軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

186・業務の引き継ぎは大事

昔の人はこういった。

「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」

これは海軍提督、 山本五十六(やまもといそろく) の名言であるが、教育、経営、政治、労働、スポーツなど、様々な分野に通ずる真理としてよく引用される。

きちんとした研修や指導を放棄して、わけのわからん自己啓発やら洗脳まがいのパワハラとかをやらかす企業も前世にはあったが――それを続けたところは人手不足に陥るなり潰れていった。社員を大事にしない企業は社員からも大事にされない。当たり前である。

これは「社員」の部分を「顧客」や「取引先」に変えても成立する話であり、要するに「おごれる者は久しからず」という結論に至るわけだが、我が社にとっては良い反面教師といえよう。

王都のシンザキ商会さんが 老舗(しにせ) として存続しているのも、このあたりの 機微(きび) を家訓という形で継承しているからだと思われる。ナナセさんを見ているとよくわかる。あの子、ウチの新入社員なんスよ(経営者的ドヤ顔)

脱線した。

「業務の引き継ぎ」とゆーか、今まで猫が一匹でこなしていた事務仕事を、これから皆様に割り振る必要がある。

もちろん、そのまま「あとお願いね!」みたいなことはできぬ。

この日のためにコツコツと作成してきた「猫でもわかる! 完全事務マニュアル(トマティ商会監修)」を皆様に配布し、大まかな講義の後、実務を通じて説明し、出てきた疑問点などには個別に対応、という流れを作った。

いきなり本業務に突っ込むのではなく、練習問題のような感じで「過去の事務作業」を抜粋し、今日はこれを処理することで、まず業務に「慣れ」てもらう。

これは間違ってもいいし、むしろここで間違えておくことで、課題や注意点を浮き彫りにできる。

猫さんは事務机の上に陣取り、それぞれの間をうろちょろしながら、たまに助言をしたり褒めたり愛嬌を振りまきながら、お茶菓子等をご提供。甘味は脳の栄養である。

幸い、今回の採用者五名は、読み書きについては問題ない。

ナナセさんは完璧、ジャルガさんとグレゴールさんは必要充分、アンナさんとカイロウ君は「速度」こそ心もとないが、丁寧な仕事ぶりである。慣れれば即戦力であろう。

計算のほうは、足し算引き算は全員問題なかったのだが、アンナさんとカイロウ君は掛け算と割り算に難があった。この地には、いわゆる「 九九(くく) 」がないのだ。

代わりに九九を印刷した「掛け算表」が普及しており、商人などはこれを日々の業務の中で完全に暗記している。

アンナさんとカイロウ君にも、掛け算が必要な場面では、当面はこれを見ながら対応してもらおう。

あとジャルガさんだけは「炎属性の魔導師」としての適性があるので、魔光鏡を使える可能性がある。魔光鏡には、アプリのように「計算機」として使える数理魔法が仕込まれているので、これを使いこなせればさらに効率が上がるであろう。

手紙や報告書の作成に関しては、テンプレをいくつか用意したので、必要に応じて細部の文面を変えるだけで対応できそうである。

午前中の研修を終えての所感としては……事務作業に関しては、やはりナナセさんが手際も精度も速さもずば抜けている。猫よりすごい。

次点がグレゴールさんで、ジャルガさんがその次。アンナさんとカイロウ君はまだまだだが、これは単純に経験値の問題であり、将来には期待できる。

さて、お昼の時間になって、クラリス様とリルフィ様がこちらへ合流した。

午前中は、クラリス様はウェルテル様と一緒にお勉強。リルフィ様は香水作りをされていたのである。

……ペットの猫としては、人類が仕事をしているタイミングで、折に触れて「にゃーん」と邪魔するべきなのだが――こちらも会社の業務がある以上、そうもいかぬ。

飼い主の首へ無意味にまとわりついたり、PCのキーボードの上に寝そべったり、モニターの排熱で暖をとったり、コーヒーカップを書類の上で倒したり、そういうペットらしい業務を遂行すべきという自覚はあるのだが……今の俺は 算盤(そろばん) 片手に新入社員研修のお手伝いをすることしかできぬ。ペットとして 忸怩(じくじ) たる思いである。

せめてものお詫びにと、リルフィ様、クラリス様の前に腹をさらけ出し、存分にモフっていただく。

「にゃーん。にゃああーーん」

「ふふっ……ルークさん、少しずつ冬毛に変わってきましたね?」

「ほんとだ。夏の頃より、手触りがふわふわしてる」

お嬢様達にモフられる俺を見て、社員の皆様はびみょーなお顔……

「……うちの社長、やっぱりかわいいですよね」

「ナナセさん、正気に戻ってください。社長、社長です。我々の上司です」

小声で突っ込んだのはグレゴールさんであった。彼にも今度、改めてじっくりと猫アピールをする必要がありそうである。

アンナさんとジャルガさん、カイロウ君も囁きを交わす。

「……でも実際、かわいいですよね?」

「それ以上に恐れ多いですけれど……はい。わかります」

「……ついでに事務関係の指導もわかりやすいですよね……猫なのに……」

わーい。がんばって媚びを売ってきた甲斐があるというもの! これはもう「計画通り!」と胸を張って良かろう。

お昼休憩を終えて、今日の午後は情報共有のお時間。

事務研修はまだ数日続けるが、ナナセさんはもう大丈夫そうなので、彼女がいるタイミングでやっておくべきことを優先する。クラリス様、リルフィ様にも同席していただいた。

「まずは当社の、第一弾主力商品についてご説明しておきます。先日、召し上がっていただいた『トマト様のバロメソース』と『黒帽子ソース』――ナナセさんが知っている試供品は『瓶詰め』の形態でしたが、来年春の出荷分からは新開発の容器を使う予定です。こちら、『ペーパーパウチ』という新技術による包装となります」

俺が取り出したペーパーパウチの袋は、クロスローズ工房で試験的に少数生産してもらったもの。ほぼクイナさんの「手作り」と言って良い。

大量生産用の魔道具も発注済みだが、まだこちらに納入されていない。

「実際の商品は、サイズや形状が少し変わります。こちらは『レンガ』を削った型に、紙の原料となる薬液を塗りつけて、袋の形状に加工したものです。防水性、耐薬品性、耐衝撃性に優れ、瓶詰めと違って落としても割れず、また非常に軽量です。日光には弱く、日に晒すと半年程度でボロボロになってしまいますが、暗所に保存しておけばかなりの年月、耐えられますし、燃えやすく土にも還りやすいので、ゴミ問題も発生しにくい優れものです」

びっくりする社員の皆様に、現物を回す。

「社長……社長、これは……!」

一番驚いて、目を見開いているのはナナセさん。

彼女はこの「ペーパーパウチ」の有用性、可能性、将来性に、一目で気づきつつある。いや、商人ならばある程度まではわかって当然なのだが、他の面々よりもその精度が高く思考が深い。

ジャルガさんあたりは、「瓶より軽くなるなら、一台の馬車でより多く運べるなぁ」とか考えてそう。

倉庫業務が多かったグレゴールさんなら、「荷積み、荷下ろしの負担が減るし、落下による破損事故も減るか……」と考えるだろう。

アンナさんなら「瓶詰めより軽いなら、買い物の時に楽そう!」と思うだろうし、カイロウ君なら「……瓶みたいに容器の再利用ができないのはデメリットだなぁ」みたいに思うかもしれない。

一方でナナセさんの思考は、ただの一瞬で彼らより数歩先へ進んでいるはずである。

このペーパーパウチは、ジャム、調味料、各種の薬品、洗剤、その他の液体系の商材の輸送にも広く転用できる可能性があり、特性次第では梱包以外の使い道もでてくる。

もちろん向き不向きがあるし、全てが置き換わるとは考えにくいが、「長期保存性」を犠牲にしてでも「輸送時の軽量化」「落下や衝撃による破損の防止」にメリットがあると判断されれば、おそらく技術を欲しがる者は多いはずだ。

軍の糧食関係からも引き合いがきそうだし、破損のしにくさは荒れ地での輸送でもメリットになる。さらに使用前の空き瓶は倉庫を圧迫するが、畳める『袋』ならそのスペースを大幅に圧縮できるし、『紙』の一種であるため、ガラスの加工より燃料費や手間も少なくて済む。

何より、単純に「瓶」よりも安あがり。

ネルク王国ではそこそこ安価にガラスが普及しているが、「使い捨て」が前提になるペーパーパウチは、それを上回る安さを実現している。原料となる水草は他の使い道が今のところなく、生育も早い。今まではむしろ「厄介もの」扱いされていた植物なのだ。

この新技術が 市場(しじょう) に与えるインパクトはいかほどか……ナナセさんの感性があれば、その予測も容易だと思われる。

「……社長が、僻地に本社と工房を作った理由がわかりました。この技術は……危険です。狙われます」

「最終的には世界に広がると思いますが、いきなり広めると混乱が起きかねないので、しばらくは技術を 秘匿(ひとく) する予定です。特に遠征に積極的な国への流出は避けたいですね。またこの発明は、王都にある、とある工房によるものでして……そちらの工房と工房主に関しては、私の庇護下にあります。そちらには毎年、まとまった額の技術の使用料をお支払いする契約になっていまして、今後も技術提携を続けていきます」

「え? 神々の世界の技術ではないんですか?」

ナナセさんが驚いたように俺を見た。ルークさんもこの素材を初めて見た時、心底びっくりしたのだが、その感覚を共有できたようでちょっと嬉しい。

「私は関与していなくて、これは純粋に王都の職人さんの発明品ですね。ただ御本人は、耐水性、耐候性の高いポスター用紙の開発を目指していて……この紙については失敗作と判断していました。水を完全に弾く性質があるため、そもそも印刷すらできず、ついでに素材の色が濃すぎて漂白もできず、また太陽光にも弱く……しかし、『袋』の素材として考えれば、多くの利点があるのは御覧の通りです。この出会いは幸運でした!」

こういう、「当初の目的とは違う失敗作が、実は偉大な発明だった」というケースは、前世にもけっこうあった。

たとえばポスト・イット。本の途中に、目印として貼り付けたりする 付箋(ふせん) である。

世界的大企業、3Mの発明品であるが、当初は「強力な接着剤を開発する」のが目的だった。しかしできあがったのは「粘性は高いものの、極めて剥がしやすい変な接着剤」……

使い道を探すのに苦労し、この接着剤ができてからポスト・イットの製品化までには実に五年を要したそうである。

また抗生物質の代表格である「ペニシリン」も、培養器にカビを落としてしまった失敗から発見されている。

お菓子の世界に目を向ければ、チョコチップクッキー、タルト・タタン、クイニー・アマンなども「失敗」から生まれたレシピだと言われている。

思えば俺も「缶詰作りたい!」と思って王都に行ったら、何の因果か王都を救った挙げ句にペーパーパウチと出会ってしまった……人生ならぬ猫生、何があるかわからんもんである。たぶんだいたい『奇跡の導き手』さんのせい。

重要な伝達事項は他にも多い。

メテオラについては、「元から有翼人さん達が暮らしていた集落を、つい先日、発見した」ということにしてある。

その一方で「メテオラの皆様は私のことをすでにご存知でして、亜神だということも話してあります!」と説明したら、ちょっとした沈黙と不審げな眼差しが返ってきた。「この猫がなんかしたな……」と気づかれてそう……

いずれ誰かから漏れるだろうし、社員達にはあえて隠さなくてもいいのだが、こういうのは「公式情報はこう!」と猫から伝えておくことに意味がある。

疑惑をスルーして、もう一つぶっこむ。

「それから来年あたり発表される予定ですが、このメテオラのすぐ傍に、『禁樹の迷宮』という新規のダンジョンが発見されました。ケーナインズにはここの調査も手伝ってもらいまして、先日、王都の冒険者ギルドにも報告書を提出したところです。来年以降、メテオラの一隅に冒険者ギルドの支部を作りますが、滞在できる冒険者の人数に限りがあるので、当面は『許可制』にしてもらうように交渉しています。あわせてリーデルハイン領にも冒険者や商人がやってくると思いますので、これから領内の再開発が始まります。これは数年~数十年がかりでの変化になりますが、この地に本社を置く我々も無関係ではいられないので、皆様、心得ておいてください」

説明の途中から、ナナセさんの目の色が変わった。

「ダンジョン……ダンジョン!? 社長!? オルケストにある古楽の迷宮と同じようなものが、ここにもあるってことですか!?」

「山奥なので、ここから徒歩で二日ほどかかります。有翼人の方達が滑空を駆使すれば、丸一日程度でも着く距離なのですが……普通に移動すると、途中の山小屋で一回、泊まる必要があるくらいの遠方ですね。いずれにしても最寄りの町がリーデルハイン領なので、中継地点、あるいは拠点として、ここにも冒険者ギルドの支部や、冒険者向けの宿屋などを整備する必要があります」

リーデルハイン領は滅多に来訪者のいないのどかな田舎であるが、今後は今のままではいられまい。かといってオルケストのような混沌とした発展は避けたいので、治安を維持しつつ定住者がそれぞれ職を得られるよう、都市計画を整えていく必要がある。

思案する猫に、グレゴールさんが巨体を縮めるようにして追加の質問をよこした。

「あ、あの……その迷宮では、どのような産品が?」

大事なことである。産品次第では冒険者が来ない無意味なダンジョンになってしまう。

「メインは『琥珀』ですね! 良質なものが、そこそこの確率でドロップします。実はこの本社を建てるにあたって、必要だった資材の多くは、この琥珀を売って得た資金で調達しました。あとは伸び縮みする変な枝とか謎の葉っぱとかもありましたが、詳しいことはまだ調査中です。それと……ナナセさんは、王都に戻ってもこの件はまだ内密にお願いします。ご家族にも言わないでくださいね」

「は、はいっ。それは大丈夫です!」

シンザキ商会ほどの大商会ならば、大貴族との縁もあるだろうし、公式発表前に情報を得そうだが――ナナセさんの立場で今、コレを知っているのは不自然すぎる。トマティ商会がダンジョンに関わっていると誤解(※事実)されかねない。

そして俺は、このトマティ商会の「もう一つの役割」について説明を開始する。

「我がトマティ商会は、基本的にはトマト様の加工品やその他の作物などを輸出するための商会です。しかしながらリーデルハイン領に根を張る以上、領内の発展と歩調を合わせる必要がありますし、今後のライゼー様にかかるご負担を思うと、なるべくサポートして差し上げたいとも願っております。これまでリーデルハイン領には、小規模な個人商店や小売店はあるものの、交易をこなせるような規模の商会は存在していませんでした。なのでライゼー様が領主として、隣のラドラ伯爵領までわざわざ出向き、町に必要な物資をあちらの商会に注文して運んでもらっていたのです」

ライゼー様の多忙さの理由の一つがコレである。思えば俺がクラリス様に拾われた直後にも、一週間ほどラドラ伯爵領へ出張されていた。

「今後、トマティ商会は、ライゼー様からの委託を受けて、『町に必要な物資』の輸入も請け負います。たとえばトマト様のバロメソースを輸出した後、折り返しの馬車に必要な物資を積んで運んだりとか、そういう町との互恵関係を築いていく予定です。当然、事務作業は膨大なものになりますし、猫一匹ではとても肉球が回りませんので、皆様にもこの業務をこなしていただきたいのです。そしてこれに関しては、利益を重視せず、町の方々にとって適正な価格での取引を心がけてください。利益は輸出のほうで確保し、輸入はその利益を町に還元するくらいのつもりでいいです。赤字まで覚悟する必要はありませんが、決して利益の最大化を求めないでください。我々がそれをやると、リーデルハイン領の経済的な発展に歪みを生みますし、私の目的とも離れていってしまいます」

猫が真面目な口調で説明していくと、カイロウ君がそっと小さく手を挙げた。

「あの……社長の目的というのは、トマト様の普及だけではなく、他にも……?」

「私はリーデルハイン家のペットです。ペットとして、この地に住み暮らす人々には幸せになってもらいたいと常々願っております。我々が運ぶ町への物資は、その多くが贅沢品ではなく、生活に必要な日用品になるでしょう。我々がその流通を独占したからといって、これらの価格をむやみに引き上げれば、人々の生活を圧迫し、それは町の経済活動を 萎縮(いしゅく) させる結果につながります。シンザキ商会出身のナナセさんならよくご理解されていると思いますが、商売の原則は『短期的な利益の最大化』ではなく『長期的な信頼関係の構築』であるべきだと、私も考えております」

ナナセさんが目に力を込めて頷いた。

彼女の最大の武器は、実は実務能力ではなく、商売に対するこの「姿勢」だと猫は考えている。「バランス感覚」と言い換えても良い。

「もちろん状況に応じて、価格の変動は起きるでしょう。それは仕方ありません。しかし、我々は決して暴利を求めない。これだけは肝に銘じてください。正当な利益は確保していきますが、なにより大事なことは、取引先と顧客に対して『誠実』な商売――我がトマティ商会には、それが可能です!」

……なぜ、俺はこうも自信満々に言い切れるのか?

もちろんトマト様のポテンシャルを信じているから、という側面もあるが……最悪、いざとなったら、「コピーキャットで錬金術」「ダンジョンに潜って琥珀を強奪」という、他の商会には不可能な収益補填の反則技を使えるからである!(台無し)

――いやまぁ、ホントにやる気はないのだが、いざという時の「保険」があるのはでかい。でなければ新興商会の身でこんな理想論はなかなか言えぬ。

そんな猫の狡猾さを知らぬリルフィ様が、感動した笑顔でぱちぱちと控えめに手をたたきはじめ……新入社員の皆様も、それに 追随(ついずい) した。

猫は「どーもどーも」とこれをなだめ、胸を張って事業計画の説明を続行する。あ、そろそろおやつどうぞ。食べながら聞いてね。

……そうこうしているうちに午後の説明会が終わり、ナナセさんは王都へ帰宅、社員の皆様には晩ごはんを用意して、クラリス様とリルフィ様とペット(ピタちゃんも合流)はお屋敷のほうへ。俺もこれからヘイゼルさんの晩ごはんである! 今日のメニューは何かなー。

クラリス様の手で、首元にナプキンを巻いていただいていると――我が猫耳に主が囁いた。

「……ルーク。さっきの説明会では、みんなが感心してたから言わなかったんだけど……ルークの方針って、『リーデルハイン領に他の商会がつけ込む隙を与えず、トマティ商会で町の経済の流れを独占する』っていう意味だよね……?」

……クク……ククククク……我が主はやはり、真実を見通す目をもっておられる……(笑いながら恐怖に震える猫)

説明しよう。

仮にトマティ商会が、町に必要な物資の輸出入において、「暴利」を得た場合――それは他の商会から見れば、「うちならもっと安価でご提供できますよ!」という商機になる。つまりライバルの参入を招くきっかけになってしまうのだ。

これを封じるのが「ギリギリの商売」という一手。

他の商会が「あそこで価格競争をするのは旨味がない……」と判断すれば、彼らはリーデルハイン領に来ない。ダンジョンの琥珀目当てにやってくる者はいるだろうが、彼らがたとえば町で悪どい商売をしようとしても、トマティ商会で流通させるまともな商品とその良心価格が参入への障壁となる。

今後、発展する予定のリーデルハイン領を、「獲物」として見る悪徳商会を遠ざけるための一手――それが先程、皆様に説明した「誠実な商売」なのだ。

これには、他の商会を遠ざけることで猫の身バレを防ぐ、企業機密の流出を防ぐ・もしくは遅らせる、町の発展に変な連中を絡ませない、猫と領主が諸々の采配をふるいやすくなるといった、様々なメリットがある。

トマティ商会を「地元の優良企業」として根付かせる意味でも、極めて重要な一手といえよう!

……そして俺がいろいろオブラートにくるみまくって猫をかぶりながら説明した真意を、クラリス様は完全に見破った上で、あの場では黙っていてくれた。我が主……いよいよ優秀さに磨きがかかってきたな……? たぶん、ナナセさんも気づいてはいたと思う。

……リルフィ様? リルフィ様はほら、猫のやることなら全肯定の方針だから……

それはそれとして、クラリス様のご懸念に対しては改めて答えねばなるまい。

「他の商会を完全に締め出すつもりはありません。ただ、ライゼー様の領内で悪どい商売をさせないためには、ある程度まで我々が前面に立つ必要があるとは考えています。我々と友好的な関係を築けそうな……それこそ、トマト様の御威光に 躊躇(ちゅうちょ) なくひれ伏す商会であれば、この地で共に歩めるかもしれませんが……」

いうても 僻地(へきち) なのは変わらんしなー……ダンジョンのおかげで活気づくはずだが、現状、リーデルハイン領は交易の中継地点にもならないどん詰まり。

琥珀目当ての行商人などは来るだろうが、大規模な交易を手掛けるレベルの大商会にとっては、そもそも参入する旨味の少ない土地である。だから最初は我々が率先して動く必要がある。

その上で経済が発展していけば、いずれは大商会にも目をつけられそうだが……その頃には既に「トマティ商会はリーデルハイン領にて盤石!」という流れにしたい。北海道におけるセイ◯ーマートみたいな立ち位置が理想である。ライフラインだな?

「この件は、今後もライゼー様と相談を続けていきますが……有力貴族とつながっている一部の商会などには、あまりこっちに来てほしくないというのが本音です。産業スパイなどによって私の存在が発覚すると揉め事になりそうですし、そういった商会の 手管(てくだ) で経済的に依存させられると、法整備や自治にまで影響が出ることも有り得ます。ダンジョンとメテオラを抱える我々も、この点においては神経質になる必要があるのです」

この説明でご納得いただけたようで、クラリス様は頷いてから席についた。

「ね、ルーク。トマティ商会は、割とすぐに大きくなると思うけど……どこまで大きくするつもりなの? ネルク王国で一番とか?」

「いえ、それはないですね。私のいた世界には、『商売と 屏風(びょうぶ) は広げるほど倒れやすくなる』という格言がありました。トマティ商会は今後、リーデルハイン領の『経済を支える防壁』、および『武器』としても活用していくつもりですが、事業規模をいたずらに拡大させるつもりはありません。トマト様の覇道から離れてしまいますし、これ以上は、私のお昼寝の時間がどんどん無くなってしまいますので……」

俺のそんな答えを聞いて、リルフィ様とクラリス様がくすりと笑った。

「それをうかがって安心しました……ルークさんはお仕事を増やしてばかりでしたから……」

「ある程度、事業が軌道に乗って安定したら、後はナナセさんに任せちゃっても良さそうだよね」

「ルークさまはろうどうきじゅんほうにいはんしてるって、クロードさまもいってました」

……クロード様? ピタちゃんの精神性が幼女だからってうかつなこと言っちゃダメですよ……? この子、言語能力は幼女だけど実は意外と頭いいから……あとこっちにはそんな法律ないけど、前世でも管理監督者は労働基準法の対象外なんだよなぁ……

案の定、クラリス様が首を傾げてしまった。

「ろうどうきじゅんほう? ……って、何?」

「私が以前にいた世界にあった法律です。クロード様との雑談で話したことがあったので(嘘)、漠然と覚えていたのでしょう。大雑把に言うと、『社員を働かせすぎちゃダメですよ』っていう内容ですね」

「……ルークはそれに違反してる、ってこと?」

「滅相もないです」

うそはついていない(震え)

残業代なしで徹夜していた日々もあったが、そもそも労働基準法においては「社長」も「猫」も対象外。猫でしかも社長の俺は、どう足掻いたところで保護されぬ立場である。

しかしクラリス様達の懸念を 払拭(ふっしょく) するためにも、やはり今後は愛玩動物としての業務割合を増やしていくべきであろう。

何も難しいことではない。朝になったら肉球のてしてしで起床を促し、趣味の畑仕事をして、お茶の時間になったらスイーツをご用意し、昼間はタイミングを見て適度に「にゃーん」と甘え、夜になったら自作絵本の読み聞かせで就寝をうながす――そんな感じの日々である。

愛玩動物……愛玩動物ってなんだっけ……?

ちなみに絵本の内容は「サンタクロース」とか「桃太郎」とか「白雪姫と七匹の猫」とか、いわゆる著作権の切れた名作童話の類なのだが、基本的に登場人物が猫さんであり、トマト様から生まれた猫さんのお供にイヌ(セシルさん)、ウサギ(ピタちゃん)、クマ(落星熊)がついてきて魔物を改心させたり、猫さんのてしてしで白雪姫が目覚めたり、ちょっとしたアレンジが加わっている。

内容がうろ覚えなところを猫さんで補完している感もあるが、割とご好評。

……桃太郎じゃなくてトマト太郎? いや、「桃太郎」っていうトマト様の有名な品種がちゃんとあるので……(言い訳)

そして例によって、転生者が持ち込んだと思しき似たような童話がこちらにもあったりなかったりするので、それらとの違いも楽しんでいただいている。ここしばらくは多忙で新作の供給が滞っていたが、そろそろ「三年寝太郎(猫)」とか「笠地蔵(猫地蔵Ver)」とか「ぶんぶくちゃがま(猫)」とか描きあげねばなるまい。

……うん。こういう変に 凝(こ) り性なところが、きっと良くないんですよね……?(自省)