軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

235・猫は将棋崩しも得意

亜神ルークがサーチキャットを用い、ホルト皇国でシノ・ビの伏兵&留守番役の一斉捕縛準備を進めていた頃――

その様子を見守る猫カフェでは、「このシノ・ビっぽい人達をまとめて味方に引き込めないか、捕まえてから交渉してみます!」というルーク発のメッセージを巡り、少しばかりの戸惑いが生じていた。

「……ルーク殿は本気か? 失敗したとはいえ、トゥリーダを狙った連中をわざわざ仲間に引き入れるなど――」

リルフィの正面に座った魔族オズワルドは、この選択に懐疑的なようで、腕を組みやや難しい顔に転じている。

この場に同席しているのは、リルフィを含むホルト皇国留学組の残り――

まずはクラリスとロレンス。

そしてメイドのサーシャと魔導師のマリーン、ウサギのピタゴラス、家庭教師のペズン伯爵、女騎士のマリーシア。

それから「トゥリーダの晴れ舞台」ということで見に来たクラリスの母、ウェルテルや、オズワルドの部下としてついてきた正弦教団のファルケもいる。

人見知りの激しいリルフィにとってもすでに慣れた顔ぶれではあるが、今日は宮廷魔導師のルーシャンやその弟子のアイシャが来ていない。抜けにくい会合があったらしい。

また、期間限定の師であるスイールや、警備要員として駆り出されたクロードとオーガス、トゥリーダの案内役を任されていたベルディナとポルカ・マズルカ姉妹も現地のほうにいる。

そして、いつも愉快なルークがシノ・ビ達への対応に出ているため――

なんとなく、「空気を整える能力に長けた陽キャ」が、不足している感がある。

ウェルテルやロレンスは明るく社交的だが、ボケとツッコミで会話を回せるようなタイプではない。マリーンやペズンは弁も立つのだが、同時に常識人でもあるので、魔族相手にはやや萎縮してしまう。

他は物静かなタイプが多く――必然的に、珍しく、リルフィがオズワルドの疑念に応じる形となった。

「……ルークさんは……あの方達を、見捨てられないと思います……なんだかんだと理由をつけて、殺さずに済む道を模索されるはずです……」

リルフィのこの言葉に、オズワルドが唸る。

「しかし……罪人だぞ? トゥリーダを殺そうとした。もしも私があの場にいたら、あいつらはもうとっくに死んでいる……いや、実際にはルーク殿に止められてしまっただろうが――」

リルフィはつい、くすりと微笑んだ。今の言葉で、オズワルドがトゥリーダをかなり気に入っていることが改めてわかる。恋愛感情ではなく師と弟子、教師と生徒、あるいはそれこそ友人としての感覚なのだろうが、少々微笑ましく感じてしまった。

そして同時に、オズワルドらしからぬ矛盾した疑問だとも感じる。

「罪人とはいえ、ルークさんのご活躍で未遂に終わりましたし……それにオズワルド様も、それからシャムラーグさんも、ファルケさんも、最初はルークさんの『敵』でした……それでも今では……頼もしい味方であり仲間だと、ルークさん自身が思ってくれています……」

オズワルドが言葉に詰まった。

忘れかけていたようだが、彼自身、『リオレットを狙撃しようとして、ルークに捕えられた』立場である。シャムラーグなど国王の暗殺成功まであと一息という状況だったし、ファルケに至っては敵軍の将だった。ルーク自身も「勢いでつい助けちゃった……」的なことを言っていたが、今はオズワルドとうまくやっているように見えるし、今後はホルト皇国側からトゥリーダを助けてくれそうな予感もある。

「それを言われてしまうとな……確かにその通りだ。どうも我々魔族は、『敵』となると短絡的に『倒せば良い』と思ってしまいがちだが……ふむ。この違いが、本物の神の視座というやつか――」

「いえ……神の視座というほど、大げさなものではないかもしれません……私も最初は、ルークさんは優しくて、だから人を死なせたり罰するのが嫌なだけなのかなと……そう思っていました……でも最近――具体的には商会を立ち上げたあたりから、ルークさんの『真意』が、わかってきたような気がします……」

訥々と語るリルフィの言葉に、オズワルドだけでなく、皆が耳を澄ませていた。

「……オズワルド様は……『将棋』というゲームをご存知ですか?」

「将棋……? ああ、一応、知ってはいる。西ではチェスのほうが人気だし、駒の動かし方とルールぐらいしかわからんから、決して強くはないがね」

「ルークさんも、強くはないです……私やクラリス様のほうが強いぐらいなのですが……それはさておき、ルークさんは、チェスよりも将棋のほうがお好きなんだそうです。チェスで遊ぶと、どうしても違和感があるとまでおっしゃっていて……その理由……おわかりになりますか?」

わずかに考えて……オズワルドが納得顔で膝を叩いた。

「……そういうことか。いや、わかった。確かに、その違いは大きい――」

「えっ? どういうこと? リルフィ、私達にもわかるように教えて?」

戸惑うウェルテルは、おそらく将棋をよく知らない。ネルク王国でもチェスのほうが人々に広まっている。

「……将棋というのは、カーゼル王国から広まった、チェスのようなボードゲームです……駒の種類やその動かし方は違うのですが、基本的に『王』を追い詰めるという共通点もあります……そして、一番大きな違いは……『倒した駒を味方として保護し、好きな時に好きな場所へ再配置できる』という点です……」

居並ぶ面々の顔に、たちまち納得感が広がった。

ペズン・フレイマー伯爵にいたっては瞑目し、わずかに震えている。

「なるほど……ルーク様にとっては、盤上の敵ですらも、『倒すべき敵』などではなく、いずれ味方にするべき、あるいは慈悲をかけるべき存在だと……そういうことですな?」

彼もまた、暗殺の意図こそなかったが、ライゼーに不審者をけしかけた過去を持つ。動機がロレンスへの忠心だったために見逃されたが、リルフィの指摘には思うところがあったのだろう。

倒した敵を殺さずに、味方として「在るべき場所」に再配置をする――

この一年、ルークは愚直なまでにそれを続けて、周囲に幸福の種をまいてきた。結果、身内ばかりでなく多くの人命が実際に救われている。

オズワルドとの縁が彼からのサポートにつながり、シャムラーグとの縁がトゥリーダやメテオラの人々につながり、そして今回はトゥリーダを守る行為がシノ・ビ達との縁につながった。

この連綿と紡がれる縁のつながりこそが、「亜神ルーク」の真の権能なのではないかとすら思わされる。とうのルーク自身も「『奇跡の導き手』という称号が、裏でなんかやってそうな気はするんですよね……」とぼやいていた。

「……もちろん、『仲良くできそうな相手なら』という、前提条件はあると思います……さすがに、すべての敵を味方にしようとは考えていないでしょうし……逆に味方と思っていても、あえて自己紹介をしていない方も大勢います。ただ――『一度は対立した敵』に対する認識が、私達と大きく違うことは確かです……」

オズワルドに向けて、リルフィは軽く頭を垂れる。

魔族に 反駁(はんばく) するには勇気が必要だが、ルークのために、これだけは言っておきたい。

「オズワルド様は、これを神の視座とおっしゃいましたが……私はむしろ……ルークさんの、『人の中に在ろう』とする、尊い意志の表れではないかと感じています……群れの仲間を増やし、家族を増やし、守りたいものを増やしていく――そんな、この世界そのものに対する愛情の発露なのではないかと……そう思うのです……」

「……世界に対する……愛情……」

ロレンスがその響きを噛み締めるように復唱した。

ピタゴラスの「ルークさまはトマトさまのことしかかんがえてないです」という呟きは、隣のクラリスがそっと口を塞いだことでスルーされる。実際、最近はメープルシロップやサツマイモのこともちゃんと考えているように見える。トマト様が最優先なのは言わずもがなである。

オズワルドが嘆息し、深く頷いた。

「……よくわかった、リルフィ。ルーク殿との付き合いの中で、その行動を見てきたつもりだったが……私はまだ、その本質を理解できていなかったな」

「……いえ……言語化して自覚をされていなかっただけで、薄々、理解はしていらしたものと思います……チェスと将棋を例に出した時点で、すぐに気づいていらっしゃいましたから……」

オズワルドが自嘲気味に笑う。

「ははっ……魔族にはチェス派が多くてな。私はゲームより魔法の研究というタイプだから、どのみち強くはないんだが……将棋のほうが好きという奴は、ほとんどいないだろう。敵を倒して盤面を整理し空間を空けていくチェスと、敵を味方に変えて盤面を彩る将棋と――似たようなゲームでありながら、思想性の違いでこうも変わるのか――」

ロレンスもかすかに震えていた。

「……ルーク様は、ネルク王国にとって長年の敵だったレッドワンドさえも、味方に変えてしまわれました。この状態が永遠に続くとは思いませんが、少なくともトゥリーダ様と兄上が両国の元首であるうちは、まず安泰でしょう。ルーク様は、その気になれば……まるで将棋のルールに無頓着な猫のように、世界という盤面を自在に操れるのでしょうね……」

たちまちオズワルドが噴き出し、ロレンスの肩を叩く。

「うまいことを言う。なるほどな、『猫』が相手の対局か……猫ならばルール無用で、盤面の駒を思うさまに蹴散らし、そのまま盤上での昼寝すらできる。盤上のルールに縛られる人間では太刀打ちできん。そう……人間はそもそも、神々が定めた『ルール』から逸脱することができない。しかし、亜神にはそれが可能だ。個の力で、力ずくで世界を変えることができる。ルーク殿が神たる所以は、そこにもあるか――」

マリーンがやや不思議そうな顔に転じる。

「『純血の魔族』の方々も、ある程度まで、盤面を自由にできるほどの力をお持ちのように思いますが……?」

「いや。我々は所詮、『盤上で極端に強い駒』の域を出ない。ルーク殿の猫魔法やコピーキャットは、明らかに盤外の能力だ。彼はこの世界より一つも二つも上の上位世界から、なんらかの力を引き出しているように思う」

その仕組みの一端を、リルフィは知っている。

ルークが持つ特殊能力、「アカシック接続」がまさにそれで――彼の魔力は、おそらくそこから無制限に供給されている。ルークの猫としての体は、おそらく水道の蛇口のようなもので、彼の向こう側――それこそ上位世界に、『もっと大きな力の供給元』があるのだろう。

この分析をルーク本人に提示した際、彼は宇宙を見つめる猫さんみたいな顔に転じてしまったが、特に否定も肯定もなく、「私にもよくわかんないですねぇ……?」と戸惑っていた。あれはたぶん本当に何も知らない。

分身した中忍三兄弟からの中継によって、猫カフェの窓は二画面に分割され、それぞれにトゥリーダ達の様子とルーク達の様子が映され続けている。

ラズール学園では、騒動を経てなんとまだ公開生放送が続いている。一度は中止になりそうな空気だったのだが、トゥリーダが「では、騒動も片付いたようですし……」と、平然と続行を希望したのだ。

本人は若干、思考停止していたというか、「やりきらなきゃ……!」という使命感だけで発言したのだろうが、ラズール学園側の聴衆はその豪胆さに驚き、改めて彼女の女傑ぶりを再確認させられていた。概ね誤解であるが、特に問題はない。

そしてルーク達の側では、メテオラ近くの「ダンジョン入口」を守る砦(兼・冒険者用受付)にて、変装していたシノ・ビの面々が衛兵偽装用の鎧兜を外し――

その「全員」が若めの女性だったという事実が、たった今、判明した。

「えっ」

リルフィは素で驚いた。

幾人かは明らかに女性だったが、半数以上は雰囲気も含め、ほぼ完全に男性に化けていた。もちろん兜とマスクでうまく顔を隠してはいたが、その上で見えている部分の肌を特殊メイクで汚し、詰め物で体型を偽装し、手指もごつい装甲のついた手袋で隠していた。

元々の身長がやや高めで筋肉質な女性が多かったのも、うまく化けられた一因だろうが……性別ごと偽装するその特殊な変装術は、見事と言う他ない。

オズワルドも唸る。

「ほう。この娘らの変装術は、なかなかレベルが高い。二、三人は本物の男が混ざっているかと思っていたが――」

「オズワルド様は、大半が女性だと見破っていらしたのですか? リーダー格の衛兵は明らかに女性でしたが、他はほぼ男性だとばかり……」

驚く女騎士のマリーシアに、オズワルドが肩をすくめて見せる。

「そもそもシノ・ビの大半は女だ。カーゼル王国というのは妙な国で、男子の出生率がやけに低い。だから前衛部隊では男のほうが珍しいし、国の要職も大半が女性で占められている。特に貴族の男子は保護されがちで、複数の妾をもたされるのが普通だし、本人達もそれを当然と思っているから横暴な輩が多い。一方で権力のある女も複数の男を囲うのがステータスになっているから、ますます平民の男が足りなくなる。一夫多妻でどうにか帳尻を合わせているが……率直に言って、だいぶ歪んだ国だぞ。キリシマが立て直した時は良い方向に向かうかと魔王様も期待したようだが、今はひどい。かといって邪神の加護があるから、魔族でも気軽には手出しできんし……滅ぼすのは容易なんだが、下手に今の体制を壊すと、もっと酷い国が生まれそうでな。扱いが難しい」

カーゼルは女性の多い国――という認識はリルフィにもあったが、シノ・ビの実情や国の内情までは知らなかった。

隣接国でも友好国でもない遠い異国の詳細な情報など、田舎のリーデルハイン領ではそうそう触れる機会がない。しかもシノ・ビは諜報関係の隠密部隊であり、外からは実像がわかりにくい。巷に流れる情報には、憶測から独り歩きした噂やデマ、さらには小説など創作由来の誤情報もかなり含まれているはずだった。

その上で……『聞き慣れない言葉』もあった。

「あの、オズワルド様……『邪神の加護』というのは……?」

リルフィが問うと、オズワルドは「あ」と自らの口を塞いだ。

どうやらあまり公にしてはいけない情報だったらしい。

「……あー……すまん。口が滑った。忘れてくれ……いや、しかし、ルーク殿にはいずれ話しておいたほうが良さそうなんだが……」

身内ばかりとはいえ、ここにはペズン伯爵やマリーン、マリーシアといったほぼ一般人もいる。あるいはそれは、「人間が知るべきではない事柄」なのかもしれない。

「あの、私達は席を外しましょうか?」

気を使ったマリーンが申し出た。

オズワルドはしばし迷った末に――首を横に振る。

「……いや、ここにいる者は皆、『亜神』と縁の深い関係者だったな。最低限の情報共有は必要だ。話せる範囲のことは話しておこう。ただし、メモや記録はなしだ。

この大陸の各所には、複数の『邪神』が今も眠っている。正確な数は不明だが、決して少なくはない。たとえばカーゼルやサクリシアの首都、それからニホン、あとピタゴラス殿のいたトラムケルナ大森林もそうだな」

ネルク王国内の地名が出てきたことに、リルフィは驚いた。

トラムケルナ大森林はリーデルハイン領から王都への道中に位置する広大な森である。極めて広く、端には馬車用の街道があるものの、森の奥へ通じる道はない。

そこはエルフ達の自治領であり、恐ろしい魔獣の生息域であり、ネルク王国内にありながら禁足地となっている。

「そうした土地では、『人という種』の在り方が、少なからず歪みやすい。いわゆる獣人や有翼人といった亜人種はそういう地で生まれたし、外見上の変化が少ない場合でも、カーゼルのように男女の出生率が大きく変化する例もある。

これらの土地は、我々魔族にとっては監視対象で――特に邪神の封じられた『遺跡』への手出しは、魔王の権限で禁じられている。カーゼルやサクリシアは国の首都にこれを擁しているから、 迂闊(うかつ) に手出しができん。関わる時は、魔王への報告とその許可が必要になる」

ロレンスが考え込みながら、一つの疑念を口にする。

「……つまり、トラムケルナ大森林にいる『エルフ』も……邪神の影響を受けた存在ということでしょうか?」

「ああ、元々は普通の人間だろう。奴らは邪神トラムケルナの影響で長寿になったが、そのかわり森に縛られていて、外ではまともに生きられん――

だが、勘違いはするな。『邪神の影響下にあるから、邪悪な存在だ』ということにはならん。むしろ奴らは邪神の封印を見張り、その眠りを妨げないよう尽力してくれている。だから我々魔族も、遺跡の周囲を守る亜人種に対しては多少の 便宜(べんぎ) をはかっている。そして――邪神の力を利用しようとする部外者が現れた場合には、共に迎撃する。レッドワンドにいた有翼人のように、遠い過去に遺跡を離れた者達は、さすがに庇護の対象外だが……世間では、『魔族は獣人に甘い』などと認識されているようだが、すべての獣人に甘いわけではなく、『邪神の遺跡を守る者達』を特別扱いしているだけだ」

じっと話を聞いていたクラリスが、膝枕でくつろぐ神獣ピタゴラスの背を撫でた。

「ピタちゃんも、もしかして……その『邪神』の見張りをしていたの?」

「んー……おぼえてないです」

ピタゴラスは鼻をヒクヒクさせつつ、長い耳を打ち振った。

昨年、『古楽の迷宮』を攻略した際に、リルフィ達は精霊の祭壇にて上位精霊達と面会した。

ピタゴラス自身は生みの親を忘れていたようだが……地精霊はピタゴラスを憶えていて、『そりゃ退屈な監視とか無理だよねぇ』『めんどいことさせちゃってごめんねー?』と話しかけていた。

当時は『森全体の監視』、あるいは『エルフの監視(見守り)』かと判断して聞き流したが……今にして、色々と腑に落ちる。

オズワルドは鼻を鳴らしつつ、不快そうに目を細めた。

「で、今のカーゼル王国が支配している地域は、かつての魔導王国があった場所でな。魔導王国でもやはり、男女の出生率には大きな差があった。

これは推測だが――あの地では遠い過去に、誰かが邪神に対して『人口を増やしたい』とでも願ったのだろう。人間の子供は、母親が妊娠してから十ヶ月前後で生まれてくる。たとえば十人の人間がいたとして、その割合が男五人と女五人なら……一年で生まれてくる子供は、最大でも五人程度だ。あくまでたとえ話だから、双子や三つ子の確率は除外するぞ?

生まれる子供の数は結局のところ、『母胎』の数に左右されるから――もしも男一人と女九人なら、一年で九人もの子供が生まれる可能性も出てくる。しかし逆に、男九人と女一人なら――母胎が一つしかない以上、生まれてくる子供は一人だけだ。つまり感情や社会制度を無視して『生物的な効率』だけを見た場合、女性が多いほうが人口は増えやすい、という話になる」

いかにも雑な推論を述べながら、オズワルドは深々と嘆息した。

「実際には男のほうが死亡率が高いから、あまり極端な割合になると逆に人口は減るだろう。また重婚に抵抗がある思想性だった場合、男女の割合は同程度のほうが効率もいいはずなんだが……邪神は『生物』に対する大雑把な理解はあっても、『人間性』やら『文化』に対する配慮を持ち合わせていない。だから『人口を増やしたい』という願いに対し、『母胎を増やす』という短絡的な変化をもたらしたりする。

とはいえ……神代における邪神どものやらかしを精査すると、こんなのは『マシ』なほうでな。

仮に『人口を増やす』ことだけに特化した場合、双子どころか三つ子、四つ子が生まれやすいように、人体の構造そのものを変えられていたかもしれない。あるいは妊娠の期間を大幅に縮められ、結果として未熟児しか生まれてこない状況に追い込まれたり……もっと酷い推論になると、虫のように大量の産卵を行う人外の生物に変えられたり、あるいは粘菌などの菌類に変化させられる危険性すらあった。つまり……『そういうこと』を平気でやらかすのが、『邪神』という存在だ」

少々どころでなく気味の悪い推論を聞かされて、一同の顔色が悪くなる。

それを確認してから、オズワルドはいつもの薄笑いを浮かべた。

「……少々、話しすぎたが、言いたいことは単純だ。関わるな。調べるな。他言もするな。関わった時点で『呪い』を受ける可能性すらある。封印されているのには相応の理由があるし、封印されていてもなお、その影響を外部に発散し続けている。近づけばろくなことにならん」

オズワルドは願いの結果の加護を「呪い」と言い換えたが、話が真実だとすれば、そう形容したくなるのもわかる。

画面の中では、女ばかりのシノ・ビ達がメープルシロップのワッフルを食べていた。そのうちの幾人かは美味しすぎて泣いているが、外見はいたって普通の女性達である。

決して邪神などの影響下にあるようには見えないし、本人達にもそんな自覚はないのだろう。

率先して話題を切り替えるように、オズワルドが感嘆を漏らす。

「……初手の甘味で精神をへし折ったか。あれを食わされたら、もうルーク殿を裏切れんだろうからな――」

「……わかります。『もしも敵に回ったら、もうあのスイーツが食べられない』なんてことになりますからね……」

茶菓子の豆大福にかぶりつくオズワルドと、留学以降で完全に餌付けされた魔導師のマリーンは、さも納得顔で頷きあっていた。

……たぶんルークはそこまで考えていない。『女の子を安心させるには、甘いものが一番ですよね!』ぐらいの気分でスイーツをばらまいている。罪深い猫さんである。

掃き出し窓を転用した画面に映るルークが、颯爽と肉球を掲げた。

『私の飼い主が今、ラズール学園に留学中でして――あ、ちょうどいいのでご紹介しますね!』

その言葉にあわせて、飼い主たるクラリスがすっくと立ちあがり、溜め息混じりに部屋の出口へと向かう。

「あいかわらず、ルークは初対面の人への説明が足りないよね……わざとやってるんだろうけど」

「……え……あれ、わざとなんですか……?」

「相手に質問の余地を与えて――それに答えることで、コミュニケーションの成立を実感させて、警戒心を解いてるんだと思う」

そういった話術に疎いリルフィは「なるほど」と感心してしまったが、同時にロレンスがクラリスへ微笑みかけた。

「あっ! それは先日、『社交術』の講義で学んだ話術ですよね?」

「はい。今まで気づいてませんでしたが、ルークはそれを実践していたんですね」

たぶんこれも誤解だろうが、クラリスにはラズール学園留学の成果がもう出てきたらしい。将来が怖……楽しみである。

さっそく学びを活かすその言動を微笑ましく思いながら、リルフィも二人の後に続き、ルークの呼び出しに応じたのだった。