

ふむ。ベテランとなると、ある程度の年長者か⋯⋯?

「ベテランとなると⋯⋯家族単位での移住という可能性もありますかね?」

「有り得ますが、あえて単身赴任という可能性も当然あります。もし気になるようでしたら、今から冒険者ギルドに問い合わせてきましょうか?」

これはアイシャさんも気になっているっぽいな?

どうせ数日以内には正式な連絡が来るだろうが、どんな人物かは先に把握しておきたい。

「お願いできますか? 私も姿を隠して同行します!」

「それじゃ、午後からは冒険者ギルドですね。できればナナセも連れていきたいです。トマティ商会の人間がいれば、『帰りの隊商に職員を同行させるための、事前打ち合わせ』っていう理由で面会を申請できます」

「わかりました!」

かくして我々は、王都の冒険者ギルド本部へ向かう。

そちらでも今、まさにこの時。「メテオラへの職員派遣」に関して、ちょっとした問題が勃発していたのだが⋯⋯

そんなことなど知るよしもなく、猫は皆様にデザートのメロンパフェをご提供し、ソレッタちゃんのほっぺについた生クリームをそっと肉球で拭うのだった。

§

冒険者ギルドの王都本部・会議室では、その日の昼、少しばかり質の悪い混乱が起きていた。

ギルドとしての支部長人事内定後に、相談役の貴族から横槍が入ったのだ。

「⋯⋯件のメテオラには、私の部下の男爵を派遣する。新発見の迷宮、しかも軍閥に属する貴族の領地ともなれば⋯⋯こちらにも相応の『格』が必要だろう。さもなくば、舐められるか取り込まれる」

そう呟いたのは、背広を着込んだ白髪頭の不機嫌そうな老人⋯⋯彼はとある伯爵家の隠居である。爵位はもう領地にいる息子へと譲ったが、さして負担もない冒険者ギルドの相談役は続けている。

ただしギルド側が雇っているわけではなく⋯⋯国からつけられた「監査役」、もしくは「調整役」といったほうが近い。

その彼と向き合うのは、冷ややかな無表情にサングラスを添えた、ややガラの悪い中年男――

こちらは元冒険者で、足の怪我を機に引退した後、冒険者ギルドの職員となり、これまで日々勤めてきた。

名をベルガリウスという。

いかにも軽薄な声で彼は嗤う。

「お言葉ですがね、ご隠居。今回ばかりは俺が担当させていただきますぜ」

「黙れ。そして退け。新規の迷宮と隣接する支部の長⋯⋯そのような重責は、貴様のような無頼に任せられることではない」

隠居の機嫌は悪い。ただし、これには演技が多分に含まれており⋯⋯彼はベルガリウスに、今回の役目を自ら辞退させたいのだ。

そのために圧力をかけ、強い言葉で煽ってきている。

メテオラの近くに発見された『禁樹の迷宮』では、魔道具の素材として貴重な「琥珀」がドロップするという。

この貴族の目的が「それ」に関する利権だと察しつつ、ベルガリウスは肩をすくめて怒気をいなした。

「ドラウダ山地の奥なんてのは、ド田舎を通り越した魔境ですぜ。王都育ちの男爵様じゃ神経がもたん。ケーナインズの報告書は自分も読みましたし、まあまあよくまとまっていたが⋯⋯ありゃ 落星熊(メテオベアー) のリスク見積もりが甘すぎる」

巧妙に話を逸らしつつ、ベルガリウスはわざとらしく嘆息した。

「現地じゃあの熊が神聖視されているそうですが⋯⋯地元の有翼人はともかく、俺らが行って無事に済む保証はないわけでね。こういうのは、『万が一』が起きても惜しくない人材をまず送っておくもんです。せっかくの大事な部下を死地に送ることはないでしょう」

隠居が鼻筋を歪め、ステッキで床を軽く叩いた。

「なるほど、死地か⋯⋯つまり、貴様は『死にたがり』なのかね?」

「いえいえ、滅相もない。しかし、逃げ足は速いほうでして⋯⋯ついでにそちらの部下の男爵殿より、自分のほうが臆病で慎重だとも自覚しております。今回は俺のほうが適役でしょう」

重ねてすっとぼけると、隠居が斬りつけるような眼差しを寄越した。

「⋯⋯小僧。誰に入れ知恵をされた? 貴様は誰の指示で動いておる?」

つい呆れて絶句しそうになったが⋯⋯それでもベルガリウスは、なんとか舌を回す。

「誰からも指示なんかされちゃいませんよ。ご隠居こそ冷静に。琥珀の取引は魔導閥の領分だ。確かに『迷宮産の品』なら、冒険者ギルドでも扱えるでしょうが⋯⋯魔導師ギルドと対立してまでやることじゃない。僻地の支部の運営は、俺とうちの部下だけで細々とやらせていただきますよ。国王陛下のご意向も⋯⋯まぁ、そんなところでしょう」

現国王のリオレットは自身も魔導師であり、宮廷魔導師ルーシャンの弟子である。彼が魔導閥の不利益を許容するとも思えないし、また冒険者ギルドの汚職を見逃すはずもない。

この隠居は琥珀の利権に目がくらみ、それが「毒薬」に等しいことに気づいていない。手を出せば間違いなく睨まれる。

ベルガリウスが「そういうもの」を遠ざける慎重な性格だからこそ、ギルドのまともな幹部達は、彼のメテオラ支部長就任を支援してくれた。

今更、愚かな貴族の横槍ごときで、この決定をくつがえされるわけにはいかないのだ。

しばし思案して、隠居が無言のまま席を立つ。

ベルガリウスもまた、黙礼でこれを見送り⋯⋯足音が遠ざかったところで、重苦しい嘆息を漏らした。

(諦めた⋯⋯わけじゃねぇんだろうなぁ)

面と向かっての脅迫を跳ね除けた以上、次はより強硬な⋯⋯それでいて回りくどい策略を仕掛けられそうで、今から頭が痛い。

余計な業務によって凝った肩を適当に揉んでほぐしていると、会議室に後輩の男性職員が走ってきた。

「ベルさん、続けてまた来客です。王立魔導研究所のアイシャ様が、トマティ商会の商人を連れてきました」

呼んだわけではないが、「そろそろ来る頃か」とは思っていた。もしも来なければ、こちらから店まで出向くつもりだった。

「おっと、来たか⋯⋯ここに通してくれ。茶菓子も頼む。あー⋯⋯一番いいやつで」

「はぁ。一番いいやつですら、見栄をはれないレベルですけどね⋯⋯」

後輩職員の軽口に力なく笑い、ベルガリウスは手鏡で表情を確認する。さすがに、直前の客に向けた危うい表情のままでは会いたくない。

⋯⋯冒険者ギルドは現在、資金難が続いている。

琥珀に目がくらんだ隠居の心持ちも、その意味ではわからないでもない。

彼はその利権で私腹を肥やす気だろうから、どのみち協力はできないが⋯⋯先代国王の浪費癖に巻き込まれて、関係省庁は軒並み予算を削られたため、どこも内情は厳しい。

今回の「メテオラ支部創設」に関しても、まともな予算はつかないだろうと覚悟していたが⋯⋯トマティ商会なる謎の新規商会が、建物や滞在費の支援を申し出てくれたおかげで、とんとん拍子に話が進んだ。

アイシャが連れてきた客はいわば今回のスポンサーであり、下手な対応はできない。

やや着崩し気味だった襟元を締め直し――ベルガリウスは、愛用のサングラスをより色の薄いものに掛け変えておいた。