軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

248・妹はだいたい兄に厳しい

アークフォート先生がヨルダ様を的に、「目隠し撃ち」を披露している間――

偶然のゲストたるラルゴ伯爵、エレフィン伯爵の二人は、ほぼ蒼白でその光景を眺めていた。

エレフィン伯爵は褐色肌なので顔色の変化がちょっとわかりにくいのだが、表情でわかる。真っ青である。俺も同じである。おっさん達と猫が同じ顔して怯えている……微妙に親近感湧くな?

「……あの講師、有名人なのか……?」

「いや、そんなことはないと思うが……しかし、名もなき一介の講師にできる芸当ではなかろうし……」

ラルゴ伯爵も歯切れが悪い。

つーかコレ、もしかしなくてもほぼ暗殺術だな? 「闇夜に紛れて……」ってパターンで大活躍する技能だな?

こんなもん学生に教えられるわけもなく、また教えたところでマスターできる技能でもなさそうだが……この場でコレを見せたということは、「クロード君もちょっと練習すればできるようになるよ!」というのが先生の意図であろう。こわい。

目隠しをしたまま、動き回るヨルダ様を狙ってのんびりと矢を射ちながら、アークフォート先生は淡々と話す。

「クロード君は目がとても良いようです。ただ、その分、目に頼りすぎている感もある。見えるものには当てられるでしょうし、対象の動きを予測する技術もずば抜けておられる。しかし、おそらく……『気配を撃つ』ことにかけては、まだ私にかろうじて一日の長がありそうですな」

どうせすぐに追い抜かれるでしょうが――と先生は笑ったが、我々は笑えない。クロード様ほどではないが、この人もまあまあ人間離れしている……動き回るヨルダ様の盾には、すでに十数本の矢が突き立っていた。

一応、先生が射つタイミングにあわせて、ヨルダ様もその場に留まって受け止めるというムーブをしているので、飛んでいる矢をポンポン撃ち落としたクロード様みたいな狂気は感じないのだが……見えてないのになんで位置がわかるの……?

矢が尽きたところで、先生は目隠しを外し、にこにこと微笑んだ。みんなもようやく、この笑顔に「恐怖」を感じたことであろう……とか思ったが、ポルカちゃんとマズルカちゃんが喜色満面で駆け寄る。メンタルつよい。

「せんせー、すごいすごい! 私も弓術の講義、とれば良かった!」

「気配、足音……いえ、体内魔力などに反応しているのですか? でも、普通の的も狙えると仰ってましたね? どういった原理なのですか?」

こちらの双子ちゃんは不審な猫相手にも物怖じしなかったし、基本的に「すごいものだいすき!」という性分のようである。まるで好奇心旺盛な猫さんのよう……つまり俺は猫さん失格……? い、いや! 臆病で慎重なほうがより猫さんっぽい! はずである!

一方、ラルゴ伯爵やエレフィン伯爵は、この技から「暗殺術」を連想したはずなので……まぁ、「やべぇもん見た」となるのはわかる。

クロード様も「ほえー」と間抜けヅラをさらしているので、この技はさすがにまだできない模様。でも暗中射と超精密射撃を組み合わせた時のパフォーマンスはすごそうですよね!

…………クロードさまの主人公補正は、一体どこへ向かっているのか……暗殺者デビューの予定はさすがになかろうと思うが、無駄に不穏である。

アークフォート先生は、双子ちゃんににこにこと対応した。

「人の気配はわかりやすいですよ。足音や空気の流れ、それに呼吸の気配も伝わります。単なる的の場合には、『空気の流れを遮るものがそこにある』……という感覚でしょうか。何をどう把握しているのかとなると、感覚的な話になってしまうのですが……目を閉じていても、意外と周囲を探る手がかりはあるものです」

イルカやコウモリがやる「エコーロケーション」という技能も有り得るが……先生は舌を鳴らしたりもしていなかったし、静かなものだった。あるいは魔力的なソナーっぽい能力を無意識に使っているのかもしれぬが、猫にも詳細はわからぬ。達人の感覚とか一般人ならぬ一般獣の俺にわかるわけがない。目を閉じたところで脳裏に浮かぶはトマト様の勇姿ぐらいなものである。

このアークフォート先生の暗殺術……もとい暗中射を拝見した後で、我々は夕刻の修練場を後にした。

人外の弓術を見せつけられたお貴族様二人は、毒気を抜かれたよーな顔で「それではまた後日……」と去っていった。

なんか学生課にロレンス様への面会要望を出してきたらしいので、こちらは後日、ロレンス様が外交的に対応してくれる。

これは「ネルク王国の方針」とか「猫の精霊の目撃談」などを確認する程度の情報収集と思われるので、わざわざ猫が関わる予定はない。将来、王位を継ぐロレンス様にとっては、こうした外交系の話し合いは良い経験になるだろう。

なお、マズルカちゃんは父親との別れ際も「ふしゃー」と威嚇していた。ちょっと本人も楽しそうだったので気に入ったものと思われる。持ちネタが増えたね!

アークフォート先生も、「たいへん有意義な時間でした」と、にこにこ笑顔で講師室へ戻ろうとしたのだが――ヨルダ様にお茶に誘われ、そのままお二人で学内カフェへ移動した。大人同士、積もる話もあろう。特にヨルダ様は、実父であるラダリオン氏の昔の話とかを聞きたいっぽい。

そしてカエデさんとアズサさん達は正門から帰るふりをして、人目につかないところでキャットデリバリー!

後に残ったのは学生組である。ベルディナさんの先輩であるソラネさんもいる。

彼女が残った理由は明確。

「……あの、クロード様。実は私の兄、キルシュ・ラッカから、『リーデルハイン領で診療所を開いた』という手紙が届きまして……もしも何かご存知のことがありましたら、ぜひお話をうかがえないかと――」

「えっ!? もしかして、キルシュ先生の妹さんですか!?」

……俺もさっき、『じんぶつずかん』を見て初めて気づいたので……「ラッカ」という姓だけで彼女の正体に気づけというのは、少々酷である。基本、みんな「キルシュ先生」とだけ呼んでるし。

また士官学校に通っていたクロード様は、食事会とかイベントの時しかキルシュ先生に会っていない。

その一方で、俺やクラリス様はちょくちょく顔をあわせていた。ルシーナちゃんが生まれた後はよく会いに行っていたし、メテオラへの出張診療などでも同行している。

ついでにトマティ商会の敷地造成でも、『地属性の魔導師たるキルシュ先生に手伝ってもらった』という情報操作がなされているし、我が社の産業医でもあるのだ。

というわけで、ここはクラリス様のご出座!

「ソラネさん。兄は王都の士官学校で寮生活をしていたので、キルシュ先生に関しては、私のほうが詳しいです。近況でしたら、私から」

「本当ですか!? ありがとうございます、クラリス様!」

ソラネさん、最初は「おそるおそる」という感じだったのだが、こちらがキルシュ先生のことを知っていると示すと、表情に安堵があふれた。

「押しかけるような形になってしまい、改めまして、たいへん恐縮です。あの、兄は……元気そうなのは手紙から把握しているのですが、そちらでご迷惑など、おかけしていませんか……? 何分にも、そこそこの変わり者ですので――」

クラリス様が楚々と微笑む。迷惑どころかキルシュ先生は功労者である!

「とんでもありません。キルシュ先生にはたいへんお世話になっています。うちの領地にはここ十年ほど、お医者様が不在だったので、領民もたいへん喜んでいますよ」

「すげぇド田舎だな!?」と思われるのは覚悟の上。実際にリーデルハイン領はなかなかの田舎である。十数年前にいた当時のお医者様は、疫病で真っ先に……という悲しい過去は、ここでは伏せておく。

とはいえ、ソラネさんは別のことを気にしていた。

「兄のキルシュは『猫に対する民間の信仰』を研究するために、レッドワンドへ赴いていたはずなのですが……もしやそちらの地方にも、『猫』に関する信仰などがあるのでしょうか?」

……ルークさん、冷や汗ダラッダラ(肉球付近)である。

あるよ? ていうか、作ったよ? 具体的には、移住した有翼人さん達の猫地蔵信仰をベースにしつつ、落星熊さんへの信仰も追加ででっちあげたのだ。

神話の作成はキルシュ先生に依頼したので……これはもう「研究」というより「捏造」なのだが、その内容は「有翼人を飢餓から救った」とか「土から食べ物を創造した」とか「大地を猫にしてメテオラを作り上げた」とか……時代設定を除くと「……だいたいあってるな?」「むしろそのまんまだな?」という代物になってしまったのが、なんちゅーか釈然としない……

神話の中の猫さんは、「まさか本当に神様なのでは?」と勘違いしてしまいそうなくらい、ちゃんと神様ムーブをしていた……キルシュ先生の文体マジックもあろうが、完全なる捏造を指向していた俺としては「あれぇ……?」と首を傾げてしまった次第である。

実際には状況に流されてその場しのぎの対応を重ねてきただけなので、あんま神様ヅラはできぬのだが……幼女様に抱っこされて震える神様か……事案だな……

ソラネさんの「そちらの地方に猫への信仰はありますか?」という問いに、クラリス様はちょっとだけ思案してから答えた。

「……実は最近、領と隣接するドラウダ山地に、有翼人の集落が発見されまして――その地には、猫と 落星熊(メテオベアー) に対する信仰があります。その集落の有翼人達は、太古の昔、猫の姿をした神様によってその地へ導かれたとのことです」

くらりすさまはものしりだなぁ(棒)

一方、ソラネさんは驚いたようである。

「なるほど、そうした伝承が実際にあるのですね……では兄のキルシュも、それを聞きつけてそちらへ?」

「ええ、そのようです。その集落は『メテオラ』と呼ばれています。山地には落星熊が生息しているため、近隣の者でも滅多に山には踏み込めず……それで長年、発見されなかったようですね」

追加でロレンス様も援護射撃!

「ドラウダ山地は国有地です。これは、落星熊がいるために開拓が不可能と判断されたためで……実際、開拓を志した貴族の軍が熊に蹴散らされたこともありますし、貴族に恩賞用の領地として与えるには無理のある土地でした。そのために長く調査もされず、建国以来、ほぼ放置されてきたというのが実情です。我々もそこに有翼人が集落を作っていたと知って、たいへん驚きました」

「新発見だったのですね。道理で――私も、ネルク王国に有翼人の集落があるというのは初耳でしたので、納得しました。もう一つうかがいたいのですが……その集落で信仰されている『猫の神様』とは、昨年、ネルク王国を救い、つい先日、バロウズ猊下を守った『猫の精霊』様と、同一の存在なのでしょうか?」

………………割と核心を突いた質問きたな!?

仮に「そうだよ!」と認めると……リーデルハイン領と猫の精霊が結びつき、我々もその庇護下にあると感づかれるだろう。それはそれで別に構わんのだが、周囲に言いふらされると学生生活に影響しそうで困る。

逆に「関係ないよ!」というのもまずい。「違う」と判断するためには、その両方のことを「ある程度まで知っている」必要があるわけで……隠し事がある、と自白するも同然である。

「よくわからんけど、たぶん違うんじゃない?」、もしくは「さぁ?」あたりが最適解なのだが……この子の場合、学者さんの家系ということも影響して、気になることを調べちゃいそうな予感もある。

おそらく学生時代は忙しくてそんな暇はなかろう。

しかし今後、トマティ商会もこの地に進出するし、トマト様の御威光が世界へ広がるにつれて、彼女はいずれ「真実」へ辿りつきそうな気がする……学者の血を甘く見てはいけない。研究のために旧レッドワンドにまで移住したキルシュ先生のアクティブぶりを見ていると、たいへんお世話になっている恩人であることを加味しても「こいつやべぇ」としみじみ思う。「興味のあるもの」を見つけた時の前進力、思い切りがすごいのだ。

幸い、その好奇心の暴走を制御する方法は簡単である。「事実」を共有した上で、ちゃんと口止めをお願いすれば良い。いわゆる「功名心」で動く相手には逆効果だが、「好奇心」で動くタイプなら、真実を知らせて味方に引き込んでしまえば納得してくれる。

その真実が「社会的な悪!」とか「人倫にもとる獣の所業!」等だと告発される危険性もあるのだが、トマト様の覇道は人々の幸福と栄養増進につながる施策なので、そうした心配もない。

……いや、間違いなく「獣の所業」ではあるのだが。そもそも経営者が猫なので。

いっそラッカ家は丸ごと巻き込んでしまったほうが良いかもしれぬ。「植物学者」をやっている父君のヴォラック氏とか、ホルト皇国でも有名らしいし、そのままトマト様のサポーターになってくれそう。「未知の植物」に対する肯定的な意見を学会からも発信して欲しい。

あとこの子はルシーナちゃんの「叔母」にあたるので、どのみち親戚付き合いは続く。

俺とラッカ家が縁を結べば、キルシュ先生も頻繁にキャットデリバリーで顔出しできるようになるだろうし、ルシーナちゃんも気軽におじーちゃん、おばーちゃん達と会えるようになる。

ゆくゆくはルシーナちゃんがラズール学園に留学とか……そんな未来すら生まれ得るのだ。もちろん十数年後の話である。

以上のことを決意した俺は、クラリス様達にメッセージを飛ばした。

『ソラネさんには、私からもちゃんとご挨拶しようと思います。キルシュ先生のご家族ですし、これからもお世話になる機会がありそうですので!』

我が主、クラリス様は小さく頷かれた。「そのようにせよ」と同意をいただけたものと判断する。決して「いつものアレだよね? ルークがちゃんと責任もてるならいいよ」という丸投げではない。仮にそうだとしても、それは今までの信頼の蓄積の結果! 飼い主とペットの絆は強いのだ。

(それなら私から先に説明するから、ルークはいきなり声を出したりしないでね? いつも相手をびっくりさせてから自分のペースに持ち込んでるけど、あれは自己紹介っていうより不意打ちだから)

……あれ? 実はあんまり信用ない感じ?

……い、いや! ペットの紹介も本来は飼い主の役目である! お散歩に行った先で「お名前は?」と聞かれて、自ら名乗れる犬や猫はあんまりいない。実はたまにいる。名前が「わん」だったり「にゃあ」だったりする子。……いるでしょ? いない?

クラリス様は一息の間をおいて、年上の官僚候補生を真摯に見上げた。

「……ソラネさん。実は『猫の精霊』というのは建前で、本当は猫の姿をした亜神様が、昨今の諸々に介入しているのです」

ソラネさんが目を見開いた。この場で核心的な回答が来るとは想定していなかったのだろう。「本当に何も知らない」か、あるいは「嘘をつかれる」か、そのどちらかだろうと見当をつけていたはずである。

「有翼人の里で信仰されていた『猫地蔵』様と、バロウズ猊下を守護した『猫の精霊』は、本来は別物でした。ただ、この猫の姿をした亜神様が、キルシュ先生や有翼人達を助けた結果――今は信仰の対象として認識されています。そして猫の精霊というのは、この亜神様が正体を隠すための方便です」

クラリス様の淡々とした説明を受けて、ソラネさんは目を白黒させる。

「では……では、やはり、ネルク王国のリーデルハイン領には、その猫の亜神様が滞在を……!?」

「いえ。今はここに。これが本人です」

「にゃーん」

クラリス様が俺を抱え直しつつ喉を撫でてくださる。ゴロゴロゴロゴロ……

ごきげんな俺を見下ろして、ソラネさんが停止した。

「……………………………………はい?」

「名前はルークといいます。うちのペットです」

「どうも! たった今、ご紹介にあずかりましたペットのルークです。キルシュ先生にはいつもたいへんお世話になっております!」

俺も肉球を掲げて元気にご挨拶!

……ソラネさんは困惑している! ……結局、猫が喋るとみんな驚くんやな……

「…………えっ。あの……えっ? ペット……神獣……? いえ、亜神様……? え、ペット???」

ペットやぞ。撫でろ(威圧)

とはいえ、女子大生(っぽい)相手に初手の威圧は、かわいい猫さんとして避けるべき対応なので……俺はことさらに愛嬌をふりまく。おめめキラッキラで毛並みツヤッツヤのきゃるーんフェイスである。内面? 打算と欲望の塊ですが?

ソラネさんはかすかに震えている。

「……失礼ですが、亜神の眷属とか、部下などでもなく……?」

「はい。本人です」

「にゃーん」

「ええぇ……亜神様って、こんな『ぬるっ』とした空気感で接触できるものなんですか……?」

足りないのは愛嬌ではなく威厳であったか……いまちょっと切らしてるんですよねー。入荷予定? だいぶ先っすね……

「割とそんなもんですよ。亜神といってもただの人畜無害な猫さんなので。それにソラネさんのことはキルシュ先生からもうかがっております。ホルト皇国で知り合う機会があったらよしなに、とのことでしたので……キルシュ先生には本当にお世話になっておりまして、私の至らぬところをいろいろ補っていただいております!」

「は、はぁ……恐縮です……?」

ソラネさん、ガチで恐縮してそう……お兄様との仲は悪くないようなのだが、それはそれとしてキルシュ先生のヤバさも親族の立場から客観視できており、「何かやらかしてないか」と不安なのだろう。

「ちなみに娘さんのルシーナちゃんは、僭越ながら私が名付け親をさせていただきました! ご両親に似てとても美形な赤ちゃんです。ソラネさんの姪にあたりますので、ぜひ近いうちに会っていただけると嬉しいです!」

家族、親族の絆は大事にしたい。毒親系であればその限りではないが、ラッカ家は貴族のしがらみもないし、その上で太い実家っぽいので頼りになりそう。ルシーナちゃんは猫(※亜神)の加護を得ているので将来安泰だとは思うが、前世で祖父母に育てられたルークさんとしては、おじーちゃんおばーちゃんとの縁もちゃんと確保させておきたいのだ。キルシュ先生の話を聞く限り、一家揃ってだいぶ愉快な人達っぽいし。

ソラネさんはしばらく戸惑い、周囲のベルディナさんやクロード様、双子ちゃん達をきょろきょろと見回したが……みんな「猫だからしゃーない」みたいな顔をしているのを察して脱力気味に肩を落とした。

そして深々と一礼。

「……あの。ご紹介いただき、ありがとうございました。改めまして、兄のことをよろしくお願いいたします。ご存知のように決して悪人ではないのですが、研究のためとなるとやや暴走しがちというか、好奇心に忠実すぎるところがありまして……ルーク様や皆様にも、ご迷惑をおかけしていないかと心配で――」

「そこは大丈夫です! こちらこそ、ラズール学園ではこれからお世話になる立場ですので、どうぞよろしくお願いいたします!」

かくして気絶も恐慌も号泣も現実逃避も引き起こすことなく、俺の自己紹介はだいぶ平穏に完了した。

ベルディナさんが背後から、そっとソラネさんの肩を掴む。ハイライトさんを意図的に消していらっしゃる。

「……先輩、巻き込まれましたね……もう逃げられませんよ……?」

「えっ。ちょっと待って、そんなに怖い話なの、これ?」

……ククク……ククククク……貴様もトマト様の尖兵となるのだ……!

後輩たるベルディナさんのほうから諸々の注意事項を話しておいてもらうことにして、我々はこの日、一旦解散した。双子ちゃんやオーガス君もそれぞれのおうちに帰る。

……リーデルハイン家の面々は、この後、ちょっと家族会議の予定がある。

猫カフェにいたライゼー様が、先程から顔を覆っていらっしゃるのだ……オズワルド氏もなにやら興奮気味だし、ウェルテル様はあらあらうふふだし、ピタちゃんとラケルさん(猫のぬいぐるみ)はすやっすやである。いつものことである。

ちょっと身内の会話になりそうなので……ロレンス様達にはカルマレック邸のほうで晩ごはんを食べていただくことにしよう。ライゼー様の威厳に関わる。

キャットデリバリーに頼らぬのんびりとした帰り道、我が主、クラリス様はぽつりとおっしゃった。

「兄様は、士官学校で割と人望があったみたいだけど……さっきの技は見せたの?」

「いや、似たようなのはやったけど……矢じゃなくてペット用の円盤を投げてもらって、それを落としたりはしたよ。矢だとほら、学校の備品だから……壊すと申し訳ないし」

弓術が盛んな土地だけあって、こちらでは矢がそこそこ安価である。基本的にネルク王国より物価は高いはずなのだが、金属価格が安いのと、ある程度の量産化が進んでいるので……矢、剣、金属鍋などはネルク王国よりも手に入れやすい。

食料も豊富なので、一部の高級品を除けば安い。「では何が高いのか」というと、宝石類、美術品、土地、建物、家具、服飾、人件費等である。馬とか牛とか家畜類もお高い。ペットの誘拐・転売などという極悪犯罪が小遣い稼ぎになっていた所以である。

しかし「矢が備品だから、撃ち落とすのを躊躇った」とは、クロード様はやはりサイコパスの素質……げふげふ、日本人的な道徳観をお持ちである。「問題の本質はそこじゃねぇんだよ」とか思っても口にしてはいけない。

クラリス様は続けて呟く。

「兄様は、もしかして……さっきの技も、『練習すれば誰でもできるようになる』とか思ってない?」

「いや、さすがにそこまでは……そこそこ難しいっていうのはさすがに理解してるよ? でもオーガスあたりならいずれできるだろうし、アークフォート先生も若い頃ならできたんじゃないかな」

あっ……この子やっぱり、「自分の技術は凄いっちゃ凄いけど、弓が上手い人なら割とできるはず」って思ってんな……? 人外のものだって認識はないな? 「オリンピックには出られるかもしれないけどメダルは無理」って感覚だな?

さすがにマリーンさんが口を挟む。

「いえ、あの……クロード様、無理ですよ? あれに関してはたぶんクロード様が『世界一』だと思いますし、他にできる人はいないんじゃないかと……」

「そんなことないですよ。だって昔の伝記にも書いてあった技術です。サーシャは憶えてるよね? ほら、子供の頃に一緒に読んだ……」

隣を歩いていたサーシャさんが、若干、遠い目に転じた。遠い記憶を探るお顔である。

「…………クロード様。あれは『伝記』ではなく、虚構の『物語』です……今にして思うと、祖父母かそのお仲間が持ち込んだ、ホルト皇国の書物だったのでしょうね」

クロード様が目を見開いた。

「えっ……? いや、だって、あの本に出てくる『神弓アーケロン』って、実在の英雄だよね? ほら、ルー・クー・ルゥとか、キリシマとか、シュトレインみたいな……」

でけぇウミガメみたいな英雄名だな? ロレンス様が納得顔で頷いた。

「それぞれ時代がだいぶ違いますが……クロード様。アーケロンは確かに実在の人物とされていますが、英雄譚は誇張されますし、後世の書物の場合、その英雄譚を下敷きにした創作であることが多いです。書かれていることを鵜呑みにはできません」

わかる。前世でも戦国時代とか幕末の偉人あたりは、実像と創作のイメージにだいぶ差がな……? 偉人をネタにした娯楽作品は、得てして要素を盛りがちなのだ……

そして盛られた要素を史実と勘違いしたクロード様は、「ぼく以外にも、コレができるひとがやっぱりいた!」と信じ込んでしまったのだろう。仲間を求める純真な怪物みたいなもんである。

クラリス様が呆れ顔で嘆息した。

「兄様は『世間知らず』なのか、『自分に自信がないだけ』なのか、判断に迷ってたんだけど……やっとわかった。兄様は、他の人とか世間を過大評価しすぎなの。ヨルダおじさまやサーシャを見て育ったせいかもしれないけれど、『自分は普通の人』だっていう思い込みが強すぎるっていうか……金銭感覚とか学業面は、確かに普通の人なんだろうけど――」

うむ……こと弓術に関しては、次元がちょっとな……?

クロード様は「うーん?」と釈然としない顔をされていた。だめだこいつ。はやくなんとかしないと……

そして帰宅後、猫カフェに放り込むと、一部始終を見ていたライゼー様からは「……私は大事な息子のことを何も理解していなかった……」と真顔でボヤかれ、オズワルド氏からは「これで魔力があれば、私以上の銃(※魔道具)の名手にもなれただろうに!」と絶賛され、ウェルテル様からは「おつかれさま♪」とねぎらわれた。

「……なぁ、ルーク……私は……私はクロードのことを、何も知らなかったんだな……」

「あー。いえー。まぁー。クロード様も思春期ですので、親への隠し事の一つや二つはー」

そういう問題じゃねぇと俺自身もわかっちゃいるのだが、テキトーに流しながらグラスに純米大吟醸を注いで差し上げる。

ルークさん、前世ではほとんど飲まない人間だったが、まったく口にしなかったわけでもないので、多少はアルコール類も錬成できる……数十万円レベルの高級酒とかはさすがに無理である。ウェルテル様は「あら、美味しい」とご機嫌だ。

……一方、クロード様をこんなバケモノに育て上げたヨルダ様は、その夜、我々と合流することなく、そのままアークフォート先生とサシで飲みに行ってしまわれた。

今頃は亡き父君の思い出話を肴に旨い酒を飲んでいることであろう――そしてペットの猫は仕方なく、その夜はライゼー様のヤケ酒じみた晩酌に付き合ったのであった。