作品タイトル不明
194・浄水宮への招待
オズワルド氏の話によれば、ホルト皇国の皇家の人々は「魔族や亜神などの上位者に対して、ことさらに丁寧」とのことであった。
「ルーク殿も、存在が発覚しても大丈夫かもしれんぞ? ここの連中は、貴殿を怒らせるような真似はせんだろう」
怒らせたら怒らせたで滅ぼせばいいだけだしな!……という幻聴も同時に聞こえる。あくまで幻聴である。でも絶対、オズワルド氏は内心でそう思っている……
戒めの意を込めて、俺はオズワルド氏の膝をてしてしと叩いた。
「厄介事そのものが困りますし、皇家以外の貴族やらなんやらに絡まれるのも嫌なので、隠れられる限りは隠れます。そもそも身を潜めるのは猫の習性です」
前世でもバズる猫動画とかを投稿していたのはだいたい飼い主の側で、猫さんが自主的に動画投稿をしていたという話はとんと聞いたことがない。猫とは基本的に奥ゆかしい生き物なのである。自己顕示欲? なにそれおいしいの? ぐらいの価値観だ。
……なんかツッコミが聞こえた気がするが、ちょっと幻聴多いな? 旅の疲れか?
オズワルド氏がくっくっと嗤う。
「身を潜める習性とは、また隠密みたいなことを言い出した。そういえば……城で会った宮廷魔導師も、やけにおとなしくて、まるで隠密のようだったな。魔族を前に 萎縮(いしゅく) するわけでもなく、あくまで自然体で、泰然自若とした……どことなく、猫のような娘だった」
宮廷魔導師さんもいたかー。確か有名人だったはずであるが、女性だったのか。
「ホルト皇国の宮廷魔導師というと、スイールさんという方ですか?」
「そいつだ。人間の魔導師としては当代最強という触れ込みだったが……確かに常人ではなさそうな気配を感じた。もちろん魔族には及ばないが、称号持ちなのは間違いない」
ほう……噂通りということか。
俺を抱えたリルフィ様が、オズワルド氏にちょっとだけキラキラしたお目々を向けた。俺がスイールさんのお名前を最初に聞いたのも、リルフィ様のご講義の最中であった。水精霊の祝福を得た有名な魔導師ということで、以前から憧れのような感情があったのだろう。
「スイール様に会われたのですか? どんな御方でしたか?」
「ふむ。髪色は、薄めの青で……無表情というか、冷ややかな目つきの――幼女だったな」
「ようじょ」
……思わず復唱してしまったが、いや、宮廷魔導師ってけっこうな上位職では? しかもホルト皇国は大国であるし、そこの宮廷魔導師という大役が、幼女に務まるとは思えぬのだが――
リルフィ様も首を傾げてしまった。
「幼女……? あの、スイール様はおそらく、今は二十代後半か、三十代前半かと思うのですが……?」
それでも若いな!?
動揺する俺達を前にして、オズワルド氏は「いやいや」と笑う。
「仮にあれで二十代後半となると、魔族か、もしくはホルト皇国の皇族か……あ、いや、顔立ちは幼くなかった気もするな……となると、もしや背が低くて子供のように見えるだけの成人か……? ……いや、すまん、自信がない……」
うーん? 「見た目がどうこう」というのは、この世界の場合、実は意外と考慮すべき要素が多い。
単純な外見的個性であれば問題ないのだが、たとえばそれが「魔族や神獣のような種族的な影響によるもの」だったり、「魔族の目を 欺(あざむ) くほどの幻術の使い手」だったり、はたまた「影武者や魔力で動く仮の体」だったりという可能性を、決して排除できないのだ。
要するに、立場に似合わぬ外見は「強キャラの証明」であるという可能性が出てくる。当代最強とまで言われる魔導師であればなおさらなのだ。すなわちルークさんこわい。ねこはおびえている。
……だってなぁ。外見的には「たかが人間の幼女」であるはずのクラリス様がこのスペックなわけで、この世界の幼女は強キャラ感がすごい……有翼人のソレッタちゃん? あの子も将来有望ですよね……(震え声)
ベルディナさんが思案げに頷いた。
「あの。私もラズール学園で、スイール様のお姿を遠くから拝見したことがあります。確かに童顔で、背も低めな方でした。『もしかしたら魔族かも』みたいな噂が出たこともあるようですが……ご本人はこれを否定されていて、両親もこの皇都にお住まいです。こちらは魔導師ではなく、ごく普通の方々だと聞いています」
「ふむ。まぁ……先祖のどこかに魔族や神獣がいて、先祖返りのような形で強い魔力を得ることもありえるからな。実際どうなのかは本人にすらわからんだろう」
……さらに可能性はもう一つある。
俺やクロード様と同様に「前世もち」で、なんらかの転生特典を得ているケース――
クロード様は魔法の才能こそなかったが、代わりにとんでもない弓の腕とギャルゲ……もとい『主人公補正』なるよくわからん適性を得ている。
超越猫さんとは別ルートからの転生らしいし、チートというにはちょっと地味なのだが、この世界ではけっこうな頻度でそういう人達がなんらかの偉業をなしとげ、歴史に名を残しているのだ。
シンザキさんとかサイトウさんとか、伝承の中のキリシマさんとかシュトレインさんとか、あと亜神のビーラダー様もたぶんそうである。
もちろんルーシャン様やアイシャさん、ヨルダ様とかを見てもわかる通り、「有能=転生者!」ではないので、確率として高いわけではない。
それでも、「スイールという人が転生者かもしれない」と警戒すること自体は、決して的外れではなかろう。
「気になるかね? ルーク殿なら、隠れて観察するのは簡単だと思うぞ。顔は私が確認したから案内できるし、様子を見に行くなら付き合うが」
「うーん……いえ、今日のところはやめておきます。へたに周囲をうろちょろして敵と勘違いされたら面倒ですし、そもそもしばらくは忙しいので」
この滞在中に、入国関係、留学関係の手続きを済ませ――その後、年末年始の期間は皆様をリーデルハイン領へ戻しつつ、ホルト皇国内での賃貸物件探しもしなければならぬ。
トマティ商会のビジネスやメテオラの支援、レッドトマトにおけるトゥリーダ様のサポートと、猫の業務は多岐にわたっており、ここに追加の案件をぶち込むのはちょっとめんどい。
こっちから積極的に動くのは避けて、自然な流れで接触する機会を待ちたいところ。
「……あ、あの……ルークさん、ちょっといいですか……?」
リルフィ様がおずおずと挙手した。仕草がかわいい。百点。
「はい! なんでしょうか、リルフィ様?」
「えっと……たった今、頭の中に、声が聞こえてきて……」
……ほう。幻聴か。リルフィ様にも旅の疲れが出たかな……?
「……たぶん、水精霊様のお声のようなのですが……私達に会いたいとおっしゃっていて……」
あっ。
……水ちゃんかぁ……そっかぁ……そういやここ、水ちゃんを信仰している国で……リルフィ様は、「水精霊の祝福」を称号として得ておられた。
この称号にはおそらく、上位精霊様からの念話を受け取る機能とかがあるのかもしれぬ。
「……それ、こちらからの返答ってできます……?」
「いえ、私のほうの思念は、あちらに届かないみたいで……一方的な伝言のようです。そのままお伝えしますね。『リルフィちゃん、猫さんと一緒に、湖の中央にある浄水宮まで来てくれる? なるはやでお願い』……だそうです……」
「こっちの位置は完全にバレてますねぇ……」
上位精霊は、祝福を与えた者の位置を把握できる。たぶんレーダーみたいな感じなのだろう。
用件は不明だが、呼ばれたからには無視もできない。
というか、水ちゃんもスイールさんのことは知っているはずなので……まさにこの件で呼ばれたのかもしれぬ。
「リルフィ様って、水精霊様とお話しできるんですか!?」
ベルディナさんがキラキラのお目々を向けてきた。
そうか……この子も水ちゃんの信徒か……こんな素直で良い子が……(諦めのまなざし)
「は、はい……ルークさんと一緒に行った迷宮で、祝福をいただきました……あの、アイシャ様も同じく、水精霊様の祝福を得ていらっしゃいますよ……?」
ベルディナさんが口を覆う。
「祝福もちの方が二人も!? 確か宮廷魔導師のルーシャン様も、地精霊様からの祝福を得ていらっしゃいましたよね? 亜神がいて、上位精霊の祝福を得た方が三人もいて、魔族とも交友関係にあって……ネルク王国って、めちゃくちゃすごいじゃないですか!」
俺も風精霊様の祝福を得ているので、実際には四人……もとい、三人と一匹である。あとピタちゃんの『大森林の守護兎』は、地ーちゃんの祝福機能も含めた称号らしいので、それもあわせると二匹である。
発覚してないだけで他にも割といるんじゃないかな、とは薄々思っているのだが……「上位精霊の祝福持ちは各国に一人いればいいほう」みたいな話だったので、レアなのは間違いない。
ここでふと疑問が。
「……あれ? そういえば、アーデリア様は 火(ひ) ーちゃんの祝福を得てるっぽいですが、オズワルド様はそういうのは?」
オズワルド氏が軽く肩をすくめた。
「私は得ていないな。純血の魔族は上位精霊と会話できるが……それで祝福を得られるかどうかは、まったく別の話だ。強ければ良いというものでもなく、精霊側に『興味を持ってもらえるかどうか』が基準になる。ウィルヘルム殿は風精霊の祝福を得ているが、あれは師にあたる賢樹ダンケルガと風精霊の交流による影響が大きい。アーデリア嬢の場合は……まぁ、性格の相性だろう」
わかる。火ーちゃんとアーデリア様はたぶんめちゃくちゃ相性が良い。
なんというか、こう、どっちもあんまり深く物事を考えてなさそうなあたりが……悪口ではない。そういう「どーでもいいことはスルーしつつ、なおかつ心の熱量を損なわない!」という性格は、意外と重要で貴重な資質なのだ。
「そして私のように裏の稼業もやっていると、精霊からいい印象を持たれにくい。はっきり言ってしまえば『悪党』だから、仮に祝福を得たとしても、どうせすぐに 剥奪(はくだつ) される。おそらく魔王様も……各精霊との会話は可能だが、祝福は得ていない。好戦的な魔族の中には、上位精霊からの祝福を『精神的にまだ甘い、幼い証拠』と見る向きすらある。特に『純血の魔族』のレベルになると、祝福による属性の引き上げも誤差のようなものになってしまうからな」
む。そういうものか……俺の場合、ウィンドキャットさんとかサーチキャットさんのような一部の猫魔法に、風精霊様の影響が乗っていそうな感覚はあるのだが――一方でハイパーネコ粒子砲とかにはまったく関係ないはずなので、オズワルド氏の言うこともなんとなく理解できる。
純血の魔族にとって祝福の有無とは「修行と努力と実戦経験で埋められるぐらいの差」という感覚なのだろう。
なにはともあれ、まずは浄水宮とやらへ行かねばならぬ。
ブランコで遊ぶクラリス様達にお伝えすると、「一緒に行きたい」とのことで、ホテル内で待機中のクロード様達にメッセンジャーキャットでお伝えした。役所の人が来たら宅配魔法ですぐに戻れるので問題あるまい。
アイシャさんはまだ似顔絵のモデル中なので、残念ながらお留守番。まぁ、こちらも必要があれば宅配魔法で簡単に往復できる。
そもそもキャットデリバリーは『集荷』もやってくれるので、術者である俺がその場にいなくても行使可能なのだ……ぶっ壊れにも程があるやろ、この物流サービス。
そして浄水宮までの交通手段であるが、普通の人はもちろん立ち入り不可で、王侯貴族や許可を受けた魔導師なんかは船で行くらしいのだが、我々は全員、それぞれウィンドキャットさんに乗る。
……理由? 「風光明媚な湖上の遊覧飛行」などという、ハイソなアクティビティチャンスを逃すルークさんではない!
鳥さんくらいの速さでのんびり飛んでも数分だろーし、今日はなんといってもお天気が良い。ロレンス様達にも 束(つか) の間のリゾート気分を満喫していただく。
なお、ロレンス様や護衛のマリーシアさんは、お茶会のタイミングでウィンドキャットさんにも何度か乗っている。
この場で完全に初めてなのは、魔導師にして留学生のマリーンさんとベルディナさんだけ。
「えーと……あれ? これもしかして、不法侵入って話には……?」
「ならないと思います! 水精霊様じきじきのお呼び出しです!」
現地人のベルディナさんのほうがむしろ積極的である。ペット誘拐犯に突撃した経緯から薄々察していたが、やっぱりこの子、だいぶ向こう見ずだな?
お二人とも、きゃーきゃー騒ぎながらウィンドキャットさんにモッフリとしがみつく。猫力は高めなのでもちろん満面の笑顔である。オズワルド氏が気を利かせて姿隠しの結界を張ってくれたため、周囲から見られる心配はない。
ちなみにウィンドキャットさんは大きさも変えられるので、一匹あたりの乗員定数とかは特にないのだが……アクティビティとして考えると、やはり一人~三人くらいまでが望ましい。あまりでかいと周囲の景色が見えにくくなるのだ。あと湖上では関係ないが、街中や狭い場所だと小回りも重要になるし――
というわけで本日は、成人男性であるオズワルド氏には一人で乗ってもらい、他は「ピタちゃんとベルディナさんとマリーンさん」、「ロレンス様と護衛のマリーシアさん」、そして「クラリス様とリルフィ様+猫」という布陣になった。
ピタちゃんのところは、女子二人の間にでかいウサギを挟む並びとなっており、前面をウィンドキャットさんの背に、背後をウサギに包まれたベルディナさんが「ふああ!」と完全にトんでおられる。最後尾のマリーンさんは苦笑いであるが、こちらもこちらでピタちゃんの背中に顔を埋めてご満悦。うさぎぢから……なんて恐ろしい……
ついでに俺はオズワルド氏のところに行っても良かったのだが、リルフィ様から強めに抱っこされてしまったので逆らわなかった。そもそもペットは飼い主の傍に控えておくべきである。にゃーん。
「それではしゅっぱーつ!」
我々を乗せたウィンドキャットさん達は、湖面を滑るように飛び始めた。
あえて低く飛ぶことで、水面との距離が近くなり爽快な疾走感が生まれる。
しかも眼下の水がきれい! 透明感がすごい! あまりにきれいすぎて、魚はほとんどいないようだ。水草は多少見えるが、ダイビングとかしてもつまらないタイプの湖である。
――あと沿岸部以外はかなり深いのだが、透明度が高すぎてちょっと怖い。廃墟の湖底都市とかありそう。
しかしそんなことを考えるルークさんとは裏腹に、皆様はこの遊覧飛行に大喜びであり、ちょっとサービスして迂回しながら浄水宮へと向かった。
やがて島が近くなってきたところで、大きく上昇――全景を眼下におさめる。
「……島……というか、明らかに人工島ですねぇ……」
そこにあったのは、端的に言って「きれいに四等分されたドーナツ」であった。
おそらく元は「火口湖」だったのだろう。そして火口の縁取り部分の東西南北に水路ができており、そこから湖側へと大量の水が流れ続けている。
水量からして、他の湧出口が湖の底にも複数あるのだろうが――これらの島々の整った形状は、明らかに自然のものではない。
正確な測量のもとに大規模な土木工事をなさねばこうはならぬが、素材がコンクリとかではなく自然石なので……ちょっとわけがわからない。普通に神の御業であろう。人工島っていうか、神工島っていうか……
さて、この四分割されたドーナツ型人工(神工?)島。
地表部分は岩が露出しており、土や植物は見当たらない。
ドーナツの穴にあたる部分は火口湖であり水源の一つだが、それを囲む陸地の外周は、目視でだいたい大きめの野球場四つ分といったところか。
かなり険阻な岩の塊なので、人が住めるような地形ではない。建物も見当たらぬが、我々から見て奥の島には波止場があった。
「湖に波止場?」と一瞬思ったのだが、この規模の巨大湖であれば小さな波くらいは発生する。
あるいは波対策というより、「湧き出す大量の水」によって船が流されるのを防ぐための設備か。神殿滞在中に、もしも船だけ流されてしまったら帰れなくなってしまう。
猫にまたがって隣を飛んでいたベルディナさんが、感動のあまり歓声をあげた。
「わあ、本で見た通り……! あ、あっちの波止場のある島! あそこに『浄水宮』の入口があるはずです。岸壁をくり抜いて作られている神殿なので、こっちからだとただの崖にしか見えないですね」
「ほう、あそこですか。他の三つの島には何もないんですか?」
「うーん……『実は地下で通路がつながってる』なんて噂もありますが、その通路の大部分が水没しているので誰も入れないって、本に書いてありました。人が入れる神殿部分は、ホルト皇国建国後に改築した部分も多くて、水精霊様を祀る『精霊の間』も後から作ったものらしいです。水精霊様に認められた者だけが、そこで交信できるとか」
もちろん実際に入るのは初めてです、と、ベルディナさんは目をキラキラさせた。この子のハイライトさんはえらく仕事熱心……いや、そもそもハイライトさんって仕事してるのがデフォだっけ? そんなことないよね? ちょくちょくお休みするのが普通だよね? ハイライトさんにも労働基準法とかあるもんね?
「ルーク殿、人の気配はなさそうだが、そちらは何か感知できたか?」
オズワルド氏の問いに、俺は首を横に振る。サーチキャットさん達からの報告によれば「無人」とのこと。
ベルディナさんが追加情報をくれた。
「船がとまってないですし、今は誰もいないと思います。浄水宮に居住環境はないですし、宝物とか調度品とかもないはずなので泥棒も入りませんし、警備の必要もあんまり……鍵くらいはかけているかもしれませんが」
実はそれもないっぽい。不用心ではあるが、そもそも侵入するのに「船」が必要な場所だ。
そして湖にある船はすべて皇家や官公庁所有のものだけで、ボートや漁船、遊覧船などの個人所有・係留・航行も禁止されている。
すなわち湖上は聖域扱いであり、発見された時点で不審人物として逮捕されるレベルなのだ。
……空飛ぶ猫さん? それはたぶんウミネコの一種では?(すっとぼけ)
波止場側に回り込むと、島の斜面をくりぬくような形で神殿の入口があった。
その荘厳な光景に、クラリス様とロレンス様が息を呑む。
「わぁ……」
「これは素晴らしい……数百年も経っているとは思えない美しさです」
崖を削るようにして作られた神殿の入口は、前世でたとえればエローラ石窟群のような――装飾はオリエンタルではなく、幾何学模様とか水、波を連想させるものだったが、実に見事な芸術品であった。
出入り口そのものは高さ3メートル、横幅4メートルぐらいなのだが、その上部と左右の装飾部分が非常に広い。二階、三階の廊下は外部に面しており、それこそ東南アジアの石窟寺院のような趣である。
そして波止場から神殿へ続く道と石段は、白くつややかな石畳で整備されており、もはや空間そのものから神聖な気配さえ感じてしまう。
……でも肝心の御神体が水ちゃんなんだよなぁ(台無し)
「こんなにきれいなところなら……アイシャ様やクロード様達も、連れてくればよかったですね……?」
我が頭上でリルフィ様が囁いた。なお、現在の俺はクラリス様の首に巻き付いている。マフラー代わりである。
「これからこの国に滞在するわけですし、お連れする機会はまだまだあると思います! 私も折を見て、リルフィ様達とこの地をゆっくり観光したいですし、もちろん食べ歩きもしたいので!」
リルフィ様はたおやかな微笑とともに頷き、「楽しみですね……」とおおせられた。留学生組と違い、リルフィ様はこの地に滞在する明確な目的を持っておられない。
これは素晴らしいことである。「目的のない旅」というのは、人生を彩る贅沢なひとときであり、リルフィ様にはこの期間をぜひ楽しんでいただきたい。
そしてその日々の中で、何か目的ができたとしたら……それもまた素晴らしいことであり、ペットとして支えて差し上げたいと切に願う。具体的には、こう……スイーツをだしたり……トマト様を調理したり……
水精霊様のご用件が、「それ」につながる可能性にもほんのちょっぴり期待しつつ――
我々はウィンドキャットさんにまたがったまま、荘厳なる神殿の奥へと向かうのであった。