軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

250・学内猫さんのご相談

ソラネさんに続いて、その母君の「メルーサ・ラッカ」氏にご挨拶をしたルークさんは、内心で悪辣な猫笑いを繰り返していた。

ククク……ククククク……キルシュ先生の周辺人材は、まことに有能である……

このメルーサさん、「農業研究所の副所長」というお立場なのだが、所長は貴族様で非常勤の名誉職だそうで、実務的なトップは彼女。

そしてその専門は「農業経済学」「農業経営学」という、ちょっと特殊な分野で……農業経済学は、「農業と関わる、社会全体の経済活動の仕組みや変化」を、農業経営学は「個々の領地や商家、農家といった組織単位での、農業方面からの経営や戦略」を、それぞれテーマとして取り扱う。

彼女は研究の軸足を経営学側に傾けつつ、経済学のほうにもちょっとだけ首を突っ込んでいる、という立ち位置のようだ。

品種や土壌の改良、生育実験などに直接関わるお立場ではないが、我がトマティ商会にとって確保しておきたいタイプの有識者と言えよう。

あともう五十歳近いはずなのにかわいい……普通にかわいい……キルシュ先生に案内してもらった初対面の時、「助手? それとも留守番の学生さんかな?」と思ったら本人でびっくりしましたよね……

じんぶつずかんを拝見したところ、「体質的に浄水宮の水と非常に相性が良く、老化が著しく抑制されている」とのこと――皇族や魔族とはまた違う理由だったらしい。もちろん転生特典とかもない。体質的な個人差ということであろうか……

つまりこのメルーサさんの場合、もしも皇都(浄水宮)から離れて暮らしていたら、普通の人と同程度には老化していたものと思われる。環境って大事。

さて、双子ちゃんが授業に向かったタイミングで、学内猫さん達とのお茶会ならぬおやつ会は終了し、俺はキルシュ先生を迎えに……行こうとして、猫さんに呼び止められた。

(ルークさま、ルークさま。ちょっと相談があります)

学内猫さんの一匹が、俺の毛づくろいをしながらすりすりしてきた。

……なお、オスである。そう考えるとあんまり嬉しくねぇけど、まぁ猫だしな……?

(なんでしょう? 無理なことでなければ協力しますが……)

温厚な同族には優しくしておきたい。というか、まかり間違って猫さんを粗略に扱うと、超越猫さんからの天罰とかくだりそうなので……猫を大切に。人類はそこそこで良い。

(実は最近来たばかりの新入りの舎弟の中に、少々元気のない人類がいるのです。我々にはその理由がわからないのですが、たまには下僕の面倒を見るのもやぶさかではないので――ルークさまからご助言をいただけないかと)

(ていうか、あわよくばルークさまのほうで解決していただけると)

(正直めんどうくさいので)

……うん……まぁ……猫さんなので……はい……

『獣の王』が効いた状態でコレなので、やはりお犬様達とは性格面の違いを感じる。野生に比べると全然優しいのだが、あんまり「忠義!」とか「褒めて!」的な波動を感じないというか……ぬるっとしなやかに颯爽と生きているというか……「精神性が犬っぽい」と言われがちな俺も、猫としてはこの境地を見習うべきなのだろうか……?

とりあえず相手だけは確認しておこうと、学内猫さんに案内されて当該人物の元へぽてぽてと向かう。

辿り着いた先は、メルーサさんの職場である農業研究所の正面。

……下僕ってまさかメルーサさんのことじゃあるまいな……? とも考えたが、あの方はあんまり悩みとかなさそうな雰囲気だったのでたぶん違う。

そして学内猫さんは玄関には向かわず、野菜の直売所へすたすた。

「にゃーん」

「お? 朝の散歩中かい?」

直売所の開店準備をしていたのは、二十代と思しき兄ちゃんであった。

ガタイがまあまあ良いので、何らかの武術をやっていそうな雰囲気……黄土色の髪はほぼスポーツ刈りレベルで短く、見た目からして体育会系である。

学内猫さんが撫でられている間に、じんぶつずかんでささっと確認。

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ナイブズ・アロウ・ダイクー(21)人間・オス

体力B 武力C

知力C 魔力D

統率C 精神C

猫力83

■適性■

剣術C 弓術C 盾術B

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わりとふつう。Cは「まあまあ」というレベルなので、世間一般で見ればそこそこ優秀と思われるが、うちのクロード様とかスイール様みたいな常軌を逸した悲しき怪物ではない。

魔導師でもないので、学内では埋没しがちな人材といえよう。でも「盾術」って珍しいな? 前世のゲームとか小説だとごくごく稀に見かけた気もするが、こっちでは初めて見たかもしれぬ。

それと……ミドルネームがついている。

この世界の特徴の一つであるが、ミドルネームを持っているのはだいたい王族である。あと魔族も一字のみのミドルネームを持っているが、あれは領地の頭文字らしい。たとえばウィル君の「ウィルヘルム・ラ・コルトーナ」の「ラ」は、「ラガード地方」の省略だし、「オズワルド・シ・バルジオ」の場合、「シルヴェスト地方」を縄張りとしているのだ。

地名を隠す意図は特になく、「長いから慣例的に省略しているだけ」とオズワルド氏は言っていた。

で、王族の場合はだいたい、ここに国名が入る。「ロレンス・ネルク・レナード」とか、学園長の「マードック・ホルト・マーズ」とか……そんな感じ。

この兄ちゃんの場合、「アロウ」というのがミドルネームだが、これは「アロケイル」という国の王族が名乗るミドルネームだ。

つまりこの子も留学生かぁ。

………………………………亡国の王族じゃねぇか……orz

ルークさんは思わず真顔に転じた。

そういや入学式前のガイダンスでも見かけた気がするな――?

アロケイルというのは、例の「不帰の矢」を開発した咎で、魔族によって首都の王家を滅ぼされてしまった国である。

滅ぼされたのは確か、去年の秋頃だったので……ラズール学園への留学を控えていたこちらのナイブズ君は、おそらく旅路の途中だったはず。

アロケイル王国はネルク王国よりもさらに西側にある遠い国なので、途中に海路を使ったとしても、数ヶ月から半年はかかる旅だったと思われる。

そしてこちらの世界には、一般人が使える電話や電信の類もないため――情報の伝達速度は遅く、正確性も担保されにくい。ナイブズ君が「故郷が滅んだ」と知ったのは、つい最近のことだろう。

アロケイル関係ではもう一つ、特記事項があり――

確かオズワルド氏が、「その後の混乱によって内乱状態となり、ピンチに陥っていた地方の貴族を一家族、ホルト皇国に亡命させた」と話していた。

(『209・「入学式といえば屋台のたこ焼きだよね!」的な。』でちらりと触れたアレ)

この貴族は『正弦教団の協力者』だったようで、オズワルド氏は「アフターサービスの一環」とも言っていた。

……じんぶつずかんによると、こちらのナイブズ君は「その亡命貴族から知らされて、ようやく故郷の現状を知った」という流れのようだ。そりゃ元気もなくなるというものである……

そして抱えている悩みというのが、「自分はすぐに帰国するべきなのか」とか「王族としての責任は……」とか「でも目立ったら魔族に『王族の生き残りがまだいた』と知られて殺されそう……」とか……当然のように重い。

……ちょっと猫にもどうしたらいいかわからぬ……クラリスさま……たすけて……

あと、「王族が朝の野菜直売所で働いている」という状況もなかなか謎が深い。後で『じんぶつずかん』を精査するとしよう。

現在は農業系の各サークルが早朝に収獲した品を、店頭に並べ終わったところ。

彼以外にも何人か働いていたが、この子達は家来とか部下ではなく、ラズール学園の一般学生さん達だ。

ナイブズ君は馴染みの猫さんに挨拶した後、続く俺にも手を伸ばした。

「腕輪なんて珍しいな……学内猫じゃなくて、学生さんの飼い猫かい?」

俺の喉元を撫でて、ナイブズ君が微笑む。なかなか手慣れておられる。よきにはからえ。

しばらく「にゃーん」していると、農業研究所の正面玄関からソラネさんがとぼとぼと歩み出てきた。早朝からだいぶお疲れだな?

このタイミングということは、キルシュ先生と遭遇したのだろう。

今朝、『妹さんは先生にだいぶキレてました!』と報告したら、『妹は、ラッカ家の親族には珍しい常識人なので……身内の放浪や失踪に、まだ抵抗感があるのかもしれませんね』と困惑しておられた。

……いえ、「失踪」に抵抗感がないのは野生の獣なんですよね……そこはキルシュ先生とラッカ家の男どもがおかしいと思うよ(正論)

開店したばかりの直売所を横切るソラネさんは、足元の俺に気づいた。

「……あれ?」

どうも、猫です!(挨拶)

……猫っぽく振る舞う俺を見下ろし、ソラネさんはなんとも言えないびみょーなお顔に転じる。

しっかりした子なので「ルーク様!?」とか不用意に驚いたりはしない。ちゃんと普通の猫を見かけただけのように演技してくれている。でも言いたいことはありそう。

こちらから気を利かせて、脛に額をぐりぐりと押し付け「抱っこせぇや」の合図を送る。

ソラネさんはちょっと戸惑いながらも、丁寧に俺を抱えあげてくれた。にゃーん。

「あ、お嬢さんの飼い猫ですか?」

近くにいたナイブズ君が気さくに声をかけてきたが、ソラネさんは曖昧に笑い、「いえ、うちの子ではないんですが、友人の飼い猫で……お散歩していたみたいですね」と、うまくかわしてくれた。

この場へ案内してくれた学内猫さんには、「すぐに解決できる悩みではなさそうなので、じっくり対応します!」とメッセージを送っておく。

そして歩き出しながら、ソラネさんは我が耳元でこそこそ。

「……あの、ルーク様……こちらで何を?」

(実は学内猫さんから相談を受けまして……)

かくかくしかじかと説明すると、ソラネさんはびっくりした顔に転じ、俺を抱えたまま建物の裏に回った。

「さっきの人が『元気なさそうだ』って……猫さんがわざわざ心配してくれてたんですか? 別に飼い猫でもないのに?」

人気のないところに移動したので、俺も小声で応じる。

「ええ。個体差はありますが、そういう機微に敏感な子はけっこういますよ。特にこちらの学内猫さん達は、何世代にもわたって、この地で長く学生さん達と共存してきたので……人間相手にも、ある程度の仲間意識がありそうです」

新入生に対しては「新入り」「新しい舎弟」みたいな感覚もありそうだが……猫さんのかわいいイメージを堅守するためにも、単語の選び方には留意したい。

猫さん同士の会話を盗み聞きすると、たまにドスの利いた声で『……おい、若ぇの。てめぇ、誰に断って俺のシマ荒らしてやがる……!』『しゃらくせぇ。ジジイはすっこんでろ!』みたいな吹替ヤクザ映画が唐突に始まったりとか、そういう不都合な真実は存在しない。猫さんはかわいい。ただひたすらかわいい。そういうことにしておけ。な?

「……それでルーク様が、学内猫さんの代わりに彼の悩み相談を?」

「はぁ。とはいえ私が自己紹介するかどうかは、ちょっと迷うところでして……まずはクロード様とかスイール様を頼りたいところです。実はさっきのお兄さんも、ちょっとどころでなく訳アリのようで」

「訳アリ? どういう人なんです?」

「アロケイル王国からの留学生です。しかも……王族かもしれません」

確定情報ではあるのだが、ソラネさんには『じんぶつずかん』のことを話していないため、あえて少しボカしておく。

ソラネさんは小首を傾げつつも「へー、そうなんですか」とあっさり納得してしまわれた。

……あれ? 全然驚かない感じ?

「……あの、王族があんな直売所で働いてるって、おかしくないですか?」

そう問うと、ソラネさんは俺を撫でながらくすりと笑った。

「僭越ながら、『亜神様が子爵家のペットをされている』という事実に比べたら、王侯貴族が何をしていようと、さほど驚くには値しないかと」

それはまぁ……そっスね……?

「それにラズール学園はこういう場所ですから、他国から来た王侯貴族の方々が、『国ではできない庶民の真似事』をするケースってけっこう多いんです。国のイメージを背負っていますし、外交的な配慮も必要なので、『やりたいことならなんでも』というわけにはいきませんが……直売所の手伝いくらいなら、有り得る話かな、と」

そういうものか。じゃあロレンス様が家庭菜園でトマト様の収獲とかしても全然オーケーだな!

……や、これはそもそも最初からオーケーである。「園芸」「庭仕事」は王侯貴族の趣味としてド定番。それこそ薔薇園の手入れとか、高貴な趣味の代表例だ。

人間関係や政争に疲れると、人は物言わぬ植物に癒やしを求めがち。すなわちトマト様こそが人々の救い手であり神なのだ――

「研修の開始時刻が迫っているので、私はそろそろ行きますが……お昼までに、暇を見て学生課の資料を少し調べておきますね」

「ありがとうございます! ではお昼にまた!」

丁寧に一礼して去っていくソラネさんを見送ってから、俺も改めて思案する。

ナイブズ君もまあまあ猫力が高いので、『奇跡の導き手』さんが水面下で仕事をしている可能性は高いのだが……

すでにアロケイル王家はほぼ滅亡し、国では内乱が始まっているらしいので、ちょっと手遅れ感がある。

仮に間に合っていた場合には、「不帰の矢を量産し、他国への侵攻を企てていた国を、魔族と対立してまで守るべきか?」という別の問題も発生していただろうが……

学内猫さんからの「面倒見たれや」というご依頼なので放置はしないが、具体的に今から何ができるのか考えると、ちょっと悩ましい。

もしも「魔族に復讐したい!」とか言い出したら「やめとこ……? ね?」ってなるだろうし、「平和に安穏と暮らしたい」程度ならわざわざ俺が介入する必要もないのだ。

さしあたって、「今すぐに危険が迫っている!」みたいな雰囲気ではないので、人となりを確認しつつ、状況の推移を見守るとしよう。

当座の方針が「保留」に定まったところで、リーデルハイン領での診療開始時刻が迫ったキルシュ先生を迎えに行く。

「どーもー。お迎えにあがりました!」

メルーサ博士の研究室に宅配魔法で移動し、ダンボール箱から万歳ポーズで飛び出すと――

「あ、ルークちゃん、おかえり!」

さっそく博士が俺を抱えあげ、ぐにぐにと撫で回してくれた。

うむ。見た目はともかくとして、やはり三児を立派に育てた母親だけに、猫とか赤ん坊の安定した抱き方を心得ておられる。

心地良い揺らぎも加わって、俺も「にゃーん」とつい童心に返ってしまう。もうじき生後一歳です。

「あのね、今、キルシュくんと話してたんだけど……私も今日はお休みをとって、奥さんと孫娘に会ってこようと思うの! ルークちゃん、キルシュくんと一緒に、私もリーデルハイン領へ連れて行ってくれる?」

ほう。そんな話に――

……えっ。大丈夫なんですか? それ?

「送迎するのは構いませんが、そんな急に休めるものなんですか?」

メルーサ博士は「えへへ」と恥ずかしげに笑った。見た目が完全に包容力のある女学生なのだが、三児を成人まで育て上げ、さらに孫までいるれっきとしたおばあちゃんなのである……脳がバグる。

「実は最近、ずっと研究室に泊まり込んでたから、『たまには帰れ』って職員さんからも言われてて――ちょうどいいから、夜は家の方に送ってもらえるかな? ソラネちゃんとも久々にゆっくり話したいし!」

御本人が良いならそれで構わぬが……キルシュ先生も頷いてるし、ま、ええか……

彼女は実質的にこの研究所のトップなので、必要な仕事さえこなしていれば適当に休んでもいいらしい。むしろ休日返上で職場に入り浸るのは管理職のムーブとしてあまりよろしくない。

事務の人に届け出を出すと、「やっとご帰宅ですか」と安堵したように笑われてしまった。

その後、人目につかないところからキャットデリバリー!

急に 姑(しゅうとめ) が来たらエルシウルさんもびっくりするだろうが、この人なら大丈夫そうな気がする……そして「急に来た」ことよりも「見た目の若さ」のほうにびっくりされる未来しか見えぬ。

なんならキルシュ先生の妹に見える……ソラネさんと並んでもたぶんその妹に見える……どういうことなの……?

なお、「急に一食分増えてたいへん!」とか「お茶菓子の準備が!」とか、そういうのは全部、猫さんからの差し入れで対応させていただく。これでもルシーナちゃんの名付け親ですからね? むしろこのままアテンドしよか?

というわけで、午前中はメルーサ博士に診療所とかトマティ商会を案内し、ついでに……あくまで「ついで」に、将来のバロメソース・ホルト皇国輸出へ向けた農業経済学・経営学の観点からのアドバイスをいずれいただけるよう、うちの社員達とも引き合わせておきたい。ついでにね? あくまでついでですから。決して主目的ではないですよ?

そしてキルシュ先生の診療時間が始まるのと同時に、俺はメルーサ博士とエルシウルさん、ルシーナちゃんを引き合わせ、嫁・姑・孫の揃った楽しいお茶会を開いたのであった。