軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26・おうちにかえろう

目的地に着いたのは、およそ十分後のことであった。

これは途中から飛びはじめたウィルヘルム君の飛行速度に合わせた結果であり、ウィンドキャットさんの全力ではない。

俺もあんまりスピードを出すのはおっかなかったのだが、背に乗っていると風の障壁か何かが生まれるらしく、振り落とされそうな気配はなかった。

むしろ一体感があってちょー楽しかったが、しかし夜間飛行を楽しむ状況でもない。まずは迷子の捜索だ。

揃って降り立った場所は、 廃墟(はいきょ) と化した教会風の建物だった。

レンガ造りの屋根は完全に落ちてしまい、壁と柱がいくらか残っているものの、もはやかつての面影はうかがえない。

たぶん昔はここに小さな村とかあったんだろーな……人が消えてから百年くらいは経っていそうだ。

今は周辺のほとんどが深い森に飲み込まれ、上空からではこの廃墟の部分すらまともに見えない。

「フレデリカ! フレデリカ、どこにいるんだ!?」

深夜の廃墟に、オペラを連想させるほどの美声が響き渡る。

出迎えてくれた数匹のサーチキャットに導かれるまま、俺は廃墟の奥まった一隅へ向かった。

声を出しながら、ウィルヘルム君も背後からついてくる。

「…………兄、さま……?」

朽ちた柱の陰からおずおずと現れたのは――ウィルヘルム君と面影の似た、黒髪の女の子。

さらっさらの長い髪は少しだけ土埃に汚れていたが、それでもなお艷やかだ。少々キツめな目つきとあいまって、いかにも高貴な存在感をまとっている。

クラリス様よりちょっとだけ年上に見えるかな? ウィルヘルム君と双子と言われても納得してしまいそうだ。

もうちょっと小さい子を想定していたが、だいたい中学生くらいの印象である。

見た目が少年なウィルヘルム君の「妹」ということで、つい「かなり小さな女の子」と思い込んでしまったが、思ったより小さくはなかった。

ともあれ、怪我をしている様子はない。よかった!

魔族を怒らせると云々、という話も怖いっちゃ怖いのだが、それよりなにより、「迷子の女の子が無事でいてくれた」ことが何より嬉しい。俺も装備なしでの望まぬ山歩きを経験した身、あれはちょっと洒落にならない。

ウィルヘルム君が妹に駆け寄り、その身を抱き寄せた。感動的!

「フレデリカ! 無事で……! 無事でよかった……!」

どすっ。どすっ。

…………ん? なんだこのくぐもった音?

「…………兄さま。離して。ウザい」

「フレデリカ! ああ、僕の可愛いフレデリカ……!」

「…………離せと言っています。聞こえませんか、このシスコン兄」

どすっ。どすっ。

――少女の拳が、至近距離から容赦なく、兄への腹パンを繰り返していた。

ウィルヘルム君は一応、体力はDながら武力C。「まあまあ」という評価であり、少女のゼロ距離打撃などまともなダメージにはなっていないが、しかし腕の振りはなかなか鋭い。才能を感じる!

……ウィルヘルム君は完璧な笑顔だが、アレ地味に痛いのではなかろうか。あるいは腹に防具でも仕込んでるのだろうか。

若干、反応に困る俺を振り返り、ウィルヘルム君が頭を下げた。

「ルーク様、ありがとうございました! こちらが妹のフレデリカです。フレデリカ、君もお礼を言って。こちらの猫さんが、迷子の君を見つけてくれたんだ」

「………………余計なことを…………え? 猫……?」

フレデリカちゃん、ここでようやく俺の存在に気づいた。

見た目は完全にただの猫、ウィルヘルム君の足元にいたし、ここは暗いし、視界に入っていなかったのだろう。

「はじめまして、フレデリカ様。私はリーデルハイン子爵家のペット、ルークと申します。風の精霊さんとの約定により、ウィルヘルム様のフレデリカ様捜索をお手伝いさせていただきました」

俺のご挨拶に、フレデリカちゃんはしばらく考える様子を見せ、お兄様の足を踏みながら小さく頷いた。

「……なるほど。猫を使い魔にしているのね。本体はどちらに?」

「いえ? コレが本体ですけど。普通に猫なので」

俺は両手をパタパタと掲げてアピールする。

フレデリカちゃんはつかつかと歩み寄り、俺の前でしゃがみ込んだ。

「うそおっしゃい。猫が喋るわけないでしょう。兄さまには無理だろうから……姉さまの悪戯? それとも私の知り合いの誰か?」

話しながら、俺の喉の下へと伸びる細く白い指。

ごろごろごろ……

む、意外と手慣れていらっしゃる……にゃーん。

…………………………………………………………

「…………………………………………はっ!?」

気づくと俺は、フレデリカちゃんに抱えられ、よくわからない魔法陣の真ん中にいた。

時間が飛んでいる!?

「ルーク様、転移の準備が整いましたが……本当によろしいのですか?」

「よろしくないです! すみませんちょっと意識もっていかれてました!」

俺は慌ててフレデリカちゃんの腕から飛び降り、すたこらと魔法陣の外へ駆け出た。

喉の下はやはり危険である。あまりの心地よさで前後不覚に陥ってしまう。

「あっ……もう、兄さま。あと少しだったのに……」

……もしかして誘拐する気だった? こえー。魔族こえー……

うっすらと光る魔法陣の傍らで、ウィルヘルム君が苦笑いをしている。

「こ、この魔法陣はなんですか?」

「やっぱり聞いてなかったんですか……こちらは魔道具にて作り出した転移用の“門”、その簡易タイプです。現在は僕達の屋敷につながっていまして……お礼のためにぜひルーク様をお招きしたいと、フレデリカが言ったのですが、リーデルハイン家の方に 言伝(ことづて) なしで本当に良いのかと――」

「よくないです! お礼とかはお気になさらず!」

そもそも俺にとっては、風の精霊さんから受けた恩ゆえの行動である。

とゆーかフレデリカちゃん、俺のこと疑ってなかった? いつの間にデレたの? 俺が完全に猫化している間に何があった?

「ルーク様、たかが人間のペットなんてやめて、うちにおいでくださいな。今より良い暮らしを保証できますわ」

フレデリカちゃんのありがたいお誘いを、俺はぴしゃりと断る。

「いえ、拾っていただいた御恩もありますし、何よりリーデルハイン家の方々にはよくしていただいております。この地でやりたい仕事(※トマト様の覇道)もあるので、今、ここを離れるわけにはまいりません」

「そう……仕方ありませんね。この地を離れたくなったら、いつでもおいでください。歓迎いたしますわ」

フレデリカちゃんは残念そうに一礼し、魔法陣から地面へと吸い込まれ、消えてしまった。

後に残ったのはウィルヘルム君と俺。

――一緒に移動しなかったとゆーことは、まだお話があるのかな?

「フレデリカ様は、今ので無事に戻れたんですか?」

「そのはずです。元々、転移先さえきちんと指定しておけば、失敗することはまずない魔法なので。その指定が曖昧だとランダムに飛ばされたり、あるいは転移用の魔道具の調整中にうっかり触れてしまったりすると、今回のような事故が起きてしまうのですが……」

ウィルヘルム君が、手にした懐中時計のような品を軽く上げてみせた。

時計ではなく、どうやらそれが転移用の魔道具らしい。

「これが、当方の屋敷に設置されている“門”とつながる鍵です。この鍵を用いて、地脈の上で魔法陣を展開すれば……誰でも転移できます。ただし、制限がいくつか。これは使い捨ての簡易な鍵なので、複数の人間を同時に送ろうとすると負荷に耐えきれず、魔法陣が砕けてしまいます。転移は必ず一人ずつ……これが鉄則です」

そう言って――

ウィルヘルム君は、懐中時計風の魔道具を俺に手渡した。

ん? え? もらっていいの? 結構な貴重品じゃないコレ?

「あの、これは……?」

「今回のお礼として、ルーク様に献上いたします。あくまで簡易用の使い捨てですので、使用は一回限り、一人だけです。万が一の非常時にお使いいただければ、我々の屋敷へ移動できます。あ、地脈の上でなければ魔法陣を展開できませんので、場所は選んでくださいね」

ほう、使い捨てか。

サイズ感はまさに懐中時計なのだが、蓋の内側はただの金属で、魔法陣の模様が彫り込まれていた。

「地脈の上でのみ、この魔法陣の模様が浮かび上がります。あとは蓋を開けて魔力を注げば、この魔道具が自動的に処理してくれますので……先程の妹の転移も、同じものを持たせた上で、僕が代わりに魔力を注ぎました」

「よろしいのですか? 使い捨てとはいえ、貴重なものでしょう」

魔族の“拠点”につながるアイテムである。不用意に他人へ渡して良いものとは思えない。

ウィルヘルム君が柔らかく微笑んだ。

「もちろん、ルーク様を特別に信頼してのことです。実は打算もあります。“またお会いできるように”という……」

「……わかりました。それでは、ありがたくいただいておきます!」

ここで断るのは野暮というものだろう。

ウィルヘルム君が改めて、深々と頭を下げる。

「ルーク様。重ね重ね、妹を見つけてくださりありがとうございました。貴方は我々の恩人です。妹も……性格上、強気に振る舞ってはいましたが、今回はよほど恐ろしかったのでしょう。罵声にキレがありませんでした」

そこを恐怖度のバロメーターとして活用するのはいかがなものか。

新しい魔法陣と共に去っていくウィルヘルム君を見送り、廃墟に取り残された俺は、ボリボリと腹を掻いた。

真っ暗である。どこか遠くで、フクロウ的な鳥の鳴き声が聞こえる。

暗い。寂しい。怖い……

しかし今のルークさんには、帰れる場所がある。こんなに嬉しいことはない! 人生で一度は言ってみたい名台詞である。

俺はウィンドキャットさんを再召喚し、その背にまたがった。

「じゃ、帰ろっか!」

「にゃーーーーん」

空高く舞い上がった白い猫は、ちょっと信じられないスピードで飛び始める。

あっという間に辿り着いたリーデルハイン邸の敷地は、上空から見下ろすと、なんだか妙に懐かしい感じがしてしまった。