軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

246・弓術実技(中級編)

貴族のラルゴ・クロムウェルとエレフィン・サイモン、そして官僚候補生のソラネ・ラッカの三人が、馬を借りて第六修練場へ辿り着いた時――

そこでは二人の剣士が、目にも止まらぬ斬撃の応酬を繰り広げていた。

片方は大柄な男で、片方は若い娘である。

修練場へ近づいた当初は、木剣のぶつかり合う音があまりに激しすぎて、複数人の剣士が集団で鍛錬をしているのかと思っていた。

しかし現場を見れば、立ち合っているのは一対一。

二人は常軌を逸した速さで、人間離れした技の冴えを存分に披露している。

娘の方は長い木剣と短い木剣の二刀流で、これが攻撃に防御にと目まぐるしく動き回る。

男の方は長い木剣一本でこれを器用にさばいており、この防御技術もわけがわからない。

見物客は十人前後。

――その中には、なんとラルゴのよく見知った顔が混ざっていた。

「……ポルカと、マズルカ? なぜ、こんなところに……?」

下馬したラルゴは、変装も兼ねた中折れ帽を目深に被り直し、思わずそのまま馬の陰に隠れた。

見物人達は剣士の戦いに見入っており、川原に面した土手の上から見下ろすラルゴ達には気づいていない。

……いや、何人かは気付いた様子だが、単なる通行人と判断したようで気にもされていない。ここは学内の敷地であり、立入禁止区画でもないため、通行の自由は誰にでもある。

「お、あの双子がお前の娘か? なるほど、奥方似だ」

「ここで会えたのは好都合ですね。このまま謝っちゃったらいかがです?」

エレフィンとソラネの言葉を適当に聞き流し、ラルゴは眉間を押さえる。

「……どういうことだ? なぜうちの娘達があそこにいる? リーデルハイン子爵家……いや、ネルク王国からの留学生達と知り合いなのか……?」

「娘さん達に挟まれているのは、たぶんマリーン・グレイプニル様というネルク王国からの留学生ですね。魔導師で、グレイプニル子爵家の令嬢です。魔導師は数が少なくて講義も重なりがちなので、おそらく授業で知り合ったのではないかと……それから見るからに品の良い小さい子供が、王弟のロレンス・ネルク・レナード殿下、その隣で猫を抱えているのがリーデルハイン子爵家のクラリス・リーデルハイン様……審判をやっているのが、ロレンス様の護衛の騎士、マリーシア嬢かと思われます」

予想外の事態に動揺するラルゴへ、ソラネが淡々と推論を述べた。

要人や警護役の名前がすらすら出てくるあたり、彼女はネルク王国からの留学生達についても下調べができているらしい。

「ご老人が二人いますが、一人はうちの弓術講師で、修練場の使用許可証を申請したアークフォート先生です。あ、こちらはおじさま達の在校時にもいらっしゃいましたか?」

「……記憶にはないですが、いたかもしれません」

ラズール学園は学生も講師も数が多いため、直に教えを受けた講師でもなければ、まともに記憶には残らない。

「もう一方の威厳のあるご老人が、留学生達の引率役、ペズン・フレイマー伯爵だと思われます。領地貴族ではなく、税務系で一代限りの官僚貴族だそうです」

官僚貴族で伯爵となると有能なのは間違いない。たとえば宮廷魔導師なども伯爵位を得ている。

「その隣にいるのが、私の後輩、ベルディナ・フィオット嬢です。ネルク王国担当外交官、フィオット子爵家のご令嬢で、リスターナ子爵の次の、ネルク王国担当外交官ですね。非常に優秀な子ですから、おじさまは無礼を働かないようにご注意ください」

エレフィンが唸った。

「……引率役に加えて、次の外交官まで同席しているのか……これはアレか? ネルク王国流の剣術、弓術のお披露目会か」

「そうかもしれません。ただ……肝心の、戦っている剣士二人に心当たりがありません。もしかしたら片方、あるいは両方が、アークフォート先生が招いたホルト皇国側の達人という線も有り得ますね」

ソラネは曖昧に応じたが、エレフィンがなおも首をひねっている。

「うーん……戦っている女のほうは、知らない顔なんだが……男のほうは、迎賓館でトゥリーダ様の護衛をやっていた兵士に似ている気がする。勘違いかもしれんが、かなり大柄で凄みのある男だったから、印象に残っていてな」

「……その場合、ネルク王国、レッドトマト、ホルト皇国、三ヶ国の人材が、この場に集まっていることになりますね」

ソラネの指摘に、ラルゴはやや寒気を覚えた。もしかしたら魔族のオズワルドも、どこかで姿を隠してこの場を見物している可能性すらある。

いや、あるいはすでに――?

魔族は確か、潜入時にはその容姿を変えられるはずだった。

「ロレンス様とクロード様以外にも男子学生がいますね? あれは?」

ソラネは遠くにいる相手の顔立ちを確認するために目を細め、自信なさげな声で応じた。

「……もしかしたら、なんですけど……ペシュク伯爵家のオーガス様かもしれません。ネルク王国の留学生と親しくしていると、後輩から聞いたことがあります。確証はないです」

「……ん? ペシュク伯爵家?」

思わぬ家名が出てきた。あるいはオズワルドの変装した姿かと予想したのだが、これは考えすぎだったらしい。

ペシュク伯爵家は、四十年近くも前に国内で大暴れしたブレルド・ペシュク侯爵の子孫であり、貴族の家としてはかなり評判が悪い。

……いや、厳密には「子孫」ではなく「親族」か。

当主や嫡子、幹部達が部下の反乱によって 弑(しい) され、この不祥事によって爵位を下げられた後、家から出ていた親族が呼び戻され、貧乏籤を処理する形で家名を引き継いだと聞いている。

近年、「ラダリオン・グラントリムの反乱」が演劇化されてヒットし、その当時のブレルドの横暴が世に 晒(さら) され、貴族以外の庶民にまで悪評が広がった。

当時はあまりの酷さに、東西諸侯からの圧力で報道が規制されたらしい。「貴族に対する反乱・反抗の成功例」として世間に認知されるのを、一部の高位貴族が懸念したという話もある。

そんな家の嫡子が娘達の傍にいるというのは、 不埒(ふらち) な虫を警戒するラルゴとしてはあまり喜ばしくない。

エレフィンも小声で応じた。

「ほう。あれがペシュク家の嫡子か。言われてみれば父親と似ている」

「なんだ? 知り合いか?」

「親しいわけじゃないが、顔は見たことがあるし憶えてもいる。 あの(・・) 悪名高きペシュク家の当代だぞ? 離島住まいのお前には実感が薄いかもしれんが、当時、ブレルド・ペシュクに蹂躙された一部の南方諸侯にとっては、まさに仇の家だ」

恨みの対象を語るにしては、エレフィンの声質は妙に軽い。

ソラネがことさらに声をひそめた。

「エレフィン様、今でもペシュク家への風当たりって強いんですか?」

エレフィンが肩をすくめた。

「演劇の影響で、世間からの風当たりはむしろ今が厳しいはずだ。しかし……当時を知る貴族の認識では、『もう終わった家』だな。いちいち相手にするまでもないというか――略奪した相手への賠償と僻地の開拓を条件にして、取り潰しこそ避けられたものの、いまや伯爵家とは名ばかりの貧困ぶりだ。政治からも遠ざかっているし、もはや存在と境遇自体が『悪さをするとこうなる』という見せしめに近い」

エレフィンの言葉を聞きながら、ラルゴは低く唸る。

「……つまり、あのオーガスという嫡子は、国内の貴族には相手にされないから、他国の王族に取り入ったと――そういうことか?」

「そこまでは知らんよ。可能性として有り得なくはなかろうが……そういう憶測を本人達の前で匂わせるなよ? アレはどう見ても『仲の良い友人同士』の空気感だ」

エレフィンに念押しをされて、ラルゴは眉間のシワをほぐした。もちろんそんな不用意な発言をする気はない。

またラルゴ自身は「他国の王族に取り入る」ことが悪いことだとは少しも思っていない。なんとなれば、クロム島の舵取りをする彼自身が、そうした他者に取り入る戦略を積極的にとっている。むしろ「そういう知恵が働くなら、少なくとも馬鹿ではないはず」と評価したい。

「……ところで……猫がいるな?」

ラルゴは露骨に話題を切り替えた。

だだっ広い修練場の端では、クラリスという留学生の少女がキジトラ柄で妙に手足の短い猫を抱えている。

ラルゴは猫が苦手である。幼い頃、港にいた猫に噛まれ、その後に熱を出して以来、どうも苦手意識が抜けない。

隠居した父や双子の娘達はむしろ猫大好きなので、その意味でもちょっとした距離感があった。

エレフィンが頷く。

「ああ。猫がどうした?」

「今は……今だけは、気にせざるを得んだろう。聖女トゥリーダの公開放送の時、バロウズ猊下を守った『猫の精霊』の実物を、私は現場で見たんだぞ」

「……あの日か。俺は東西諸侯と顔を合わせるのが嫌で、身内と一緒に学内のカフェで放送を聞いていたから、実物を見そびれたんだ。しかし、あれは猫というより……『猫のような何か』だったとも聞いているぞ? 鎧や服を着ていたり、妙な乗り物で空を飛んでいたやつもいたんだろう?」

「ああ。女子学生と握手をしたり記者に向けてポーズをとったりと、挙動が明らかに猫じゃなかったのは事実だ。しかも妙に強くて、水蓮会の連中なんぞ文字通り手も足も出ずに拘束されていた」

悪夢のような記憶を振り返っていると、ソラネが嬉しそうに頬をほころばせた。

「私も競技場で握手してもらいました! 魔導師っぽい帽子とマントをつけた黒猫さんです。モフモフで愛嬌たっぷりで、ものすごくかわいくて……もし許されるなら一匹くらい持ち帰りたかったですね」

兄のキルシュが猫に関わる伝承の研究などをしているせいか、彼女もまあまあの猫好きらしい。しかし家族のほとんどが猫のように外へ飛び出したまま滅多に戻ってこないので、家では飼えていない。そしてソラネ自身も、猫の世話どころでない程度には忙しい。

エレフィンが自身の顎を撫で、しばし考え込む。

「あの留学生の飼い猫も、その『眷属』かもしれんと疑っているわけか」

「バロウズ猊下の警句もある。可能性は充分だろう。事象がつながりすぎて、もはやそこらの野良猫すら疑わしく見える」

「ふむ……というか、あの猫、剣士達の戦いを見てドン引きしているようにも見えるな……?」

エレフィンはそんなことまで言い出したが、確かにラルゴから見ても、猫の目つきが妙に人間くさい。まだ遠すぎてはっきりとは見えないが、短い前足を口元に添え、いかにも「えぇぇ……?」と困惑していそうな気配がある。

「……まぁいい。いつ接触する?」

ラルゴが問うと、エレフィンはわずかに思案した。

「着いてすぐに近づくのも不自然だからな。こちらはこちらで、学生時代の思い出話でもしているふりをしておこう。幸い、この修練場はバーベキューの名所だから、卒業生が思い出を振り返るには都合がいい」

ひどい修練場もあったものだが、修練場などとは名ばかりで、要するにここはただの川原と堤防なのだ。

浄水宮から噴出する豊富な水は、皇都周辺にあるこうした川を通じて国土へ広がっていく。氾濫することは滅多にないが、なにかの拍子に湧水量が増大し、これに大雨が重なったりすると、この土手が役に立つこともある。確かラルゴの在学中にも一度、増水によりこの修練場近辺が水没した。

「あと……あの剣士達の戦いが終わらんことには、挨拶どころじゃなさそうだ。皆、見入っているし、ここで邪魔するのは無粋ってもんだろう」

「偶然」、通りがかったラルゴ達に誰も意識を向けないほど、彼らはこの試合に集中している。

剣士達の戦いはその動きが洗練されすぎていて、訓練というより演武を連想させた。

それからしばらくして、二人の剣士は動きを止め、固い握手をかわした。

潮時と見てラルゴ達も近づこうとしたが――歩みかけて、足を止める。次は留学生とペシュク家の嫡男が「弓」の腕を披露するらしい。

弓術に関してはラルゴも人並みには覚えがある。あくまで「人並み」であって、決して達人などではないが、とりあえず学生時代の受講生の中ではそこそこ上位にいた。首席や次席にはまったく及ばないが、四番目か五番目ぐらいには……といった立ち位置である。

「どうやら弓をやるようだ。挨拶はあれを見てからでもいいか? 話題として褒めやすい」

「ああ。急ぐような話でもないから、のんびり策を練るとしよう」

悠々と頷いたエレフィンは、褐色肌と髭の伊達男ぶりゆえに、喧嘩が強そうに見られがちなのだが……この男、逃げ足はともかくとして、実は武芸がからっきしである。ラルゴのほうがまだ心得がある。

ペシュク家嫡男のオーガス、及びベルディナが、弓を携えて修練場の東側へと移動した。

一方、リーデルハイン子爵家のクロードは、土手と身内の観客達を背にして南端に陣取る。

「……あれは何をする気だ? 的がないようだが……」

「わからん。ソラネ殿、最近の弓術講義では、ああいう配置をするのですか?」

「いえ? 弓を扱う時は、立ち位置より前方には人を出さないのが基本です。初心者だと、横方向に矢が逸れてしまうこともありますし……」

両者の位置関係を不思議に思っていると、オーガスが片手を挙げ、クロードもこれに応じた。

「いくよー、クロード」

「よろしくー!」

川原には彼らとラルゴ達以外の人気がなく、川の流れも穏やかなため、張りのある若者の声は遠くまでよく響いた。両者の気の抜けた掛け声からは、いかにも親密な様子がうかがえる。

ペシュク家のオーガスが、弓に矢をつがえ――

極端な角度をつけて、上空に向けた。

軽快に放たれた矢はぐんぐんと空へ上り、その後、山なりに落下をはじめる。

そして、クロードが自然体でひょいっと矢を放つと――

オーガスが射った落下途中の矢は、その先端をクロードの矢によって「カコン」と弾かれた。シャフトを「びいいーん」と振動させながら、二本の矢は修練場にそれぞれ落ちる。

――目の前で起きた奇妙な偶然……もしくは「事故」に、ラルゴ達は一瞬、思考を停止させた。

そう、事故である。「狙って」こんなことができるわけがない。

身内の観客達ですら、わけがわからない様子で固まっている。ただし男の剣士だけはクロードの腕を知っているのか、ニヤニヤと笑っていた。

「うわぁ……ほんとに当たるんだ……?」

静寂の中で、オーガスがドン引きしたような声を漏らした。

次いでクロードの呑気な声が響く。

「上のほうも風が穏やかな感じだから、今日は当てやすそうだ。オーガス! 次は山なりでよろしく! それからベルディナさんも、一呼吸おいてから高めにお願いします」

「りょーかーい」

「……りょ、りょーかいです……」

女生徒はまだ戸惑い気味だが、オーガスは言われた通り、弓の角度を少し下げる。

より速さを増した矢は、山なりに飛んで川原へ落ちるコースだったが――これもクロードが一瞬遅れて放った矢により「撃墜」される。

直後にベルディナが放った矢も、同様にあっさりと落とされた。あっという間の早撃ちである。

ラルゴの背後で、ソラネが「ヒッ」と怯えたような声を漏らした。振り返らずともわかる。たぶん彼女も青ざめている。

……本当に「ヤバい」技を見せつけられた時、人は歓声を忘れて逆に引くらしい。その技を見せているのがいかにも地味で人の良さげな少年だという事実も、違和感を増幅させた。

「うん、いい感じ。ベルディナさんはこっちの準備を待たなくていいので、一瞬だけ遅らせて射っちゃってください。オーガスもこの後は自分なりのペースでいいや。僕の矢が間に合わないようなら、適当に見逃すから」

「うそだろ……そんな軽いテンションでやっていい技じゃないって、コレ……」

「……まったく同感ですけど、これ、手品の類じゃないんですよね……?」

ヒュウッ。ヒュウッ。ヒュウッ。カコンッ。ヒュウッ。カコンッ。

ヒュウッ。ヒュウッ。ヒュウッ。カコンッ。ヒュウッ。カコンッ。

ヒュウッ。ヒュウッ。ヒュウッ。カコンッ。ヒュウッ。カコンッ…………

風切り音と矢のぶつかる音が、まるで演奏のようにテンポよくリズミカルに繰り返され、そのたびに修練場へばらばらと矢が落ちていく。

目の前の怪奇現象にドン引きするラルゴ達をよそに、「放たれた矢を矢で撃ち落とす」という「矢撃ち」の妙技は、あまりにあっさりと、まるで当たり前のように成功し続けた。

何かそういうトリックのあるイカサマではないかと疑いたいのだが、射手は「当然」というか、「この程度ですみません……」みたいな妙に冴えない顔をしている。

「じゃあ最後……これは当たるかどうか怪しいんですが、連射でいきます」

今までのもほぼ連射では? ……と突っ込みたかったが、そういう問題ではなかった。

オーガスが最後に射た矢に向けて――

クロードは、自身が放った一射目が当たる前に、続けざまに二射、三射と矢を放った。

ヒュウッ。ヒュウッ。ヒュウッ。カコンッ。カコンッ……スカッ。

――撃墜して弾かれ跳ね上がった矢を、早打ちの矢でもう一回、続けざまに弾き……三射目は、わずかにかすめて空を切った。

少年が「あー」と苦笑まじりに嘆息する。

「……すみません、三射目は外しました。二射までの成功率もせいぜい五割くらいで、三射ではまだ二回しか成功したことがないんですよね……今日は風もあんまりないし調子も良かったので、いけるかと思ったんですが――弾いた後の軌道予測が難しくて」

ちょっと何を言っているのかよくわからない。

放った矢で空中の矢をお手玉するなど、「難しい」で済む話ではない。

「一射目が当たる前に放った二射目」でそれを実現させるとなると、「弾いた後の矢が、どう動くか」をも完璧に予測しているという話になる。

もしも本当にそんなことができるとしたら、それこそ未来予知に近い。ついでにいえば、たとえ予知できたところで、そこに寸分たがわず矢を撃ち込めるわけではない。

……そもそも「一回当てるだけなら余裕」とでも言いたげな先程までの技量がまずおかしい。

多少は弓術の心得があるラルゴでも、百回射ろうと千回射ろうと、最初の一射目の時点で当てられる気がしない。二射目、三射目に至っては発想すらしない。

つい先日、聖女トゥリーダと面会したエレフィンも、目の前で七桁の数字を予測されるという理外の能力を見せつけられたらしいが……まったく予期せぬ場面で、ラルゴもそれに近い感覚を共有する羽目になった。

「……おいおい。ネルク王国ってのは拳闘兵の国じゃなかったのか……? 弓術に関しては、ホルト皇国のほうが上だと聞いていたんだが」

「……さすがに彼が特別なだけだと思いたいですね。あんな達人がそこら中にいたら怖すぎます」

引きつった顔のエレフィンに、ソラネが震え気味の声を返す。

「……周囲の誰かが、風魔法を併用していたって可能性はないか?」

「……いや。矢の軌道に不自然な動きはなかった。軌道、速さ、角度、タイミング……すべての要素を寸分違わず見切った上で、指先ほどの大きさの 鏃(やじり) を的確に射抜いている。要するに、人間業じゃない」

ある程度、弓に慣れているラルゴには、その異常性がはっきりと理解できた。

アレは人間じゃない。あんな真似は魔族でもできない。弓神の化身とか、そういった人外の存在である。

立ち止まっていた――むしろ立ちすくんでいたラルゴの背を、ソラネが背後から軽く押した。

「……ラルゴおじさま、行きましょう。逆にあそこまですごいものを見せられたら、話しかけやすいじゃないですか。いちいちお世辞なんて考えるまでもなく、本音で褒めればいいだけです」

本音……『化け物かと思った』『人間業じゃない』という感想はさすがに非礼と思われるので、そこはうまく言い換えたい。

帽子を目深にかぶったラルゴに、娘達はまだ気づいていない。が、距離が近づけばさすがに気づくだろう。

一方、外交官家系の「ベルディナ」という娘は、ラルゴの背後にいるソラネに気づいたらしく、こっそり目礼を送ってきた。

「……会話の取っ掛かりをつかみにくい。すまないが、ソラネ殿……後輩のベルディナ嬢を紹介していただく流れで、頼めますか……?」

「たぶんその前に、娘さん達が父親に気づくと思いますが……ま、いいでしょう。承りますので、まずは帽子で顔を隠すのをやめてください。微妙に不審者っぽいです」

言いたい放題である。が、自分でも「ちょっと挙動不審だな……」という自覚はあったので、何も言い返せない。

土手を下りて川原を歩きながら、ラルゴは仕方なく、色々と観念して帽子を脱いだのだった。