軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

211・家名が持つ意味

クロムウェル家の双子、ポルカとマズルカは、それぞれ火属性・地属性の魔導師である。

地元の島では「優秀」という評価を受けていたが、国全体で見れば、もちろん上には上がいる。

その最上位に近い存在と思われるのが、若き宮廷魔導師、スイール・スイーズであり――姉妹にとっては憧れの存在だった。

だからそのスイールの母校である『皇立ラズール学園』への留学は、姉妹にとってとても大切な夢で――同時に、将来への足がかりだと考えていた。

「ね、マズルカ。私達、ラズール学園を卒業したら、魔導庁に就職できたりしないかな?」

「成績次第では可能でしょう。できれば在学中からコネを作っておきたいですね」

皇都までの道中、姉妹でそんな話もした。

島に戻るという選択肢は除外したい。隠居した祖父のことは好きだが、父は自分達を政略結婚の道具と考えているし、 継母(ままはは) との折り合いもあまり良くない。

母が亡くなった頃は、ポルカとマズルカのどちらかが婿をとって、その人物にクロムウェル伯爵家を継がせるという方針だった。

しかしその後、父が後妻を 娶(めと) り――

腹違いの幼い弟を後継者に据える流れができると、ポルカとマズルカの立場は悪くなった。

優しい祖父が学費を出してくれたため、こうして姉妹揃ってラズール学園に留学できたが、これも父には反対された。ポルカとマズルカはその反対を押し切り――なかば家出に近い勢いで、実家を後にした。

道中、祖父が護衛として雇った冒険者と、双子を連れ戻しにきた家臣とがちょっとした喧嘩騒ぎを起こしたりもしたが……それも切り抜けた。

だから伯爵家の令嬢でありながら、従者の一人すらついてきていない。

だから祖父も知人のいる『エンハンス商会』に、学内での警備を依頼した。

だから二人は、この皇都ウォルテで――なんとか身を立てる手段を得て、将来にわたって生活するための基盤を築きたい。

幸いにも二人は魔導師なので、よほど仕事を選り好みしない限りは働き口に困らない。水属性のほうがより厚遇されるが、火属性にも地属性にも需要はある。

方針が明確だから、受講する講義もほぼ決まっている。

まずは魔導系の座学と実技。

それから、魔導庁への就職を目指すための文書作成系スキル。在学中に資格もとっておきたい。

人脈も大事だろうが、「南方出身」ということで、これは少々難しいと自覚している。

ホルト皇国が成立する前、この国土は同盟関係にある四つの小国家に分かれていた。

そのうちの東西が強く結んで、同盟破棄と同時に南方の一国を滅ぼし――その動きに危機感を持った北方の一国が戦わずして降伏したことで併合され、『ホルト皇国』が生まれた。

その頃からの 名残(なごり) で、中央政府では東西諸侯の発言力が強く、北方は空気で、南方は軽く見られている。

今でも「南方の貴族は反乱を企てている」「他国と内通している」などと非公式に疑われがちで、最南端に位置するクロムウェル伯爵家も例外ではない。

……いや、実際、他国と通じてはいるのだ。

特に内海を隔てた向こう側の交易国家「サクリシア」とは懇意で、クロムウェル伯爵家の交易による利益の多くは、このサクリシアに依存している。

ホルト皇国の南端、内海の孤島、クロム島――

対岸がまったく見えないほど広大な内海は、実に五国と隣接しており、クロム島はその五国の交易における唯一の中継地となっている。

各国の船は、相手国の港には極力入らない。航海が長くなってしまうし、クロム島と往復したほうが便利なのだ。なにせこの島では、「他の四カ国」の特産品がすべて一度に手に入る。相手国まで行ってしまうと、手に入る交易品もその一カ国のものになってしまう。

交易仲介者としてのクロムウェル伯爵家の手腕は実に優秀で、欲しい物資の注文の取りまとめや、暴利を禁止する価格の調整、よく売れそうな交易品の助言までおこなっている。

島には各国の農産品の豊作、不作に関わる情報も集まるし、人の動きも多い。

密輸や亡命といった、少々後ろ暗い流れも――やりすぎると捕縛されるが、多少は黙認されている。

総じて、ホルト皇国の貴族がクロムウェル伯爵家に対して抱く印象は、「僻地のやり手貴族」「金持ちだが信用はしにくい」「とはいえ、交誼を結んでおけば便利なこともありそう」というものになる。

ついでに「敵に回すと厄介」という評価もある。

ある程度の広さがあるとはいえ、所詮は「島」しか領地がないため、農業・工業的な生産力には乏しい。ただし全方位が内海に囲まれているため漁業は盛んで、漁獲高は沿岸部の漁村の比ではない。

品質の良い塩の生産地としても知られており、これも各国に輸出されている。

確保している兵の数は、伯爵家としては少ない。

一方で、有り余る財貨によって傭兵を確保しやすく、他国からの援軍すら雇える可能性があるため、他家から見ると潜在的な戦力が読みにくい。

また離島であるために「水軍」が発達しており、内地の貴族とは戦争の仕方そのものが違う。そもそも「攻め込む」こと自体が難しい。兵を運ぶための船を確保するだけでも大事業になってしまう。

結果として……クロムウェル伯爵領は、ホルト皇国内にありながら、完全にはその支配下におかれていない。

策謀家気取りの貴族からは「いつ裏切るかわからない」という疑念すら持たれている。

「……と、そういうちょっと難しいおうちなので、ちゃんとお友達ができるかどうか、実は少し不安でした」

「そこへいくとクラリス様達は他国の方だから、気楽にお付き合いできるよね! 知り合えて良かったぁ」

入学式の翌日。

学内のカフェテラスにて、ポルカとマズルカはネルク王国の留学生一行と待ち合わせていた。

不思議な猫を通じて知り合ったが、話してみれば留学生達は皆、気さくで温厚な人柄で、今後も仲良くしていけそうな実感を得ている。

年齢でいえば、ポルカとマズルカが十四才、メインの留学生である王弟ロレンスが十一歳、子爵家令嬢のクラリスが最年少の九歳、学友兼護衛役のクロード、サーシャという「夫婦」が十六歳で、一応は最年長の魔導師、マリーン・グレイプニルが十七歳となる。

このマリーンは見た目がすごくツンデレっぽい。初対面で「おぉ」とびっくりしたほどツンデレっぽかったが、話してみるとめちゃくちゃ素直で人当たりも良く、ツンツンしていなかった。ほんの少し残念だったのはここだけの話である。

一応、母国の同僚達相手には多少ツンツンすることもあるようなので、いずれは見てみたい気がしないでもない。が、たぶんそんな機会はない。

ポルカ&マズルカとは年齢こそ微妙にずれているが、ロレンスとクラリスはとても大人びているし、クロードやサーシャ、マリーン達に対しても「先輩と後輩」的な年齢差しかないので話しやすい。

むしろ女性陣に囲まれたクロードが若干、居心地悪そうに見えなくもないが……ロレンスのほうはむしろ、女性相手の話術にも手慣れたもので自然体である。幼くとも「さすがは王弟」と褒めるべき貫禄があった。

ミルクティーを傾けていたクラリスが、その思慮深い眼差しをポルカとマズルカに向けた。

今日の彼女はルークを抱えていない。なんでもあの猫は「社長」として働いており、平日は会社の業務もあるらしい。はたらくねこさんである。ちょっとどころでなく他の社員がうらやましい。

「私達としても、ホルト皇国内の事情に詳しい方と、早い段階で知り合えて幸運でした。それにポルカ様もマズルカ様も『猫好き』という安心感がありますし」

「え。そこ? 猫好きってそんな大事な要素?」

「それはネルク王国の価値観ということでしょうか? それとも、リーデルハイン子爵家独自の……? いえ、猫様を愛でるのは人類として当然の義務でありご褒美でもあるということは重々承知していますが――」

姉のマズルカはほんのちょっぴり、微妙な角度で思想が偏っている。前世とかで猫に命を救われたのかもしれない。

双子からの問いに、クラリスはふわりと花のように微笑んだ。

子供の割にはあまり笑わず常に泰然としている印象があるのだが、その分、少しでも微笑むと高貴なのにめちゃくちゃかわいい。双子も思わず見とれてしまう。

クラリスは子爵家令嬢なので、位としてはポルカとマズルカよりも下なのだが、全然そうは見えない。これはもう皇族なみの気品である。

……まぁ、『亜神の飼い主』ならば、むしろ神々しいのは当然かもしれない。この子は絶対、超がつく大物になるとポルカはすでに確信していた。

「ロレンス様やマリーン様との御縁も含めて、私達は皆、ルークを通じて仲良くなりました。この場には来ていませんが、ペズン伯爵やアイシャ様、マリーシア様、オズワルド様にピタちゃんもそうです。私がルークを拾って、リル姉様と一緒に飼い始めて……それから急に、世界が広がりました。猫が好きな方は、ルークのことも大事にしてくれるはずですから……だから、安心感があります」

猫の安全を最優先に考える、立派な飼い主である。

感動したマズルカが祈りの形に指を組んだ。

「ルーク様は幸せですね。こんな素敵な飼い主に恵まれて……」

「あー、うん。そこは同意するけど、マズルカは猫寄せをもうちょっと制御して? 顔見えてないよ?」

姉妹はよく猫に好かれる。

先程から学内猫がわらわらとこのテーブルに集まってしまい、そのうちの一匹はマズルカの顔面に堂々と張り付いている。常時猫吸い状態である。

ちなみにポルカも二匹抱っこしており、お茶を飲みにくくてしょうがない。

「……なんというか……すごいですよね。こんな普通に猫が寄ってくる人って初めて見ました……」

この場で唯一、猫を抱いていないクロードがしんみりと呟いた。他の面々は皆、一匹ないし二匹にまとわりつかれている。そしてクロードが猫を抱いていないのは「膝の上にみんなの分の荷物を抱えているから」であり、それさえなかったらきっと同じ状況に陥っていた。

「私とポルカは港町で育ちましたから、きっとおさかなの匂いがくまなく染み付いているのでしょう」

「そ、その理由はちょっとヤだな……え? 生臭くない? 大丈夫だよね?」

ポルカが慌てると、隣のマリーンが頭を撫でてきた。

「ふふっ、そんな匂いはしませんから安心してください。今朝、ルーク様が言ってましたが……猫さん達に聞いたところ、お二人からは『仲間』の気配がするらしいです。故郷でも猫を可愛がっていらしたみたいですから、何かこう……猫の加護みたいなものが身につきつつあるのかもしれませんね。私のお師匠のルーシャン様も、ルーク様に出会う前から『猫の守護者』という称号を持っていまして……ちょうど今のお二人みたいに、普通に猫が寄ってきます」

「なんと、そんな素敵な称号が……! 欲しい!」

「マズルカ落ち着いて。称号なんてレアなもの、そうそう身につかないから」

姉はポルカの 贔屓目(ひいきめ) を抜きにしても天才なのだが、ほんのちょっぴりアレである。

「あの、ところで、授業の選択についてなのですが……」

サーシャ・リーデルハインが話題を修正してくれた。

体験授業の開始時刻まではまだあと一時間以上ある。早めに集合したのは雑談のためではなく、履修に関する相談をするためだった。

「あ、そうそう。私とマズルカは魔導系中心だから……マリーン様とはだいぶかぶると思います。これ、私とマズルカの履修予定です。参考になれば!」

「私達はラズール学園への留学をずっと熱望していたので、地元にいた頃から、関連書籍を読み込んで講義の内容を調べてきました。新規の講座が増えることはありますが、定番のものはだいたい毎年、大きくは変わらないので……これはなかなか要所をおさえた選定だと自負しています」

二人はなるべく実践的で、なおかつ『魔導庁』への就職に役立ちそうな講座を選んでいた。これは母国に成果を持ち帰りたい「留学生」にとっても有用な情報だと自信を持って言える。

「ただ……魔導師以外の人にはぜんぜん参考にならないよね……」

「はい。重なる部分もないわけではないですが……私達がクラリス様とご一緒できそうなのは、数学や史学などの一般教養分野ですよね」

今日はまだ合流していない「案内係」のベルディナ先輩のほうが、この面では頼りになると思われる。

「あと、ラズール学園はそもそも学生数が多すぎるので……同名・同内容の授業もたくさんあります。同じ時間帯に別の講師が同じ内容の講座をやっていることも多いので、ちゃんと同じ教室で講義を受けられるように、気をつけて履修登録をしないといけません」

「特にクラリス様とロレンス様が単独行動にはならないようにね! 私がいちいち言うことじゃないけど、十歳前後の子供だとやっぱり危ないから」

ポルカとマズルカが地元で誘拐されたのも、その年齢の頃だった。

あの時はたまたま滞在していた商人(※ただし商人には見えない)パスカルが 颯爽(さっそう) と助けてくれたが、怖い思いをしたのは間違いない。目の前の子供達に、あんな思いはさせたくない。

……ついでに、もしもそんな事態が起きてあの猫がキレたら、とんでもないことになりそうな気がする。

護衛役も兼ねているサーシャが真顔で頷いた。

「クラリス様が受ける講義にはすべて、基本的に私もご一緒します。ロレンス様のほうにはクロード様がつく予定です」

「うん。実際には、ほとんどの講義で四人一緒になるだろうね。マリーン様も、魔導系以外の講義なら一緒に受けられるだろうし――」

ポルカの脳裏に、若夫婦が子供二人を連れて講義を受けている光景がよぎった。マリーンの立ち位置は親戚のお姉さんだろうか……

ラズール学園には数多くの学生が在籍しているが、さすがに「十代で既婚者」となると多くはない。

「あのー……昨日はヴァネッサ様もいたし、あんまり突っ込んで聞けなかったんですけど……クロード様とサーシャ様って、もう結婚されてるんですよね?」

テーブルに微妙な沈黙が訪れた。

あれ? 聞いちゃいけないことだった? と、ポルカが戸惑う中、クロードがちょっとだけ困惑した顔を見せる。

「えっと……間違いなく婚約はしているし、結婚の予定もあるんですけど、式とか籍はまだ……そのあたりは帰国してからの予定で」

次いでサーシャも呟く。

「はい。私も若干、戸惑っているのですが……リスターナ子爵によると、私の本来の家名が、こちらの国では少し余計な 詮索(せんさく) を招く可能性があるということで……書類上はすでに結婚していることにして、学生としての登録にはリーデルハイン子爵家の家名を使わせていただきました」

余計な詮索を招く……ということはつまり、有名人、あるいは犯罪者などと同姓ということだろう。たとえば有力貴族と家名が同じだと、それがただの偶然であっても「隠し子か?」とゴシップ的な詮索をされかねない。

「えっと……参考までに、その名前って聞いてもいい?」

「あ、もちろん他の人には言わないです。でも、把握しておいたほうがごまかしやすいので」

サーシャがクラリスとクロードに目線で判断を求めた。

すぐにクラリスが鷹揚に頷く。

「私の家名は……『グラントリム』といいます」

その淡々とした答えを聞いて……ポルカとマズルカはたちまち納得した。

「反乱の騎士、ラダリオン・グラントリムかぁ――それはまた、判断に困るというか……」

「納得ですね。特に今年はタイミングが悪いです」

双子以外の面々が首を傾げた。

「あの……実は、その家名がどういう意味を持つのかまでは、私も知らないのです。何か悪いことをした人物なのですか? その、反乱の騎士というのは……」

戸惑うサーシャに向けて、歴史に詳しいマズルカが解説を始めた。

「ラダリオン・グラントリムは、四十年ぐらい前に、ペシュク侯爵領で反乱を起こした騎士です。その当時の侯爵が、理不尽な流れで他領への戦争をふっかけた時に、これを 諌(いさ) めるために決起して刺し違えたっていう……何年か前に演劇の題材にもなった悲劇の英雄ですね」

ロレンスが目を見開く。

「ホルト皇国の歴史についてはある程度、調べてきたつもりなのですが……そのお話は初めて聞きました」

「ペシュク家にとって大きな汚点ですし、他の貴族にとっても不都合な内容だったので……当時も大きなニュースにはなったものの、政権の判断で詳細が伏せられたそうです。他国にまでは伝わってないでしょう」

そもそも生まれる前に起きた事件だったため、ポルカとマズルカも演劇を通じて初めて知った。

「当主を殺されたペシュク侯爵家はその後、いろいろあって伯爵家に格下げされました。なので、今はペシュク伯爵家です。歳月が過ぎて演劇のネタになったことで、最近になって改めて情報が広まった印象ですね」

ポルカも肩をすくめる。

「……それでもって、今年の新入生の中に、その『ペシュク伯爵家』の御曹司がいるから……このタイミングで『グラントリム』なんて名前の留学生が他国から来たら、ちょっとした噂話にはなるよね……いくら偶然っていっても、学生は無責任に噂するだろうし、名前を隠したのは正解かも」

演劇として人気が出てしまったことで、その悪役たるペシュク家も今更のように負のイメージにさらされた。

当時の当主、ブレルド・ペシュク侯爵は反乱によって殺されたため、その子孫はある意味で被害者遺族だが……彼は当時から『外道侯爵』と陰口を叩かれたほどに悪評まみれで、無理な増税、理不尽な弾圧、他貴族への横暴などの歴史的事実が無数にあり、とうてい擁護できる要素がない。

脚本家も幼かった当時、このブレルド・ペシュク侯爵の横暴によって両親を殺されており、歴史的証言としての重みもあった。

クロードが声をひそめて問う。

「その反乱の騎士……ラダリオンという人は戦闘で亡くなっているんですよね? グラントリムの血筋のほうはどうなったんです?」

「いくら事情があったとはいえ、侯爵殺害犯ですからね。家としては断絶しています。劇中では生き残って他国へ旅立ったことになっていましたが、そこは脚色で創作だと、パンフレットに書いてありました」

この点も少々まずい。

史実では「死んだ」はずだし、生存説はあくまで劇としての創作だと明言もされているが、歴史の裏側にロマンを求めてしまうのは人の 性(さが) である。

「英雄には生き残っていて欲しい」という願望が史実を歪め、「他国から来た同姓の存在」を「その子孫なのでは」などと積極的に誤解する者が出てきても不思議はない。

『グラントリム』という姓はホルト皇国内でも極めて珍しい。

その「反乱の騎士」ラダリオンの父親も、他国から来てペシュク侯爵家に仕官した者だったらしく、ホルト皇国内に親族はほとんどいない――というのが劇中での設定だった。

これが単なる設定なのか史実だったのかについては、専門家でもないポルカ達の知るところではないが、ホルト皇国は大国だけによその国から仕官を目指してやってくる人材が多い。「腕の良い傭兵を家臣として雇い入れる」ぐらいならよくある話である。

「なるほど……機会があれば一度、その演劇を見てみたいですね」

クロードの呟きに、クラリスやサーシャも頷いた。

再演の噂でもあれば伝えると約束して、引き続き講義選択の打ち合わせに移る。

これから二週間ほどは本登録前の「お試し期間」で、先着順に好きな講義へ出入りできる。

その期間が終われば本登録で、希望者が多すぎる場合には抽選になるが――貴族や豪商、留学生には多少の優遇措置があり、具体的には「寄付金の多寡」や「国同士の関係性」で優先順位が決まる。

もっとも、人気のある講義は同内容で複数のコマが用意されるので、抽選にまで至る例はごく少ない。

仮に定員百名の講義に二千人が殺到したら、国の研究機関から臨時講師を呼んででもコマ数を二十個用意する――そうした対応を実際にできてしまうのが皇立ラズール学園の強みだった。

やがて案内係のベルディナが合流し、最初の体験授業はクラリス、サーシャ、ロレンス、クロードの一般組と、ポルカ、マズルカ、マリーンの魔導師組とで分かれることになった。

ベルディナはあくまで「王族たるロレンス」の案内係という立ち位置なので、一般組についていく。

目的の教室に向かいながら、マリーンが安堵したように息を吐いた。

「魔導系の授業は、一人で受けることになると思っていたので……お二人が一緒で助かりました。よろしくおねがいしますね」

いかにもツンデレっぽい容姿から繰り出される丁寧かつ常識的な物言いを、ポルカは「もったいない」と感じてしまう。

彼女は逸材である。もっと伸びしろがあると、そう確信している。

「ね、マリーン様! 私とマズルカのほうが年下ですし、もっとざっくばらんにいきませんか? てゆーか私も、『友達』とは気軽に話したくて――」

マリーンが困った顔をする。

「えぇと……私、実家は子爵家でして……伯爵家のご令嬢相手に、あまり礼を失した物言いは……」

ポルカはぶんぶんと首を横に振る。

「そういうのいいから! 同じ魔導師だし、学園では同期なんだし、これから長い付き合いになりそうだし! 私達も『マリーンさん』って呼ぶから、マリーンさんには私達のこと、『ポルカ』『マズルカ』って呼び捨てにして欲しい!」

ツンデレ覚醒の第一歩は、まず言葉遣いである。

マズルカもポルカの意を察し、横から援護をしてくれた。

「マリーンさん。とりあえずお互い、『様』づけはやめましょう。クラリス様とロレンス様はもう『様!』って印象が強すぎて変えにくいのですが、私達はまだ間に合います。それに魔導実習などでは模擬戦をやる機会もあるでしょう。その時、互いに言葉遣いなどにこだわっていては機を逸します。つまり、我々はこれから戦友になるのです。決断するべきは今。今がベストなタイミング! さぁ、私の名をなるべく気軽に呼んでください。りぴーとあふたみー、『マズルカ』と」

声は淡々としているのに、畳み掛けて有無を言わせぬ勢いがある。マリーンは意外と流されやすそうなので、これは効果てきめんだろう。

「えっ……マ、マズルカ……?」

案の定、彼女は指示された通りに呟いてしまう。こうなればもう主導権は双子のものだった。

「あっ! マズルカずるい! マリーンさん、私も私も! ポルカって呼んで! お願い!」

「えっ……ポ、ポルカ……?」

「そうそれ! それがいい! そのままお願い!」

にかっ、と笑って腕に飛びつくと、マリーンは驚いた様子で目を見開いた後……脱力して微笑んだ。

「……まいった、降参。年下の子にここまで気を使われちゃったらね。改めてよろしく、ポルカ、マズルカ。私のことも『マリーン』って呼び捨てでいいから」

「ほんとに!? ありがとー、マリーン!」

「その勢いでぜひ『か、勘違いしないでよね! あんた達に気を許したわけじゃないんだから!』って言ってみてください」

マズルカの軽口に、マリーンが舌を出して応じる。

「ぜったい言わなーい。残念でした♪」

「……くっ……これはこれでかわいい……っ!」

「あはは。私、嘘つくの苦手なんだよね。そのせいで実家じゃ『性格がキツすぎる』って言われてたけど」

令嬢然とした姿より、こっちのほうが素なのだろう。せっかくの留学先で 萎縮(いしゅく) していたらもったいないし、友人としてはこのぐらいの距離感がいい。

他の生徒達と混ざって廊下を歩く三人は、立派に『学生』として、この場に溶け込んでいた。

§

その頃、リーデルハイン邸にて。

ライゼー「ふと思ったんだが……サーシャの家名を隠すだけなら、先走って結婚まで偽装しなくても、普通に偽名で良かったんじゃ……?」

ウェルテル「虫除け♪」