軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

167・メイド喫茶で猫がくつろぐ

リーデルハイン家は子爵家である。

しかも当主のライゼー様は三男坊で、まだ幼い頃に養子へ出されてしまい、二十歳を過ぎてから呼び戻されたため――『貴族の生活』や『格式』というものを、幼少期にほとんど体感していない。

奥様のウェルテル様も商家出身、騎士団長のヨルダ様は傭兵あがり、ペットのルークさんに至っては元野良猫である。

……山中行軍3日程度の短期野良猫だが、野良には違いない。血統書とかも持っていない。

拾われた当時、「なんかあんまり貴族っぽくないな?」と俺が感じたのも気のせいではなく、リーデルハイン家はこの国でもちょっと珍しい環境であった。とはいえ他の貴族も、前世のお貴族様の陰湿な暗闘に比べたらまぁまぁ緩いのでは? という印象ではある。

「改めて、ご婚約おめでとうございます! やー、私もやっと冬毛から夏毛に生え変わったような、実に晴れやかな気分です」

「そのたとえの実感は、ちょっと人間にはわかりかねますけど……まぁ、ありがとうございます……」

クロード様はなんかビミョーなお顔だったが、しかしサーシャさんとの婚約が成立したことはやはり嬉しいらしく、尻尾がぶんぶんと揺れている。しっぽ? ……いや、錯覚か……柴犬っぽかったな……

再度、クロード様とサーシャさんを学祭デートに送り出し、我々はラン様と軽くお茶をした。

「改めまして、ラン様には本当にお手数をおかけしました。例の公爵家のご令嬢のほうは大丈夫です?」

「あー、大丈夫、大丈夫。ちょっとクロードを説得するのに使わせてもらったけど、そもそも結婚相手がどうとか、そういう話じゃないから。全然平気」

……うん? いや、俺も詳細は把握していないのだが、やけに軽いな?

猫が首をかしげると、ラン様は口元に指を添えて「ないしょね」と呟きつつ――

「声をかけてきたのは、ペルーラ公爵家の四女でセルニア様っていう子なんだけど……クラリス様より年下の七歳で、クロードの弓術に純粋に感動しただけ。『すごかったですわ!』ってもう喜んじゃって、あれは、なんていうか……絵物語の主人公に興奮する感じ?」

……理解。つまり、お子様が特撮ヒーローに抱く憧れ的な…… 謀(はか) ったな!?

「でもまぁ、彼女に関しては心配ないんだけど、さっきの懸念自体は現実のものだし、遅かれ早かれ降りかかる問題だから……今日、ちゃんと婚約が成立したのは良かったよね。せっかく対策がとれるのに、放置して状況を悪化させるのも馬鹿らしいし。それにセルニア様は無害だけど、そのお姉様方にはクロードと年の近い子もいるし、妹から話が伝わったら興味をもたれるだろうし……危ない状況だったのはホントだよ?」

ラン様は、俺がご用意したプリン・ア・ラ・モードを嬉しそうに召し上がりつつ、割と物騒な発言を続ける。

「特にダンジョンがねー……いくら建前上は国有化されるって言っても、領内にそれがあるだけで莫大な利権になるし……本当に気をつけてね? 『ダンジョンが一つあれば、そこに国が一つ成立する』、なんて格言もあるくらいだし、琥珀が出てくる禁樹の迷宮は、たぶん古楽の迷宮よりも資源価値が高いから。今はライゼー様が元気だからいいけど、十年後、二十年後以降には、領地ごと乗っ取ろうとか画策する貴族がきっと出てくるよ」

その時は猫がフシャーであるが、防衛体制は今後も整えていかねばなるまい。実戦的な意味ではなく、政治的な意味である。

「それにね。『古楽の迷宮』が軍閥のアルドノール侯爵の領内にあって、今度の迷宮も軍閥のライゼー子爵の管理下っていうのがちょっと……『軍閥が二つの迷宮を独占している』って現状も、これから火種になるかな。 陞爵(しょうしゃく) を機に、他の派閥がライゼー子爵を軍閥から引き抜こうって画策するだろうし、たぶん会議でも議題にされる。寄り親のラドラ家が守らなきゃいけない立場ではあるけど、うちだってたかが伯爵家だし、公爵家、侯爵家にまで動かれるとキツいから……アルドノール侯爵も頑張ってくれるとは思うけど、他の派閥への懐柔工作はきっと必要になるから、ルークさんも考えておいてね」

せやな……

ウェルテル様がラン様へ、深々と頭を下げた。

「あの、ありがとうございます、ランドール様。我がリーデルハイン家のことで、そこまで気を使っていただいて……」

「いえ、そんな。クロードには私もお世話になっていますし、今後も良い友人でありたいので。彼の優しい人柄は、学校のみんなにも慕われていますよ。領主課程なのに偉ぶらないので、教師達からも評判がいいです。ライゼー様とウェルテル様のご教育の賜物ですね」

「お恥ずかしいですわ。なにせ田舎育ちなもので、王都の流儀がわかっていないだけなのでは、とも思いますし――」

「評判の悪化につながる流儀なんかは無視していいんです。クロードはクロードらしく。性根がまっすぐな彼に関しては、それが一番いいと思います」

……なんかラン様は、話していると本当に、こう……大人だな、って感じする……しっかりしてる……容姿が完全に美少女なのに、言動が割と男前だから余計に脳がバグる……

その後、ラン様のご厚意で、学祭を案内していただく流れに。

「劇の時間になったらちょっと抜けますね!」とのことだったが、なんと見る側ではなく 演(や) る側であった。

男性役とのことだが、見た目が完全に女の子なので、きっと宝塚的な感じになるのだろう。見たい。

ラン様は学祭のパンフレットもお持ちであった。

新聞部が有料配布している冊子で、学内の地図と出し物がまとめて記載されている。これも針なしステープラーでとめられている。

ざっと見た感じ、基本的には前世の文化祭と近そうなのだが……規模はかなり大きいし、クオリティも高そうだな?

電気やガスはないものの、かわりに魔法や魔道具があるわけで、意外とこの世界の文化水準は高いのだ。

目についた出し物だけでも、各種の露店や教室展示に加え、ゴーストハウスに迷路、占い、コンサート、演劇、大道芸、プラネタリウム、猫カフェ、メイドカフェ、執事喫茶、観客参加もできるペット競争……

「……ペット競争?」

「あ、それね。飼い主も自由参加できるんだけど、ルークさんなら絶対勝てるよ。ペットがゲートに入って、うちの学生や飼い主達がゴールで待機するの。ゲートが開いた後、最初にゴールへたどり着いた子が一着なんだけど……観客も参加費を払って、『一着のペット+誰の元へたどり着いたか』の組み合わせを予想して、それが当たると学祭の期間中だけ使える金券が貰えるって流れ。飼い主以外の子に近寄っていっちゃう子も割と多いから、毎回大荒れでおもしろいよ?」

なるほど……そういうのもあるのか……めちゃくちゃ俺に有利だな……?(悪辣)

さすがに参加ははばかられたので丁重にお断りしたが、クラリス様とリルフィ様はちょっと参加したそうであった。賞品はどうでもよくて、「うちの子こんなに賢いんですよ!」とゆーペット自慢的な意味で……やめとこ? ね? ルールには違反してないけど、バレたら怒られるやつだから……

あとネルク王国ではボクシング以外のギャンブルは禁止されているのだが、これに関しては「学祭期間中のみ」「オッズがなく、払い戻しも学祭でしか使えない定額の金券」「小規模」という点で、特例の許可を得ているらしい。

参加費は前世の貨幣価値にして二百円程度、当たっても千円、各自一点買いのみの制限つきなため、身を持ち崩すほどの散財は不可能。確かにこれはお遊びである。

で、ペット競争のかわりに、ラン様のお友達を含む有志がやっているメイド喫茶へ!

顔を出す約束をしていたらしいので、我々も便乗した。

ラン様が姿を見せるなり、お出迎えのメイドさん達が殺到する。

「あっ、ラン様!」

「あー! 猫さん!」

「あれ? もしかして……リーデルハイン子爵家の方々ですか? クロード様のご親族の!」

「お会いできて光栄です! どうぞこちらのお席へ」

若さよ……

さすがは士官学校の生徒達、お顔も衣装もクオリティが高い……いや、それはこの国の平均レベルが高いという話でもあるのだが、それでも圧倒される可愛さの権化……

ちなみに前世日本と違って、こちらでは「メイドさん」が珍しくなく、いたって日常的な普通の存在なので……こちらのメイド喫茶とはコスプレ系ではなく、『士官学校のお嬢様達が、学祭の間だけメイドになって給仕を体験する喫茶店』というコンセプトになる。

コンセプトの時点ですでに顧客優先でないのは、あくまで『学校行事の一環』だから。「生徒達の経験につながる」という建前によって学校側から許可を得ているため、このお店の主役はあくまで彼女達である。顧客たる我々もそれを肝に銘じる必要がある。

そんな感じなので、客層も男性客には偏らず、この子達の親族・友人・関係者の女性陣もどんどん来るし、男女比はほぼ五分五分。「おいしくなーれ♪ もえ(略)」みたいなサービスもないし、オムライスにケチャップで絵を描く文化もない。そもそもケチャップがない。

無理やり前世でたとえると、「お嬢様達が学祭でファーストフード店の真似事をしている」ぐらいの日常感か……? 衣装も含めて、「珍しいものではない」という点はご理解いただけると思う。

あと、執事喫茶のほうは「落ち着いてゆっくりしたい人向け」で、メイド喫茶のほうは「楽しくお喋りしたい人向け」という、棲み分けとゆーか、出店者間の暗黙の了解はあるようだ。

……なので、こちらは基本、テンション高めの人材が多い。

「わー、猫さんかわいいー! きれいな毛並みですね!」

「すごい賢そう! 撫でてもいいですか?」

「こちら、メニューでございます。猫さんが食べられそうなものは、ちょっと置いてないのですが……」

あ、お気遣いなく。リルフィ様に食べたふりをしてもらって、こっそりストレージに仕舞っておいて、後で食べるので。

ちなみにちゃんと接客してくれているのは、金髪ショートでちょっと目力強めの……見覚えがあるな?

「あら? 貴方は、もしかしてさっきの弓の試技で……」

ウェルテル様が気づいて、柔らかく声をかける。

金髪ショートのメイドさんは優雅に会釈。ほあー(感嘆)

「はい。ナナセ・シンザキと申します。弓術試技の朝練では、ご子息のクロード様にたいへんお世話になりました」

「やっぱり! 先程の試技では的への全射命中、素晴らしかったです。それにこちらこそ、クロードと仲良くしてくれてありがとう。あの子、皆さんにご迷惑なんてかけていませんか?」

メイドさん達が一斉に反応する。

「とんでもないです! クロード様は私達みたいな庶民にも、すごく親切で優しくて!」

「いつも紳士的で、落ち着いていて、お姫様みたいに扱ってくれるので……もう、同級生はもちろん、先輩達からもすごい人気です!」

「もちろん男子達からもちゃんと人望があるのでご安心ください。男女別け隔てなく気さくで親切ですし、教師陣からも頼りにされています」

………………クロード様?

これ今日の蛇退治の影響じゃないよね? もっと前からの確固たる信頼と好感度が蓄積された結果だよね? そこそこ地味な学園生活じゃなかったの……? なにやらかしてんの? ルークさんわからないよ……

スン……となった猫をよそに、ナナセ・シンザキ嬢が落ち着いた声音で補足する。

「私は学年が上ですので、試技の朝練が始まるまで、特に接点はなかったのですが……クロード様の的確でわかりやすいご指導には感服しました。また物腰も柔らかく、覚えの良くない生徒にも根気よく笑顔で対応をされていて、その大人びた立ち居振る舞いにも驚いたものです。クロード様の 薫陶(くんとう) を受けた弓術班は、その全員が、この夏だけで腕を一段も二段もあげました」

……まぁ、クロード様は曖昧ながらも前世の記憶がある系なので、精神年齢は実際、この子達より上である。落ち着いているのはそのせいもあろう。

このメイドさん達は、他の接客のために割とすぐ離れたのだが――その客達のほう、つまりメイドカフェへ遊びに来ていた学生さん達が、次いで我々の元へ挨拶に来た。

なんか女子高生がいっぱいいる。

同行しているラン様が目当てかと思えばさにあらず、どうやらリーデルハイン子爵家にご興味をお持ちらしい。トマト様……特産品のトマト様の営業していい? あ、ダメ? はい。

「クロード様のご家族の方々なんですか!?」

「さっきのギブルスネーク退治、すごかったですよね!」

「クロード様って、ご領地ではいつもあんな活躍をされてたって本当ですか!?」

「初めてギブルスネークを退治したのは八歳の時だったって!」

「ドラウダ山地の 落星熊(メテオベアー) も仕留めたことがあるって!」

もうデマが流れ始めてる!?

慌ててウェルテル様が「そんな逸話はない」と否定し始めたが、いやはや……

これはアレか。『もしかしたらそんな話があるかもよ?』という笑い話や憶測が、やがて伝聞となり、『そういうことがあったんだって!』と、人の口を経て変化していったのであろう……

なにせ学祭初日の大騒動だっただけに、デマの発生と伝播がおそろしく速い。クロード様とサーシャさんのほうは、いまごろ大丈夫だろうか……?

ともあれ女子高生達とウェルテル様は根も葉もないデマの是正を経てあっという間に仲良くなり、クラリス様、リルフィ様、ラン様も一緒になって、楽しいご歓談が始まった。

猫のルークさんは喋るわけにもいかず、「にゃーん」と大人しくしているのだが……

「かわいー!」

「ほんとに、すごい賢そうな子ですね!」

「ちょっとだけ、撫でてもいいですか?」

「あ、この子、握手してくれる! すごい!」

……猫すげぇな?

かつてこれほどまでに、ルークさんがまっとうにペット扱いされた事例があっただろうか……?(自問)

オタクに優しいギャルは都市伝説であるが、猫に優しい女子高生は割と普通に実在する――そんな知見を得た。

なんと握手に応じるだけで「かわいー!」と褒めてもらえる。赤ちゃんか?

飼い猫を怒涛の勢いで褒められてクラリス様やリルフィ様もごきげんであり、実に和やかな空気である。

やはり猫はコミュニケーションの潤滑油。

就職面接における自己アピールで「潤滑油」は完全なエラーワードになってしまって久しいが、猫ならばまだ許されるのだ。

……いやまぁ、実際に就職面接に猫が来て「潤滑油です!」とか言い出したら、人事担当者は脳関係の病院へ直行するであろうが。

ククク……人類め……我がサラッサラの毛並みに埋もれるが良いわ……!

猫がトリップした目で歪んだ思想に囚われていると、ラン様の演劇の時間が近づいてきてしまった。

メイドカフェを後にして移動中、クラリス様が我が猫耳に囁く。

「……ルーク、あのね。女の子達にデレッデレなのは、かわいかったから別にいいんだけど……会話の流れに沿って相槌を打ったり、不思議そうな顔したり、笑うべきタイミングで笑ったりするのは、やめたほうがいいよ……? 『賢い』っていうレベルじゃ済まないから」

………………………………そんなことになってた!?

いや、前にも受けたな、こんな感じの注意!?

……ちゃんと猫扱いしてもらえるのが楽しすぎて、うっかり油断してしまった。

ラン様まで苦笑いしている。

「ルークさん、引っ掻いたり噛み付いたりは絶対しないし、爪もほとんど出さないし、無意味な動作もあんまりないから……まぁ、賢すぎる印象はあるよね。たぶんあの子達、『リーデルハイン領の猫って、めちゃくちゃ大人しくて賢いんだな』って勘違いしてるよ」

……そのくらいの勘違いならまぁいいか……

リルフィ様が、クラリス様の腕から俺を抱えあげる。俺と話す時には、「抱っこして小声で」が、王都での基本である。

「……確かに、多少は不自然だったかもしれませんが……でも、大丈夫ですよ? 言葉は出ていませんでしたし、表情が怪しかった時には、私やクラリス様が抱え直して、顔が見えないようにフォローしていましたから……」

……お二人にフォローまでさせてた!? ぜんぜん大丈夫じゃないが!? なんか今日はやけに抱っこされるな? とは思ってた!

「……にゃ、にゃーん……」

いろいろ自省して、俺はリルフィ様の肩口に顔を埋める。表情を……表情を読まれるのが怖いッ!

楽しい学祭で新たなトラウマを植え付けられた俺は、その後、虚無のお顔で観劇に臨んだ。

――そして男装のラン様が格好良く剣を天に掲げた感動のラストシーンで、涙腺が決壊し滂沱と涙を流しながら肉球で拍手喝采をする猫一匹。

すかさずクラリス様が、頭から布袋をかぶせてくださった。

ありがとうございます、我が主……(反省)