作品タイトル不明
191・旅の疲れは概ね気疲れ
入国手続き、滞在手続き、入学準備、手荷物検査、健康診断(疫病のチェック)、ネルク王国側から持ってきた本人確認の書類のチェック、滞在許可証の発行……
……国家間の移動となると、友好国同士であっても――否、友好国だからこそ、いろいろと手続きが増えがちである。
これがレッドワンドやレッドトマトだと、まともに国交がないから手続きも特になく、見つかったらスパイ扱いで捕縛されるという危険性も含めてガバガバになる。
もちろん今後、交易中心の国家になるならそうもいかぬので、現在、トゥリーダ様達はそのあたりの法整備も進めているのだが、あまりにも手探りなので……草案の下敷きになれば、ということで、ネルク王国側の現行法を、参考資料としてリオレット陛下が提供してくださったりしている。たすかる。
地理条件や政治の形態も違うのでそのまま丸写しはできぬが、近いシステムを採用すれば交易も円滑になり、商人達は対応しやすくなるであろう。
それはさておき、クラリス様達の留学案件。
実務的な負担はリスターナ子爵や職員達が中心で、クラリス様達はホテルに滞在しながら、ちょっとした書類とか健康診断とかへの対応をする程度なのだが――当座は外出するわけにもいかず、少しばかり退屈である。
こんな時こそペットの出番!
「えー、旅の疲れ……は特にないかと思いますが、慣れない環境で皆様、多少は緊張されているのではないかと推察いたします」
ホルト皇国に移動した翌朝。
ホテル滞在一日目、今日は午後から「健康診断」のために医療関係者が来る予定である。午前中は暇だ。
昨夜も眠れた人ばかりではなく……今朝はちょっと眠そうな人が何人かいた。地味に時差もあったしな……
具体的にはクロード様とペズン伯爵、女騎士マリーシアさんと、魔導師のマリーンさん。
クロード様は婚約者のサーシャさんと同室だったので、例によって緊張して眠れなかったものと思われる。このリア充が。
ペズン伯爵とマリーシアさんは普通に緊張のため寝付きが良くなかったようで、マリーンさんも「枕が変わったせい」とかそんな理由であろう。
なお、部屋割りは、ペズン伯爵が個室、マリーシアさんは護衛対象のロレンス様と一緒、マリーンさんは同僚のアイシャさんと同室だ。
俺とピタちゃんはもちろん、クラリス様、リルフィ様と一緒である。オズワルド氏は夜は自邸に戻り、今朝はまだこっちに来ていない。重役出勤である。
あ、ピタちゃんは朝食後から普通に二度寝してます。平常運転。
でまぁ、あんまりよく眠れなかった方達のために、猫は一計を案じた。
「猫魔法! キャットセラピー!」
「「「にゃーん」」」
登場したのは特に追加の衣装等を着ていない、マンチカン系の手足短めな猫さん達。
……いや、そういえば猫魔法の猫さん達は基本短足なのだが、これもしかして俺の体型が基準になってる……?
危うく真理の一端に触れそうになったため慌てて思考を切り替え、俺は「なんだなんだ」と不思議そうな皆様に説明を開始。
「えー、まずはそこの眠そうなクロード様。こちらのベッドにうつぶせに寝そべってください」
「はい……え、そんな眠そうな顔してます?」
「それなりには。さて、そんなクロード様に、これから癒やしの時間をご提供します。皆様、よろしくおねがいします」
「にゃー」
返事をした猫さん達が、クロード様の背中に服の上から乗っかり――
ふみふみ。ふみふみふみ。ふみふみ……
みんなで一斉に、前足でマッサージを始めた。
たちまちクロード様の頬が緩む。
「あ。やば……あー、そこ、効きます……うわ、すごいですよ、これ……あー、なんか、こう……いい感じに……ほぐれ……」
あっと言う間にすーすーと寝息を立て始めたクロード様を見て……皆が一様に、ごくりと唾を呑んだ。
子猫の群れに背中をふみふみされる……それは人類の果てなき夢(※猫好き限定)である。欲望、渇望と言っても過言ではあるまい。
このキャットセラピーの猫さん達は、対象にとって最適な力加減を割り出しつつ、自らの体温と肉球の指圧によって血行を促進し、さらにごく微弱な電気刺激ならぬ魔力刺激も加えて筋肉の凝りをほぐすプロフェッショナルである。
ついでにたぶん、対象を眠りに誘う系統のなんか変な魔法も使ってる……
ドロドロ血液もあっという間にサラサラ、気分爽快リフレッシュ、寝起きスッキリの超便利魔法なのだが、残念なことにある程度、猫力の高い人にしか効果がない……昨日お会いしたヒッチャー伯爵とかには逆効果であろう。
クラリス様とリルフィ様、サーシャさんからは「私はいいや」「今は眠くないので……」「メイドとしての仕事があります」と遠慮されてしまったが、他の方々はあっという間に落ちた。
ちなみにクラリス様とリルフィ様は昨夜のうちにもう体験済みである。ゆえに朝まで熟睡であった。
そこへいくとサーシャさんは化け物じみた鋼の意志をお持ちであるが……やはり本職がメイドな上に体育会系なので、そもそも「 惰眠(だみん) 」というものにあまり価値を見出していない感じである。性根が働き者なのだ。
余暇があったらあったで「ちょっと走ってきます」とか「筋トレしていてもいいですか?」とか、きっとそういう精神性の生き物である。つよい。
各々(おのおの) の部屋で順次、キャットセラピーを施し、全員が無事に二度寝に入ったところで、我々はのんびりとお茶の時間にする。スイーツは皆が起きてからで良い。
「クロード様やペズン伯爵は特に、昨夜、あまり寝られなかったようなので――少し休んでいただいたほうが良かろうと思ったのです。滞在初日ですし、午前中はのんびりしていただきましょう!」
「……そうね。それはいいと思うよ。で、ルーク……昨日の『あれ』については?」
急に尋問がはじまった。
我が主、クラリス様が、にっこりと微笑んでおられる……
いや、言い訳はさせて欲しい!
昨日はあの後、夕方に一度、リーデルハイン領へ戻り、ライゼー様達に「無事到着しましたー!」と知らせたり、その後はまたホルト皇国に戻って晩ごはんを食べたり、寝室に入った後は「クラリス様達も今日はお疲れでしょうから……」ということでキャットセラピー使用でささっと寝かしつけ、その後に俺は夜の本社や砂神宮にもちょっと顔を出したりしていたのだ!
決して「一晩明けたら適当にごまかせるやろ!」とか思っていたわけではない!
…………「言い訳を考える時間が欲しかった」という点は認めます(ギルティ)
「……えー。あのですねぇ……ヒッチャー伯爵がほら……言ってたじゃないですか。ペットの誘拐事件がちょくちょく起きてる、って……それを聞いて、つい……カッとなって……」
えっ。嘘……一晩考えた言い訳がコレ……? もしかして思考力が猫レベルまで落ちてる……?
「ああ……やっぱりあの爆発、ルークさんだったんですね……」
リルフィ様にももちろん気づかれていた……瓦礫の片付けまでやってくれる魔法はそうそうない。
クラリス様が俺の顎を撫でる。ごろごろ。
「いいことをしたんだから、それは別にいいんだけど……私が聞きたいのは、リスターナ子爵の娘さんと飼い猫のことを知っていて助けたのかな、って」
「あ、それは完全に偶然です。むしろ知っていたら、ベルディナさんが別の場所に移動してから動いたと思います」
俺の称号、『奇跡の導き手』さんが水面下で悪さをしていた可能性はある。が、もちろん俺自身が状況を把握していてやったことではない。
あと、まぁ……
これは猫魔法の特徴の一つでもあるのだが、召喚された猫さん達は、どうも「猫力の高い人」を優先的に守ろうとする節がある。
超越猫さんも「猫力は高いに越したことはない」と言っていたし、今回はその加護がベルディナ嬢&エルマさんに及んだ、という解釈で良かろうか。
実際、黒猫魔導部隊も「ベルディナさんとチンピラ共が言い争いを始めた」タイミングで「これは危険」と判断し介入したようである。
「……あの……助けたエルマさんとは、どんなお話をされたのですか……?」
リルフィ様の何気なさそうな問いに、俺は迷いなく応じる。
「名前を名乗って、お互いの年齢を確認したくらいですねぇ」
……添い寝云々は口にしない。その程度の分別は俺にもあるのだ。いかに猫同士とはいえ、リルフィ様にこれをお聞かせするのはよろしくない。ねこのきづかい。
のんびりお話をしていると、二度寝中だったはずのピタちゃんがむくりと起き上がった。
「ぴたごらすはしっています」
「ピタちゃん、ソフトクリーム食べよっか」
……即座に買収したが、ピタちゃんは別のことを話し続けた。
「そふとくりーむはいただきますが、それはそれとして昨日のけん……あのベルディナさんというじんるいは、ねこぢからだけでなく、うさぎぢからもたかい子でした」
……エルマさんの話ではなかったらしい。
続けて?
「うさぎぢからはせいなるちから。あの子にはぴたごらすをモフるけんりをさしあげたいです」
「……まぁ、いいんじゃないでしょーか」
よくわからん意思表明である。ピタちゃんの思考はたまに理解できぬのだが、それは決して『無意味』なわけではなく、俺が知らないケモノ的な常識に根ざしていたり、あるいは深い意図があったりもするので油断できぬ。
あと「ダンジョンでとれるキノコはおいしい」と言い出して黒帽子キノコをとりに行った結果、ケーナインズと巡り合ったりもしたので……もしかしたら幸運を招くウサギなのではないかとも疑っている。
一応、アレは『奇跡の導き手』あたりがハズキさんの猫力に反応した結果ではなかろうかというのが俺の見立てなのだが、ピタちゃんもピタちゃんで、何か見えない力を持っていそうな……
……一心不乱にソフトクリームを舐め続けるピタちゃんを見ていると「考えすぎだな!」という結論には至るのだが、まぁそれは良い。
しかし、ベルディナさんかあ……
リスターナ子爵の奥方と娘さんに俺がご挨拶するかどーかは、実際にお会いしてから決めるつもりだったのだが、フィオット子爵家にはこれから「現地協力者」としていろいろお世話になるのも事実。
特にベルディナさんがラズール学園の先輩となれば、留学生組の良き案内人になってくれそうだし、味方には引き込みたい。ついでにあの子は、ゆくゆくはリスターナ子爵の後任としてネルク王国担当の外交官になるっぽいので、今のうちから媚びは売っておきたい。安いよ安いよー(媚)
……その時である。
ホテル周辺に配した中忍の竹猫さん(分身体・周辺警戒B班所属・三十二番)から「要人接近中」という突然の連絡が来た。
ちなみに中忍三兄弟の「分身の術」は原理も限界もよくわからぬのですが、とりあえずねずみ算ならぬ猫算式にどんどん増えるので、猫は考えるのをやめた……あれで中忍? 上忍では……? それとも上忍は管理者で中忍は現場主義とかそういうヤツ……?
(にゃーん)
「……ホテルの警備をしている竹猫さんから、たった今、連絡が入りました。話に出ていたベルディナさんがこちらに向かっているそうです。もうホテルの入口まで来てますね」
我が主達以外はみんな寝かしつけてしまった上、子猫どものふみふみが今も続いているので、ご対応はクラリス様にお任せするしかあるまい。ちょうどよく余人の目もなさそうなので、俺とピタちゃんもここで自己紹介しておくか……
案内というか連絡係のホテルの従業員さんは、そのままだとまずペズン伯爵の部屋に行ってしまうはずなので、ここは先手を打つ。前世と違って内線電話とかがないので、各種の連絡は基本的に人力である。
制服姿の従業員が階段を上がってきたところで我々も廊下へ出て、ちょうどいいタイミングで偶然をよそおい遭遇――
「お客様、恐れ入ります。たった今、受付にフィオット子爵家のベルディナ様がおいでになりましたが、こちらへお通ししてもよろしいでしょうか?」
従業員さんは、とりあえずこの場での年長者と判断したのか、まずリルフィ様にそう問いかけた。
が、リルフィ様は体裁上、「おつきの魔導師」という立場なので……このまま了承の返事をするのは不自然。結論は出ているのだが、建前としてクラリス様に問いかける。
「……クラリス様、どうなさいますか?」
「そうね、こちらの部屋にお連れして。他のみんなは、旅の疲れでまだ寝ているから」
転移魔法を使用して一瞬で着いたことは、ホテルの従業員にまではもちろん知られていない。
そして彼は一旦、ロビーへ戻り、すぐにベルディナさんを連れてきた。
廊下で待っていた我々に、ベルディナさんは社交的な笑みで深々と一礼。
「クラリス様、リルフィ様、サーシャ様、昨日は馬車に同乗させていただき、ありがとうございました」
父親と良く似たオレンジ色の髪と明るい表情は、いかにも快活そうな印象だ。それでいてやはり子爵家の令嬢だけあって、礼儀作法はしっかりしている。
彼女は昨日、クロード様やサーシャさん達と一緒の馬車に乗り、ホテルで別れた後は、リスターナ子爵と帰宅したので……クラリス様やリルフィ様とは、まだそんなに話せていない。しかし、そもそも雰囲気からしてコミュ強だと思われる。
「今日は父が業務で来られないもので、私が代わりに皆様のサポートをさせていただきますね。役所の人達が来るのは午後からですが、このままご一緒させていただいてもよろしいですか?」
「ええ、もちろん。こちらこそよろしくお願いします。ね、ルーク?」
「にゃーん」
まだホテルの人もいるので、俺は鳴き声で応じる。
そしてサーシャさんが、ベルディナ嬢を客室へと招き入れた。
「他の部屋の方々は、まだ休んでいますので――どうぞこちらの部屋へ。お昼には少し早いですし、お茶をご用意いたします」
「恐れ入ります」
ちょっと豪華なお部屋なので、内部は寝室と居間が別々に分かれており、ソファとローテーブルも設置されている。
前世のビジホとは格が違う……けど、さすがにロイヤルスイートとかそういうのほど豪華なわけでもない。
造作はぜんぜん違うが、「温泉旅館のちょっといい感じのお部屋を西洋風にアレンジしたら、こんな感じかな?」的な広さである。八畳二間ぐらい?
そして正面、ソファの上に鎮座ましますのは、神なる獣、ピタゴラスさま……
我らがピタちゃんである。ソフトクリームのコーンを、ちょうどサクサクサクと食べきったところであった。ごまんえつ。
たちまちベルディナ嬢が目を輝かせる。
「わあっ……! すっごい大きなウサギさん……か、かわいいですね。ネルク王国には、あんなに大きなウサギさんがいるんですね?」
最初に漏れた一声こそ少し大きめだったが、すぐに興奮を抑え、キラキラおめめのままで声を小さくしてくれた。動物の前で大きな声を出してはいけない。ケモノ心のわかるお嬢さんである。
ピタちゃんはフンフンと鼻をひくつかせながら、ソファの上で泰然自若。
そしてサーシャさんがお茶の用意をしてくれている間に、俺はテーブルに乗っかり、お茶菓子の用意をする。
まだお昼ごはんの前だしなー。
オシャレ感を重視してマカロンとか一口サイズの 最中(もなか) とかにしておくかなー。
ちなみに味的には最中のほうが好きである。マカロンは見た目こそかわいいのだが、個人的にはそんなに……いや、別に嫌いなわけでもないのだが、コスパ的になかなか厳しい。
前世には一口サイズのゆず最中とか、りんご最中とか、十個以上入ってて四百円くらいで売ってるお得な袋菓子があったのだが、あれとか実に美味い。お茶請けにもちょうどよかった。
マカロン一個が三百円とか五百円なのを考えるとまさに破格なのだが、惜しむらくはなかなか売っているところを見つけにくかっ……
「………………あの? こちらの……猫……さんは? 何をし……て……?」
藁束(わらたば) からせっせとお茶菓子を錬成する俺を見て、ベルディナさんは困惑顔。
俺はテーブルの上に立ち上がり、片方の前足を胸に添えてうやうやしく一礼した。
「昨日は人目もあったため、ご挨拶できず失礼いたしました! 私、リーデルハイン家のペットにして、トマト様の栽培技術指導員、ならびにトマティ商会の社長を兼任しております、ルークと申します。我が飼い主、クラリス様の留学にともない、リスターナ子爵にはたいへんお世話になっておりまして、改めて御礼を申し上げます!」
お行儀の良い猫さんを前にして、ベルディナさんはぺたんとそのままソファに座り込む。座ったというより腰が抜けただけのようであるが、そこはピタちゃんの隣である。モッフモフの体でクッションのように寄り添い、ピタちゃんもご挨拶。
「そしてぴたごらすは、ルークさまのじゅうしゃです。すきなものはそふとくりーむです」
「ひあ!?」
二段仕掛けで驚かされたベルディナ嬢がびくりと跳ねて甲高い声を漏らしたが、慌てて自らの手で口を塞ぐあたり、まだ正気は失っていない。SAN値チェック成功である!
「ね、猫さんとウサギさんが、しゃべっ……」
「うちのルークは亜神で、ピタちゃんは神獣なんです。リスターナ子爵もこのことはご存知なのですが、もちろん他言無用に願います」
「えええ!?」
クラリス様があえて淡々とご説明することによって、「こんなのはよくあること」と印象づけるとゆー作戦である。いま考えた。事前の打ち合わせ? してないよ?
……つまり作戦ではなくて単なる「行き当たりばったり」なのだが、以前にパパさんのほうは気絶してしまったものの、娘さんのほうは事前の気付きとか憶測とか威圧のターンがなかったため、勢いで流せると判断した。流して?
とゆーわけで、俺は肉球を差し出し握手を求める。
「これから留学期間の間、いろいろお世話になると思いますので……どうかよろしくお願いします!」
「えっ。えっ、あっ、はいっ……えっ?」
とりあえず勢いで握手に成功し、にっこり笑顔で無害アピール。
こうして我々は、ホルト皇国の皇都にて、まずは「最初の友人」を得たのであった。