軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

218・夕食へのご招待

「きょうもソフトクリームがおいしいです」とご満悦なピタちゃん(午前のおやつ)の背に乗っかり、ルークさんはおうちの居間で、オズワルド氏からの「良い知らせ」を聞いていた。

「レッドトマト代表、『国家元首トゥリーダ』の、ホルト皇国来訪の日取りが決まった。まぁ、ホルト皇国側での日程調整というか、良い形で受け入れるための下準備が終わるのを待っていただけなんだが……一週間後に、私が転移魔法で連れて来ることになっている。滞在予定は、その後の一週間程度だな。パスカルは連絡役として、その間にも何度か往復させるかもしれん。双子と会わせるならその日は空けさせる」

確かに良い知らせである。これでホルト皇国とレッドトマト商国の間に公的な国交ができれば、ネルク王国との今後の関係もスムーズに構築できるであろう。三国間の交易はトマト様のバロメソースと野菜類、金属類で始まり、将来的にはたぶん米とかも加わる。ククク……この世界に「フェアトレード」という言葉を根付かせてくれるわ……

「で、悪い知らせのほうだが」

「にゃーん」

猫はピタちゃんの背中にぐでんと埋もれ、タヌキ…… 猫寝入(ねこねい) りをキメた。

……まあね。悪い知らせはね。聞く前に精神の安寧を得ておきたいというか……

もちろんオズワルド氏はそのままニヤニヤと話し続ける。

「ホルト皇国の政治情勢に、面倒な変化が起きている。きっかけは昨年の、ペット誘拐犯の爆発事故……アレで魔族か聖獣か神獣か、いずれにしても『高位存在』の怒りを買ったと誤解した政権が、徹底的に背後関係を精査した結果、裏組織の裏帳簿に行き当たった。そこに関係していた貴族の処分をどうするか、という火種を抱えていたところへ、『レッドトマト商国への対応』といういかにも意見が割れそうな政治的案件が舞い込み、これまでの力関係の揺らぎや利害関係の対立もあって、水面下の政争が激化している。ファルケ、資料を」

「はい。こちら、簡単にまとめたものですが……」

渡された紙束は三十ページ前後。簡単……?

いや、たぶんだいぶ短くまとめてくれたのだろう。たとえばここに各貴族それぞれの状況とか分析とかを含めたら、数百ページとかの規模になるはずである。小説なら読めるが、その規模の資料を猫が読み込むのはキツい……

テーブルに飛び乗った俺は、それを肉球でぱらりとめくる。文字がびっしりだが、要点はきちんと整理されていそう。

「後で拝見します。で……もしや、私が何かしたほうが良さげな状況だったりします……?」

起点が例の爆発なので……誘拐犯への成敗は必要不可欠だったため後悔はないのだが、ある意味、俺のせいで起きた事態である。

ファルケさんが困ったような微笑を見せた。

「今は必要ありませんが、警戒だけはしておくべきかと。特に、クロムウェル伯爵家の動向が読めません。ポルカ嬢、マズルカ嬢はあまり関係ないのですが、後妻の実家が裏帳簿に関係のある貴族で……親族として、クロムウェル家に助力を求めてくる可能性があります。現当主がこれを蹴るか、それとも乗るか……なんともいえない状況です」

クロムウェル家が潰れたらポルカちゃんとマズルカちゃんはうちで雇おう……と思ってしまう程度には、ルークさんも二人のことを気に入っている。能力的にも優秀ですからね! まぁ、なるべくご実家が潰れない方向で暗躍しようとは思うが、そのへんは全部、現当主様次第か。

オズワルド氏が指を立てた。

「これに絡んで、追加でもう一点。侯爵家、公爵家あたりは、官僚の噂話経由で『ネルク王国の留学生と、魔族オズワルドの友好関係』をそろそろ把握したはずだ。それを知った上で変なちょっかいを出してくる者はいないだろうが、逆にすり寄ってくる者はいてもおかしくない。クロード達の交友関係はどんな感じだ?」

「上位のお貴族様からの接触はまだですねぇ。縁あって、『ペシュク伯爵家』の嫡子、オーガス君とクロード様が仲良くなりました。今夜あたり夕食に誘って、私もご挨拶しようと思っています」

「ペシュク伯爵家? ……まさか、例のラダリオンに反乱を起こされた侯爵家の子孫か? サーシャに絡んでくるかもしれないと警戒していた――」

オズワルド氏、昨日は留守だったので、まだオーガス君のことを知らない。俺も今さっき見てきたばかりだ。

「そのペシュク家です。でも当時の当主の子孫ではなく、家が断絶しそうになって呼び戻された親族の子孫ですね。あと、サーシャさんの家系についてもまだ知りません。そのあたりの説明も含めて……今夜ですかねぇ」

「それはおもしろそうだ。同席しよう」

オズワルド氏はめっちゃ楽しそうだが、おもしろがらないでほしい!

……いや、反応は予測できている。彼はきっと「……うちの先祖(親戚)が、本当に申し訳ありませんでしたっ……!」って土下座してくる。オーガス君はそっち系の人材である……そうさせないために、上手い具合に話を持っていきたいのだが、クロード様の話術に頼るべきか、喋る猫とスイーツのインパクトに頼るべきか……

クロード様の話術には俺も割と信頼をおいているのだが、あやつはたまにクソボケムーブをかますので、勢いあまってBLルートとか開拓しないかという不安もある。

……笑い事ではない。クロード様のもつ適性の『主人公補正』さんは、たぶん隙あらばその手の悪さをすると俺は睨んでいる……クロード様はサーシャさんへの一途な思いでその悪さを封じているが、「これはもしかしたらすごいことなのではないか」と俺はひそかに尊敬さえしているのだ。

まぁ? サーシャさんかわいいし? 他の人に目移りしないのは当然なのですが? しかしうっかりするとベルディナさんとかポルカちゃん、マズルカちゃんあたりはクロード様のハーレム要員になっていた可能性を捨てきれず、そのルートをフラグも立てずにスパッと切り抜けたクロード様は傑物と言って良い。

さすが主人公! さす主!

……ラブコメ的な主人公じゃなくて、化け猫がトマト様による地上侵略を進めるホラー小説の主人公だった説、一理あると思います。

とりあえず、クロード様やクラリス様達に、「今夜、自己紹介も兼ねて簡単な夕食会を催すので、可能ならオーガス君と双子ちゃんを連れてきてください」とメッセージをしておいた。

双子ちゃんは学生寮への連絡、オーガス君はおうちで待つ従者達への連絡が必要だろうから、放課後に待ち合わせする感じかな……

送迎はこちらでやると告げた上で、オーガス君の従者にはご遠慮いただきたい。そうは言っても心配だろうから一人、二人くらいはついてくるかもしれぬが……いや、大丈夫かな。学園内の移動だし。クロード様やロレンス様達を見れば、「悪い子達ではない」というのは一目でわかる。

我々もお昼ご飯として「天ざる定食(上)」を食べながら、ちょっと雑談。

「ペズン伯爵は最近どうです? なんか不都合とかないですか?」

「はぁ。昨年、ルーク様のお仲間の子猫達に、長年の腰痛や肩こりをすっかり治していただいたので……こちらでは宮廷や政治関係の面倒事もありませんし、のんびり過ごしておりますな」

ペズン伯爵、確かに最近は血色が良い……あと以前は割と 顰(しか) め面というか気難しげな雰囲気だったのだが、ロレンス様との日々が清涼剤になったのか、すっかり険が抜けて人の良いお爺ちゃんみたいになってる……

一方、同じく留守番をしている女騎士のマリーシアさんは、ロレンス様の護衛という立場なのだが……学校にまではついて行けないので、日頃は自主的な鍛錬を続けている。

形だけでも入学させて常に警護させる案もあったのだが、彼女はこれを『私がいない状況に慣れるのも、ロレンス様にとって必要なことでしょうから』と自制した。

クロード様やクラリス様達がいるからこそできた判断でもあるが、やはりマリーシアさんはロレンス様にとって良きお姉ちゃんなのだ……

そんな彼女は最近、庭で警備をしている「サバトラ抜刀隊」から稽古をつけてもらっている。

向こうはチャンバラごっこで遊んでいるだけのつもりだろうが、一対一でもまるで歯が立たず、刀代わりの猫じゃらしでいいようにぺしぺしされる日々。

ちなみにマリーシアさんが木刀を振り抜くと、たとえ直撃コースであっても奴らはそれにまとわりついて、刀身の上で逆立ちしたり招き猫したりヘソ天したりと存分に煽ってくる……いくら実体のない魔力の塊とはいえ、もはやギャグ漫画の挙動である。

それでもちゃんと訓練にはなっているようで、マリーシアさんの動きは明らかに去年より良くなってきた。努力は裏切らぬということか。

『……というか、真面目に訓練しないと、ルークさんのごはんがおいしすぎて、その……体型の維持がですね……』

なんてことも、苦笑いと共に数日前に言っていたが、この時はアイシャさんがそっと顔を背けていた。おう、こっち向けや。

そのアイシャさんは今日、ネルク王国側で勤務中なのだが、夜はこっちに戻ってくる。オーガス君のこともご紹介できるだろう。

いっそライゼー様とかウェルテル様とかヨルダ様も呼んできたいのだが、ゲストそっちのけの 団欒(だんらん) になっちゃいそうだし、今日のところはナシかな……

そして時は流れて夕刻。

猫がリルフィ様やマリーシアさんと一緒に甲斐甲斐しく夕食の準備を進めていると、クロード様達がカルマレック邸に帰ってきた。

「ただいまです。オーガスとポルカ嬢、マズルカ嬢をお連れしました」

クロード様が先頭で玄関を通り、履き物を脱ぐ。

こちらのお屋敷は別にシンザキ様式ではないのだが、玄関で靴を脱ぐ仕様に改装した。衛生面を考えると絶対こっちのほうが良いと思う。

あと俺用の足洗い場もある。ルークさんは賢いので、なんと自分で自分の足を洗えるのだ! ……どんぐりの草野球やった後とかね……割と砂だらけになるからね……

ちなみに俺が上がり 框(かまち) に腰掛けて足を洗っていると、アイシャさんに「……おっさんみたいなポーズですねぇ」って言われる……まぁわかる。反論は特にない。

そしてぞろぞろと帰宅してきた一行。

ポルカちゃんとマズルカちゃんは新入生向けガイダンスの後にもここへきたので、初の来訪者はオーガス君だけだ。

さっそく出迎えに立った俺は、肉球を掲げて笑顔を振りまく。

「おかえりなさいませ、クラリス様、クロード様! 晩ごはんの支度はもうできておりますので、手を洗ってきてください。ささ、お客様方もこちらに」

まずは広めの洗面所へご案内し、順番に手を洗っていただく。

ぽてぽてと歩き出す俺の背後では、オーガス君が固まっていた。

「………………………………クロード? えっ? えっ? アレ(・・) 、中に子供が入っている着ぐるみか何か……?」

おっと、ご挨拶が遅れてしまった。

振り返って、俺は改めて一礼する。

「はじめまして、オーガス様! 私、リーデルハイン家のペットにしてトマティ商会の社長を務めております、猫のルークと申します。本日は急な招待だったにもかかわらず、応じていただきありがとうございました。ぜひ夕食を共にしつつ、親交を深められればと思います」

猫の優雅なご挨拶に、双子ちゃんまで目をキラキラさせる。このお二人の前では最初、ほんのちょっぴり 醜態(しゅうたい) をさらしたので……こういうキメキメのかっこいい(?)ご挨拶はまだ見せていなかった。

一方でオーガス君は驚きのあまり、靴も脱がないうちからその場にへたり込みそうになってしまったが……これをクロード様が支え、肩を叩く。

「驚かせてごめん、オーガス。まず見てもらわないと、納得も理解もできないだろうと思ったから……本人も自己紹介した通り、こちらはクラリスのペットのルークさん。えーと……いろいろと、こう……規格外というか、ネルク王国を陰ながら救ってくれた英雄で……すごい猫さん、かな……」

クロード様、微妙に説明を諦めたな? まぁ、詳細はごはんを食べながらで良かろう。

「それからあちらが、純血の魔族、オズワルド・シ・バルジオ様と、その部下のファルケさん。ルークさんの友達で、僕らもお世話になってる」

「よろしくな、オーガス。オズワルドだ」

オズワルド氏が気さくにウィンクしながら片手を振り、ファルケさんは無言で一礼。

元貴族ながら、今のファルケさんは平民である……が、レッドワンドは魔導師でなければ貴族になれないという変な国だったので、実はそもそもの出自も平民である。ややこしいな?

……ところでクロード様から「猫のおともだち」認定されたオズワルド氏が目に見えて上機嫌なのだが、俺もちょっと忘れかけてるけど実は最初は敵だったんスよ、この人……

オーガス君はふらつきながら頬を引きつらせた。

「ま、魔族……本物の……? ク、クロード!? 転移魔法で送ってもらったとは聞いたけど、まさか一緒に住んで……!?」

「……さすがに毎日いらっしゃるわけでもないから……別荘みたいな感じですか?」

クロード様に問われて、オズワルド氏が薄笑いを浮かべる。

「まぁ、そうだな。しかし私は本邸を空けることも多いから、年末以降で滞在時間が一番長いのはここかもしれん。居心地のいい部屋と執務室まで用意してもらったし、なにより本邸よりも快適だ」

魔族の拠点がどういう場所なのかは俺もまだ知らぬが、こと「快適性」において、このお屋敷はこの世界では有り得ぬオーパーツレベルの完成度を誇っている。

暖房、冷房はもちろん、抜け毛もごっそりとれる空気清浄機や浴室乾燥システムも完備だし、階段や手すり、収納各種にもユニバーサルデザインを意識して可能な限り使いやすさを追求した。

居心地の良さに関しては、それこそ王宮以上であろう。

オズワルド氏にビビりまくるオーガス君を放置して、クロード様は淡々と他の面々を紹介していく。

「あと、従姉のリルフィ姉様と、ロレンス様の家庭教師のペズン・フレイマー伯爵、護衛のマリーシアさん、ウサギのピタゴラス様……」

敬称つきで呼ばれたやたらとでかいウサギのピタちゃんがひょいっと前足を掲げたあたりで、オーガス君はまた何かを察したらしく、とうとうクロード様にしがみついた。残念ながらBLではない。淑女諸賢は反応しなくてよろしい。

「ク、クロード! これ、学園側は把握して……!?」

「……あー。微妙……皇陛下や皇弟殿下は、オズワルド様と僕らの関係は知ってるけど、ルークさんのことはまだ知らないはず。あと知ってるのは……」

ちょうどよく、広いエントランスの一隅に人間サイズのダンボール箱(肉球マークつき)が二つ、配達されてきた。

床からシュバッと登場したその箱は到着と同時に開封され、中から人が歩み出てくる。

「ただいまー、ルークさん、今日の晩ごはん……あ、お客さん?」

「ただいまですー。あれ、タイミング一緒でした?」

中から出てきたのは、今日のお仕事を終えて帰宅した宮廷魔導師スイール様と、ネルク王国に遠距離通勤中のアイシャさん。

お二人とも、おなかを空かせた顔をしている……もちろん定時帰宅である。

そしてオーガス君が蒼白である。

「……ひ、人が、急に……!? えっ!? スイール様!?」

宮廷魔導師、スイール・スイーズ様は有名人であり、オーガス君は顔を知っていたらしい。

スイール様が軽く会釈。

「ああ、その子が噂のペシュク家の子? どーも、スイール・スイーズです。ルークさんが自己紹介したってことは、もう身内扱いでいいんだよね?」

「そーですね!」

猫が元気よくお返事するのにあわせて、クラリス様が俺を抱え上げた。

「オーガス様、驚かせてしまってごめんなさい。こちらのお二人も、ルークのお友達です。スイール様のことはご存知みたいですが……」

アイシャさんもぺこりと一礼。

「はじめまして、アイシャ・アクエリアと申します。こちらではゆえあってメイドに偽装していますが、ネルク王国の宮廷魔導師、ルーシャン・ワーズワースの弟子です。私は、まぁ……護衛というかお目付け役というか報告係というか、そんな感じですねえ」

いたずらっぽく笑い、アイシャさんはクラリス様に抱っこされた俺の喉元を撫でた。ごろごろ。

そして小声で一言。

「……ところでルーク様。あの子から、うちのお師匠様やリルフィ様と似た気配を感じるんですが……やっぱり猫好きですか……?」

アイシャさん……さては野生の勘で「猫力」に反応したな?

猫力の高低を人間が知る術はないはずなのだが、ルーシャン様は何故か独力でこの隠しステータスの存在に辿り着いていらした。

もちろんきちんとした数字で把握できるわけではなく「高いか低いか」程度の精度であり、ついでに言うとその弟子たるアイシャさんは猫力否定派だったはずなのだが……俺が「いえ、実はありますよ、猫力」と教えたことで、渋々、肯定派に転向した。

そしてアイシャさんにまでうっすらわかるとゆーことは、やっぱ90台はやべーんだな、って……

オーガス君はようやく呼吸を整え、ピシッと直角に近いお辞儀をした。

「ご、ご挨拶が遅れて、たいへん失礼をいたしました。ペシュク伯爵家の嫡男、オーガス・ペシュクと申します。このたびは、クロード様達からお招きをいただき……」

スイール様が、ぽんぽんとその肩を叩く。

「大丈夫、なかまなかま。私も年末に、ルークさんと初めて会ってびっくりした口だから。そこの双子ちゃんだってガイダンスの時に知り合ったばっかりだし、緊張しなくていいよ。よろしくね」

スイール様、政治交渉の場などでは、隙を見せないためにクールキャラを維持しているのだが、ここはもうプライベートな空間なのでだいぶフレンドリーである。

……あとまぁ単純に、オーガス君のびっくりぶりが自分の時と重なってしまい、フォローしてあげたくなったのだろう。

まだちょっとお目々がぐるぐるしているが、とりあえず居間に通して席についてもらう。

テーブルの上にはすでに大量のごちそうが並んでおり、中央には生のトマト様もちゃんと鎮座しておられる。今日もお美しい……なんて尊いお姿……

……ところでこちらのトマト様はコピーキャット製ではなく、カルマレック邸の庭先で栽培された御方達なのですが、いくら温暖な地域とはいえ冬なのになんで収穫できてるんですかね……? やっぱ聖域効果?

深く考えると怖いので、猫は考えるのをやめた。おいしければそれで良い……

そうして始まった楽しい夕食会は、双子ちゃん達のテンションもあって、けっこうな盛り上がりを見せるのであった。